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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第三章:不穏な職場
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84 裏切者

  「分かった、今日は全ての学生と教師のコロシアムの出入りを禁止するって事でいいね?」

 朝、リングを破壊する旨を伝えると、ホログラムのニーナは快く頷いてくれた。

 俺が今いるのは、昨日学生達による激闘が為されたコロシアムリング。

 時間は早朝、オリヴィアとの訓練は既に済ませておいてある。

 「ああ、そうしてくれ。一応、誰も入らないようにルナには見回りをさせておく。それで、大抵の好奇心旺盛な学生は追い返せると思う。」

 「分かった。じゃあ早速初めて良いよ。」

 「了解。」

 頷いてみせると、半透明な理事長の姿がフッと消える。

 「それじゃあルナ、誰も入ってこないように、外の見張りは頼んだぞ?」

 言って、隣で俺とニーナとの会話を静かに眺めていたルナの頭を撫でれば、彼女は小さく笑い、

 「ふふ、お任せください。あ、アリシアとネルが来た場合は……?」

 ふとそう言って首を傾げた。

 「あー、それでもなんとかして追い返してくれ。」

 「はい、分かりました。頑張ります。」

 「……いつもありがとうな。」

 「お任せ下さい。」

 笑いかけると、彼女も笑い返してくれ、愛用の刀を片手にコロシアムから出ていった。

 ……さて、やりますか。

 その大きさやそれを落とす高さ、込める魔力の最適な加減を体に染み付けた魔法を空中に作り出す。

 「ハンマー!」

 ズン!とリングが振動し、本日最初のクレーターが出来上がる。

 当たりだと良いなぁ。

 『お主の事じゃ、多かれ少なかれ外れじゃろうな。』

 うっさいなぁ。

 ……結果、目ぼしい物は何もなかった。

 ただ土埃が舞ったのみ。

 『ほらの。』

 「はぁ……、今度こそ!」

 何となく、悪い予感はしていた。



 『ここまで来るともう筋金入りの不運じゃのう、お主は。』

 くっ、言い返せない。

 途中、たび重なる失敗でむしゃくしゃした気分での昼食を挟み、時間はもうすぐ夕方というところ。それまでにリングの昨日探していない範囲を穴ぼこだらけにしてしまい、ついに次で最後だ。

 これで何もなかったら爺さんの情報はデマだったということになる。

 「うおらぁっ、ハンマァー!」

 やけくそ気味に黒い塊を叩き付け、ズン!と足元のリングが震える。

 舞う砂塵に咳込みそうになりながらできたクレーターの中を覗けば、一番奥底には真っ黒な出っ張り。

 あれか?

 『他には考えられまい。』

 おお、ガセネタじゃなかったか!

 『失敬な!』

 爺さんの言葉は無視。喜びいさんで少し急な斜面を滑り降りる。

 その黒い物体――パンドラの箱はその半分程を岩に埋めたままだった。

 余程奇想天外な造形をしていない限り、両手に収まる程度の箱型だと推察できる。

 「これが神の作った物、か。」

 見る限り何の装飾もなく、見た目はシンプル・イズ・ベストを心の底から信じてしまった馬鹿が作ったと言われても納得できるような代物。

 『お主……天罰が下っても知らんからの。』

 こんなことで天罰を下すような懐の小さい神は爺さんぐらいだろうよ。

 何はともあれ、取り合えず掘り出すか。もしかすると埋まった部分に凝ったあしらいがされているやもしれん。

 そんな期待に胸を膨らませつつ、ピッケルを右手作り上げる。

 と、気配察知で誰かが来たのを感じた。十中八九、ニーナが様子を見に来たのだろう。

 キンッ!

 そして、目の前、丁度俺がピッケルを降り下ろそうとした場所に、朱い、細身の剣が突き立った。

 敵!?

 振り上げたピッケルを黒龍に変形。

 「そこまでだ!」

 大きな声がコロシアム内に響き渡る。

 俺が振り返ったときには、朱が目の前に迫っていた。

 「どわっ!」

 咄嗟に後ろへ倒れ込み、そのまま体を丸めて後転。地面を手で押してさらに後方へ飛ぶ。

 しかしお椀型の地形のせいで、俺の動きはクレーターの側面を少し上るだけに留まり、相手との距離はあまり稼げなかった。

 「逃がさん、加速陣!」

 すかさず相手が追撃。

 繰り出される突き。それを黒龍で咄嗟に外側へ逸らし、俺は逆に相手の体を思いきり蹴った。

 「ぐっ!」

 呻き、バックステップで離れる相手を今度はこちらから追いかけ、追いつくと同時に黒龍を頭蓋へ降り下ろす。しかし、愛用の中華刀は鮮やかな朱の剣で受け止められた。

 鍔迫り合い。

 「お前がそうだったのか……ラヴァルッ!」

 ギチギチと震える剣を、渾身の膂力でラヴァルへと押し込みながら怒鳴る。

 「フッ、正解だ。私がお前の最大の障害だ!魂片は我が命に代えても渡しはしない!火炎陣!」

 ブワッと俺の足元から炎が吹き出、堪らず退却させられる。

 裏切り者がラヴァルだったとは……俺の推理も捨てた物じゃなかったか。

 ていうか、いつの間に魔法陣なんて描いた!?

 まぁ良い、思考は後、とにかく今は速攻で終わらせよう。

 陰龍を作り上げ、蒼白い軌跡を双剣から発しながら走る。

 「爆炎陣!」

 と、俺の進行方向の地面に巨大な幾何学模様が突如現れ、かと思うと凄まじい炎を吹き上げた。

 時間を稼いだつもりか?

 「舐めるな!」

 それに蓋をするように障壁を作り、俺は軽く跳んでその障壁の上を尻で滑る事で炎を突破。

 左、右足、と着地して、勢いそのままラヴァルへ駆ける。

 「フゥッ!」

 息を一気に吐き出しながら右足を蹴り出し、半身でラヴァルへと黒龍を突きだすも、それは左への身の捻りで避けられてしまい、代わりに斜め下からの切り上げが胸に迫る。

 すぐにそこへ陰龍を叩き付けて斬撃を弾き、ラヴァルの体を蹴り飛ばそうと左足を小さく浮かせるも、目ざとくそれを見破った彼は左手に赤い液体を集め、新たな剣を形成。俺の軸足に向かってそれを薙いだ。

 「くっ!?」

 すんでの所で目標を変え、ラヴァルの代わりに地面を蹴り、俺は後方へ跳んで逃げた。

 ……剣を作れるのは俺だけじゃない訳か。

 「逃がさぬと言っただろう!」

 荒ぶる声と共に目の前に赤い魔方陣が浮かび上がる。

 空中に魔法陣!?

 仰天しつつも足場を作って真上へ跳びあがれば、真下を燃え盛る豪炎が突き抜けた。

 「ほう?飛べるのか。」

 「チッ。」

 いかんな、こっちの手札がどんどんバレていく。

 素早く頭上に板を作成。右の裏拳をそれにぶつけて体のベクトルをラヴァルへと切り換え、俺は無理矢理攻勢に転じた。

 体に左手を引き付け、右腕を伸ばし、横向きの体を回転させて黒龍を力いっぱいラヴァルの左肩へと振り下ろす。

 「くっ!?」

 空中での俺の制動に不意を突かれ、咄嗟に動けなかった相手は左の朱剣で切り下ろし真っ向から防ぎにかかる。

 ガン、と硬質な音が響き、俺の腕力にラヴァルは押し込まれ、

 「ッ!」

 彼は素早く右の剣をも左のそれに宛てがい、支えとした。

 押しきれないか。

 すぐにそう判断し、二本の剣に阻まれた黒龍から力を抜き、左足で着地。さらにぐっと屈み込む。

 そして肩透かしを喰らった形で朱い長剣が俺の頭の遥か上を空振りする中、俺は縮めた体をその左足軸に時計回りに回転し、右足を一気に伸ばしてガラ空きのラヴァルの胸に踵を喰らわせた。

 「ガッ!?」

 仰け反り、ラヴァルが後ろに少し滑る。

 俺は伸ばした右足をすぐに下ろし、そのまま地を蹴り飛ばしして接近。彼の顔へ向けて黒龍による切り払いを放った。

 「甘い、鉄柱陣!」

 が、ラヴァルはさらに大きく後ろに仰け反って致命の剣をかわしてしまい、直後、俺の腹が押しつぶされた。

 「カハッ!?」

 見れば鈍い鼠色の柱が地から俺の腹へ伸びている。

 「燃えろッ!」

 ラヴァルの目の前に赤が集まり、新たな魔法陣が宙に浮かび上がる。

 その向く先はもちろん、くの字の形に体を折り曲げさせられ、加えて地から足を浮かさせられている俺。

 すぐに目の前に障壁を作成。

 「火炎陣!」

 直後、猛る紅色が即席の黒壁に突き刺さり、そこにヒビを入れて紅い舌をこちらへチラつかせた。

 ……長くは保たない!

 痛む腹は我慢。宙に逐一足場を作って今にも破れそうな障壁のさらに上へと駆け上がり、跳ぶ。

 炎が足下を駆け抜けた。

 「アレを避けるか!?」

 上空から襲ってくる俺にいち早く気付き、目を見張るラヴァル。

 「ハッ、甘いわ!」

 そんな彼へ向けて、俺は落ちる勢いをも乗せた左右の双剣を振り下ろす。

 「強化陣!」

 直前、ラヴァルの足元に魔法陣が出現。しかし何も起こらず、かと思うと彼はもう間に合わないはずの両手の剣を一気に振り上げた。

 剣速が速い。身体強化か?ま、どうだっていいさ。

 激突と同時に剣に込めていた力を緩め、柔らかく手首を使って中華刀を軽く回せば、ラヴァルの剣は俺のすぐ頭上を再び空振りする。

 そうして、懐に入り込み、両足を地に付けた俺の前にはガラ空きになったラヴァルの胴。

 「鉄塊!」

 「っ、硬化陣!」

 スキルを伴い、俺はラヴァルの腹部に膝を入れた。

 「ゴハッ!……ォオ!スラッシュ!」

 ラヴァルは片足を半歩下げるだけにとどまり、雄叫びを上げ、まだ間合い内にいる俺に向けて右の剣を振る。

 てっきり大きく吹き飛ぶ、ないしは怯むものと思っていたため、俺の対処は遅れた。

 何とか後ろへ仰け反り、胸を浅く斬られるだけで済む。

 「ッぶねぇなおい。」

 「フッ、安堵するにはまだ早いぞ!暴風陣!」

 散った赤い液体が目の前に集まり、複雑な幾何学模様を為す。それが一瞬光ったかと思った瞬間、碌な踏ん張りを効かせられていなかった俺は大きく背後へ吹き飛ばされた。

 自分が作ったリングの凹凸に何度も体をぶつけ、リングの平坦なもう半分の上で止まる。

 「くそ、さっきから面倒な……血、だよな?」

 数度転がったあと、起き上がりながら言う。視線を上げれば、ラヴァルの足元に新たな魔法陣が形作られていた。

 「フッ、その通りだ。自らでは精製できない血潮を操るこの固有魔法は実に使いづらい。相手の体内の血までも操ることができたのなら文句はないのだが……二重加速陣!」

 足元を一瞬光らせ、ラヴァルは猛烈な速度で駆け出した。

 「はは、体内の血まで操られたらそりゃあこっちも降参するしかないわな。」

 外に出ればすぐさま操れるだと?厄介極まるわ。

 「ふむ、はったりを使った方が良かったか?ハァッ!」

 間合いに俺を入れると同時にラヴァルが両の剣を挟み込むように平行に振る。

 対する俺は下がらず、前に踏み込んで2つの刃の軌道から外れ、そのまま肩からラヴァルの胸に突っ込んだ。

 「くっ!」

 一気に掛かった質量に押され、ラヴァルが数歩後ろによろける。

 「大して変わらないさ、お前を倒してパンドラの箱は渡してもらう!」

 走り、ザザと地に右足を滑らせて、黒龍をラヴァルの体の中心、最も避けにくい場所へと下から切り上げる。

 「石柱陣!」

 しかし石の柱が地から伸び、黒龍の刃はそれに食い込んでしまった。そうして俺にできた隙を逃さず、ラヴァルが石柱の脇から剣を俺に向けて突きだしてくる。

 自由の利かない黒龍から手を放し、ラヴァルの剣に対して石柱の反対側に回ると、その動きを読んでいたのか、ラヴァルの二本目の剣が俺の首目掛けて真横に振られた。

 膝を曲げ、石柱を片手で上に引っ張ることで姿勢を一気に落とし、致命の斬撃をなんとか避けると、頭上でラヴァルの剣が黒龍と同じく石柱に途中まで切り込んで止まる。

 すかさずラヴァルへ向けて新たに作り出した黒龍を突き出すも、彼は剣を血に分解し、大きく下がって事なきを得た。

 「アレの名前まで……コテツ、いつからだ!いつからアレの存在を知っていた!」

 「言ったとして信じるか?」

 耄碌した神様から聞いたとか。

 『しておらんわ!』

 うるさい、戦闘中だ。

 『何じゃとぉっ!?』

 黙れ!

 「フッ、それもそうか……。魔法陣展開!」

 ラヴァルが叫んで剣を真横に一振り。その体から血が俺の四方八方に飛んでいき、それぞれが赤い魔法陣を形作る。

 「何を……しまった!?」

 なんの魔法陣か分からず警戒している間に赤い円が隙間なく並び、俺をドーム状に取り囲んだ。

 おいおいおいおい冗談じゃないぞ!?

 「さっきからなんだ、ハイドン兄弟の真似か!?」

 馬鹿にしたら思い直してくれないかね?

 「フッ、彼らは一度に一つの魔法陣しか描けぬ。そも念写は何かの上に限定され、触れていなければ発動しない。フッ、空中に浮かぶ魔法陣はそうそうないだろう?受けてみたまえ、爆散結界!」

 全ての魔法陣が輝く。

 ……流石に希望的観測が過ぎたらしい。

 「チクショウめ!」

 こうなれば仕方がない!

 小さいドーム状に障壁を何層にも重ねて作り上げ、俺は過剰にも思える防御を固めた。

 全方向からの強い衝撃。外側の2枚があっという間に砕け散る感覚。

 反撃に転じようと障壁を一瞬消したところで、魔法陣が未だ展開されているのに気付いて慌てて作り直す。すかさず連続した爆発が続き、4枚、6枚と障壁が削れ、崩れ、破壊されていった。

 単発じゃないのかよ……。

 残り3枚となった所で意を決し、残り1枚になった瞬間、地を蹴り飛ばして包囲の外へと必死に駆け出す。

 最後の一枚が消し飛ぶ同時に、ガラスの割れるような音がなり、俺は魔法陣の結界から何とか転がり出た。

 危なかった。ったく、なんつー魔術を使うんだ。

 「……まさか、先程からのそれは黒魔法か?」

 まぁバレるのは覚悟の上だ。

 「ああ、その通り、ご名答。」

 気楽に言いつつ、ラヴァルの背後に剣を作成、襲わせる。

 しかしそれはあっさりと朱剣で弾かれた。

 「奇襲か、悪くないが相手が悪い。私はヴァンパイアの中でも特にこの血を操る固有魔法を得手としている。辺りに霧状に血を散布し、感覚を拡張することなど造作もない。」

 つまり奇襲は無意味って事かい。

 「あーそうかい、じゃあこれならどうだ?」

 片手を上げると同時にラヴァルの周りを十本の剣で取り囲み、彼へ襲い掛からせる。

 不意打ちが駄目なら、堂々と手数で押すまでだ!

 剣を操りながら、俺もラヴァルへと走る。

 しかし、それぞれの剣の前に赤い障壁が現れ、俺の攻撃を阻んでしまった。

 「それを予想しなかったとでも?」

 「それもそうだな!」

 ただ、距離は詰められた。

 それに、いくら血の操作に長けていようと、使える血液の量自体は無限である筈がない。限られているはずだ。

 今のように他へ使わせるだけでも十分に意味がある。

 宙の剣に血の障壁を押させたまま、左足で踏みこみ、黒龍で袈裟斬り。それを外へと受け流したラヴァルは、右手の剣で俺の胸を突く。

 が、俺はその剣と俺の胸の間に障壁を作って一撃を受け止め、伸ばされたその右腕を陰龍で突き刺した。

 「っ!」

 ラヴァルの動きが止まった。

 すぐに陰龍から手を離し、素早くラヴァルの右腕を握って引き寄せ、右肘で彼の胸を強打。

 「ゴッ!?」

 さらに右肘の曲げ伸ばしで相手の頸動脈を斬ろうと黒龍を振るも、急に右足から力が抜け、膝をついてしまう。

 黒龍はあと数センチ、届かなかった。

 じわじわと焼けるような痛みが伝わってきて、見れば、ラヴァルの左の剣で右足の甲を貫かれていた。

 「くそっ、また右足かよ!?」

 「隙ありだ、爆砕陣!」

 俺の右足を貫いていた剣が変形、魔法陣となって光った。

 「黒が……!」

 爆音が轟く。

 間近で巻き起こった爆発を避ける術もなく、黒銀がしっかりと発動する前に、俺は大きく空中へ吹き飛ばされた。

 ……選択を間違えた。

 鉄塊にしておけばそれも多少は軽減でできたかもしれないのに……少なくとも不完全な技よりはマシだったはずだ。

 手足がもげなかっただけ儲けものか。……ただ、ラヴァルを襲わせていた十本の剣も解除してしまっているのも痛い。

 と、後ろ向きに宙を飛ぶ俺の目の前に魔法陣が現れた。

 「雷撃陣!」

 「くっ!」

 目の前に障壁を作ってそれを防ぐ。至近距離だったから余波が当たったものの、耐えられる範囲内。

 飛ばされるままだと狙い撃ちに合うだけか。

 足元に小さく障壁を作り上げてそこに立ち、剣に貫かれた右足は黒魔法で包む。そしてマジックマリオネットの要領で右足を補強した。

 再び大量の剣を作り上げる。

 「切り刻め!」

 その全てを一気にラヴァルへ飛ばした瞬間、前方斜め上に魔法陣が浮かんだ。無学な俺にはそれが何の魔法陣なのか分からず、取り敢えず障壁をその目の前に張った。

 そしてラヴァルの方へ再び目を向けるも、そこにあいつの姿はなく、地面に刺さった漆黒の剣があるのみ。

 どこに?

 リングに視線を巡らせるのと、障壁が割れる感覚を感じるのは同時だった。

 まさか!?

 慌ててそちらを振り向けば、朱い剣が割れた障壁の合間から見えた。

 「転移陣か!」

 「正解だ!」

 繰り出される右の剣による突き。

 左肩に朱い剣の半ほどまでが埋まった。

 「ぐッァア!」

 叫んで激痛を誤魔化し、相手を視界から逃さない。

 「捉えたぞ!……真一文字!」

 蒼白い光を帯びるもう一本の血の剣。その狙いは明らかに俺の首。しかし二つの間に黒い盾がどこからともなく現れ、斬撃を防いだ。

 「こんなもので防げるとでも?」

 しかしスキルの恩恵はやはり大きく、たった数秒の競り合いで盾は真っ二つに切断された。

 それで十分だった。

 「ハッ、時間稼ぎだよ、さぁ仕切り直しだ!」

 その数秒の間に軽く跳び、膝を曲げて両足の裏をラヴァルに向けていた俺は、そのまま奴の腹を、体を力一杯仰け反らせ、押しのけるように強く蹴る。

 「ぐぅぅっ!?」

 呻くラヴァル。

 俺の左肩から、蒼と赤のグラデーションを纏った長剣が抜け、鼻先をかすめて離れていく。

 そのまま頭から落ち、宙返り、姿勢を正して新たに作った足場に乗る。その間に左肩の補強は済ませておいた。

 足と言い、肩と言い、風穴あけられて体はボロボロ。ただ、戦闘でハイになっているのか、痛覚が鈍くなってくれているのが不幸中の幸いだ。

 膝を曲げ、自由落下をしていくラヴァルに向かって跳ぶ。

 と、俺の行く手に赤い幾何学模様が浮かび上がった。

 「爆炎……」

 まだ攻勢に出てくるか!

 「させるかよ!」

 その魔法陣を発動する前に左手を伸ばし、触れ、あらゆる方向に向けて無色魔素を込め、暴れさせる。

 すると魔法陣は輝きを失って不発に終わり、俺はそのまま走って魔法陣を突き抜けた。

 パリンッと響く軽い音。

 「らァァ!」

 真っ直ぐ最短距離で空を駆け、落ちていく吸血鬼へと、蒼白い軌跡を描く黒龍で右上から切り込む。

 しかし、飛行手段の無いはずのラヴァルは不敵に笑っていた。

 「フッ、残念だったな。」

 言い、ラヴァルは空中で姿勢を正し、斬撃を承ける寸前で真横に跳ねた。

 「っ!?」

 スキルじゃない。

 ラヴァルは魔法陣を蹴ったのだ。

 「逃がすか!」

 空を跳んだ相手のいた場所に足場を作り、縁を掴んで体に円を描かせ、その上に着地。

 「ラヴァル、それは……」

 「フッ、何を驚いている。コテツ、お前も聞いていただろう?魔法陣の円は……」

 「……空間を固定する役割を持つ、だったか?」

 「正解だ。空を駆けるのはお前だけだとは思っていたか?」

 ラヴァルが“両手”の剣をくるりと回し、ふてぶてしく笑う。

 「その腕!?」

 「回復魔術は当然習得している。私の右腕なら遥か昔に完治していた。」

 「そうかよ……ハッ、さぁ来い、次はどこから転移する?」

 転移陣が恐ろしいと言っても、ラヴァルが空中にいる俺にできる攻撃はそれによる突撃、もしくは血の遠距離操作だ。覚悟ができていれば、対応できる。

 「フッ、この距離で転移する必要はあるまい?」

 パリンと薄いガラスを割るような音を幾つも立てて、こちらへと駆けてきていた。本当にガラスでも張ってあるのかと思ってしまうほど慣れた動きだ。

 空中戦は思い付きじゃない……ちゃんとした隠し札って訳か。

 「……はは、笑うしかないな。」

 虚を突かれたおかげでこっちは後手に回らざるをえない。

 両手に双剣を握り直す。

 繰り出されたのは走る勢いと体重を乗せた、左右の剣による右方向への平行な横薙ぎ。それを受けると手が痺れ、両龍は力ずくで弾かれる。俺は即座にそれらを分解、引き戻した両手に新たに作り上げる。

 ……勢いと体重だけじゃない、ラヴァルの純粋な身体能力がさっきとは比べ物にならないほど上がってやがる。

 体全体に効果を及ぼせるほど大きい魔法陣を一々描いている様子はない。服の下が魔法陣でびっしりってこともないだろう。そんな暇があるなら普通に攻撃魔法陣を使うはずだ。考えている間もラヴァルの足下からは魔法陣の割れる音が……

 「身体強化かッ!?」

 「フッ気付いたか……さぁ増幅する力にどこまで耐えられるかな?」

 ラヴァルの踏み込みと共に鋭い切り返しを見せる二本の朱剣。今度は真逆の方向から両龍をぶつけるが、それでも純粋な力で負けて、数歩後退させられる。

 休む間もなく、距離を詰めたラヴァルの長剣が襲い掛かってきた。

 数合の剣戟。

 幾つもの斬撃を流し、凌いだ手が痺れ出す。

 ……懐かしい感覚だ。力負けなんて師匠のもとで弟子をやっていたとき以来かね?ま、感傷に浸る気は元よりない。俺の剣術の基本に立ち返った、それだけだ。

 ラヴァルが切り返しの勢いを利用して時計回りに回転し、さらに剣速を上げた右の剣で襲い掛かってくる。俺は剣先を真下に向けた陰龍と、それに垂直に黒龍を交差させ、双龍のクロスした一点で朱剣を受け止めた。

 一本目の後を追い、ラヴァルの二本目の長剣が飛んでくる。剣の狙いは俺の腕だったものな、俺はそれを黒龍の端で捉えて滑らせ、一本目と全く同じ位置へと誘導。

 そして陰龍に二本の剣の力が叩き付けられる直前、俺は身を左にひねり、屈めながら黒龍と陰龍を反時計回りに九十度回転させた。

 二本の朱剣は仲良く一体となって俺の左へと流れていく。

 「なにっ!?」

 屈めた体を伸ばしながら、腰のひねりの力をしっかり使って、黒龍で逆袈裟をラヴァルの、ガードの無くなった胴体に一閃させた。

 斜めの軌跡が鮮血を噴く。

 「ぐぉぉ!?……だが、まだ!」

 浅かったか!?

 焦り、今のうちに、と陰龍で追撃をいれようとすると、ラヴァルの強化された動きがそれを許さなかった。

 俺の胸を蹴って押し、追撃を中断させると、彼は改めて距離を詰めてきて、鋭い突きを繰り出してくる。

 横に跳び、右頬を深めに斬られながらも何とか一命を取り留めた俺は、ラヴァルが俺の体をなます斬りにしようと、両手の長剣を真上に振りかぶっているのを視界に入れた。

 平行な垂直振り下ろし。

 何とかそれを双龍で受け止める。

 しかし、魔術で強化された腕力は、俺を地面に向かって吹き飛ばした。

 勢いよく落ちる俺に向け、追撃にラヴァルが跳んで来ているのが見える。下手に障壁で自分の体を受け止めれば、致命傷を避けられまい。

 ……このままリングにぶつかっても同じことだ。

 どうすれば………………!

 真下に障壁を斜めに張る。

 俺の体は障壁に当たって転がり、落下の軌道を大きくそらした。

 衝撃に身構える。

 そしてパァン、と乾いた音が鳴った。

 俺の体がリング周りの海に飛び込んだのである。

 勢いがありすぎて水を一気に数メートル潜ってしまったが、ダメージを何とか少なく済ませられた。

 そうして少し喜んでいたのも束の間、ラヴァルが俺を追って飛び込んできた。

 魔法陣から鋼の細剣を取り出される。

 血の剣は水中では凝固させたままにできないのか?

 そんなどうでもいいことに頭を回している間に、ラヴァルの周りに円が幾つも並んだ。水面からの逆光で、赤ではなく、黒色に見えるそれらは、彼がこちらに手の平を向けると同時に先の尖った氷柱を吐き出した。

 勢いよく伸びてくる氷の槍。

 足元に足場を作り、地上へと上昇しながらそれらをかわしていく。

 何とか全てを潜り抜けた俺は、しかし地上へ出る事は許されず、水面を目の前にしてそれ以上の浮上を止められた。

 右足が、水の中だと言うのに燃えるように熱い。

 「がぶぉぉぉ!?」

 あまりの激痛に息が漏れる。

 見ればラヴァルに右足を再び貫かれていた。右足のくるぶしの少し上からふくらはぎの下部へと、斜めに鋼が貫通している。

 「ごぁぁぁぁぁ!」

 力の限り叫んで痛覚を紛らわそうとするも、やはりそれにも限界がある。加えて何より、このままじゃ息が持たない!

 水面はすぐそこだ。

 が、左足のみで推進力を生み出そうとしても、右足に激痛が走り、俺の体が水の中へと引きずられる。

 ラヴァルが俺の足に剣を刺したまま、俺を引っ張ったのだ。

 「がばぁ!」

 鋭い痛みが体を駆け抜け、また空気を逃がしてしまう。

 そのまま俺はぐんぐん沈ませられていく。

 だがしかし、今は何よりも空気!

 水面上に中が空洞の球を作り、俺の手元まで移動させる。

 それに口を当て、当てた部分から俺の口の中へストローを伸ばし、空気を誘導させる。

 すぅぅぅぅ。

 肺一杯に空気を吸い、鼻から要らなくなった息を吐き出す。

 ふぅ、これで、何とか……。

 空気タンクは俺の側に漂わせておく。あと二三回は使えるだろう。

 痛覚の訴えを気合いで無視し、屈み込み、ラヴァルの剣を抜きにかかる。

 と、そこでラヴァル本人が俺の動きに気付いてこちらを振り返った。

 即座に俺から剣を抜き、泳いで距離を離していくラヴァル。

 周りは海水。傷に本当に塩を塗られたようなものだ。

 泣き出しそうな、いや、実際涙を流す程の激痛に怯み、ラヴァルを追う事なぞ考えられない。

 「ぐぶっ。」

 大きな泡が上がっていく。

 ……奇襲はやっぱりできなかった。ただ、剣は抜けた。

 頭を回して痛みを紛らわし、結果オーライと思った瞬間、背中から何かに勢いよく強打される。

 「ふぐぐ!」

 今度は素早く口を抑え、空気を逃がしてしまわないように堪えきった。押され、体にかかる水圧に抗い、背後から俺を押す何かのベクトルから身を捻ることで何とか脱出する。

 その何か、太い氷の柱はそのまま海の深く、奥底へと伸びていった。

 よく見れば先がかなり尖っていて、魔装2の背中の防御力のお陰で何とか突き刺さらずに済んだらしい。

 ふと周りを見れば、魚がうようよと泳いでいた。

 間違えてこいつらに血を流させた瞬間、俺は毒で死ぬのだから怖いったらありゃしない。気休めに近いと分かっていながら、体中の傷を黒魔法で薄く覆い、負傷した足等はガッチリ固め直す。

 にしてもかなりの深さまで押し込まれたらしい。実際、ここから見る水面の光はとても小さく感じられる。

 と、見上げたところでラヴァルが魔法陣を蹴って推進力としながらこっちに走ってきているのが見えた。

 くそっ、ヴァンパイアってのは呼吸が必要無いのか?……何はともあれ、さっさと地上に戻ろう。

 俺も足場を作り、ラヴァルを迎え撃つ。

 接敵。

 勢いの乗ったラヴァルの剣を陰龍で俺の右側へ逸らし、黒魔法で右手に作った、ワイヤー付きの鉤を相手の腹に深々と叩き込む。

 「ブゥッ!」

 彼が怯んだ隙を逃さず、そのまま足場を蹴って上方向へと上昇。鉤に繋がったワイヤーを右手で掴み、こちらへ思いっきり引っ張れば、ラヴァルの体はくるりと回ってこちらにその腹を向け、引っ張られるままに上昇させられた。

 頭上に障壁を作り、膝を曲げながら両手でそれを突き飛ばす。

 そして痛みに顔の歪んだラヴァルを、急接近したその勢いを乗せた両足で蹴り付ければ、彼はさらに水深深くまで沈んでいった。

 空気タンクで一呼吸。

 ……思いついた。

 魔力で剣を作って飛ばし、ラヴァルの近くで適当に振り回す。そうして周囲の魚をやたらめったらと切りつける事でラヴァルの周りの水を赤く染め上げた。

 これでラヴァルの血と猛毒の魚の血が混ざるはずだ。

 すぐに足場を作り、俺の傷に毒が入り込む前に、水面に向けて一気に浮上。

 「ぷはぁ!はぁはぁ、やっと……ふぅ、倒せた。」

 水面から飛び出すなり、黒龍と陰龍を四散させてリングの上に転がり、四つん這いになって呼吸を整える。

 あの強さを見ればラヴァルがヴリトラに与した理由も分かりやすい。もっと良い立場が欲しかったのとか、そこら辺で納得がいく。

 「よい……しょ、と。」

 起き上がり、パンドラの箱に向かって歩いていく。

 しかし、フラフラと、右足に負担のかからないよう、足を引きずるようにしてパンドラの箱のあるクレーターの縁に辿り付いたところで、俺の右足の甲に真っ赤な剣が突き刺さった。

 咄嗟に振り向こうとするも、剣が俺とリングを縫い付けてしまっているために上手くいかない。ならばと剣を掴んで引き抜こうとしても、余程深く刺さっているからか、抜ける気配がない。

 仕方なく、首だけ回して剣の飛んできた方向を見ると、こちらに片手を向けたまま、息も絶え絶えなラヴァルがリングの端に捕まっていた。

 「はぁはぁ、行かせん!」

 「しぶといな、チクショウめ。ったく、あれでも、死なないのかよ。」

 「言っただろう、ヴァンパイアの固有魔法は血液操作だ。くっ、はぁ、自身の血と他の血との分離ぐらい、私ならできる。」

 くそったれ。

 黒魔法でハンマーを作り、朱剣を叩き折る。

 「フゥー……フゥー、ふん!」

 そして走るだろう激痛を覚悟して足を上げて剣による拘束から逃れるも、大した痛みは走らなかった。

 もう痛覚が麻痺してるな……。

 そう、呆れて内心笑い、足をまた黒魔法で固め直す。

 「コテツ、お前に魂片を渡すわけにはいかない。」

 その間にラヴァルはリングに上がり、おぼつかない足取りながら、こちらに近付いてきていた。

 ……殺るなら今だ。

 黒龍と陰龍を作り、ラヴァルとの距離を詰める。

 遠距離から剣を操っても良い。ただそれだとやはり確実性に欠ける。

 ここで、裏切り者を確実に始末する!

 「ら、アァ!」

 「オオォォォッ!」

 黒龍でラヴァルの首を切り落としに行く。

 それを血の障壁で防ぎ、ラヴァルは吼えて倒れ込むように掴みかかってきた。

 「っ、これなら、どうだ!」

 すかさず陰龍を斜め下から、ラヴァルの腹に向かって突きだす。

 ずぶりと、剣はラヴァルの腹を貫き、赤く濡れたその先が彼の肩越しにチラリと見える。

 「ぐぁぁ!?」

 苦悶の叫び。

 剣を抜き、半歩下がると、俺という支えを失った吸血鬼は、そのままリングに崩れ落ちた。

 「はぁはぁ、やった、か?……いや、まだだ。」

 だがしかし、ここは魔法や魔術のある世界である。ここで満足したらいけない。

 まだ息がある。それはつまり、また立ち上がる可能性があるということ。

 自身の腹部を片手で抑えながら、それでも空いた片手と両足で這うように俺へ向かうラヴァルへ向け、黒龍を掲げ、逆手に持つ。

 「これで、終わり……「っ!取っ、たァァ!」……なっ!?」

 叫び、ラヴァルに右足を触れられた途端、急に身体から力が抜け、俺はガクリとリングに崩れ落ちた。

 「こ……これ、は……!?」

 片膝を付き、左手で上半身を支え、それでも右の剣先を敵に向けるのは忘れない。

 「クク……クハハハハハ、長らく使う事も無かったヴァンパイアのもう一つの固有魔法、むしろこちらが有名だろう?相手の生命力をその傷口から奪う、ドレインだ。」

 不敵に笑い、ラヴァルがのそりと立ち上がる。穴が空いた血だらけの上着から覗く腹部には傷一つありはしない。

 血を操る力がもう残っていないように見せかけるため、わざわざ剣を作らず、無手で掴み掛かったのか……。

 「……芝居上手だな……この野郎。」

 「フン!」

 顔を蹴られる。

 「ゴハッ!」

 俺はなすすべもなく、リングにうつ伏せに倒れ込んだ。

 黒龍と陰龍を持つ手の握力が足りず、俺の二振りの武器はリングの表面を滑っていく。

 ……くそ、分かっていたはずだ。師匠の魔剣、吸血姫も似たような能力だっただろうが!

 地面を叩きたい衝動に駆られるものの、限られた体力で無駄な消耗はできない。

 と、ラヴァルが俺の体を踏みつけた。

 「ぐぁっ!」

 「コテツ、正直危なかった。お前は私が出会ったどこの誰よりも強かった。剣と体術、そして魔法の腕前も目を見張るものがある。」

 「そりゃ、ぐぅっ、どうも。」

 駄目だ、大した力で踏みつけられているわけでもないのに力が抜けてしまって起き上がれない。

 「その上機転もきく。特にあの水の中の戦いだ。もし私が吸血鬼でさえ無ければ、いや、血の扱いにもう少しだけでも疎かったならば毒魚の血で死んでいただろう。」

 「長口上で俺を褒めてくれるのはありがたいけどな、俺が力を溜めているとは思わないのか?」

 「フッ、分かっているはずだ。これはもう詰みだろう?」

 「……チッ。」

 「死への手向けになるべく褒めてやろうと思ったが、お前がそう言うのなら、お望み通り止めを刺してやろう。」

 ラヴァルが血で剣を作り上げて振りかぶる。

 「お前の言葉を借りるのなら、私は手札がお前より多かった、ということだな。この場合は私のドレインというところか。さらばだ!……何!?」

 ラヴァルが俺の頭に突き立てようとした鋼の剣は、黒い障壁に受け止められた。

 「魔法はまだ使えるんだよ!」

 瞬間的に集められる魔素はもうこのくらいが限度だけどな!

 障壁を剣に変えて大きく振ると、ラヴァルが俺の体から足を退かし、下がった。

 やっと体を動かせる!

 無理に立ち上がらず、リングを押して転がりながらラヴァルから離れていく。

 「くっ、まだ余力があったか。」

 「ああ、俺の手札には強大な魔力もあるってこと、だ!」

 息を吐き、何とか立ち上がる。

 「フッ、それはこれまでの戦闘で痛感している。だがそれでも消耗はしているはずだ。今の障壁ぐらいが今のお前にできる魔法の限界だろう?」

 ……バレてるか。

 「そして私はお前が傷つけばつくほど有利になる。勝負はあったと思わないか?コテツ。」

 「さぁな。要はお前の剣や手に触れられなければ良いだけだろう?」

 「それが不可能だと言っている!」

 ラヴァルがこちらに駆け出す。

 一応、かなり厳しい戦いになるが、勝算はある。

 「そうだ、俺にはまだ手札があるぞラヴァル。お前も知ってる奴だ。……龍眼!」

 「目を金色に……それはお前が興奮したときに起こる特殊な現象では無かったのか。」

 そういえば龍眼の効果なんて誰にも言ってないな。……今回はそれが幸いした。

 「まだあるさ、鉄塊!」

 黒魔法と無色魔法に使う魔力は段違いだ。障壁が一枚作れるのなら、全身の鉄塊をやってもお釣りが出る。

 「その疲労しきった体で何ができる!ハァッ!」

 ラヴァルが剣を突きだす。

 疲労のためか、元あった精細さはない。

 それを紙一重で避けながら接近し、俺は蒼白い軌跡と共にラヴァルの顔を真横から蒼白く光を放つ右の拳でぶん殴った。

 「ぐっ!」

 「勝てるさ!」

 ラヴァルがリングの上を滑って行くのをゆっくりと歩いて追う。

 「くっ、体術のスキルも持っていた、か。」

 言いながら立ち上がるラヴァル。

 「何を今更さっきまでにも何回か使っただろうが。」

 「そうか、基本スキルを用いていたとばかり。」

 ラヴァルは魔法陣から二本目の剣を抜き出した。

 右にその鋼の細剣、左に朱剣を持つ形となる。

 「ドレインじゃ俺の生命力を奪えても魔力は奪えないんだよな?血を集めて魔法陣を使わない辺り、お前のその血の魔法も限界が近いと見た。」

 「フン、誤魔化しはしない。だがこれで不十分だとでも?」

 「当たり前だ。」

 ムキになって言うとラヴァルは余裕の笑みを浮かべ、こちらに駆けてきた。

 両方の剣が俺を左右から挟むようにして迫ってくる。

 それを身を屈めてギリギリで避け、交差したラヴァルの両腕を掴む。

 「チッ。」

 ラヴァルが舌打ちをして放った蹴りを脇腹で受け止め、ラヴァルの腕を掴んだまま、鳩尾に膝を叩き込む。

 「ぐぼぉ!」

 「身の入ってない蹴りなんざ効くかよッ!」

 言いながら再び膝を喰らわせる。

 「カハッ!」

 と、ラヴァルの左手の朱剣がその手から離れ、自由に動いて俺を刺しに来た。

 右腕を横に振り、手袋の装甲に任せてそれを弾く。刃が手首を掠めたものの、傷は戦闘に支障を来すほどじゃない。

 ラヴァルの体を蹴飛ばす。

 少し宙を浮いたラヴァルは上手く着地を行えず、ゴロゴロと、凹んだリングの奥底に転がり落ち、止まった。

 「くっ、はぁはぁ、このまま、では……」

 ラヴァルがリングに手を付け、起き上がろうとするも、力が抜けて崩れ落ちる。

 ドレインをしたと言っても既にくたくたの俺がその対象だ。そしてその俺はまだ少しは動けている。

 奪われた生命力はたかが知れている。

 「よし、ぜぇぜぇ、この調子だ……」

 自分を鼓舞し、まだ起き上がれていないラヴァルに近付いていく。

 一歩歩くごとに膝をつきたくなる誘惑が襲い掛かる。

 何度も傷付いた右足に魔法を纏わせる余裕はなくなった。ただ、右足の感触はとっくの昔な無くなっているからその必要も感じない。

 自分がしごいていた学生達が縦横無尽に駆け回っていたリング、その直径にも満たない距離だというのに、ラヴァルのいる場所が異常に遠く感じられる。

 そして、ついにラヴァルの前にたどり着いた。

 肩からナイフを取り出す。

 「くっ、詰めが、甘かった、か。」

 今まで幾度となく立ち上がろうとしていたラヴァルが腕から力を抜き、悪態をつく。

 もう諦めてくれたらしい。

 「詰めが甘いのは、お互い様だ。気を付けていれば、ドレインは、防げた。」

 あそこで危険だと考えて大きく距離をとっていれば、それで勝てた。

 「クハハ、あれは私の策に、コテツ、お前が嵌まった。それだけだ。」

 「それを言うなら、俺の魔力がまだ限界じゃなかったことに、気付けなかったお前が、俺の作戦に嵌まったんだろう?」

 不敵に笑うラヴァルに言い返す。

 「フッ……。」

 「はは……。」

 どちらともなく笑いが漏れた。

 殺し合ったというのに、不思議と憎悪を感じない。ラヴァルの方もそうだと、何となく分かった。

 「ったく、馬鹿らしい。」

 「全くその通りだ。起こったことは、起こってしまった。もう、覆せはしない。……さぁ、止めを刺せ。」

 笑いを引っ込め、ラヴァルが真剣な顔で言った。

 「ああ、元からそのつもりだ。」

 俺も笑いを消す。

 無抵抗となり、目を閉じたラヴァルにナイフを突き立てようと、半ば崩れ落ちるようにして膝を付く。

 「できればお前にはこっちに寝返って貰いたいんだけどな。」

 「フッ、立場が違えば私も同じことをお前に対してそう思っただろう。だがそれはあり得ん。」

 言うと、目を閉じたまま、ラヴァルが返した。

 「無理か。」

 「ああ、それが起こることはあり得ない。」

 返答に頷き、ナイフを握り直す。

 「じゃあな。」

 「敵に言う言葉ではないな。」

 「全くだ。ハァッ!」

 そして振り下ろしたナイフの刃先は……ラヴァルに突き刺さる直前で止まった。

 「なっ!?」

 右の手首を掴まれたのだ。

 「そう簡単にに諦めると思ったか!」

 どこに隠し持っていたのか分からない腕力。俺が必死で右腕に力を入れようとしてもナイフは後退するばかり、むしろ抵抗する力が時と共に増している気さえしてくる。……いや、まるで俺の力が、右手首の血のと共に、流れ出ているかのよう……。

 「クソッ、ドレインか!?」

 まずいマズイ不味い!

 左手をナイフの上に乗せ全体重を掛ける。

 「理解が遅いぞ!頭も働かなくなってきたか!」

 しかしラヴァルは両手で俺の右手首を握り、ドレインを行使しながら押し返してくる。

 ……最後の手段だ。

 手袋以外の魔装を解き、制限していた魔力を総動員して手袋に注ぎ込む。ナイフは再び吸血鬼の喉に迫った。

 「くっ、その服までもが魔法だったのか!?」

 「驚いてる暇があるのか!?ラァァァァ!」

 「く、ォォォォ!」

 ここで、決める!

 さらに力を込め、ついきラヴァルの喉から血が滲んだと思った瞬間、パキン、とナイフの刃が半ばで折れ、飛んで行った。

 「なっ!?」

 同時に目の前に刀の刃が急に現れた。

 咄嗟に後ろへ跳び、反射的に刀の持ち主を見る。

 「っ!ルナ!?」

 「その決着ちょっと待ったぁぁ!」

 ルナの登場に驚いていると、焦りに焦った叫び声がコロシアム内に響き渡った。

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