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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第三章:不穏な職場
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86 恋路

 学園大会に関する事全てが終わり、ファーレン島は本格的に春に突入した。

 気候の影響も相まって、学生達はかなり浮わついてきていた。

 ある者は競争率の高い、大会の優勝者や準優勝者を追いかけ、そして追いかけられている二人はそんな彼女等に目もくれず、好意を抱く相手に近付こうと努力している。

 また、大会で入賞はしていないものの、持ち前のモテ能力で知らず知らずのうちに回りの異性を引き付ける俺の同郷の士を一途に思い続ける二人の、お互いはもちろん、新たな参戦者達との攻防も行われていたりする。

 他にも、相手を意識していながら、実際の身分の違いもあってなかなか話しかけられずにいる者、学園一のモテる男も含め、かなりの男子学生に人気があり、ファンクラブまで勝手に設立され、そのせいでこれまたかなりの数の女学生の憎しみを買っている者。

 もちろん他にも、モテる男に憎しみの視線を向けていたり、自分で密かに異性と親密になっていたりと、色んな奴等がいる。

 そしてそれらの様子を眺めてニヤニヤしながら、食堂の端でいつもより美味しい昼御飯を食べているのが俺である。

 「コテツさん、何か面白いことでもあったんですか?」

 目の前、テーブルの向い側座っているアリシアは学園内のこの空気に影響されず、いつも通りの様子だ。

 変わったことと言えば友達とではなく、俺と一緒に食べるようになったってことぐらいだろうか?

 まぁ、居心地が悪くなったとかそこら辺だろう。周りがあんなに浮わついているのに自分だけ、というのは案外キツいしな。

 「コテツさん?聞いてますか?」

 と、アリシアが少し怒ったように頬を膨らませる。

 周りが浮わついていることに少しイライラしているのかね?

 「あー、聞いてる聞いてる。やっぱり美味しいと思ってな。」

 そう言って俺が今食べている焼き肉定食を指差す。

 最近は人の恋路を見る楽しみが増えたせいか、食が異様によく進む。

 食欲の春って言葉は何故無いのだろうか?

 「今年の夏からはこんなに上手いただ飯は食べられなくなるしなぁ、あまり舌を肥えさせるのも考え物だ。」

 「そういえばコテツさんは教師の任を解かれたら何をするんですか?」

 アリシアが身を乗り出してきた。

 「ん?言ってなかったか?」

 コクコクと彼女が頷く。

 さて、どうやって言おう。この子には余計な心配を掛けさせたくないしなぁ。

 「そうだな、俺は来年一年間、旅に出て見ようと思ってる。」

 うわぁ、自分で言ってて恥ずかしくなってきた。

 この年で旅とか、馬鹿にされるに決まってる。

 「旅、ですか?」

 案の定、アリシアが怪訝な顔を見せ、しかし言ってしまったものは仕方ない。

 しっかりと頷いて見せる。

 「ああ、旅だ。」

 「えっと、理由を聞いても良いですか?」

 「俺はほら、この世界に来て二年ぐらいだからな、今さらだがこの世界がどんなところなのか見てみたいと思ったんだ。」

 何ともほんわかした理由だなぁ。

 「あの、私も連れていってください。魔法も魔術も上達しましたし、その、私の神の空間だって役に立つと思いますよ?中退しても許されるだけのお金はあります。」

 するとアリシアさ急にそう捲し立ててきた。

 「こーら、ファーレンで魔法を習うことがお前が故郷を出て冒険者になる条件だったろう?だからお前はここに残ってしっかりと勉強してくれ。」

 たしかにアリシアがいてくれると色々と助かる。ただ、俺にとって都合がいいからと、わざわざ彼女にカイルや故郷の人達との約束を破らせる訳にはいかない。

 俺は流石にそこまで自分勝手じゃないつもりだ。

 「そんな……あ、コテツさん、一年間って言いましたよね?一年したら、帰ってきてくれますか?」

 「おう、もちろんそのつもりだ。再来年にはまたこの職に何としてでも就いて見せるさ。」

 「絶対、ですよ?」

 アリシアに念を押された。

 が、ここでからかいたくなるのが人の心という奴である。

 「はは、俺の腕が衰えてたらどうなるか分からないけどな。」

 右肩を軽く叩きながら言うと、アリシアはさらに身を乗り出してきた。胸が大きいせいで色々と倒れそうになった物を慌てて支え、遠ざける。

 「それでも私が卒業するまではファーレンにはいてください!お金はたくさんありますから、一年ぐらい遊んで暮らせますよ!」

 なるほど、そういう解決策があったか。

 取り合えずどうどうとアリシアを両手で落ち着かせる。

 大きな声で一年間ヒモになってくださいと言われたのだ。……周りからの視線が痛い。

 「分かったから、金のことはともかく俺は必ず帰ってくる。約束だ。」

 「……神に誓ってください。」

 誓う!?

 「なぁアリシア、流石に大袈裟すぎやしないか?」

 「誓ってくれませんか?」

 はい出ました、凄まじい効力を持つアリシアの上目遣い。

 毎度のことながら、俺はアリシアのお願いには弱い。むしろこんなことされたら断りきれるはずもない。

 あっさり断れる奴は余程の人でなしだ。断言してやる。

 「でもほら、俺は生憎と神を信じてないから、な?」

 それでも、なんとか抵抗を。

 「それならどの神様を信仰しても裏切りにはならないということですね。コテツさん、お願いします。アザゼル様に誓ってくれませんか?」

 嫌だと即答したい!

 誰があんなくそ老いぼれジジイに誓うか!

 「うぅ……。」

 あ、アリシア、その目は本当にやめてくれ。

 しかも涙目と来て威力倍増してるし。

 『さっきの暴言は聞き流してやろう。ほれ、さっさと誓わんか。』

 「アリシア、約束じゃ駄目か?」

 「コテツさん、神に誓うのはそんなに嫌なんですか?」

 くそ、何か無いのか?アリシアを納得させることができるものは!

 「くっ、アザゼルに……誓、う……」

 『うむ、しかと聞き届け……』

 神死ね神死神死ね神死ね神死ね神死ね神死ね神死ね神死ね神死ね神死ね神死ね神死ね神死ね神死ね神死ね神死ね神死ね神死ね神死ね神死ね神死ねェェェ!

 『グオォォ、やめんかぁ!』

 呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪…………

 『オォォ!?お主、そ、そこまですること、ないじゃろ?』

 ある!

 「あの、コテツさん、すみません、まさかそんなに嫌がるとは思っていませんでした。無理させて本当にすみません。」

 「いや、アリシアのためなら無理も多少はできるさ。だから遠慮しなくていいぞ。」

 無理の副作用は全て爺さんに被ってもらうがな。

 『こんの……む、分かったぞ。お主、あれじゃろ、まだあのミヤとかいうエルフに未練があるから学園内のこの空気に実際はイライラしとるんじゃろ。ったく、わしも大変じゃ、お主の八つ当たりを一身に受けねばならんとはのう、トホホ。』

 黙らっしゃい!そんなことないわ!

 俺はただ純粋に学生達の恋愛模様を楽しんでいただけだ!ミヤさんは関係ない!

 『人の恋路を見てニヤニヤしとる奴が純粋じゃと?』

 くっ。

 と、何故か頬を染めていたアリシアが口を開いた。

 「えっと、それならやっぱり私を連れていってくれませんか?」

 どうも俺が遠慮しなくていいと言ったから二度目のお願いすることを遠慮するのをやめたようだ。

 ただ、ここはやはり譲れない。

 「駄目だ。」

 「どうしても、ですか?あぅ……」

 必殺の上目遣いを食らう前にテーブルを越えてアリシアの頭を強く撫でる。

 「あのな、心配してくれるのは嬉しいけどな、何も一人で旅をする訳じゃないんだ。ちゃんとルナも連れていくから安心してくれ。俺とルナの二人ならほとんど何の心配もないだろう?」

 そして撫でながらそう言うと、アリシアはピタッと動きを止め、少し低い声を口から漏らした。

 「ルナさんは、連れていくんですね……。」

 何故だろう、安心させるつもりでそう言ったのに、何だか不機嫌になってしまっている。

 「別にお前を連れていきたくないって事じゃないぞ?ただルナならほら、一応俺の奴隷だし、連れていっても文句は無いだろうってだけだよ。」

 「うぐ、分かりました。でも再来年、絶対ですよ?」

 「ああ、必ず帰ってくる。」

 何とか納得してもらえたらしい。

 俺は焼き肉定食の最後の一切れをご飯と共に掻き込み、お盆をもって立ち上がる。

 「アリシア、ファレリルに補習を食らわないよう、頑張れよ。」

 〝ファレリル〟と言ったところでビクッと反応したアリシアがそれでも頷いたのを確認し、俺は食器を返しにカウンターへと向かった。

 それにしても勢いで言ってしまったが、この世界を見て回るというのも案外いい考えかもしれない。

 どうせ神の武器を探すという望み薄な旅だし、それも爺さんの案内で、だ。

 見つかる可能性はかなり低い。

 最終的にはスレインから何とかして聖武具を盗み出せば良いし、観光をしても大して支障はないだろう。



 「で、どう思う?」

 「いや、どう思うって言われてもね。ボクも連れていってくれるんならともかく、連れていってくれないなら〝楽しんで〟としか言えないんだけど。」

 コロシアムの居住部屋に戻ると他の女学生の憎悪の視線から逃げてきたネルが机に突っ伏していたので、早速旅の事を相談してみたところ、彼女はあからさまに不機嫌になった。

 今なんて机に顎をつけたまま、側に立つ俺を下から睨み付けている。

 良い相談相手になると思ったんどけどなぁ。

 「はい、楽しませていただきますね。」

 と、俺の代わりに、ネルの向かい側に座るルナが答え、さらにニッコリと笑い返した。

 旅の事を話してから、彼女はかなり上機嫌だ。

 初めはルナもアリシア達と一緒に置いていこうと思っていたものの、奴隷は常に主人の近くにいないといけない等々と必死で力説され、連れていくこととなったのである。

 「ルナもここに残れば良かったのに……アリシアの魔法の練習を手伝えるし。」

 「あ、その手があったか。」

 「駄目です!」

 ネルの言い分に納得しかけるとルナが慌てて立ち上がり、俺の両肩を鷲掴みしたかと思うと真正面ら見て、いや、睨んできた。

 相変わらず綺麗な紅い瞳から目を上に逸らし、そのまま「でもなぁ……。」と思案を続けようとすると、彼女は俺を前後に激しく揺さぶり始めた。

 もし俺の思考を妨げようとしているのなら……

 「だぁもう、分かった、分かったから、ルナ止めてくれ。」

 ……大成功だよ。

 「アハハ、ルナってば必死だねぇ。」

 「フフン、ご主人様と一年間一緒に居られ、ゴホン、旅行にいくためなら必死にもなります。ネルはお勉強頑張ってくださいね?」

 ネルがそんなルナをからかえば、ルナは置いていかれることとなる彼女を鼻で笑って見せる。

 「こんのぉ!」

 「ご主人様、ふふ、楽しみましょうね?」

 顔を上げたネルの怒りをどこ吹く風と聞き流し、ルナが俺を向いて笑う。釣られ、俺も苦笑させられる。

 「もう、勝手に楽しめばいいよ!ボクには関係ないし?別に行きたいなぁとか、楽しそうだな、羨ましいなぁとか思ってないもんね!」

 そう言ってネルが再び机に顔を押し付けたのがルナの肩越しに見えた。

 「はぁ……、あのな、別に楽しむための旅じゃないんだぞ?」

 ルナの手を俺の肩から外し、机に両手を置いてため息まじりに弁解する。

 まぁ若干、楽しもうって気持ちが高ぶってきているのは事実ではある。ただ、やはり目的は神の武器を探す、ということに変わりはない。

 「へー、ふーん。」

 しかしネルはこれでもかってほどの不信感を声に乗せて返すだけ。突っ伏したままこちらを見ようともしない。

 「本当だって。もし楽しむためならお前を抜かすわけないだろ?」

 「……本当に?」

 「ああ、弄る対象がいなくなると困る。……はいはい、冗談、冗談だから落ち着こうか。……だから蹴るな、蹴るなってば、お前の足が綺麗なのは知ってるから。態々見せ付けなくて大丈夫。な?」

 椅子に座ったまま、机の下でゲシゲシとローキックを決めてくるネルを、言葉を尽くして諌める。

 「なっ!?も、もう……ずるいよ。」

 すると彼女はピタッとその動きを止め、かと思うと赤くなり、モジモジと居心地悪そうに椅子の上で縮こまる。

 相変わらず褒め言葉に弱いなこいつは。

 「なぁネル、もしかしていつも怒られてたりしたのか?それで褒められ慣れてないとかか?……あ、だからセシルはお前にだけ甘いのか。ポンコツだから可愛い、守ってあげなきゃ、とかそんな理由で。」

 なぁるほど、自分で言ってて色々納得できた。

 と、ネルが顔を上げた。今の評価化が不服だったのは言われずとも分かった。

 「あのね、ボクは受付嬢として優秀だったし、セシルにはボクがお手本をして見せてあげたんだよ?……もう、ポンコツだなんて一度も言われたことないよ!これでも人気だったんだからね!?」

 「あー……そうか。実際俺が初めてお前に会ったとき、口説かれてたしな。」

 「そこは思い出さなくていいの!」

 やっぱり慌てるこいつは見ていて面白い。

 「何て言ってたっけなぁ、たしか……ごほん、『ネルさん!ああ、君はなんて美しいんだ。君をこの世に生んでくれた君の母親にはいくら感謝してもし足りない。君がいるだけで日々に彩りが出るし、毎日生きていたいって思える……君に会うためだけにね。ああ、君に初めて出会ったとき、僕は自分の運命を恨んだよ、何故今まで世界一美しい君に出会うことができなかったのかって。ただ、一つだけ君に出会って一つだけ困ることがあるんだ。どうにも僕の目の調子が悪くなってしまって、君の事しか見えなくなってしまったんだよ。どこにいても君が頭から離れない。それに僕はどうしても君を頭から離したいとも思えない。会う度に美しくなるせいでそれがさらに酷くなる。君の髪、細い眉、長いまつ毛、通った鼻、艶やかな唇、華奢な首から細い指の先まで全てが完璧なんだ。神はきっと君に美しさの全てを与えたに違いない。言葉では言い足りないほどの魅力を持っているそんな君に、一つ、お願いがあるんだ。……どうか、こんな僕と、情けでも良い、僕のお金目当てでも良い、遊びでも試しでも憐れみでも良いから、どうか、僕と、付き合ってくれませんか?』」

 一気に言いきり、ほぅ、とため息を吐く。

 そう、これだけ褒めちぎって自分と付き合ってくれ、なのである。結婚してくれと頼むときには何て言うのか、非常に気になるところだな、うん。

 ……って、何言ってんだよ俺。

 後から襲ってきた羞恥に思わず自分の頭を抱える。

 いくら他人の真似だからと言って、今のを大きな声で言ってしまうとは。恥ずかしいにも程がある。

 恐る恐るネルの方へ視線を移す。

 「そ、そんなこと、言われれもぉ……。」

 彼女は真っ赤っかになって自分の胸に両手を当て、背もたれに全体重を預けて放心してしまっていた。

 かなり恥ずかしかったらしい。

 まぁ、当然か。

 「ご主人様、えっと、もう一度、その、私に向かって言ってくれませんか?」

 そんなネルを気にする素振りもなく、ルナが聞いてきたものの、やはりちょっと無理が過ぎる。

 「頼むから勘弁してくれ、ほらネル、しっかりしろ。」

 未だにボーッと上の空なネルに声をかける。

 「言う人が違うと、こんなに変わるんだね……。」

 誰に向かって喋っているのかは分からないが、しっかりしてくれ。

 それから、ネルが正気に戻って脱兎のごとく逃げていくまで数分掛かった。

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