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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第四章:出世しやすい職業
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90 ユイの処遇①

 その部屋は、俺が最初にスレインの王様の姿を見た謁見の間、ではなく、ファーレンの職員室のような広い部屋だった。

 まぁ、真ん中に設置されていたのは円卓ではなく、縁に流線型の模様が彫られた石の長机で、部屋の壁際にはズラリと騎士達が並んでいる点は大きな違いだ。

 「貴様は!?」

 そして部屋に入って早々、俺は扉のそばに立っていた二人の騎士の内一人に凄まれた。

 見覚えがあるな……誰だっけ?

 名前を思い出そうとしながら、剣を腰の鞘から半分ほど抜いてしまっている手を上から掴み、それ以上の動きを妨げる。

 「ぐっ!」

 「俺はファーレンの使いだ!」

 「そのような戯言!」

 戯言て……いやまぁ確かにそうは見えないかもしれないけどなぁ!?

 「止めよドレイク。彼の事は勇者カイトから既に聞かされている。謝罪せよ。」

 と、俺達と長机を挟んで反対側に座っている王が重みのある声でその騎士、ドレイクを諌め、彼は渋々ながら体から力を抜き、頭を下げた。

 「……かしこまりました。いきなりのご無礼、申し訳ございません。」

 「え、あ、いえいえ、頭を上げてください。あなたの王に対する忠誠は見上げた物です。」

 180度変わった態度に狼狽えながら、取り合えず誉め言葉を返す。

 あまりの変わりようにさっきのあれが演技だったんじゃないかとまで思ってしまう。

 「ありがとうございます。」

 あっさりそう言って、もう一度頭を上げ、彼は扉の反対側に控えた騎士に顔を向けた。

 「それでは所持している武器を預からせてもらいます。ジーンはユイ様とその奴隷を。」

 ……やっぱり異様に切り替えが早い。

 案外、本当にこちらのペースを崩すための演技かもしれない。

 「はッ!」

 呼ばれた騎士、ジーンはハキハキと返事をし、ユイから武器を貰った後、彼女の体のあちこちを軽く叩き始める。

 「えっと、俺の武器はこの二つだな。」

 俺は黒龍と陰龍を、あたかもロングコートの中にあったかのようにして取り出し、ドレイクに渡す。

 もちろん鞘も作っておいた。

 「では失礼して。」

 俺の体中が軽く叩かれ、武器を隠し持っていないことを確認される。

 「無いだろ?」

 「そのようですね。」

 挑発的な言葉遣いにも反応せず、ドレイクは壁際に戻っていった。

 ……疑念が確信に変わってきた。

 王はボディチェックが済むのを確認するや、立ちあがって両腕を大きく開いた。

 「まずは勇者ユイよ、よくぞ戻ってきてくれた。急な呼び出しは心より申し訳無いと思っている。そしてファーレンの使いよ、勤めご苦労。」

 俺はお辞儀を返し、早速口を開く。

 「ありがとうございます。……もう本題に入ってもよろしいでしょうか?」

 その内容に、さすがの王も頬がひくつかせた。

 それでもどうか許して欲しい。こういう前口上は苦手、というかやったことがない。

 ていうかそもそも弁論なんかに自信がない。

 「せっかちですな。」

 「貴族の出ではありませんのでご勘弁を。では本題の前に……ユイ、テミスを出せ。」

 だからズルをさせてもらう。

 「え?「良いから。」分かったわ。テミス!」

 戸惑いながらもユイが呼ぶと、小さな光点が机上に集まり、強い閃光が放たれたかと思うと、天秤と剣を持った美女が長机の上に浮いて現れた。

 「テミス、参上しました。」

 同時に周りの騎士が剣を抜き、数人は王を自分の背後に隠す。

 「誰だ!」

 「落ち着いてください。彼女は勇者アイが呼び出した裁きの神です。彼女の前で嘘をつくと罰が与えられます。今回は私のこれから言うことに嘘がないことを証明しようと思っただけですので、どうかご理解いただきたい。」

 ま、確かめる嘘は向こうの物だけどな。

 そう言うと警戒は解けなかったものの、騎士達全員からの緊張感が少しは薄れる。

 「……理解した。では本題に入るとしよう。まずファーレンの方もすでに気づかれているとは思うが、邪龍ヴリトラが復活した。」

 王の言葉に頷く。

 「ええ、そしてそのユイに邪龍の魂片を取り込ませていたと。しかし入手先はこの際聞かないでおきましょう。」

 「待て、邪龍の魂片とは何なのだ?聞いたこともな……。」

 早速しらばっくれようとした王の首筋に、いつのまにかその背後に回っていたテミスの剣が添えられる。

 「裁きますか?」

 「な、何を!?」

 「やはり狙いは王の首か!」

 「違います。言いませんでしたか?彼女の前で嘘をつくことはできません。今回はまぁ許しましょう。」

 やっぱりテミスを召喚させておいて正解だった。

 俺は嘘を言う必要がほとんど無いのに対して向こうは嘘をつきたいことだらけ。だからこっちは情報が取り放題だ。

 たとえ黙秘されたとしても、黙秘したという事実そのものからある程度類推をする事もできる。

 「テミス、もしまた嘘をついたら容赦しなくていいわ。」

 「了解しました。」

 ユイに言われ、テミスは元の位置にスーッと戻っていく。

 「話にならん!これではただの脅迫ではないか!」

 王様の言葉は正しい。ただ、初っ端から嘘を付いたのは変わらない。

 テミスを引っ込めないだけの十分な理由がある。

 「いえ、言いたくないことは言わなくても構いませんよ。それに私の目的は守るべき生徒である彼女、ユイへのあなた方による口封じを防ぐことだけです。」

 「……。」

 あらまぁ、否定しないってことは本当に殺す、もしくはそれに近い事をするつもりだったってことか。

 まぁいいさ。こっからはイエス・ノーの質問をして情報を集めるだけだ。

 「私から聞きたいことはまずスレインがヴリトラに加担しているのかど……「それは本当にファーレンの意志か?」はい?」

 しかし王に話を妨げられた。

 「それは本当にファーレンの意思なのかと聞いておる!」

 「ヴリトラに対抗しようとしていることはファーレンの理事長に確認してある。それで、スレインはヴリトラに加担しているのか?」

  また妨げられたら堪らない、敬語はもう捨ててしまってもいいだろう。

 「ヴリトラに加担などしていない。ヴリトラの魂片は三代目勇者がヴリトラを討伐した折りに持ち帰ったものだ。そしてそれはつまり、あれは我がスレイン王国の所有物であるということ。それをファーレンが勇者ユイから取り出したことは分かっている。すぐにでも返して貰おう。それとも返せない理由が?ヴリトラに協力しているからなどとは言うまいな?」

 このやろう、話にならないとか言っていたくせに中々どうして話すじゃないか、畜生。

 「さっきも言ったように、ファーレンの理事長はヴリトラに対抗するつもりだ。スレインがヴリトラと繋がっているか分からなかったからこそ、魂片を預からせて貰った。それだけだ。」

 王はテミスの方をチラッと見て、テミスが何の動きも見せないところから、俺の言葉に嘘がないことを確認した。

 そしてテミスの扱い方を一瞬で把握してしまっている、と。……流石というか、厄介だ。

 「さて、お互いヴリトラに対抗しようとしているのが確認できたところで頼みたいことがある。」

 俺がもうファーレンの教師じゃないことがバレる可能性もあるし、そろそろ用事を済ませてしまおう。

 「うむ、聞こう。」

 「ユイに危害を加えようとしているのならやめろ。勇者カイトに言い付けたって良いんだぞ?」

 他力本願で情けないけれども、これが相手に一番効くカードだろう。

 沈黙が降りた。

 普通なら殺害をしようとなんてしていないとしらばっくれるところ、しかしここにはテミスがいる。

 だからと言って黙秘をしたところで話が進まないだけ。むしろ黙秘されたけでこっちは真実を知ることができる。

 それを分かっているのか、おもむろに王が口を開いた。

 「……この際だから言おう、確かに余は勇者ユイを殺すことを、一つの手段として、考えていた。」

 「陛下、それは!」

 「よい、向こうもこの事を公にはすまい。」

 ついに白状した王様を騎士の一人が諌めようとし、逆に片手で制される。

 そうだろう?と王に目で聞かれ、俺は頷いた。

 実際、俺みたいにほとんど何の権限もない奴が言ったところで誰も信じやしないし。

 「だがそれは最後の手段だ。勇者ユイがヴリトラの魂片のことを伏せてくれるのであれば、我々に彼女を脅かすつもりはない。」

 「あ、あのことを誰にも言わないと誓うわ。」

 ここぞとばかりにユイが声を上げる。

 「だ、そうだ。諦めることを確約してくれるか?」

 「勇者ユイにはファーレンへの通学を止めてもらい、そして彼女が私の監視下に入るのならば、良いだろう、諦めよう。」

 「監視、か。どうだ?」

 反芻し、ユイに目を向ける。

 「私が殺されないですむのなら……ええ、気は進まないけれど、仕方ないのなら、それに甘んじても良いわ。」

 まぁ監視を喜んで受ける奴はいないわな。

 と、ユイが一歩進み出た。

 「寛大な処置、感謝いたします。しかし他に私が助かる方法はありませんか?」

 「勇者を辞めて貰えるのであればそれに越したことはないが……。」

 「却下だ。」

 ユイが元の世界に帰れなくなる。

 「ならば……勇者としての地位のみを一時的に剥奪する、というのはどうだろうか?」

 それで勇者って仕事は無くなったりしないのか?

 おい、どうなんだ爺さん。

 『勇者であっても勇者として扱われない。そうなると言っておるだけじゃから安心せい。』

 そうか……良かった。

 「それはつまり私がこの王城にいられなくなるということ?」

 あ。

 「うむ、その通りだ。申し訳ないが、公に勇者でないことを示しておきながら、王城に置いてはおけぬ。」

 「私がカイトの従者になるというのはどう?たしか、主従の同意があればなれるはずでしょう?」

 少し焦るように、ユイが敬語を捨てて提案する。

 「駄目だ!」

 しかし、一人の女騎士がすかさず怒鳴った。たしか名前はジーンだったかな?

 「私こそがカイトの師であり、唯一の従者だ!この座はいかなることがあろうとも譲りはしない!」

 「っ。」

 あまりの剣幕にユイがたじろぐ。

 「ジーンよ、落ち着け!まったく、ドレイクと言いお前と言い、我が王国の騎士団には短気な者が多すぎる。」

 「「はっ、申し訳ございません。」」

 王が呆れ半分でそう言うと、名を呼ばれた二人は即座に頭を下げて謝罪の言葉を口にする。

 騎士っていうのは冷静沈着ってイメージがあったけれども、忠誠心が少しでも関わってくるとここまで荒々しくなるものなのかね?

 「はぁ、で、どうなんだ?従者が二人いたって構わないだろ?勇者は重要な存在だし、守りは固い方がいいんじゃないか?」

 ユイの後押しをすべくそう口にすると、ジーンが剣の柄に手を掛けた。

 「何を!私一人では力不足とでも、「ジーン!控えろ!」……はっ。」

 見かね、王が怒鳴る。

 「それで従者となるという話だが、それは許容できない。勇者の従者という地位は高い。それなりの発言権もある。」

 「勇者ではない者に急に与えられるような地位ではないもの……ね。」

 「うむ、そういうことだ。そして、余としては、勇者ユイに王城から離れていて欲しいと思っている。」

 テミスがいて嘘がつけないからって、少し直球過ぎやしないか?

 「で、どうする?」

 少し声を落として聞くと、ユイは諦めたような力のない笑みを浮かべた。

 「どうするもなにも、私が王城から出るしかないじゃない。」

 「そう、だな。すまん。」

 結局、王の出した選択肢からユイが選ぶという構図になってしまった。それに王の勧める王城からの追放という選択肢なら万事解決できそうだ。

 ……完全に話を誘導されたか、もしくは俺がどこかで間違えたとしか思えない。元々の力不足感が否めない。

 「いいわ、あなたが私のためを思って頑張ってくれたことは分かっているつもりよ。」

 「はは、そう言ってくれると助かる。」

 話していると、王がその場で立ち上がった。

 「さて、話はついた。では、スレイン王国国王として、勇者を助けに来てくれたこと、感謝する。勇者ユイよ、このようなこととなって誠に申し訳無い。しかし来る戦争の際には是非王城へ帰還されよ。必ずその地位を返すと確約いたそう。」

 「……はい、お世話になりました。」

 「ファーレンの教師の一員として、我が校の学生への寛大な処置、感謝致し「裁きます!」……くっ!」

 社交辞令を返そうとしたらここぞとばかりにテミスが動き、俺は慌てて倒れ込んで神速の太刀をかわした。

 どうし……そうだよな、俺ってもうファーレンの教師じゃないんだもんな!

 「もう、バカなのあなた!?テミス、帰って!」

 「しかし……」

 「今のは言い間違いよ、裁く程のものじゃないわ。」

 「……かしこまりました。ではこれで。」

 テミスは光に戻り、消えていった。

 場に流れる沈黙。

 せっかく穏便に済むところだったのに!

 「一体、今のどこが偽りだったのか、聞かせてはくれないか?」

 今ので王も気付いてはいるんだろうな。

 「……俺は去年まではファーレンの教師だったんだよ。今はただの冒険し「貴様ァ!」おっと!?」

 石の長机を支えに立ち上がりながら言いかけると、ドレイクが剣を抜き放ちながら、斜め下から蒼白い軌跡を描きながら切り上げてきた。

 スキルかよ!

 「フン!」

 「させません!」

 身を捻って刃を避けようとすると、預けていた刀をいつの間にかジーンから奪い取っていたルナが間に入り、その一撃を防いでくれた。

 「貴様の数々の無礼は生まれの違いや国王様の意思故に見逃してきた……だが今回ばかりは許さん!身分を詐称し、冒険者の分際で王に意見するなど、万死に値する!ハァッ!」

 ドレイクが力を込めると剣の纏う蒼白い光が濃く、強くなり、結果パキンッとルナの刀が中程で折れた。

 その破片を空中でつまみ取り、俺は横に一歩動いて襲いくる剣を避ける。

 「ルナ、下がれ!」

 「っ、はい!」

 指示するなり、ルナが刀を鞘に納めながら飛び退いた途端、代わりに俺がドレイクへと突っ込んだ。

 右手には刀の刃に黒魔法で即席の取っ手を作った短刀。それを振り下ろされる騎士剣へ直角に宛がい、左手で峰を支えつつ、力をいなすよう体を少し引く。

 「オオオッ!」

 すかさずドレイクの腕が光ったかと思うと俺に掛けられる力が増し、それに合わせて短刀を傾け、半身になってやれば、幅広の剣は俺の左へ振り下ろされた。

 「なに!?」

 短刀を手放す。

 「鉄塊!」

 次いで、俺はスキルの補助を得た右の裏拳を相手の顔に叩き込んだ。

 顔を打ち上げられ、背中から床に落ちるドレイク。彼の鎧は大きな音を部屋に響かせた。

 ……さてどうしよう。

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