91 ユイの処遇②
「静まれ!」
ドレイクが地面に倒れ、他の騎士が構え出したところで、王が全員を一喝して場を制した。
「申し訳ない、今のはドレイク一人の暴走だ。しかしどうか責めてやらないでくれ。全ては彼の厚い忠誠心故のものなのでな。」
淀みのない謝罪の言葉。
この、タイミングで、そしてテミスがいないからってよくもまぁスラスラと言えたもんだ。
大方、俺がボロを出したら襲い掛かるように前々から言っておいたのだろう。
そのままユイを殺してもスレイン王国としては問題の解決になるし。
実際、二年前に二回しか出会ったことのない奴がここまで憎悪することはまずありえない。
ドレイクの怒りはたぶん失敗したときに王が言い訳しやすいようにするための演技だったのだろう。……多少本心が入っていたような気がするけれども。
「……いつから気づいてた?」
「個人用の飛行船を持っている貴族もいるのでな。定期便が帰ってくる前に戻ってきた者もいる。そも、ファーレンの――実戦担当であったか?――の、教師の任期を知らぬはずがないだろう。」
初めからバレてたんかい。
「……楽しかったか?」
「話術はまだまだ未熟、だがあのテミスを呼ぶ事で盤上には手が届いていた。良い工夫だ。私も少し焦らさせた。」
良い笑顔……。
「はぁ……、じゃあユイは……。」
「うむ、今の会談の結論通りとしよう。勇者ユイよ、城からは今日中に立ち去ってもらいたい。先程も言ったが、このようなこととなり本当に申し訳ない。」
相手が勇者だからかは知らないけれども、見ている限り、随分と腰の低い王様だ。
「はい、ありがとうございました。」
ユイが再び感謝を表し、ルナが後ろの扉開けた。
「では私達はこれで。」
「うむ、かつての教え子のため、ご苦労であった。」
良い王様だなぁ。
『始めに城を追い出されたときお主はあれだけ悪態をついておったのにのう……身勝手な物じゃな。』
ま、人の印象なんてそんなもんだ。
俺は倒れたままのドレイクから双剣を取り返し、ついでに罪悪感から、ちゃんと壁に寄りかからせて、扉を歩いて出た。
「で、ユイ、お前はこれからどうする?」
「王城を出るのはさっき決まったことなのよ?何か考えているわけないじゃない。」
まぁ、そうだよな。
「取り合えず荷物の整理を手伝おうか?」
「それはルナさんにお願いするわ。」
「はい、分かりました。」
ユイの言葉をルナが快く承諾。
「はは、何か俺に見せたくないものでもあるのか?」
「当然でしょ!?」
あ、そうですか。
「ご主人様にも、女性に見せたくない物はありますよね?」
ルナからも怒られた。
なるほど、そういう方面か。
「すまんすまん無神経だった。じゃあ俺はアイに事情の説明をしに行くから。ユイ、さっさとカイトに伝えておけよ。」
わぁ、俺って気が利くなぁ。
「そう、よね。もう会えなくなるのよ、ね。」
「そう落ち込むな。あのカイトのことだから早々誰かとくっつくなんてことは無いだろうよ。」
「ご主人様……。」
「あなたが言う……はぁ、行きましょうルナさん。」
心底悲しそうに言うユイを励まそうと言ったのに、ルナとユイの二人は俺を白い目で見て去っていった。
あれ?
「……と言うわけでユイは王城から追放されることになった。何か最後に伝えたいことや渡したいものはあるか?」
王城の中を歩いていた召使い(残念ながらミヤさんには会えなかった。)にアイの部屋へ案内してもらい、彼女に部屋に入れてもらって諸々の説明をし、最後にそう聞いて言葉を切る。
ちなみにアイの部屋にはベッドと机と椅子というかなり質素な物しか無いのにも関わらず、ベッドは天蓋付きの上にやたらと柔らかそうな毛布と羽毛布団、枕があり、椅子と机には金メッキや宝石があしらってあってかなり豪華だった。
俺も勇者のままだったらこんな生活が……。
『戦争には参加させられるがの。』
まぁ、だからこそ辞めたいと思ってしまったんだよなぁ。
「そっ、じゃあ辛いだろうけど頑張ってって伝えて。私も頑張るし。」
ベッドに寝たまま、気だるそうに答えるアイ。
邪魔者がいなくなったとしか思っていないことがこれでもかと伝わってくる。
苦笑いを浮かべるしかない。
「で、何であなたが報告をしに来たのよ。……ハッ、まさかカイトのところに!」
「おう、正解だ。最後のチャンスなんだ。邪魔しないでやってくれ。」
「ふん……そんなことしないから。カイトがユイなんかに惚れてるわけないし。それにカイトの部屋にはたぶんあの腹黒王女がいるから私がなにもしなくても邪魔はされるっしょ。」
腹黒って……。
「……大変、なんだな。」
「ほんと、あのジーンとか言う女騎士も初めはカイトの指南役だってだけだったのに今じゃ従者になっちゃってるし。私の邪魔をしてそんなに楽しいの?」
あ、恋敵というよりも邪魔でしか無いのね。
「まるでお前が成功する他に結論は無いと言わんばかりだな。」
俺がこの発言を心の底から後悔するのにそう時間は掛からなかった。
「当たり前っしょ!」
アイが起き上がり、俺を睨んで怒鳴る。
「他の何かがありえるわけがない!私はいつもカイトと一緒にいたの!この世界の奴等よりも、ユイなんかよりもずっと、ずっっとカイトと一緒にいたの!だからこれからも私とカイトが一緒にいることは自然なこと、私がカイトと一緒にいられなくなるのは不自然、つまりそんなことあっちゃいけないってことよ!私の邪魔をする奴はどんな手を使っても排除してやる!」
言いきり、ふぅ、とアイが息を吐く。
ちょっと間を置いて言われたことを整理する。
「なぁ、いくら一緒にいた時間が長いからって、カイトが出会う女性を軒並み排除なんてことは間違ってるとは思いもしないのか?お前は。」
いくら恋敵になるからって、本人にはどうしようもないことを理由に相手を排除(たぶんいじめか何かだろう)するなんてのはどう考えてもやりすぎだろう。
しかし、アイはさらに噛みついてきた。
「は?あんた何言ってんの?カイトはね、格好よくて、頼りになって、それに凄く、凄く優しいの。好きにならない女がいるわけがない!でもね、カイトがとっても優しいからこそ全員に良い顔をしてしまうの。そして私以外誰もそれが優しさから出たものだって気付いてない。だからカイトを一番理解している私がカイトと一緒にならないといけないの。私ならカイトのためならなんだってするし、カイトの言うことならなんだって聞く。カイトを幸せにできるのは私だけなのよ!私のカイトへの愛だけがカイトを幸せにできる!愛のための行動は正義、私は何も間違ってない。愛のための行動は間違っているはずがない!ねぇ、そうでしょ!?」
結局はそこに行き着くのか……。
しかしまぁ、カイトのこととなるとアイは本当に饒舌になるな。
愛のための行動は間違っているはずがない、かぁ。
「愛なんて曖昧な物、よくそこまで信じられるな。」
「曖昧じゃない!」
……ならさっさと告白すれば良いのに。
「はぁ、そうかい。……そろそろ準備も終わった頃だろうし、俺はユイのところに戻るよ。それじゃあな。」
「……私の愛の強さをユイに教えてやってね。」
「はいはい。」
生返事を返し、俺はアイの部屋から出た。
少しはアイのユイへの反感を下げられないかと期待してたんだけどな……。うん、ありゃ無理だ。
ま、それもユイへの妨害を防ぐためだったわけだし、目的は遂行できたからよしとするか。
再度使用人(やはりミヤさんに会えなかった。)に案内してもらい、カイトの部屋に着くと、そこにはティファニー、ジーン、そしてルナの三人がいた。
具体的に言うとルナが刀を片手に扉の前に立ち、ティファニーとジーンが険しい顔でルナに隙ができないか伺っている。
二人で同時に行けばどちらか一方がカイトの部屋に入れるだろうに、そうしないのは十中八九、ティファニーとジーンの両方がお互いにも恋敵としての敵意を持っているからだろう。
ちなみにその光景を見るなり、案内してくれたメイドさんは青い顔して逃げていった。
……俺も逃げたかった。しかしやはりルナに任せっきりにする訳にも行かず、手を振りながらルナに声をかける。
「ルナ、お疲れさん。ユイは……。」
「あ、ご主人様。えっと、はい、まだ中にいます。」
「了解。」
きっと積もる話があるのだろう。
「こ、これはあなたの奴隷ですか!さっさと退くように命令してください!」
俺とルナのやり取りを見るや否やティファニーが命令。
「そうだ、奴隷を含め、やけに武に精通しているようだが、このまま私の邪魔をすると言うのなら……。」
そして彼女に同調し、ジーンが腰の剣の柄に右手を置いて俺を睨み付けてくる。
俺は苦笑いをしながらまぁまぁと二人を両手で宥めつつルナの元へ歩み寄り、その横に立った。
「どういうつもりなのですか!」
「警告はしたからな……ぐっ!」
ジーンが剣を抜こうとし、俺の足に剣の柄を抑えられて歯軋りする。
「まぁまぁ、今日ぐらい良いじゃないか、明日はもうユイもいなくなるんだ。最後の一日ぐらい自由にさせてやってくれよ、な?」
俺はすかさずそう言って彼女優しく諭そうとしたものの、ジーンは俺の隙を付いて一歩下がり、剣を抜き放った。
「これでもカイトの師範を任されているのだ。大人しく扉を開けろ!」
「聞く耳持たずかよ……。」
勘弁してくれ。
ったく、ユイはまだなのか?
「さぁ、早く!」
「ご主人様、ここは私が。」
ルナが俺の前に出、左手に持った鞘からゆっくりと刀を抜く。
おいこら、応戦するんじゃない。一応、扉一枚隔ててカイトとユイがいるんだぞ?
「ほう、奴隷風情が私と戦うと?」
「ふん、ご主人様の手を煩わせる必要はないわ。あなたは私で十分。」
こらこら挑発するんじゃない。
ほら、ジーンが歯を食いしばってるじゃないか。もう食いしばり過ぎてなんかギリッていったぞ、今。
「なぁ、王女様、王城の中で戦うってのは不味くないのか?」
「あなたがそこを退いてくれれば済むことです。なのに退かないのだからこの戦闘はあなたが引き起こしたことと変わりません。そのときは賊として私がお父様に言い付けますから。」
「それはさすがに横暴だろ……。」
なるほど、アイの言っていた通り腹黒王女だな、これは。
……仕方ない。
「はぁ……分かったよ。それで?どっちから入るんだ?」
仲違い爆弾投下。
「私です!」「私だ!」
「「……。」」
効果覿面、さっきまでこっちに噛み付いていた二人はお互いもまた敵である事を再確認し、睨み合う。
「王女様、父君がお呼でしたよ?向かわれては?」
「ふん、そう?私にはむしろ貴女の問題行動について話していた記憶がありますが?借りにも王であるお父様の御前で声を荒らげるなど騎士の風上にもおけない、と。」
ジーンの白々しい嘘を鼻で笑い、ティファニーが事実を踏まえた、真実味のある言葉――おそらく嘘八百――を並べる。
しかしジーンは余裕の態度でそれを笑い飛ばす。
「ハッ、お叱りならばもう既に受けました。残念できたね王女様。そもそもカイトに何の用があるのですか?」
「開き直っただけでしょう、この剣術バカ。「なっ!?」それに聞いていればカイトカイトと!勇者様でしょう!?従者ならば従者らしく身分を弁えなさい!」
「あ……ぐ。」
ティファニーの剣術バカ呼ばわりにジーンが何か言い返そうとしたが、続く言葉にそのまま顔を紅潮させつつ固まる。
そんな様子をニヤニヤして見ながら、俺はルナの隣に移動し、その刀を鞘に収めさせるよう耳打ちすれば、目の前で急に巻き起こった痴話喧嘩に呆気に取られていたルナはぽかんとした表情のまま俺の言葉に従った。
俺はそのまま壁に背中から寄りかかる。
さて、観戦といこう。
見ればちょうどジーンが硬直から脱出したところだった。
「…………わ、私はカイトの従者であり、それに加えて剣術の師でもあります。そ、そう、教え子に敬語を使っていては稽古などできないでしょう?」
「師?カイトはこの頃貴女ではなくドレイクに剣を習っているようですが?そもそも実力の足りていない従者などカイトも迷惑でしょう。それこそユイ様の方が適任では?」
「お……おお……王女様こそ、勇者様をカイトと呼んでいるではないですか!馴れ馴れしい!」
即座に言葉の槍でグサグサと刺され、滅多打ちにされるジーン。しかし彼女は苦しそうに胸を抑えながらも言い返した。
……自分を棚に上げるってこの事を言うんだろうな。
「わざわざ遠い世界からいらし、私達のために戦ってくださる勇者様を労い、心を癒やすのは彼を喚んだ者として当然の事。ならば少しばかり仲が良くなるのはむしろ良い事でしょう?」
淀み無く、穏やかな表情でティファニーが答える。
「それならば私も……「ふふ、棒を振る事しか頭にない物騒な者の隣でカイトの心が休まる事ができるはずが無いでしょう?それも未練がましく従者になってまで引っ付いてくるような煩わしい、無駄に背の高い筋肉カチカチな女なんてな、お、さ、ら。」……せ、背が高いのは鎧のせいでそう見えるだけで……。」
小さい子供に優しく言い聞かせるように、柔らかな声音で毒を吐かれ、しかしジーンは――もうやめれば良いのに――それでもティファニーに言い訳のようや言葉を向けて、
「デカ女。」
「ゴハッ!?」
あっさりと、たった一言でとどめを刺された。
……さてどうしよう。ティファニーとジーンに延々と痴話喧嘩をさせることでユイが用を済ませるまで時間を確保するつもりだったのに、存外ジーンが弱……いや、ティファニーが強過ぎた。
くるりとこちらを向き、軽やかな足取りで腹黒王女様が俺とルナの前に立つ。
「そこをどきなさい。」
「ルナさん、待たせてしまって……え?」
同時に、纏めた荷物を肩に担いだユイが廊下に出てきてくれた。
幸い、必要だった時間は稼ぎ切れていたらしい。
ユイはカイトの部屋のすぐ外の、扉の前でティファニーが仁王立ちしていたり廊下にうずくまってジーンがうわ言を呟いていたりという状況を上手く飲み込めなかったか、一瞬だけ固まったものの、流石あのカイトと長年付き合ってきただけの事はあり、すぐに納得したように頷いて口を開いた。
「あら、仮面が取れかけているようだけれど、それでアオバ君に会って大丈夫かしら?」
最初の標的はティファニー。
開け放たれた扉に滑り込もうとしていたお姫様はハッと気付いて立ち止まり、
「あれ?外に誰かいた?」
部屋の中からのカイトの声に飛び跳ね、ステンドグラスの極彩色の模様が映る廊下をすたこらさっさと逃げていった。
「ジーンさん、これ以上アオバ君に情けない姿を見せても……「え、ジーン?ジーンがそこにいるの?」「違うぞカイト!私は通り掛かっただけだ!」……ふふ、だそうよ。」
ジーンも腹黒王女様に続いて逃げ、少しして部屋から出てきたカイトは自身へ好意を抱いた二人の醜態を見る事なく、居合わせた俺とルナに取り敢えず会釈し、そのまま城外まで見送ってくれた。