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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第三章:不穏な職場
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83 大会が終わって

 表彰式が終わった。

 相変わらず長ったらしかったニーナの演説が終わると、表彰された上位の四人――一位のエリック、二位のテオ、そして同列三位のネルとファング――に貴族連中が早速集った。

 「素晴らしかったよ。流石は名門ハイドン家。」

 「ええ、実に見ごたえのある試合でした!……ところで、私には可愛らしい娘が一人おりまして……。」

 エリックに自分の親族を娶らせようとし、

 「テオ君!私の娘と結婚する気はないかい!?」

 「いや、是非私の娘と。優しい、良い子だ。絶対に失望はさせない。」

 「わしの養子になってはくれんか?待遇は期待してもらって良い。」

 テオ。自身の血族に迎え入れようとして、

 「ファールナー君、だったね?私の第三の妻になど、興味はないか?金に不自由はさせないよ。」

 「我が息子の許嫁というのはどうだ?」

 ネルには結婚話が幾つも舞い込んでいた。

 「ファング君、君を是非とも我が軍に推薦したい。」

 「いやいや、私のところが待遇はいいぞ?」

 そしてファングの方はというと、単純な武力として価値を見出されていた。

 とまぁこのように、四人全員を誰か一人でも自分の味方に引き入れようと皆が必死に説得している。

 こうなることはニーナに事前に言われていたものの、やはり見ると聞くとでは大違い。押しの強さが半端じゃない。

 ちなみにそのニーナはさっさと転移していった。

 要は逃げたわけだ。チッ。

 獣人族のファングのところには獣人の貴族達が集まってくるのはまぁ、当然のこととして、人間の貴族が主に集まったのは二位のテオと三位のネルのところ。

 一位のエリックには本当に数人しか話に来ていない。

 『当たり前じゃろ?エリックは完全に別の貴族で、直接味方とすることは難しい。一方でテオはどうじゃ、エリックに子供ができなければ当主になることがあるかもしれんが、可能性は薄い。それでも念写という、遺伝される優秀なスキルを持っておるから引く手数多じゃ。』

 ネルは……?

 『優秀なと親からは優秀な子供が生まれやすい。』

 なぁるほど。そういや勇者の子どもには勇者のスキルが遺伝するんだったよな?勇者を辞めた俺もか?

 『当たり前じゃ。勇者であろうと無かろうと、スキルの特性に変わりはないわい。つまりお主の子は超魔力、もしくは完全鑑定持ちのくそったれになるということじゃな。』

 その時が来たらとうにか調整して超魔力が受け継がれるようにしてくれ。

 『くそったれは否定せんのか?』

 俺みたいな奴は子供を持てただけでも万々歳だからな。

 『自分の子を溺愛しそうじゃな。』

 それで溺れ死んでも悔いはないな。

 ま、この世界じゃ俺はもう結婚する年じゃないからなぁ。かなりの望み薄だ。

 『惚れた相手が既婚者じゃしのう。』

 はぁぁ。

 ったく、なんで俺がこんなに落ち込まないといけないんだ。

 意識を目の前の集団に戻すと、ネルが目で助けを求めてきていた。

 俺と目が合うと口パクで、

 “助けて。”

 と懇願してきた。

 しかし、この状況はネルにとってはむしろ良いことなんじゃないだろうか?

 そう思い、俺は笑みを浮かべ、ネルに親指を上げてみせた。

 ついでに口パクで

 “逃げんな。”

 とも返しておく。

 あ、ネルが怒った。これでもかと睨んでくきている。

 ……仕方ない、助けてやろう。

 嘆息し、数人の貴族と談笑しているエリックの元に行く。

 「なぁ、エリック。お前、あれを見てどう思う?」

 そしてそう彼に声を掛けるとエリックは貴族との話を切り上げてくれ、別れの挨拶をしたあと、急に渋い顔をした。

 さっぎまでの社交的な笑みからは考えられない。

 凄いな、俺は口調は装えても多分表情までは無理だ。

 「それは彼女が決めることです。私は自分の気持ちを態度で示したつもりですから。」

 「気づいてないかもしれんぞ?」

 「うっ。」

 「もしかしたら押しに弱いかもしれん。」

 「なるほど……ふぅ。」

 俺が背中を軽く押してやると、珍しく緊張しているらしい彼は、息を吐いて自身に気合いを入れ、ネルの元と歩いていった。

 「すまないが、そこまでにしておいてくれないか?」

 言い、エリックがネルの腕を優しくとる。

 効果は劇的だった。

 「ハ、ハイドン様!?す、すみません。」

 「え、ええ、今退散しようとしていたところですから。」

 「も、も、申し訳ありませんでした!」

 ネルに積極的に迫っていた貴族達は見るからに青ざめ、焦った口調で別れを告げると、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。

 「あ、ありがとうございます……。」

 「いや、わ、私が勝手にしたことだ。気にするな。」

 ネルが戸惑いながら礼を言うと、エリックは少しつっかえながらそう返し、取った腕を放して――さっきの貴族達と鉢合わせをしてしまわないためか――観客席に跳んで出口へ向かって行った。

 「あ、俺も行かなきゃ。」

 するとテオがそう言って貴族達に会釈をし、エリックの後を追っていった。

 てっきりテオのエリック憎しが倍増したと思っていたけれども、どうやら違うらしい。……一線交えてテオの心に何か変化があったのだろうか?

 と、黄色い歓声がハイドン兄弟の消えた方向から聞こえてきた。ファンが待ち伏せしていたらしい。

 「……やっぱり格好良いよな、エリックは。俺もあんな容姿があれば……くぅっ!」

 「それでも中身はコテツだからね……最初は良くてもそのうち化けの皮が剥がれちゃうと思うよ。」

 悔しがっていると、ネルが茶々を入れてきた。

 「そうか?」

 「うん、コテツはどう転んでもコテツだからね。」

 「くそっ、こうなったら独身貴族生活を謳歌してやる。」

 「いや、それはちょっと待とうか。独身は辛いと思うよ?考え直そう?ね?」

 「いや、変に希望を持つから落ち込むんだ。覚悟を決めてしまえば……。」

 「駄目!」

 決めたくなかった覚悟を決めようとすると、ネルが強く叫んだ。

 「お、おう。じゃあ28、いや、30まで頑張るか……な?」

 面食らい、取り敢えずネルに調子を合わせる。

 「うん、ボクだってそれまでには……。ひゃっ!?い、今のは違うから!」

 ネルはそれで少し落ち着いてくれたかと思いきや、いきなり変な声をあげ、自身の口元を隠した。

 「どうした?」

 「なんでもない!とにかく待っててよ。」

 「待つ?」

 何をだ?

 「にゃんでもにゃいったら!」

 顔を赤くして言い、ネルは逃げるようにリングから逃げていった。

 舌でも噛んだのが

 ……さて、これでリングの上には俺とテオに話しかけていた貴族達が残った。

 気まずいな……。

 「えっと、二日間ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。では」

 俺は定型文でその場から逃げた。



 「はぁぁあ、これでやっと、全部終わりだ。」

 リングから居住部屋に戻るなり、大きく伸びを一つ。

 「あの、ご主人様、お疲れのところ悪いのですが……。」

 すると、ルナが申し訳なさそうにそう言ってきた。

 目で続きを促す。

 「その、来客です。」

 「え?誰だ?」

 少し驚いて聞くと、ルナはコロシアムの外に面した方の扉を手で示した。

 外にいるのか。中で待っていてくれれば良いのに。

 「私は中で待つようにと言ったのですが、二人は外で待つと言って聞かなかったので。」

 俺の考えを察してルナが言い、扉を開いてくれた。

 そこには見慣れた縦巻きロールの女学生が立っていた。

 隣には彼女よりももう少し慎重の高いくらいの男。

 「オリヴィアか。どうし……」

 「お前かぁ!」

 男が怒鳴る。

 「いえ、人違いです。」

 驚いて思わず即答してしまった。

 「じゃあなぜここにいる?私のオリヴィアが間違ったとでもいうのか!」

 「お父様、いきなり怒鳴らないでくれませんか?先生も状況が掴めておりませんわ。」

 あ、父親なのか。

 「フー!フー!……そう、だな。」

 「なぁ、オリヴィア、状況を掴む前にちょっとそいつを拘束して良いか?」

 「ふざけるな!私の娘をたぶらかしおって!」

 「お父様!先生、すみません、必要だと感じた場合は、お願いします。お父様、早く本題に入ってくださりませんこと?」

 「あ、ああ。ふぅ……貴様、名は?」

 「アイアンタイガー。」

 しまった。……思わず偽名を使ってしまった。

 しかも名前をただ訳して順序をひっくり返しただけの手抜きな、それでいて痛々しい物を。

 「ふむ、アイアンタイガー、お前が教師と学生、という立場を利用して私の娘をたぶらかし、娘の護衛騎士になろうとしたことは本当か!?」

 なるほど、そのことか。

 考えてみれば、たしかにオリヴィアが親の全く知らないところで俺と婚約しようとしているかのように見えるわな。

 それに、その話を断らないといけないこともすっかり忘れていた。

 「いや、護衛騎士はやっぱりやめておこうと思っていまして……。」

 「何故だ!オリヴィアでは不満か!?」

 愛想笑いしたまま、俺は返ってきたオリヴィアの父親の言葉に思わず目を見開いた。

 もしかして嫁に出す気マンマンだったのだろうか?

 「お父様!?」

 「なんだオリヴィア、悪い話ではないだろう?新任教師決めのトーナメント戦は私も見ていた。実力はある。爵位が無いのは残念だが、優秀な血を持っているのなら婚約者として申し分ない。」

 「っ!でも私は……」

 おっと、ここでオリヴィアがテオを想っているってことがバレたら今度はテオの方にカイダル親子が行きかねない。

 それはそれで楽しいものの、俺もそれに連れ回される気がするから阻止させてもらおう。

 今日はもう疲れてるのだ。

 「まぁまぁまぁまぁ、オリヴィアの婚約者については、そんなに焦らなくても良いと思いますよ?」

 「何故そう言い切れる!?」

 うっ……。

 「えーと、と、とても良い子ですから。」

 言った途端、俺を見るオリヴィアの目が冷たーくなった。

 悪いとは俺も思う。ただ、咄嗟に出てきたのが男勝りな近接戦好きとか、こっそり真面目ちゃんとかしか無かったのだ。

 「ふむ、なるほど。一理ある。」

 しかし父親の方は納得してくれた。

 親バカめ。

 「それに、そもそも護衛騎士の具体的な意味自体、私はつ最近まで知らなかったのです。貴族社会については無知でして。本当に、迷惑をかけて申し訳ありません。」

 「そうか……。確かに、平民には縁遠い文化だな。それでは仕方ない、か。……騒がせたな。では行くぞオリヴィア。」

 オリヴィアの父親は嘆息し、会釈をして俺に背を向け、さっさか歩いていく。

 切り替えの速い人だなぁ。

 「今行きますわ。……先生、私も少し残念ですわ。でも……ありがとうございます。」

 最後は小さい声だったものの、オリヴィアは――おそらくテオへの思いがバレずに済んだことに対し――礼を言ってきた。

 「いや、期待に応えられなくてすまなかった。……あと、“良い子”以外にも何か考えておくから。」

 「それは是非お願いしますわ。」

 目が真剣だ。

 「おう、じゃあ頑張れよオリヴィア。」

 「はい、先生、大会の進行、お疲れ様でした。」

 最後に礼儀正しく頭を下げてオリヴィアは父親のところへ駆けていった。



 「ハンマー!」

 先が少し尖った黒い筒状の塊をリングに叩きつけ、そこに今日何十個目かの大きなクレーターを作る。

 凹みの深さはリングを貫通しないぐらい。

 これなら数を重ねさえすれば確実にパンドラの箱を探し出せる。

 丁度良い力加減の練習をしていて本当に良かった。

 『お主、あと少しで日が変わるぞ。』

 了解。

 「はぁ……、今日はここまでか。」

 リングにできたクレーター郡をもう一回よく見回すも、神の作品はやはり無かった。

 ま、今日でリングの半分くらいは探し終えたし、明日の夜までには見付けられるかね?

 『半分やってみて外れるとは……フォフォ、お主、アリシアの神官服を着てみたらどうじゃ?多少は生きやすくなるかもしれんぞ?』

 誰が着るか!

 『わしを信仰すれば幸運の加護を与えてやらんでもないぞ?』

 ハッ、そんなショボい加護しかくれない神なんて信仰しようとも思わんな。

 『フン、たしかにお主ほど悪いことが重なると加護もあまり役にはたたんか。』

  おうおう、お前の加護なんて俺にとっちゃ焼け石に水だ。ったく、こんなにありがたみの無い神なんて早々いねぇよ。

 『お主、それはただ自身を貶めているだけじゃと思うんじゃが……』

 言わないでくれ…………俺も今気が付いた。

 『ウホン、で、お主はどうやってヴリトラを倒す、もとい、封印つもりなんじゃ?言っておくが、完全にわしを宛にするのならファーレンの島そのものが崩壊して海に沈むのは確定事項となるからの?』

 だよなぁ、ぶっちゃけ言うと爺さんの余剰分の神威を使う権利が欲しい。それなら爺さんが動く必要はないから天変地異なんかも起きないだろ?

 『まぁの。』

 ったく、こっちの攻撃が聞かないのに向こうからはどんどん攻撃できるなんて反則にも程があるだろうが。

 『じゃから一週間飲まず食わずで……』

 そんな状態で戦えるか!

 はぁ、何か無いのか?そういうこと抜きに神威を扱える方法は。

 『誰かをわしに捧げれば、わしが多少力を貸して強引にお主が余剰の神威を使えるようにする分には問題ないじゃろうな。』

 生贄って奴か?

 『前も言ったが、本人の意志による物でないと意味がないわい。じゃからヴリトラ教徒を殺したとしても意味はないぞ。』

 チッ、少しやれる気がしてたのに。

 『ま、やはり神の武器を貰い受けるか奪い取るかするのが最も確実じゃろうな。』

 ……やっぱり、ファーレンから出たら一年掛けて探し出すしかないか。

 幸い、道に迷うとか、行き止まりで進めないなんてことは爺さんと黒魔法で起こり得ないし。

 『あとは聖武具を手に入れるのも一手かもしれんのう。あれにも神の武器程ではないが、神威に近い効果の力が宿っておる。』

 俺は勇者じゃないぞ?

 『そんなもの、ワイヤーで振り回せば良いじゃろ。』

 あー、たしかにワイヤーで触ったときは何の支障もなかったな。

 そうだ!あの聖武具ってのはどうなってるんだ?何で頭の中にあんな不吉な声が聞こえてきたんだよ。

 『そのことか?考えてもみよ、聖武具を作るのは戦争に勝つため、要はなるべく多くの敵を殺すためじゃろう?』

 まぁそうだな。武器だし。それも最後の切り札的な。

 『うむ、そして聖武具を作るために用いられた聖水には様々な人々の魔力とともに思念も多少混ざっておる。』

 あー、そして敵を殺すための魔力だから思念にも悪感情が混じりやすい、と。

 『いや、ほぼ全員がそんなものじゃよ。』

 うわぁ。

 で、爺さんが魔力を込めるときの旗標みたいな物になっているわけか。

 『わしからは頼んでおらんわい!スレインの王が一番信仰している者の多いアザゼル教徒達に目をつけて、わしを利用しただけじゃ!』

 爺さん、止めなかったのか?

 『わしの教えはただ思うように、良心に従って生きることだけじゃ。利用されたとはいえ、教徒達の思考に話しかける必要は感じなかったんじゃよ……。』

 それ、お前が怠けてたってだけだよな?

 『と、とにかく、お主はスレインの王城に忍び込む手段でも考えておくことじゃな!』

 いや、聖武具の強奪は最後の手段だからな?

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