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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第三章:不穏な職場
83/346

82 決勝戦

 コロシアムの観客席の一番上段にある魔術灯の一つ一つの魔法陣を起動させ、リングを四方八方から照らす。

 それを合図にわらわらと観客が集まり、席は再び埋まり始めた。

 気のせいか、決勝戦前までよりも観客が多い。決勝戦は一味違うと期待してここだけを見るという人もいるようだ。

 リングの方へ目を移せば、その真ん中で俺を待っているルナが魔術灯光に照らされ、艶かしくも神々しい雰囲気を醸し出している。

 ……やっぱり綺麗だな。

 もう少し眺めていたいのは我慢。座った人達の間を縫って観客席を下りながら、ポケットからマイクを取り出し、それに魔素を流し込む。

 「ではこれより、ファーレン学園、総合トーナメント決勝戦を行います!」

 そしてそうアナウンスして、俺はコロシアムリングへ飛び移った。

 「待ってました!」

 「よっしゃあ!」

 観客席が沸き立つ。

 夜だからか、観客のテンションが少しばかり高い。

 負けじと俺も声を張り上げた。

 「さて、まず最初に登場する決勝戦進出者は、一回戦・二回戦で上級生相手に危なげなく勝ち、前回大会二位のファングをも押さえ付けてここまで上ってました。……さぁ、見事相手に打ち勝ち、二年ぶりの一年生優勝、実現なるかぁ!?魔術師コース、一年生、テオォ!」

 「「「テオ様ぁ、頑張ってぇ!」」」

 「負けたら承知しねぇぞテオォ!」

 「テオ!俺の救世主になってくれぇ!」

 黄色い声からちょっと生活が危なくなっている人の悲痛な声まで、様々な声がコロシアム内に響く。

 ギャンブルは娯楽の範囲に留めよう、な?

 そんな鳴りやまない喧騒の中、テオが槍を片手にリングに上がってきた。

 体調は万全、一回戦をする前と大して変わらない状態ながら、彼の闘志がいつになく強くなっているのが雰囲気で分かる。

 まぁ、相手が相手だしな。

 ボルテージの上がる観客に負けないよう、さらに大声で叫ぶ。

 「対するはッ!昨年だけでなく、入学したその年から、この大会において無敗を誇ってきました!現ファーレンの生徒会長にして一番の色男!夢の学園大会三連覇実現なるかぁ!テオの兄!エリィック!」

 「「「「「!!!!!!」」」」」

 声援は聞き取れなかった、ただただ計り知れないほどの人達が全力で叫んでいる。

 やっぱりエリックの人気は凄いな。

 あまりの声量に一瞬意識が遠のいたぞ。

 「ひゃっ!」

 「っと。」

 ルナも俺と同様だったようで後ずさり、俺にぶつかった。

 「すみません。」

 「ハハ、流石に気圧されるよな。これは。」

 「す、すみません。」

 まだ謝る彼女を撫でながら励ましていると、ついにエリックが現れた。

 しかしここで観客席からの轟音の内、黄色い物が消え去る。

 実際、これには俺も驚いた。

 なんとエリックは槍を持っていない方の手にネルの手を掴んでリングに登場したのである。

 「ねぇ、ちょっと、もういいでしょ!?」

 リングに上がるとネルは顔を赤くし、何とか手を放させようとしているものの、エリックは微笑を浮かべたままリングの中心へと歩いてきた。

 押しきられてしぶしぶ歩くネルに歩調を合わせる気遣いは見事な物。ただ、如何せん、周りの女学生からの威圧が凄い。

 やはりそれを感じていたのか、ネルは俺とルナを視界に捉えると、必死で目で助けを求めてくる。

 「あー、エリック、始めても良いか?」

 問いかけると、彼は頷き、顔を真っ赤にしているネルに何事か呟いて解放した。

 「勿論です。どうぞ始めてください。」

 そう言って、兄が弟に向き直る。

 解放されたネルは、俺の隣、というか、エリックの俺を挟んで反対側に立った。

 「何て言われたんだ?」

 小声で尋ねる。

 「……あいつの戦いぶりを見ていてくれってさ。」

 すると不貞腐れたような声が返ってきた。

 「ふふ、ネルはかなり気に入られたようですね。」

 「ち、違っ!」

 「貴族、か。良い相手を見つけたな。うん。」

 「うん、じゃないよ!何でボクがあんなのと……。」

 ルナの言葉に頷いて言うも、彼女はまるで心を傷つけられたかのように文句を垂れた。

 「え?……お前、あいつでも不満があるのか?」

 貴族だし、強いし、性格もひん曲がってはいない。その上、面も良いときた。

 あれ以上は流石にいないと思うぞ…?

 ネルを射止めるためのハードルってどんだけ高いんだ?

 少し驚きながらチラと振り返ると、彼女は俺から視線を逸らし、気まずそうに口を開いた。

 「ちょっと、ね。……えっと、あー、ほら、タイプじゃない、かな?」

 ……タイプ、かぁ。

 はぁ、分からん。友達同士でも合う合わないってのはあるし、そこら辺は仕方がない、のか?……ま、ここから先はこいつの問題か。俺が手を出せる領分じゃない。

 下手の考え休むに似たり。そもそも恋愛ド素人の俺にその機微が分かる筈もない。

 さて、観客席もようやく収まってきたな。

 二人の間に立ち、手を上げてコロシアム中の注目を集める。

 「両者、構えてぇ!」

 すると左右の二人は同じように姿勢を下げ、槍先を相手へ向けた。

 相手を睨み付ける二人ともが勝ちにいこうとしているのが伝わってくる。

 同じ環境で育ち、同じ先生に習っただけはある。

 「始め!」

 「「加速陣!」」

 合図と同時に両者の足元に同様の魔法陣が浮かび上がり、彼らはお互いに向けて槍を突き出した。

 そして二人ともが対照的な、体を反らす動きでそれをかわす。

 「「スティング!」」

 すかさず二人は同じスキルを発動して相手を襲い、これまた同じ動きで互いの攻撃から身を守った。

 「「炎熱陣!」」

 互いに手の平が向けられ、直後、そこから激しい炎を放射。そしてまたまた同じ動作で飛び退き、両者は事なきを得た。

 ……お前ら絶対事前に示し合わせてるだろ!?

 「ふむ、基本はできているか。」

 「当たり前だ!舐めるなぁ!疾駆!」

 テオが駆け出す。

 それに対し、エリックは試合の始めのように腰を落とした。

 「ふぅぅ。」

 ゆっくりとその体から力を抜かれる。

 カウンター狙いか。

 「らぁっ!

 しかし、テオの槍はエリックの手前に突き刺さった。

 「何を!?」

 完全に受けの構えに入っていたエリックは、相手へ踏み込んで反撃することができていない。

 その足元に魔法陣が浮かび上がる。

 「氷結……「させん!」なっ!?」

 しかし魔法陣が発動する前にエリックは片足を曲げてしゃがみ、地に手を置くと……何も起こらなかった。

 テオの魔法陣が発動しなかったのだ。

 それに驚き、動きの滞ったテオへと踏み込み、エリックが槍を突き上げる。

 「ハァッ!」

 「ぐっ、くそっ!」

 それを何とか槍で払い除け、テオは後ろへ跳躍した。

 「テオ、久しぶりだから楽しもうと思っていたが、今回は少し事情が変わった。本気で行くぞ!」

 ここでネルの方をチラッと見る辺り、エリックはネルをかなり気に入ったよう。

 タイプ、ねぇ。……恋って難しい。

 『うむ、好いた相手に既に伴侶がおることもあるからのう。』

 うるさい黙れ。

 「よそ見するんじゃねぇ!加速陣!」

 テオが駆け出す。

 「気合いを入れていただけだ。岩壁陣!」

 対し、エリックが槍で自分の目の前の地面を軽く触ると、そこに現れた魔法陣かは岩肌の壁がせり上がった。

 「こんなもの!」

 走りながら、テオが槍を肩に振りかぶる。

 「ウィンドブレイド。加速陣!」

 そして投げられた、風の刃を纏い速度の跳ね上げられた槍は、いとも容易く岩壁を貫通した。

 しかしエリックは用心のためか壁から数歩離れていたため、飛んできた槍をなんなくかわしてしまう。

 「転移陣!」

 エリックの背後にテオが転移。

 「それは、私と戦うときは悪手だ。ハァッ、ピアース!」

 しかしそれを読んでいたのだろう、エリックは既にテオへ向けて槍を突き放っていた。

 「ぐっ!?」

 テオは精一杯身を捻ったものの、脇腹を――浅いながらも――抉られる。

 横に転がって逃げ、すぐに立ち上がるテオ。しかし、走る痛みで彼の顔は強ばっている。

 「槍にあらかじめ対応する転移陣を描き、そこへ自身を転移させると言うのは私が考えた戦い方だ。」

 ……ああ、なるほどね、そういうことか。

 『お主、今分かったのか?ぷぷ、遅いのう。』

 くそぅ、無視だ無視。

 「そのメカニズムはもちろん、弱点や欠点も知っている。対処の仕方などは誰よりも理解しているつもりだ。テオ、もし勝ちたいのなら、私の知らない魔術か、私を上回る槍術を見せてみろ。」

 「ふん!そんなことは分かってる!石牢陣!」

 叫んだテオの目の前の足元に魔法陣が描かれたかと思うと、いくつもの石の格子がエリックを完全に取り囲んだ。

 「ほぅ、これは始めて見るな。だが脆い!剛体、加速陣!」

 「そこだ、三連突き!」

 そして石の牢から体当たりであっさり脱出したエリックに向け、テオはスキルの連続技を叩き込む。

 「槍の腕は上がったか。」

 エリックは槍を地面に引きずりながら後方に飛び、これを避ける。

 「逃がすかぁ!疾駆!」

 テオが追う。

 「甘い!煉獄陣!」

 しかしその足元にエリックの念写した魔法陣が現れ、真っ赤な炎が吹き上げた。

 「ぐあぁぁぁ!」

 堪らず叫び声を上げ、燃え盛る炎の中から飛び出し、テオは未だに燃えている自分のケープを引きちぎって、脇へ投げ捨てた。

 「まだやるか?」

 「当たり前、だぁ!怪力!」

 叫び、腕力を強化したテオが槍を思い切りぶん投げる。

 同時に彼はエリックへ向けて走り出した。

 「また転移か?それでは私に勝てはしない!」

 「ウォォォ!火炎陣!」

 相手からの忠告を無視し、テオが左手から炎を吐き出す。

 「暴風陣!」

 それをエリックは槍のたった一振りで吹き飛ばした。

 「水流陣!」

 今度は水が勢いよく噴出されるも、これまた風を纏った槍の一振りで弾かれる。

 しかし、それらはただの陽動だった。

 「身体強化、加速陣!」

 テオの本命は自らの強化。

 一気に加速した彼はエリックを拳の間合い入れ、上体を捻り、右拳を大きく引いた。

 「くっ、暴風……「くらえ、閃光陣!」っ!?」

 そして開かれたのは、前に出していたテオの左手。

 その掌からまばゆい光が炸裂。

 「少しは頭を使い始めたか。」

 エリックは何とか自分の目を覆って守ったものの、結果、弟を見失い、テオはその隙に兄の背後へと素早く回った。

 テオが右拳をいざ放とうとした瞬間、

 「サークル!」

 エリックが――おそらく牽制に――槍の石突近くを持って槍を振り回した。

 「チッ。」

 舌打ちをして下がるテオ。

 「そこだ!」

 バッと振り返り、テオを再び目に捉えたエリックは、即座に槍を突きだした。

 「ぐっ、跳躍!」

 テオはスキルにより、大きく上に跳んで回避。エリックの頭上を飛び越えた。

 そのままエリックの背後へ降り立ったは良いものの、着地の衝撃が傷に響いたか、一瞬テオの体が硬直してしまう。

 「ピアース!」

 その一瞬を逃さず、再度振り向いたエリックが攻撃を重ねる。

 「硬化陣!」

 テオの腕に円形の模様が浮かび上がり、直後、その腕が槍を受け止めた。

 穂先槍はすこし食い込んだものの、完全に静止した。

 「ほぅ、新しく開したか。よくやった。」

 「舐めるな!雷撃陣!」

 それでも余裕な表情のエリックへ、テオはすかさず電撃放つ。

 これはさすがに避けきれず、雷がエリックに直撃した。

 「くっ!」

 槍を手離し、リングに片膝を付くエリック。

 「……っ!」

 テオは刺さった槍を小さく声を出してしまいながら抜き、その槍先を相手に向けた。

 「俺のか……「鉄柱陣!」ぐっ!?」

 エリックのすぐ前から細い柱が勢いよく伸び、テオの槍を持った手を強打。

 堪らずテオが槍を取り落とす。

 「渡さない!」

 「加速陣!」

 そして慌てて槍を素早く拾おうとテオが身を屈めると、身体の痺れが取れたらしいエリックは、低い姿勢のまま体を素早く回転させ、相手の足を払った。

 「なっ!?」

 倒れながら目を見開くテオ。

 「視野が狭いぞ!相手を倒す手段は槍だけではない!鉄柱陣!」

 言い、エリックは空中で無防備になっている相手の腹へ再び鉄柱を伸ばし、ぶつけた。

 「ぐはぁっ!?」

 吹っ飛ばされ、テオが宙を飛んで行く。

 それを見ながら、エリックは転がっている槍を拾い上げ、肩に担いだ。

 「剛力、加速陣。ハァッ!」

 そして、槍が真っ直ぐテオに向けて投げられた。

 いくら身を捻ったとしてもこれを避ける術はない。

 「くっ、まだだ!エアボム!」

 と思いきや、テオは軽い風の爆発を起こし、自身を槍の軌道から脱出させた。

 槍がテオの真横を通り抜ける。

 「転移陣!」

 しかしその直後、テオの真横にエリックが現れ、

 「しまっ……!」

 「月下!」

 スキルで強化された足により、テオは場外の水の中へ蹴飛ばされた。

 水の音が響き、水柱か天高く上がる。

 「決まったぁぁぁ!勝者は、そして今年度学園大会の優勝者はぁぁ、エリィィィック!そしてぇ、夢の三連覇達成だぁぁ!」

 マイクに向かって叫ぶと、一拍置き、観客の感情が爆発した。

 賞賛、感嘆、羨望、後悔、悲嘆、感動、どれなのかは人それぞれで違うものの、とにかく全員が叫んだ。

 貴族は貴族としての矜持でか、叫ぶような者は少なかったものの、例外なく立ち上がり、惜しみ無い拍手を贈っている。

 俺は手を腰に当て、ふぅ、と息を吐いた。

 「ふぅ……長い一日だったな。良い意味で充実していた。」

 誰よりも間近で、言ってみれば特等席で学生達の力量争いを見られたのだ。

 審判も案外悪くない。

 「お疲れ様でした。」

 「一日中立ちっぱなしで叫んでたからね、コテツ、今日はゆっくり休んでも良いと思うよ。」

 「おいネル、良いのか?エリックをあのまま放っといて。」

 リングの端で拍手をしてくれている観客席へ深々と礼をしているエリックを指差す。

 よく見ないと分からないけれども、エリックの足は若干震えている。さすがに疲労が溜まったらしい。

 「そんな思わせ振りなことできないよ。」

 「やっぱりタイプが問題なのか?」

 「うん、タイプ。」

 即答かい。

 不憫だな。そう思ってエリックの方を見れば、彼は既にツェネリの肩に抱えられていた。ちなみにもう片方の肩にはずぶ濡れのテオが抱えられている。

 ……回収早いなおい。

 と、ツェネリが俺の目に気が付いた。

 「コテツ、我輩は彼らを連れて行く。ではこれで……。」

 「おう、お疲れさん。」

 「うむ、コテツもしっかり休むのである。」

 俺と互いを労い合い、ツェネリはリングから転移で消えた。

 さてと、俺は後一仕事だ。

 「ご来場の皆様、今年の学園大会は楽しんでいただけたでしょうか?明日は授賞式が行われます。是非、またお越しください。では帰り道お気をつけて、今日は今大会を盛り上げて頂き、ありがとうございました!」

 普段は全く使わないような口調でアナウンスを行い、隣で大爆笑し始めたネルの頭に軽くアイアンクローを決め、俺はそのままルナと一緒にリングを下りていった。

 ったく、そんなに笑うことないだろ?

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