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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第三章:不穏な職場
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87 出立の準備

  「はぁ、もうあと少しでこいつともお別れかぁ。」

 ズゾゾとお椀の中のうどんをすすり、お椀の具を食べつくす。……うん、やっぱりうまい。

 学園大会の後、実戦担当として仕事はもちろん、冒険者になろうとしている学生のために不本意ながらもモンスター役をしたり、相変わらず多い侵入者を片付けたりと、待っていたのはいつも通りの日々だった。

 特別な行事はといえば、次期生徒会長決めの選挙があっただけ。

 しかしこれは予想以上に大変だった。

 というのも、生徒会長決めは学園内に留まらずファーレン島全体にとって重要な事であるため、なんとファーレン島内の住人も巻き込んだ選挙で決められるのだ。

 よって選挙活動は学園内外の様々な所でなされ、それらのサポートは各候補者の担当を割り当てられた教師に任される。

 もちろん一候補者につき、教師はたった一人だ。

 そして俺はというと、一年生でありながら勇敢にも立候補したテオの担当となった。

 その選挙活動、いや、戦いは、約一ヶ月間にも及んだ。

 他の立候補者の担当教師との、熾烈なじゃんけんによる演説場所の取り合い。慣れない演説の前夜に一々緊張しまくるテオの心のケア。そして演説する他の候補者に嫌がらせをしたりされたりし続け、なんやかんやあった末、次期生徒会長はアグネスに決まった。

 彼女は回復科を大層気に入ってくれたようで、正式に回復科コースを創設するらしい。

 俺のアイデアが認められたような気がして何となく嬉しかったのは秘密だ。……特に落選してすっかり落ち込んでしまっているテオには。

 さて、そんなこんなしている内に、俺の任期は残り二週間後だ。

 荷造りはおおよそ済ませてある。

 ま、荷造りとは言っても用意した物は大きく分けて三つだけ。

 1.支度金50ゴールドと財布代わりの巾着袋。

 まぁ、金は何をするに当たっても必要になってくるだろうからな。

 2.俺がBランク冒険者の証である、金のプレート。

 支度金が約5000万と十分すぎる程にあるとしても、この先何があるか分からない。だから俺は日銭はなるべく冒険者として働いて稼ぐつもりだ。

 ちなみにネルによるとランクは元のBのままで再開できるらしい。冒険者として一年間何の働きもしなかった場合はどんな事情があったとしてもネルのように2ランク降格となるものの、俺は昨年の9月の入学式から今年の夏休暇が始まる7月までが任期のため、降格されずにすむのだそう。

 3.毎日必要になる下着やシャツ、そして歯みがき粉。

 下着やらシャツやらの洗濯は今まで全てルナが請け負っている。もちろん俺も手伝おうとはしたけれども、何故か断固拒否された。

 また、ルナがあの着物を洗ってる所を見たことが無いと言ったとき、着物に汚れが落ちる性能もあると必死な様子で言われたことは別の話だ。

 歯みがき粉は、まぁ、歯みがき粉だ。市販されており、誰でも買える。俺はその成分なんて知らないし、何故か週2、3回しか使うなと師匠に教えられ、郷に入っては郷に従えと思ってその言いつけを守っている。

 たぶん含まれてる成分の内の研磨剤の成分が多いのだろう。

 実際、歯磨きは歯みがき粉よりも歯ブラシの性能や歯磨きのやり方の方が重要視されるので、大した抵抗はない。ただ、歯を磨いたあとのあの爽快感を味わえなくなったのが悲しいところではある。

 この旅にはアリシアを連れていかないので、いつも剣を収納しているという魔法陣を鞄か何かに描いてもらおうとラヴァルに頼んでみたところ、収納量は槍1、2本分ぐらいしかないと言われ、止めておいた。

 貴重な上に扱いにくいものほど持ってて困るものはない。

 何にせよ、できる限りの準備はした。

 温かいスープを飲み、ほう、と息をつく。

 「それで、コテツさんは何処に行こうと思っているんですか?」

 と、向かい側の定位置に座るアリシアが聞いてきた。

 ちなみに彼女が食べていたのはカレーで、頬っぺたには米粒が引っ付いている。

 はたしていつ気づくのだろうか?

 俺は笑いだしそうになるのを堪えながら応答。

 「くっ、ゴホン、えっと、どこに行くか、だったよな?」

 「はい。」

 「そうだなぁ……あ、そうだ。アリシアの故郷に立ち寄るってのも良いかもな。」

 「え、えぇ!?私の故郷の村ですか?やめてください、何もありませんよ、私がどれだけ田舎に住んでいたのかがバレたら恥ずかしいです!」

 気付いているのかいないのか、なかなか酷い言いようだ。恥ずかしい程の田舎、なんて初めて聞いたぞ。

 しかし、こうも嫌がられると俄然行く気が湧いてくるな。

 「うん、アリシアの小さい頃の話を仕入れてルナやネルと共有するのもアリかもな。」

 「駄目です!……うぅ、コテツさんの意地悪。」

 「そんなに恥ずかしいことがあったのか?」

 「いえ、そんなことは無いと思いますけど、でも何があるか分からないじゃないですか!」

 「まぁ、今もお弁当を頬っぺたに付けているくらいだしな。はは、こりゃかなり期待できそうだ。」

 頬っぺたに付いた米粒の場所を、自分の頬を触ることで彼女に教えてあげながら席を立つと、アリシアがピシリと固まった。

 ゆっくりと米粒にに手が伸びていき、それに触れ、少しの間停止。

 次の瞬間、サッと米粒が目に求まらぬ速さでアリシアの口の中に消えた。。

 「あの、コテツさん、その、いつから、ですか?」

 「さあ?」

 アリシアの問いにニッコリと笑って返し、俺はうどんの入っていた器の乗ったお盆を持ってカウンターへと向かった。


 教師証を通して理事長に呼ばれ、いざやって来ると、自分の机に腰掛けたニーナと、その隣に立つラヴァルが待っていた。

 「えっと……?」

 何の用だ?

 そんな俺の戸惑いを察してか、早速ニーナが口を開いた。

 「君が旅に出る前に裏切り者が誰なのか少しは絞り込みたいと思ってね。一人だけだったらその動向を監視できるし。」

 「なぁるほど。そういうお前は目星がついてるんだろうな?」

 「当たり前でしょ?」

 聞き返すと、得意顔で返される。

 「フッ、当たり前であるはずの情報共有を怠った者の言う台詞ではないな。」

 しかし隣から飛んできた皮肉で、ニーナのその顔にヒビが入った。

 「ぐっ、もう2ヶ月前の話じゃん!まだ引きずってるの!?」

 「お前が反省の色を少しでも見せてくれたら許すさ。なぁ、ラヴァル。」

 「ああ、そうだな。」

 勘違いの産物とはいえ、力の限りを尽して戦った影響か、ラヴァルとはかなり仲良くなったように感じられる。きっとラヴァルの方もそうだろう。

 「うぐぅ、二人して大人げないとは思わないのかなぁ!?」

 ニーナは気丈にも反撃をしようとするも、俺とラヴァルに黙殺されてしまう。

 ちなみにラヴァルはその天性のカリスマ性による威圧を、俺はただ可哀想な人を見る目をしただけである。

 「と、とにかく!さっさと話し合おう、ね?じゃあまずはコテツから。」

 無理矢理話の方向を修正し、情けない理事長は俺を指差した。

 「俺か?俺は……そうだな、ファレリルが怪しいと思う。」

 合宿でのこともあるし、その前の誘拐事件のときの三人組の内の女性が矢を背中の真ん中にモロに受けても平然としていたことはファレリルが フードを被っていたと仮定すると、矢がファレリルの足より下の空洞を貫いたのだと言うことで納得が行く。

 前はファレリルが超絶方向音痴だから選択肢から除外していたけれども、密かに転移魔法陣を会得している可能性だってあるしな。

 「え、ファレリルが!?いやいや、ファレリルじゃ侵入者を誘導できないでしょ。」

 「転移の魔法陣を会得している可能性は無いとは言いきれないだろ?」

 「だとしても無理だろう。この学園の城壁には転移阻止の魔法陣を描いてある。学園の外から中へ転移することはどうあっても無理な話だ。例外として、教師の証による転移は可能だが、それも共に転移するのは一人が限度だ。」

 俺の言葉に、二人はいきなり難色を示した。

 まぁ当然と言えば当然、か。そもそも俺自身、自分の推理に自信がない。

 「それでも合宿に付いてきたのはファレリルだけだったし、それに方向音痴を補う方法が全く無いとは言いきれないだろ?……まぁ今はそのことは良いか、お前は誰が怪しいと思ってるんだ?」

 ラヴァルを指差すと、彼は腕を組んだまま淀み無く答えた。

 「私が疑っているのはバーナベルだ。彼は家族のためならば何でもする節がある上に、その子供は今の世では生きにくくなっているハーフだ。子供のためにヴリトラの〝力による上下関係〟を実現させようとしていてもおかしくはない。彼の子供だ、戦いの資質が無いことはないだろうからな。」

 あー、確かにそう考えられるかもしれない……か?

 「流石に考えすぎじゃないか?ハーフの子供がいるってだけじゃあ……。」

 「もちろん疑うべき行動はある。カダから聞いた話だが、コテツ、お前が正式に教師として活動する前、バーナベルは見回りを自分でしていたらしいな?」

 確認するように彼が俺を見、俺は戸惑いながら頷き返す。

 「まぁ酒瓶を片手に、だったけどな。」

 「そこがおかしいのだ。ヴリトラの復活を知り、ニーナが主要5人の教師に立体映像で報告したのは7月。そして8月、ヴリトラがファーレンに向かっていることから裏切り者がいることが分かったため、ニーナはそのとき唯一信用できた私に見回りを頼んだのだよ。バーナベルは大方見回りと言いながら、侵入経路の捜索をしていたのだと考えられる。」

 マジかよ。

 「いや、それなら合宿中にヴリトラ教徒がいたことは……。」

 「フッ、それこそコテツ、お前が言ったことだろう?転移魔法陣を会得していない可能性はないとは言い切れない。バーナベルはあれでも頭は良い。」

 まぁ、じゃないと教師なんかにはなれないわな。

 「……そっちの方が可能性としては大きそうだな。」

 「いや、私はカダが怪しいと思うよ。」

 納得しかけたところで、ニーナが声をあげた。

 無視で行こう。

 ラヴァルを見れば、彼も同じ結論に至ったようだった。

 「バーナベルかファレリル、か。」

 「ああ、だが私はやはりバーナベルの方が怪しいと思うが。」

 「でもなぁ、ファレリルだと説明がつくこともあるからな。」

 「ふむ、たしかにそれは認めよう。だが確証はないだろう?」

 「お互いにな?

 「フッ、困ったものだ。」

 「ちょっと!」

 しかし、やはりニーナはへこたれてくれなかった。

 「はぁ、分かったよ、何でカダが怪しいと思うんだ?」

 「これは私が自分で調べて分かったことなんだけど、えっと、コテツはカダが魔族の貴族だったことは知ってる?」

 「ん?ああ、本人から聞いたぞ。たしかカイジンに謀られて失墜したんだよな。」

 「あれ?そこまで知ってるならカダが怪しいとは思わないの?ヴリトラに加担する動機はヘカルト、というよりかはカイジンへの復讐と考えられるし、クラレスが主な標的になってる理由にも説明が付くでしょう?」

 「そりゃ考えたさ。でもな、本人はカイジンにしてやられたとは思っていても、貴族としては当然のことだから憎んではないって言っていたぞ?」

 「犯人が本当のことを言うわけがないでしょ?」

 「だとしてもカダが裏切り者だと絞り込める理由がない。お前はカダが裏切っているから標的がカイジンの娘のクラレスになってるって言ったけどな、カイジンはヘカルトの王でクラレスはそのお姫様だってことを忘れてないか?どこの誰だって身分の高い、つまりは価値のある人質を手に入れようとするさ。別にクラレスが標的になるにはカダが裏切り者じゃないといけないなんてことはないだろ?」

 「うっ。」

 「加えて、もしカダが裏切っているのならば、態々コテツに自らの過去を教える筈がない。」

 「そ、そう、だね……。」

 真っ向から意見を否定され、見るからに意気消沈するニーナ。

 「だが、筋はある程度通っていた。うむ、一点を除けば説得力は十分にあったように思う。」

 その様子を見るなりラヴァルがすぐさまフォローに回り、調子の良いニーナはそれだけで照れ臭そうな笑顔になる。

 ……甘い。

 ニーナのせいで殺されそうになったっていうのに、凄いもんだ。もう甘いなんて言葉じゃあ足りないくらいの甘さだ。

 『それはお主が色々なことをダラダラダラダラダラダラダラダラと引きずるからではないかの?ったく、わしがお主を殺したことやミヤに未練がましく想いを持っていること、それに今回のことと言い、お主は自分が被った悪いことを記憶に止めすぎてはおらんか?』

 まぁ、悪い記憶ってのはなかなか忘れられるような物じゃないしな。

 そのときに受けた衝撃も大きいし。殺されたことなんて一生忘れられる気がしない。

 『なっ!?わしはその詫びとしてスキルを余分に与えた上、これまでも何度もお主を助けてきたじゃろ?そろそろ許してくれても良いとは思わんか?のう?』

 その態度が許せないんだよ俺は!それに爺さんはもし犯行が俺にバレていなかったら何もしなかっただろ?

 『お主が間違って蟻を踏み殺しても何もしないのと同じじゃよ。』

 全ッ然違う!

 たとえお前にとって俺なんかが蟻と同じような物だとしても、お前は明らかに俺を殺そうとしてただろうが!

 何が間違って殺した、だ!ふざけるな!

 『う、うむ、そうじゃな、お主の言うとおりじゃ。わしが悪かった。……それでは詫びとして完全言語理解のスキルを……。』

 要らんわ!反省してないだろお前!

 「コテツ?」

 「どうした、急に押し黙って。」

 呼ばれて顔を上げると、2組の怪訝な目がこちらに向けられていた。

 「あ、ああ、すまん。誰を監視すべきか考えてたんだ。」

 爺さんの相手はあとだ。

 ……呪うだけ呪っとこ。呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪……。

 『ギャァァァァァ!』

 「……で、誰を監視する?一人だけなら徹底した監視ができるんだろ?俺はやっぱりファレリルが怪しいと思う。」

 「そして当然のことながら、私はバーナベルを監視することを勧めよう。」

 するとラヴァルが俺に続けてそう言い、俺達二人はニーナの方へ揃って目を向けた。

 「アハハ、私に決定権が押し付けられたってことだね。……誰にしようかな。」

 苦笑し、俯いて考え込み始めた彼女は少しして視線を上げ、

 「ねぇ、やっぱりカダじゃ……うん、ごめんなさい。ちゃんと考えるから。」

 ふざけた意見を口にしかけて、俺とラヴァルに黙殺された。

 さらに思案すること数秒、ニーナは自身を納得させるように頷きながら顔を上げた。

 「うん、よし、それじゃあバーナベルを監視することにしよう。コテツは旅に出るし、ラヴァル、監視を引き受けてくれないかな?」

 「良いだろう。」

 「ありがとう。」

 ……ニーナがやればいいのに。でもまぁ、ニーナがやったらやったで簡単に監視を突破されそうな気がしないでもない。

 「苦労を掛ける。」

 ラヴァルに軽く頭を下げると、彼は笑って首を振った。

 「フッ、これから最も苦労するのはコテツ、お前だろう?一年で神の武器を探し当てるなど、生半可な努力できることではない。」

 「はは、かもな。」

 笑い返す、パンパンとニーナが手を叩いた。

 「よし、大事なことは決まったことだし、解散!」

 こいつ、さてはさっさと真面目な話から自由になりたいだけだな?

 ま、色々任せっきりになってしまうけれども、俺は俺で頑張るしかないか。

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