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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第四章:出世しやすい職業
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89 スレイン到着

 「ご主人様、就きましたよ、ほぼ一年ぶりのスレインです。」

 「んあ?ああ、そう、か。」

 優しく肩を揺すられ、目を半分開くと、右隣のルナが俺のアイマスクを片手にこちらを覗き込んでいた。

 「おはようございます。」

 俺が起きたと見るやにこりと笑ってくれた彼女へ笑い返し、

 「おは……よう……。」

 俺はもう一度目を閉じる。

 ああ、二度寝って気持ちいいなぁ。

 「起きてください!」

 途端、体が激しく揺さぶられ始めた。

 始めは無理矢理寝ようしたものの、段々と激しくなる振り子運動に、ついには脳まで震えるような感じすらしだし、俺は潔く(?)諦めた。

 しかし目を開け、背もたれから背中を離しても、ルナは力を緩めない。

 このままだも首が取れる。

 「ル、ルナ、起きた、ちゃんと起きたぞー……。」

 間延びした声で言いながら、俺の肩を掴む手を上から叩く。

 「本当ですか?」

 そうしてようやく手を止めたルナにうんうんと何度も首肯して見せ、フラつきながらも、俺は座席の背もたれを支えに立ち上がった。

 ……寝起きの脳への攻撃でまだ世界が揺れてる。

 「ふぅ……よし、行くか。」

 視界が定まるまで待ち、のそりと通路へ出る。

 「ご主人様、冒険者プレートを忘れています。」

 すると、ルナが俺の座っていた席から金のプレートを拾い上げ、こちらに差し出してきた。

 「ああ……すまん。」

 ……どうもまだ寝ぼけていたらしい。

 頭を掻きながらそれを受け取り、首にかける。

 「よし、行くか。フンッ!?」

 そして今度こそと思って踵を返すと、その拍子に左のすねが座席の角を強かに打った。

 近くの背もたれを支えに、片足立ちのまま悶絶。

 「ふふ、まだ寝ぼけているみたいですね。」

 返す言葉もない。

 ただ、痛みのおかげで頭は冴えた。

 「……ルナ、荷物を貸せ。」

 そっと左足を下ろし、照れ隠しを兼ねてルナの持つ、下着やら何やらを詰めたバッグに手を伸ばす。

 しかしルナはそれを差し出す代わりに両腕で抱きしめた。

 「これは私が持ちます。」

 「良いから。」

 「駄目です。私はご主人様の奴隷ですから。」

 さらに手を伸ばすも、ルナはバッグを抱きしめて首を横に振り、聞いてくれない。

 奴隷だから、ねぇ……。

 「なぁ、また同じことを言わないといけないのか?」

 ったく、そんな扱いはしたくないって何度言えば分かるんだ。

 「ご主人様が私を奴隷扱いしたくないことは分かっています。けれどここはファーレンではなく、スレインです。獣人は奴隷としてしかここには居られません。奇異の目で見られるのは私も嫌です。」

 それもそうか。

 「はぁ……、分かった。すまん、しばらくの間は苦労を掛ける。」

 「はい、任せてください。」

 「ふぅ、忘れ物はもうないな。……よし、行くか。」

 三度目の正直、俺達は飛行船から出ていった。



 「あ、おじさん、オレ達と同じ船だったんだ。」

 飛行船を下りて早々、発着場であるティファニアの外壁から中の街を眺めていた勇者三人と出くわした。

 「お、そうみたいだな。でも俺達はファーレンでの退任式が終わって一番早い飛行船に乗ったつもりだったはずだぞ?お前らは何か急ぎの用事でもあったのか?」

 「ええ、王城からの呼び出しよ。」

 暗い表情でユイが言う。

 うーわ、そりゃ面倒臭そうだ。勇者を辞められて良かったと思う物凄く少ない事の一つかもしれん。

 「はは、お勤めご苦労様。」

 「あんたがユイから宝玉を取り出したりなんかするからこんな面倒ことになってんの!」

 笑って言うとアイに噛み付かれた。

 あー、ヴリトラの魂片のことか。ユイがもうあれを持ってないなんて知られたらどうな……ん?

 「宝玉を取り出したことをスレインはもう知ってるのか?」

 「は?報告したに決まってるっしょ。」

 あ、そすね。

 「えーと、まぁその、ユイ、気を付けてな。」

 「ありがとう。でも大丈夫よ。いざとなったらアオバ君が助けてくれるもの。ね?」

 「もちろん、オレは何があってもユイを守るよ。そのための力なんだから。」

 ユイがカイトの手を取り体を寄せると、彼は力強く頷き返した。

 「ふふ、ありがとう。」

 「任せて。」

 「あ!ちょっと!?」

 そうしてなかなか良いムードになりかけた二人の間に、アイが慌てて割って入る。

 「え?どうしたの?」

 ここでこう言える辺り、もうカイトの鈍感さは一種の才能と言えるかもしれない。

 「その、わ、私は?」

 「え?」

 期待の籠もったアイの眼差しに、カイトが心底不思議そうな顔を返す。

 ……流石だ。

 目の前のやり取りにニヤけてしまわないよう、無表情を努力して作っていると、袖をルナに引っ張られた。

 「ん?どうした?」

 「あの、カイトは本当にあの二人の気持ちに気付いていないのですか?」

 聞くと、彼女はそう耳元に囁いてきた。

 しっかりと頷いて見せる。

 「見てて面白いだろ?鈍感ここに極まれりと言っても良いかもしれんな。クク。」

 「ご主人様の世界の人は皆ああなのですか?」

 おい待て何でそうなる!?

 「いや、あれはかなり特殊な例だと思うぞ?あそこまでたくさんの女に好意を向けられていてそれに全く気付かないなんて、早々あるわけがない。」

 あって堪るか。……無い、よな?普通ががああで俺みたいなのが少数派だったとしたらむせび泣くぞ。

 「え?あの二人以外にもいるんですか?」

 「おう、それもたくさんな。ファーレンの女子学生の約半分とか、あー、あとはこの国のお姫様もカイトが好きだな。ったく、どんな星のもとに生まれたんだか。」

 「ええ!?」

 信じられない、と彼女が目を丸くする。

 「凄いだろ?案外あの鈍感さも魅力の一部になっているのかもしれんな。」

 「……ご主人様も大概だと思います。」

 しかしそこで突然、ルナがそんなことを呟いた。

 何故?

 「俺がか?じゃあ俺を好きな奴は例えば誰がいる?」

 「………………うぅ。」

 困惑気味に聞くと、彼女は途端にグッと目を閉じ、顔を赤くし、何かを耐えるような表情を見せ、案の定、最後に小さくうめき声を漏らすだけに終わった。

 「……うん、ルナ、ありがとう。もういいから、な?」

 そんなに必死に考えなくても良いのに。くそぅ、こっちが悲しくなってきた。

 「あ、違います。その…………あぅ。」

 未だに頑張ろうとするルナの頭を撫でる。

 「あっはっは……優しいなぁルナは。……はぁ。」

 努めて明るく振る舞おうとするも、最終的にはいつものため息が出てしまった。

 あぁ、優しさが染みる。

 「あ、そうだ!おじさんがユイの護衛に付けばいいじゃん。」

 ワシャワシャと銀髪をかき回していると、急に勇者達の話題がこっちに飛んできた。

 「あ、たしかに!」

 「え、私は……。」

 「そうそう、私とカイトはもしかしたら別々になっちゃうかもしれないし、元は教師だったおじさんなら、ね?」

 「おい待て、勝手に話を進めるんじゃない。」

 何で俺が巻き込まれないといけないんだよ。

 「そうよ、ルナさんは王城に入れないでしょう?」

 「オレがティファニーに話して頼んでみるよ。ユイのためだって言えばきっと許してくれるよ。」

 カイトが言った瞬間、ユイとアイが揃って口をへの字にひん曲げる。

 ……王城でもカイト周りは大変らしい。

 「じゃ、そういうことで、あんたもお願いね。」

 しかし即座に表情に笑顔を貼り付けたアイは、そう言うなりカイトを連れて飛行船乗り場の出口へと出ていった。

 あまりの勢いの良さと流れるような動きに、俺とルナ、そしてユイは少しの間動きが止まり、再起動したときにはもうアイ達は消えていた。

 「はぁ、まぁルナが入れるんなら良い、か。ユイは本当にこれで良いのか?」

 確認の意味で聞くと、ユイは俺と同じようにため息をつき、

 「……仕方ないわね。」

 全然仕方ないなんて思っていない顔でそう言い、想い人の連れ去られた方向へ走っていった。



 「ご無事で何よりです、勇者様方。」

 門を抜け、勇者達と一緒に王城に入ると、同時にお姫様――たしかティファニーだったかな――が直々に出迎えに来て綺麗なお辞儀をした。

 それに日本人的な反射で勇者達が頭を下げ返した隙を突き、彼女はさっとカイト手を取り、自分の元へと引き寄せる。

 その動きの滑らかさにアイとユイはなすすべもなく、ただ歯ぎしりするのみ。

 「ありがとう、ティファ、ニー、それでこの二人のことだけど……。」

 そんな裏事情にやはり気付くことなく、カイトが俺とルナを手で示し、ティファニーは分かっています、と頷いた。

 「はい、ファーレンの教師の方ですね。」

 早いな!?カイトが門番に俺とルナのことを話したのはついさっきだぞ?……カイトの服に盗聴機でも仕掛けてあるのか?

 『アホかお主は。あれだけ魔術の発達した場所に一年もおったくせして……』

 あ、はい。そうでした。通信が魔術的方向で発達してるんだらうな。

 「態々ご足労いただきありがとうございます。私、スレイン王国の第一王女ティファニーともうしま、す?あれ?あなたは……」

 俺に対して貴族的なお辞儀をし、再び顔をあげた王女様は、そのまま青い目を見開いた。

 俺の顔に当然、見覚えがあるのだろう。

 ただ、名前は出てこないらしい。

 ま、大した重要人物でもないのに、二年前に見た顔に見覚えがあるのはむしろ凄いことなのかもしれない。

 『お主は史上初めての勇者のなり損ないじゃぞ?』

 なるほど、確かに印象深いなそりゃ。

 「どうも、二年ぶりですね。ファーレンの使いとして来ました、コテツです。」

 自己紹介という助け舟を出してやると、お姫様はパッと笑顔になって手を叩いた。

 アハ体験って奴かね?

 「ああ!はい。その、流石は勇者様と同じ出身の方ですね。僅か1、2年でファーレンの教師にまでなるとは。……そ、それでは私がお父様の所へ案内しますね。カイト様、アイ様、どうぞお部屋へお戻りください。旅の疲れを取りませんと。」

 「いや、オレは……。」

 「お父様が呼び出したのはユイ様だけですから。もちろんカイト様には仔細を必ず後伝えます。」

 「……分かった、おじさん、お願いします。」

 カイトはユイに付いて行こうとしたものよ、ティファニーの嘆願に負け、俺にそれだけ言ってアイと一緒に城の奥の方へ消えていった。

 まさか事前の予測が当たるとは……。付いてきて良かった。

 「ではこちらです。」

 勇者二人が見えなくなり、その微かな足音が聞こえなくなると、ティファニーは顔を引き締め、事務的にそう言うなり俺たちを置いてさっさと歩き始めた。

 カイトが側にいたときとはえらい違いだ。

 「ライバルが多くて大変だな。……ユイ?」

 白い磨き抜かれた石の廊下は庶民的な俺には広過ぎて、カツカツと小気味の良い靴音のみが響くのに耐えられず、茶化すつもりでユイの方を見る。

 しかしその彼女は顔を真っ青にして少し震えていた。

 「大丈夫か?」

 「え、ええ。ただこれから私が殺されるかもしれないと思うと……さすがにその、緊張するわ。」

 「流石に考えすぎだろ。力を抜け。それに、一人ならともかく、三人もいるんだから大丈夫だ。ほら、行くぞ。」

 未だ不安そうなその背中を強く押し、俺はルナを連れてティファニーの後をついていく。

 しかし、殺される、か。

 ユイから魂片を取り出したことで、彼女のスレインにとっての価値はかなり落ちたことは確かだ。

 でもだからって殺されることはさすがに無いんじゃないだろうか?

 どうなんだ爺さん?

 『そこをわしに聞くのか……。まぁ、ユイが殺される可能性は無いとは言い切れんぞい。それにユイが魂片を取り出したということは彼女が国宝の宝玉の正体を知ったということじゃ。それを言いふらし、ヴリトラの魂片という不吉な物を国が隠し持っている事実が国民に、そして他国へ伝わったならば、スレインは非常に不味い立ち位置に立たされるからの。』

 そんなことで国が脅かされるのか?

 『お主の世界と違って、この世界には貴族以外にとって娯楽が少ない分、噂というものは広がりやすい。小国同士でいさかいをしていた頃はちょっとした噂で国が転覆したことも少なくなかったの。今回の噂ならばラダンとヘカルトに“ヴリトラの復活を目論むスレインを世界の平和のために滅ぼす”という大義名分を与えるような物じゃよ。』

 ……ユイから魂片を取り出したせいでこんな状況になるとは。

 『別にわしとしては国が一つ二つ潰れようと構わないんじゃがの。ヴリトラさえ封じ込めさえできれば良いんじゃ。』

 さいですか……。

 どうやらユイは環境をしっかり把握できていたらしい。

 『まぁ、お主はせいぜい頑張るんじゃな。』

 高みの見物は楽しいか?

 『かなり。』

 クソジジイめ。

 「はぁぁ。」

 「ご主人様、どうかしましたか?」

 「あーいや、何でもない。考え事をしてただけだよ。」

 「本当にあなたが私のボディーガードで良かったのかしら……アオバ君が良かったわ。」

 何ともならない事へわざわざ愚痴るとはユイらしくない。

 相当参っているように見える。

 「ここです。では。くれぐれも無礼の無いように。」

 ティファニーはそう言うなり、さっさと道を引き返して行った。

 向かう先は十中八九カイトの部屋だろう。

 さて、目の前には売れば10ゴールドぐらいするんじゃないかと思うような立派な両開きの大扉。

 「ごほん、しっかし改めて凄いな、カイトは。もしかしてこの城の女性のほとんどに惚れられてるんじゃないか?はは。」

 緊張してしまっているユイのために、俺にとっては重要性のほぼない話題を振る。

 「そうね、パッと思い付くのは……1、2、3、4、5……」

 「ちょっと待て、そんなにか!?」

 数えながら折られる指が右手から左手へ移ろうとしたことに驚くも、彼女は何でもないことのように頷いた。

 「ええ、そうよ。それでも最後は私がカイトの物になって見せるわ。」

 かなりの決意を感じた。

 ……こっちは軽い気持ちで聞いただけなのにな。

 ま、流石はカイトってところかね?

 「で、落ち着いたか?」

 「ええ、まぁ。おかげで思い出したくもないことを思い出すことになったけれど……。ふぅ、いよいよね。」

 「そう意気込むな。俺とルナがいるんだから。」

 「ええ、任せてください。」

 「はい、ルナさん。ありがとうございます。」

 あらら、俺には感謝の言葉もないのね。

 まぁいいか。

 俺は扉を押し開けた。

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