9 職業:冒険者③
ゴブリン兵団が襲いかかってきた。先頭からゴブリン歩兵、それを率いるトロル、そしてゴブリンキングの順番だ。
ちなみに俺の腰丈ぐらいのゴブリンと違い、ゴブリンキングの体長は2m強、トロル至っては4m前後。
総数は14と兵団と呼ぶには少ない数ではあるものの、こっちは一人しかいない。
十分な脅威だ。
トロルは槍、ゴブリンキングは杖を持っていて、他は剣。見た感じ案外しっかりした物なので、若干の驚きがある。
……やっぱり数匹には逃げてほしかったかもな。
下がりながらナイフを投げ、まずは敵の勢いを削ぎつつ数を減らす。
五匹が死んだ。
しかし全てはただのゴブリン。トロルも狙ったものの、それを他のゴブリンが身を呈して庇ったのだ。
ったく、自己犠牲の精神まであるのかよこいつらは。
あと少しで先頭のゴブリンが間合いに入るというところで中華刀を右手に作り上げ、そいつに飛び掛かる。
まずは雑魚を片づけよう。
右上からの一振りで二匹を殺し、返す一振りでさらに二匹。一歩踏み込み最後のゴブリンの腹を貫いた。
反撃の余地は与えなかった。ていうか、俺の目が師匠達の動きに慣れてしまっているのか、敵の動きが異様に遅く感じる。
「今だ!」
トロルに3匹による3方向からの刺突。
それを飛んで回避するも、槍は素早く引かれ、空中にいる俺に改めて3方向から刺突が迫ってきた。
黒魔法で鉤のついたワイヤーを作り、魔力で地面に勢い良く放って鉤をそこに埋め、そのまま引くことで慣性を強引に振り切って即座に着地。槍の下に潜る事で攻撃を逃れた。
槍がまた引かれる前に、手近なトロルに飛び掛かる。
その膝を足掛かりに飛び上がり、両手に持った槍を上に突き出したため、無防備になっている首を突き刺し、そいつの腹を蹴って別のトロルに飛び付き、緑の首をかき切った。
「「がはっ!?」」
吹き出る鮮血。
魔物でも体の作りは基本的に動物とあまり変わらないようだ。まぁこいつらだけが特別なのかもしれないが。
倒れていくトロルを蹴って着地し、目を素早く周りに走らせる。
あともう一匹はどこだ……ッ!?
「ぐっ!?」
突然、燃えるような痛みが右足に走った。
「な、なんだ!?」
歯を食いしばり、そちらへ目を向けると、腹からおびただしい量の血を流したゴブリンが俺の右のふくらはぎに剣を突き刺していた。
「王に栄光あ……れ……。」
「くそがっ!」
悪態をつき、そいつの首を跳ね飛ばす。
後方に強い気配。
視界の端に最後のトロルが槍を今にも突き出そうとしているのが映る。
「くっ!」
「させるか!」
すぐにワイヤーを近くの木にめがけて放つも、それを引っ張る前に横から強烈な力で殴られた。
俺の体は大きく吹き飛び、ぶつかった木をたわませた後、地に腹から落ちる。
……鉄塊を発動していて良かった。
「イテテ……」
右肘と左手で地面を押し、顔を上げれば、俺のさっきまでいた場所に大杖を振り抜いたゴブリンキングがいた。
「俺も戦うぞ!」
「しかし!」
「いいからやるぞ!奴に時間を与えるな!」
与えてくれよ。
にしても鉄塊をつかっていたのに、あっさりを吹き飛ばされた。中華刀も殴られたときに離してしまった……まぁこっちはまた作れば良い話か。
あーくそ、頭がいてえ。足もヤられた。こりゃあ満足に立てないぞ。
背後の木を手掛かりに何とか立ち上がり、槍を携え、駆けてくるトロルに向きなおる。
「はぁっ!」
クソッ間に合ってくれ!
「黒銀!」
ガンッと硬質な音がして、槍は俺の胸で受け止められ、止まった。
ふうっ、危ない。
「貰うぞ。」
「なっ!?」
槍を掴んで強引に取り上げる。トロルは不意をつかれてよろけたところへ黒魔法で硬化した槍を投擲。
「ガハッ。」
身の入っていない、手だけの投擲ながら、黒魔法で武器を強化した上、鉄塊による多少の身体能力の補助をにより殺傷力は十分に実現でき、トロルの胸を貫くことに成功した。
「ルー!?」
ゴブリンキングの悲痛な声。
……そうか、そいつはルーっていうのか。
「そんな、ルーまで…………殺してやる。お前は、俺が、この手で殺してやるぞぉ!」
木にもたれ、左足1本で立つ俺は十分に動くことなどできやしない。
「ハッ!ゴブリン風情に何が出来る!」
だから戦闘開始時と同様、挑発した。
「キサマァ!まだ言うかぁ!八つ裂きにしてくれる!」
走ってきた力を乗せ、ゴブリンキングが片手で杖による突きを放つ。
左足を曲げてしゃがむ事でそれを避け、そのまま膝を伸ばしながら杖を持った手をぶん殴れば、杖はゴブリンキングの手をはなれ、俺の後ろに落ちた。
「くっ!?まだだ!」
しかし相手は怯まず、もう片方の手で殴りかかってきた。
右回りに後ろを向きながら左手でその手を絡めとり、遠心力を乗せた右の裏拳を相手の顔に入れる。
「ぶ!?」
一歩あとずさるゴブリンキング。そこにすかさず踏み込み、ボディブロー。
「ぐはぁっ!?」
「くっ!」
踏み込んだ右足からの激痛が体を走り抜け、俺の体が止まってしまう。
そして追撃に出る事ができなかった俺に、力任せの、しかし凄まじい速度のテレフォンパンチが放たれた。
「くぅ!」
歯を食いしばって痛みに耐え、、その腕を掴んで体を捻り、左足を軸に背負い投げの要領でゴブリンキングを無理矢理地面に叩きつける。
……こいつが武術を習得していなくて本当に良かった。力では負けていても、まだ何とか対応できる。
油断、だったのだろうか。
「取った!」
ゴブリンキングは転がっていた杖を掴んだ。
くそ!杖が真後ろに転がっていたことを忘れてた!
「しまっ!」
「オオオッ!」
杖の大振り。
左足で地を蹴り、後ろに飛んで避けられたものの、着地で右足が滑ってしまい、こけてしまった。
「クク、殺してやるぞ人間!できればこの手でくびり殺したかったがやめだ。代わりに我が民と同じ思いを味わえ!」
ゴブリンキングは杖を振りかぶる。赤い魔素が杖に集まる。俺が大きく動けないと分かっているのだろう。
最大の一撃のために力を溜めることに全く迷いがない。
なんとか立ちあがり、黒手袋を握り締める。腰だめに構え、右足を前に強く踏み込む。
かなり痛いがそこは我慢だ。
「バカめ、魔法には魔法でしか打ち勝てない!食らえぇ!」
そうなのか、初耳だ。
ま、大した問題はないか。
放たれた火の大玉に対し、俺が放つのは基本の正拳突き。技術が高くなればなるほど速く、強くなる代物だ。
痩せ我慢して右足で地を後ろに蹴り飛ばし、引き絞った拳に力を込める。
「食らえぇ!ブレイズボムッ!!」
「らっしょォォいッ!」
拳はあっさりと炎をぶち抜いた。
そのままゴブリンキングの顔面に届き、吹っ飛ばす。
「残念だったな、この手袋も魔法の一種だよ。」
「バ、バカな。が!?」
頭から飛んでいったゴブリンキングは後頭部を木にぶつけ、気絶。
やっと、終わったか。
右足を引きずり、白目を剥いて木に力なく寄りかかる、ゴブリンキングへとゆっくり近寄る。
そして時間をかけて丁寧に剣を作り上げ、俺はゴブリンキングの首を刎ねた。
「はぁ……はぁ……。」
周囲に生き残りの気配はなし。
そう思って安堵すると、一気に疲労がのし掛かってきた。
……爺さん、解除してくれ。
首なしのゴブリンキングと向かい合う形で、別の木の下に座り、念話。
『どうじゃ、知性ある生き物を殺した気分は?』
いいから解除してくれ。
『どうなんじゃ?』
解除しろよ!
『分かった分かった。解除したわい、そう怒鳴るでないわ。』
なあ、爺さん。
『なんじゃ?』
胸糞わりぃ。
『そうか。やっていけそうか?』
ああ、当然だ。ありがとな、爺さん。
『うむ、本心のようじゃの。まあ長い付き合いになるんじゃ。これくらい、どうってこともないわい。』
それで、どうだった?戦いは?
『お主の独壇場といって差し支えないじゃろ。あのふくらはぎへの一刺しがなければ一瞬で終わっていたからの。身体能力はあのゴブリンキングの方が上じゃったが、お主の技術に負けたからのう。』
残念そうに言うなよ。
『フォッフォッ、なにはともあれ、勝ちは勝ちじゃ。祝いにわしの高位神官に……』
そうかそうか!黒魔法の訓練と鍛練今後も続けよっと!
何が祝いだ。呪いの間違いだろ。
……少し寝る。敵が来たら起こせよ。
『気配察知を併用すればよかろうに。』
いやだよ。せっかく確実なセンサーがあるんだし。
『はあ、分かったわい。』
程無くして俺の意識はとんだ。
……体が重い。
具体的にいうと下半身が動かない。
……もしかしてふくらはぎの傷口経由でなんか変な病気にかかったのか?
少し焦ってゆっくりと目を開けると、まず綺麗な金色が目に入った。
物理的に。
痛っ、なんだこれ……髪?
ああ、アリシアか。あと何故か俺の胸が濡れてる。
「おい神童。」
ビクッと黄金が揺れる。
アリシアはそのまま起きようとして、また俺の胸に顔を埋めた。
何なんだ?
「神童、一人で来たのか?」
頷くのを感じる。
「どうして助けを呼ばなかった。お前1人で来ても役に立たないのは分かっているだろう。ぐおっ!」
このやろう、右足を掴みやがった!神官にあるまじき行為だろ!?
「イダダ、分かった分かった。お前がいればきっと助かったよ。ああ、ほんとほんと。」
そう言って彼女の肩を押し、体を離させると、アリシアは赤い鼻を擦りながらもこちらを睨んできた。
「ぐすっ、具体的に何ができますか?」
「そうだな、お前が下敷きにしている、穴の空いた足を治してくれると嬉しいな。」
「ふふ、はい、分かりました。ほんとに良かったです。生きてて。」
そう言って、にこやかに白い魔素を集め始める単純な金髪少女。
そういえば、
「なあ、アリシア。解毒の魔法ってあるか?」
「え、ええ。ありますけど?」
「まずはそれをかけてくれ。化膿したり、ばい菌が入ってるかもしれないからな。確実に万全な状態に治したい。」
「カノウ?バイキン?何ですかそれは?」
まじか。知らないって事は魔術で全部治せるってことか?
いや、でも解毒魔法があるならそうとも言い切れないかな。
「ほら、ゴブリンが毒の武器を使ったかもしれないからさ。」
「ああ!なるほど。分かりました。」
どうやら納得してくれたらしい。
再び白い魔素が集まる。
「まずは解毒ですね。ハイエスナ!」
スッと、完全にではないが、痛みが引いていく。どうも本当に化膿していたらしい。
「うふふ、驚きましたか?私、エスナ系魔法の上級、ハイエスナが使えるんですよ。」
「え?ああ、すごいすごい。」
そう言って頭を撫でてやる。が、即座に手で弾かれた。
「子供扱いしないでください。」
「いや、だってお前、神童だろ?」
理由になってないな、寝起きでまだ頭がハッキリしてない。
「キングゴブリンやトロルをたった1人で撃退できる人に言われたくありません。」
「はは、そういえばあれはもう回収したのか?」
「いえ、その、ここに着いたとき……血だらけで目を閉じていた所を見て焦ってしまって。」
「そして寝ているのを幸いに俺に抱きついたと。」
「違います!もう、私はですね、その、死んでいると思ってしまって。」
人の死を誤診する神官ねぇ。
「可愛い子ちゃんに愛されて俺は幸せ者だなぁ。」
「茶化さないでください!とにかく、回収しましょう!」
「いや、足に穴が空いたまんまなんだな、これが。」
「だったら何でそんなに落ち着いてるんですか!もう!エクスキュアー!」
アリシアは俺の足の穴が塞がるまでの間、こちらを頑なに見なかった。恥ずかしかったのだろう。
耳真っ赤だし。
俺の足が治った。アリシアは思っていたよりも綺麗に戻ったのを見て驚いている。普通は少し変色したり、痛みが残ったりするらしく、1ヶ月位は神殿に通いつめなければいけないらしい。
解毒しててよかった。
「そういやアリシアはファーレンに行くのが目的だっけ?」
「ええ、でもこのまま冒険者を続けろと言うなら続けますよ。」
「そんなことは言わないさ。俺が聞きたいのは必要な経費だ。」
「少しは引き止めてもいいんですよ?パーティーを組んでくれるように頼んだのは私ですから。」
「いや、俺も着いていくよ。無色魔法の修得が出来るかもしれない。」
「まあそれもできるでしょうけど。」
何かいい淀んでいる。無色魔法使いはほぼ役に立たない事を知っているのだろう。
でも戦いでは少しの変化が大きく作用するから、無駄ではないと俺は思う。
「そうかぁ、俺と一緒は嫌かぁ。残念だなぁ。」
「いえ!そんなことはありません!是非一緒に行きましょう!」
慌てるアリシアも可愛いな。
「それでその、経費なんですが、入学に1ゴールド、そして学費や寮が毎年5ゴールド位で、それが3年でえーと、他にも買う物があって、20ゴールドですね。」
「それが二人分で40ゴールド、余裕をもって目指すは50ゴールドかな。」
約五千万か。
「高い、ですよね。」
「なぁに、そこまで気にすることじゃない。」
いざとなれば爺さんに高値で売れる魔物や物品を探してもらいでもすれば良いだろう。たとえ遠くにいても、俺の魔法で機動力はバッチリだ。
「はい、頑張りましょう!」
見るともう回収は済んだようだ。
「そういえば、俺をその神の空間に入れられるのか?」
そうすりゃ爺さんに俺を弄ったときにいつでも殴りに行ける。
「いえ、この中には生きているものは入りません。たとえ虫の息でも生きていれば弾かれます。だからこそ入れた素材は腐ったりしないんですよ。」
へえ、知らなかった。
素材が腐らないってことは酸素とかの物質ですら存在しないのかね。
ん?じゃあ俺は何であそこに入れたんだ?……ああ、殺されたんだったな。
『うむ、肉体を壊さないと魂は回収できないからの。』
うむ、じゃねーよ。ったく。
「帰るか。」
「ふふ、分かりました。行きましょう、コテツさん。」
イベラムに着いたとき、白い月がちょうど出てきていた。考えてみれば、この世界は地球に酷似している。星座は詳しくは知らないが、あまり違わない気がする。
「お前らか、身分証はあるな。」
門の前にいたのはイベラムに来た最初の日の衛兵さんだった。
「はい、その節はありがとうございました。」
「もう盗られたりしないように気を付けるさ。」
言って、二人して首に下げた冒険者の証見せる。
ちなみにアリシアは少し胸を張っていて、なんだか得意気だった。故郷の教会から出て、大人の仲間入りができたとか思っているのかもしれない。
「おう、二人とも通ってよし。頑張れよ。」
衛兵さんもそれが分かったのだろう、小さく笑って門を通してくれた。
良い奴だ。何かあったら手伝ってあげよう。
そのままギルドに寄ろうと思ったところ、昼飯を食ってなかったことに腹の音で気付き、進路を満腹亭に変えた。
ちなみに鳴ったのは俺の腹ではない。
彼女の名誉のためにも誰の腹の音だったのかは伏せておく。
満腹亭に入ると、おっさんがわざわざ厨房から出てきた。
「心配したぞ。もし明日帰って来なかったら捜索隊を依頼するところだった。」
そしてそんなことを言ってくれ、俺は衛兵さんだけでなく、おっさんにも絶対に何らかの形で恩を返そうと心の中で思った。
「ああ、すまん。今度から何日くらい出るか言っておくよ。あと、夕飯を頼む。量は多目で。」
俺はアリシアと前と同じテーブルに座る。
おっさんの娘が注文を取りに来た。
「あ、この前のシチューをものすごく美味しそうに食べてたおじさんじゃん。何がほしい?」
「いや、もう注文はおっさんに言ってあるよ。あ、そうだ。水を二人分頼む。」
「お酒、飲めないの?シチューをものすごくおいしそうに食べてたおじさん?」
「いや、こっちのお姉ちゃんと一緒の部屋だからな。酒を飲んだら何をするか分からなくて怖い。」
もちろん、酔った勢いで……っていう事態は俺に関して言えば有り得ない。
ただ、アリシアが怖いだろう。
「あはは、そうだね。じゃあお水を2つだね、シチューをものすごく美味しそうに食べてたおじさん。」
「ああ、頼んだ。」
「本当にいいの?シチューをものすごく美味しそうに食べてたおじさん?」
ずいぶんしつこいな。
「ん?ああ、大丈夫だ。まあそうだな、おっさんには1人10シルバー以内で頼むといっておいてくれ。今日は、いや、“も”金が少ないんだ。」
「もう何もないの?シチューをものすごく美味しそうに食べてたおじさん?ちなみにお父さんはアルバートって名前だよ。シチューをものすごく美味しそうに食べてたおじさん。」
なるほど、何がお望みかよく分かった。
「俺はコテツでこっちはアリシアだ。しばらく世話になる、よろしくな。」
「あ、よ、よろしくお願いしますね。」
俺とアリシアを指差して小さなウェイトレスに言うと、ずっと黙りこくっていたアリシアが慌ててぺこりと頭を下げた。
……意外と人見知りなのかもしれない。
「うん!私はローズ。ローちゃんって呼んでもいいよ。よろしくね。」
「おう、よろしくなローズ。」
ローズは膨れっ面で厨房に戻っていった。