92 新たな仲間
王城周りの城壁を出れば、そこはティファニアの大通りだった。
流石は首都ってことなのか、行き交う人の数が多い多い。
今まで過ごしてきたファーレンと違って全員人間なのもあり、違和感が凄い。
二年前ぐらいまでは獣人や魔族なんていうのがそもそも存在しない世界にいたってのにな……。
慣れって恐ろしい。
「で、これからどうするんだ、ユイ?」
「……取り合えず生活するためにお金が必要になるでしょうし、あなたのように冒険者になるのが手っ取り早くて良いかもしれないわね。」
聞くと、彼女は少し考える素振りを見せた後、そう答えた。
まぁ確かに、それが現実的だろうな。
「そういや、お前は生き物を殺せるのか?冒険者って結構血なまぐさいぞ。」
あいつら、一々人間臭いし。
『血なまぐさいのは確かじゃが、人間臭いと感じておるのは言葉を解するお主だけじゃろ。』
お前のせいでな!?
「あら、そんなこと?当たり前じゃない。これでも戦争の切り札なのよ?私達勇者三人の最後の訓練は死刑の執行だったわ……。」
うわぁ。
「ご主人様、ユイを私達のパーティーに入れてはどうですか?」
と、ここでルナがいきなり話を切り出した。
ちなみに彼女は俺とユイの両方の荷物を背負ってくれている。やはり奴隷だから、と言うことらしい。
「俺は別に構わないぞ。ユイはどうなんだ?ただ、もし入るのなら短期間でランクDに駆け上がって貰うぞ?」
「たしか、初めはGからだったわよね。そんに早く上げられるものなのかしら?」
「なに、大丈夫だ。俺なんて一週間でBになったし。」
「そう。なら、お願いできるかしら?」
「おう、よろしく頼む。」
ユイに向けて手を差し出す。
「ええ、よろしく。」
彼女はそう言ってそれを握り返し、
「やりましたね、ユイ。計画……はむ!」
「あ!ルナさん、それを言ったら駄目でしょう!」
そして何やら言いかけたルナの口を慌てたように塞いだ。
計画?
「おい、計画ってなんだ?俺がアイと話している間に何かあったのか?」
「それは……。」
ルナを見るも、彼女は顔を真っ赤にして目を泳がせるのみ。
ユイに目を移す。
「えーと、私がまたカイトと会うにはファーレンにまた行くしかないでしょう?そしてルナさんからあなた達が来年またファーレンに行くつもりだと聞いたの。それに便乗しようと思っただけよ。」
「金なら貸すぞ?ここからファーレンまでの代金は俺が出すから、残りは向こうでアリシアに必要分受け取れば良い。」
金は有り余ってるし。
「いいえ、流石に悪いわ。それに私はルナさんをサポートするって約束もしたもの。」
「サポート?何の?」
「ふふ、それはルナさんが自分で言わないと意味がないわ。」
ルナを見る。
「何でもありません!ご主人様、早くこの街の冒険者ギルドへ行きましょう!まずはユイの冒険者登録を済ませないといけませんから!ね!?」
しかし彼女は慌てた様子でそう捲し立て、詳しい内容を話してくれない。
ま、分かるときに分かるだろう。特段悪い事でもなさそうだし。
「そうだな。ただ、冒険者として活動するのはイベラムで、って事でいいか?向こうが本部らしいから依頼の種類も多いだろうし、それに、途中で寄りたい場所があるんだ。」
「私は構わないわ、あなたのパーティーに入れれば、後は一年間生き残るだけよ。」
「私はご主人様に従います。」
「……そうか、ありがとな。」
さて、師匠達へのお土産は何が良いかね?
「ご主人様に剣と体術を教えた方々はどのようなな人達だったのですか?」
冒険者登録と昼御飯をさっさと済ませ、イベラム行きの幌馬車に乗せて貰い、その荷台の一番後ろで足をブラブラさせながら、三人仲良く並んで座っていると、ルナがそう聞いてきた。
ちなみに進行方向を見て左から俺、ルナ、ユイの順番で並んでいる。
「師匠と先生かぁ、そうだな、師匠はとにかくハキハキしていて、豪快だったな。その一方で先生は落ち着いていてな、いつも師匠のフォローをしていたような気がする。」
「へぇ、逆の性格だったのね。良く喧嘩をしていたの?」
「いやいや、そんなことは無かったぞ。むしろ逆の正確だったお陰でお互いを補完しあう、良い組み合わせだったんじゃないか?それに共通点も無い訳じゃなくてな、恐ろしいほどの負けず嫌いだった。……師匠は俺が剣で勝つようになると何も言わずにいきなり体術を組み込んでくるわ、俺が体術を先生から学んでいる間に俺の対策をするわ、大変だった。先生も先生でな、俺が先生に勝てるようになって師匠との修業を再開した後も毎日、本当に毎日通っては俺と手合わせしに来ていたな。」
「あなた、たった一年でその、師匠と先生に勝ったってことで良いのかしら?」
信じられないとでもいう風に俺を見るユイ。
「ん?まぁ、才能ってやつだな。」
『はぁ……。』
他に説明の仕様がないだろ!?
「ふふ、流石はご主人様ですね。」
と、ここで馬車がカーブに差し掛かったのか、俺は遠心力で左に倒れそうになり、右手で体を支えた。
ぽすっと俺の左腕にルナが勢いよくぶつかる。
柔らかい。
「どうしたルナ?そこまでの勢いはなかっただろ?」
「すみません。……ユイ、痛いです。」
見ると、ユイがルナの背中を押していた。
どうもユイが咄嗟に真横へ腕を出してしまったらしく、それでルナがこちらへ倒れてしまったらしい。
「何やってんだユイ。」
「ふふ、ごめんなさい。」
聞くも、ユイはなぜか微笑を浮かべて俺に謝り、そのままルナをじっと見つめ始める。
「あの、ご主人様、しばらくこのままでも構いませんか?」
するとルナはハッと何かを思い出したかのように目を見開き、かと思うと急にしおらしくなってそう聞いてきた。
「眠くなったか?」
「すみません、少しだけ。」
「はは、良いぞ。役得でしかないし。」
それに頷いて返せば、ルナは嬉しそうな笑顔を浮かべ、完全に俺の肩へもたれ掛かる。俺は彼女の頭に手を置いて優しく撫でてやった。
しばらくそうしてルナの銀色の髪や柔らかい耳の感触を楽しんでいると、何やらもじもじしながら眺めていたユイが口を開いた。
「ね、ねぇ、さっきの話の続きはお願いできる?あなたは楽しそうでも私は暇なのよ。」
「お前も触りたいだけだろ。」
ケモナーめ。
「うっ……。そ、そんなこと、ないわよ。ほら、話して。」
「そうかい、まぁ師匠達の負けず嫌いな行動はまだあってな、…………」
俺は馬車が師匠の家に着くまで、そうしてユイと話して暇を潰した。
「おーい、お三方ぁ、目的地はここで良いかぁ?」
馬車の主人に言われ、幌から顔を出して進行方向を見ると、懐かしい風景が見えた。
簡素な村の、少し離れた位置にある平屋が1軒。
改めて見ると随分と殺風景な場所だし、考えてみれば師匠と先生は随分と不便なところに住んでいる気がする。
イベラムは徒歩で半日ぐらい、首都からは馬車で二時間ぐらいかかる。村からもなんか距離が置かれているし。
ま、師匠達が鍛練をするとき戦いにのめり込んで辺り構わず破壊してしまうから遠ざけられたのかもしれない。
「ようやく着いたか。ほら、ルナ、起きろ。」
「あ、到着してしまいましたか……。」
俺が作ったニット帽を被っていないのでルナはすぐに目を開け、何故か残念そうに呟いて体を起こした。
「ここが?」
「そうだ。……じゃあ俺達は降りますんで!」
「あいよー。」
ユイの言葉に頷いて馬車の主にお礼の言葉を言い、ルナの持っていた荷物を抱えて少し速度が落ちた馬車の荷台から地面に飛び降りる。
「よいしょっと。ほら、二人もさっさと降りろ。じゃないとイベラムまで行ってしまうぞ。」
呼び掛けると、二人は同時に馬車から飛び降りた。
「ふぅ、到着ね。」
「ふぁ……ぁ、もう少し寝ていたかったです。」
ユイがそう言いながら両腕を上げて伸びをし、ルナは口を抑えて欠伸を一つ。
「さぁ、こっちだ。」
それを確認し、俺はそのまま二人を先導して師匠の家に向かった。
ほぼ一年ぶりとなる扉の前に立ち、ノックをして一歩下がった直後、扉が勢い良く開け放たれた。
危なかった……あと一瞬下がるのが遅れていたら顔を殴打されてた。
「あ、コテツじゃないか!」
そうして出てきたのは先生。
「はい、ちょうど通りかかったので……。」
「良いところに来た!」
「は?」
「ほら、荷物はそこら辺に置いて!入ってくれ!」
先生は俺の肩から荷物を外したと思うと、強引に俺を家へと引っ張り込んだ。
そうして入った家の中には俺の知らない人達が数人座っていた。
「先生、彼等は?」
「ああ、皆僕の邪魔をしてくるんだ。こんなに心配なのに!」
先生が妙にそわそわしている。
「えっと、それで俺に何をしろと?やめてくださいよ?敵でもない人達を倒すなんてことは。」
「分かっている。それでも僕は!」
ダッ、と先生が家の奥の部屋へと行こうとすると、そこにいた全員が同時に動きだし、先生の動きを阻止しにかかった。
「は、な、せぇ!」
「「「「「「いい加減、大人しくしていろぉ!」」」」」」
先生が鍛えられた体を活かして強引に突破しようとするものの、対する彼らは慣れているのか、女性達が先生の四肢を掴んで引っ張り、男達は真正面から先生を押す、と役割分担は完璧。
しかしそれでもなお先生の進行は止まらず、じわりじわりと奥の部屋へと人間の塊が動いていく。
……何が起こっているんだ?
全くもって状況がつかめない。
「コテツ!君に体術を教えた先生である僕を手伝ってくれないか?」
「いや、そう言われても、まず何が起こっているのか全く把握できていません。」
まず説明が必要不可欠なんじゃないだろうかと思うのは俺だけかね?
「お邪魔します。」
「あ、ご主人様……えっと、これは一体どうしたのですか?」
「ねぇ、あの人があなたの言う師匠、えっと、リジイさん?」
入るなり、困惑気味にユイとルナが聞いてきた。
「すまんな、状況は俺にも分からん。」
ユイは俺が馬車で先生のことをいつも落ち着いているとか言ったから先生を師匠と取り違えてしまったらしい。
そして師匠は女性だと説明済みだから、どう見ても男である先生を見て混乱しているってところだろう。
「ユイ、あれは先生だよ。」
「えっと、アレックスさんだったかしら?」
「ああ、そうだ。」
さて、ユイの誤解を解いたところでどうしようか。
もう一度先生対その他大勢の攻防に視線を戻す。
「「「「「「「せーのォッ!」」」」」」」
「くっ、ぐあぁ!」
大勢が息を合わせ、先生に向かって一度に力を発揮し、やっとのことで先生を跳ね返した。
吹き飛ばされた先生は俺達のいる玄関の直前に背中から落ちる。
「ご主人様、私達はどうすれば……」
「いや、俺に聞かれてもな……。」
普通に誰かに聞けばすむ話ではある。ただ、先生は見たところそんな場合じゃなさそうだし、初対面の相手に、それも受付とかそういう状況ではないときに話しかけるのは気が引ける。
困ったな。
「うぅゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
と、そんなことを考えていると奥の方から悲痛な呻き声が聞こえてきた。
この声は……師匠!?
「リズ!」
先生がその声に反応。
「させるかぁ!てめぇら、アレックスの足と腕を抑えるぞ!いくら鍛えてるからと言っても動けなくすれば怖くねぇ!」
「「「ウォォォォォォ!」」」
リーダー各であろう男が再び立ち上がろうとする先生に掴みかかり、他の男達にも指示を出す。
そしてさながらラグビーのように男共が先生に覆い被さり、動きを封じた。
「いい加減に、しろォォ!」
「「「「「「こっちの台詞だ!」」」」」」
激昂する先生の叫びにその他大勢が同時にそう叫び返す。
……そろそろ傍観するのはやめた方が良いよな。
「あの、すみません。」
年を取っているからか、さっきまでの肉体労働をしていなかった女性に声を掛ける。
「ん?あんた達は誰だい?」
「俺はあそこにいるアレックス先生とリジイ師匠の元で修業をした者です。あの、これは一体何が起こっているんですか?」
「何が起こっているのかも知らないでここに来たのかい!?」
目を見開いて驚き、女性はハッと何かを思い付いたような顔をして俺の両肩を掴んだ。
「そうだ!あんた、あの馬鹿の弟子だったんだね?」
“馬鹿”で彼女は先生を指差した。
「え、ええまぁ。」
ごめん先生。
「お前達!頼もしい助っ人だ!アレックスの弟子だってよ!……ほら、あんたアレックスを足止めしておくれ。」
女性はそう男達に叫び、俺を先生に向かって押しやった。
「だからその前に何が起こっているのか説明しろって!」
何がなんだか分からないままでイライラしてつい普段の口調に戻って叫んでしまった。
そして俺の疑問にその場にいる俺、ルナ、ユイ、先生以外の全員が口を合わせて叫んで答えてくれた。
「「「「「「リジイが出産するんだよ!」」」」」」
……え?