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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第三章:不穏な職場
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79 テオ対ファング

 「次はいよいよ準決勝!まずは魔法陣と槍の使い手、テオ!そして対するは、肉弾戦の猛者、ファング!」

 マイクに向かって叫ぶ。

 というわけで早くも準決勝である。

 太陽はもう既に傾き、空があと少しでオレンジ色に染まるだろうという時間帯。

 片や2戦、片や勇者との激戦を経て、リングに上がってきた二人は傍から見ても気合十分。

 テオが槍を片手に、よし!よし!と自分に気合いを入れている一方、ファングは無言でフットワークを始めている。

 怪我だらけながら、ファングの動きに支障があるようには見えない。

 ま、意識して弱み見せないようにしているのかもしれないけれども。

 本人の意志なんだし、同情やら肩入れやらはしない方がいいだろう。……ていうか、したら審判失格だ。

 「ファング!やっちまってくれぇ!」

 「テオォ!相手が怪我してんのは気にすんなぁ!弱点ついて勝ってくれぇ!」

 「神よ!彼に祝福を!」

 「俺の人生が掛かってんだ!頼むから勝つんだ!」

 と、観客席が騒がしくなってきた。

 準決勝ともなってくると各学生に対しての判断材料が増えてくるからか、賭けをする奴等が相当数出てきたよう。

 中には……

 「十分で終わらせてくれぇ!」

 「最低でも三十分は耐えてくれよぉ!」

 「一撃目で決めちまえぇ!」

 ……というような呼び掛けも聞こえることからして、どうやら試合時間や攻撃回数まで賭けの対象になっているらしい。

 このようにファーレンの在住民や外来民がワァワァ騒ぎ立てている一方で、貴族のいるところはシンと静まっている。

 白けてしまって試合に興味を失っているわけではない。むしろ今までよりも格段に試合に集中している。

 理由は簡単に予想がつく。敵国の要注意人物や自国の戦力となる人物を新たに探し出すためだろう。

 「……戦争なんてやらなきゃいいのにな。」

 思わずため息が出る。

 ヴリトラが復活したことは国も知ってるんだから戦争を取り止めるとかにできないのかね?

 そんなことやってる暇はないだろうと心の底から思う。

 「ん?コテツ、なんか言った?」

 「あーいや、何でもない。」

 俺の呟きを耳聡く気付いたネルに、首を横に振って返す。

 「それよりネル、しっかり見ておけ。テオの魔法陣はエリックと同じ原理だからな。武器も同じだし、戦い方は多少なりとも似通ってる筈だ。」

 話題を変えるついでにネルを鼓舞すると、彼女はククッと小さく笑い始めた。

 「どうした?戦闘前から興奮してるのか?ルナは強いからたしかに見習っていいけどな、そこまで真似しなくて良いと思うぞ?」

 茶化すも、普段なら怒っていただろう彼女は余裕の表情を浮かべていた。

 「フフン、コテツ、随分とボクに勝ってほしそうだね?そんなにボクとデ……ウホン、一緒にレストランに行きたいのかな?」

 ニヤニヤと笑うネル。

 こういうからかい文句は流すに限る。

 「そうだな、何なら店はお前が選んで良いぞ?」

 「え!?行きたいの?」

 肩を竦めて返すと、彼女が新底意外そうな顔を浮かべた。

 そんなに驚くことはないだろうに。

 「当たり前だろ?美人さんとどこかに食べに行ける機会を逃したくはない。ちなみにアリシアとはお菓子を買って、ルナとは酒を飲みに行ったから、選ぶ店は何か別のヤツだと助かる。」

 まぁ、アリシアとのあれを買い物と呼べるかは疑問だけどな。むしろそれをやめさせたと言った方が正しい。

 わははと笑いながらネルに目を戻せば、ジトッとした目で睨み付けられていた。

 「い、いつの間にそんなこと……。うん、じゃあコテツがボクとどこか行くのは義務だね。決定事項だよ。ボクだけ無しなんて不公平だし。」

 どうしてそうなった!?

 「いや、お前とは一緒に食べ歩きしただろ?ファーレンに来たてのときぐらいに。」

 ていうか元パーティーメンバー三人と行動する回数が平等じゃないといけないなんてルール、始めて知ったぞ?

 「あれはボクを抱きしめて……ち、窒息させようとしたお詫びでしょ!?」

 “抱きしめる”と言うところで俺の顔から少し目をそらし、ネルは要求を主張し続ける。

 心の底から「あれは不可抗力だ!」と声を大にして言いたい、いや叫びたいものの、本人は無自覚だから困る。

 と、観客の興奮が収まってきた。

 そろそろか。

 「どっちみっち優勝したらの話だ。何にせよ頑張れ。」

 「うん、分かった。」

 話を切り上げようとして言うと、ネルも察してくれたのか、そう言って少し離れたところにいるルナの元へ歩いていった。

 マイクを口許に近付ける。

 「観客の皆様、お静かにお願いします!」

 叫び、もう待ちくたびれたようすのテオとファングの間に立つ。

 「両者、構えて!」

 テオが槍を両手に持って姿勢を低くし、対戦相手を強く睨む。

 ファングは地面にもう少しで顔がリングに付くんじゃないかというぐらいに身を屈めた。

 「始め!」

 俺は合図と同時に後ろへ跳ぶ。

 一瞬後、ファングがそこを猛烈なスピードで突進していった。

 「チェストォ!」

 「ぐっ、速い!?」

 傷だらけの相手のパフォーマンスは落ちているだろう、と油断していたか、テオは慌てた様子でファングに槍を突き出し、あっさりかわされ、モロにタックルを喰らった。

 「グハッ!」

 肺から空気が無理矢理吐き出し、テオが吹き飛ぶ。

 「はぁはぁ、ウゥオォォォォ!疾駆!」

 やはり体力が回復しきれておらず、呼吸の少し荒いファングは、咆哮を上げて自らを鼓舞し、追撃に走り出した。

 そしてリングを転がったテオが何とか立ち上がったとき、ファングは既に拳を引いていた。

 「くっ、させるかぁ!」

 槍が大きく振り回される。

 しかしそれをスルスルと避けられてしまい、ファングはテオの腹にボディブロー。

 「ゴボォッ!」

 再び吹き飛び、テオの肩が石のリングをズザーッと滑っていく。

 「疾風!」

 彼に起き上がる機会を与えないよう、さらなる追撃へ走るファング。

 「ふん!」

 それを見て立ち上がる暇などないと判断したか、テオが槍を相手の走ってくる方向の地面に素早く下ろした。

 しかし目測を誤ったか、その穂先が下りた地面はファングの1m程前方。

 「鉄柱陣!」

 そしてファングがその穂先を飛び越えようとした瞬間、穂先の下に魔法陣が表れ、そこから勢いよく伸びた鈍色の柱がファングの腹を突き上げた。

 ……どうやらテオやエリックが武器として槍を使うのは武器を通し、少し離れたところの魔法陣へ魔素を流し込められるようにするためらしい。

 「グヴォォ!」

 細い鉄柱はさらに十メートルほど伸び、ファングを上空へと突き飛ばす。

 「はぁはぁ。」

 そうして何とか時間を稼いだテオは、殴られた腹を抑えながら、槍を支えに立ち上がった。

 彼は空を睨んで相手の落下地点を見極め、槍を構えて静止。

 そして落ちてきたファングへ放たれた一刺しは、

 「空歩!」

 彼が宙を蹴ったことで回避された。

 安全に着地した相手目掛けてテオが再び槍を突き出す。

 「スティング!」

 「危ないっす!ぜぇぜぇ。」

 それを一歩跳んで避け、ファングは荒い息を漏らす。

 「まだまだ!雷光陣!」

 と、ファングの足元を中心に巨大な魔法陣が現れた。その円周に、ギリギリでテオの槍が届く。

 激しい電撃が円内で弾けた。

 「ぐあぁぁ!くぅぅ、痺れるっす。」

 堪らず、ファングが膝をつく。それでも歯を噛み締めて耐える姿に、戦意を失った様子はない。

 「取ったぁ!疾駆!」

 間髪置かず突撃するテオ。狙いは鉄柱で服が破けたことで晒された相手の胸。

 「ウオォォォ!赤、銅!」

 対するファングはなんとか後ろに跳び、赤く染め、硬質化した胸で本来は致命傷だったであろう一撃を何とか凌いだ。

 大きく距離を取られ、しかしテオはそれを追うことはせず、代わりに槍を肩に担ぐ。

 そしてファングがリングに尻餅を付いたと同時に、テオの体が動き出す。

 「ウィンドブレイド、加速陣!」

 穂先の切れ味を魔法で上げられ、魔術で速度を無理矢理乗せられた槍が放たれる。

 素早く立ち上がったファングは咄嗟に真横へ飛び込もうとするも、足を曲げたまま、姿勢を崩してしまった。

 さすがにこれまでの無理が祟ったらしい。

 「こう、なったら、一か、八かっす!」

 叫び、片膝立ちになったファングは、向かってくる槍に真正面から向き直って胸を張った。

 その未だに赤い皮膚には薄い切り傷が残り、血を少量ながらも流している。

 「ハッ!受け流してそれなんだ。これはさっきよりも威力は強いんだぞ!受け止められる筈がない!そうだ、これで終わりだ!」

 相手の自信ありげな顔に、強気でテオが叫ぶ。

 ……得意になっているというよりも自分自身を説得しているような感じがする。

 もう少し冷静ならだめ押しの追撃を仕掛けられただろうに、ファングの元気が役に立ったらしい。

 「オォォォォ!」

 咆哮を上げたファングの、赤く、硬くなった胸に槍が接触した。

 瞬間、ファングは体を捻り、体を反らせ、必殺の槍を受け流していった。

 恐ろしいまでの体の柔らかさだ。

 ファングの奴、タコの獣(?)人の血縁者でもいるのかね?

 そして、テオのトドメの一撃は受け流されてしまった。

 「だぁ、はぁはぁ、どうだ、やってやった、っす。」

 「……だ、だからどうした!もう一度、今度こそ確実に殺るまでだ!」

 恐らく手に描いたのだろう魔法陣から新たな槍を取り出し、テオが走り出す。

 「ぜぇ……はぁ、すぅぅ、勝つっす!」

 ファングはゆっくりと立ち上がりながら息を整え、腰を低くして迎撃の体勢を取った。

 「氷結陣!」

 氷で槍の間合いを伸ばすテオ。

 「ふぅぅ、……まだっす。」

 対するファングは体の力を少し抜き、拳を腰だめに構えた。

 「終わらせてやる、スティンガー!」

 「まだっす。」

 蒼白い軌跡を描きながら迫る、氷の大きな槍をじっと見つめたまま、ファングが拳をさらに引く。

 「今!ソニックフィストォ!」

 そして槍が目の前まで来ると、彼は軽く屈んで穂先を避け、拳を下からテオの顎目掛けて振り抜いた。

 「クソォッ!ウィンドボム!」

 叫び、テオは槍を手放し、風の塊を自分とファングとの間に作って破裂させる。

 二人の体が風に押され始めるのに一瞬遅れて、ファングの拳がテオの顎に刺さる。

 「ぐあぁ!」

 「どうだっす!」

 ブワッと一気に膨張した風が彼らを引き離し、二人はしばらく浮遊。

 そして着地の前にワンクッション置くことなく、対戦者二人ともがドサリとリングに落ちた。

 大会に引き分けはない。この場合、先に立った方の勝ちだ。

 しかし彼らは同時に、ふらつきながらも立ち上がった。

 「しぶとい……っすね。ふぅぅ。」

 「俺は負けるわけには、いかないんだ。はぁはぁ。」

 二人ともゆっくりと呼吸を整えている。

 「俺もそうだったはずなんすけど、ね…………ヘヘ。」

 呼吸が落ち着き、さてもう一戦始まるかと思ったところで、ファングの胸の赤い直線がパックリと開いた。

 「それ、は?」

 掠れたような声で聞くテオ。

 「どうも、受け流しきれなかったみたいっすね……ゴハッ。」

 ダラダラと胸から血を流すファングはゆっくりと膝をつき、リングに倒れ込む直前、光に包まれてリングの外の水の中に落ちた

 「勝者は、そして決勝戦進出を決めたのはぁ、テオ・フォン・ハイドン!」

 すぐにテオの勝利を宣言すると、本人はその場に尻餅をついた。

 「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、……勝った。ふぅ、……勝てたんだ。」

 天を仰ぎ、達成感でいっぱいになっている彼の様子に、少し笑顔にさせられる。

 実際、俺からみてもかなり厳しい戦いだったし、テオはよく頑張ったと思う。

 「よく頑張った!」

 「ありがとうテオォ!愛してるぞぉ!」

 「どうしよう、嫁に怒られちまう……。」

 「神はいた!」

 「あと少しだったのに!」

 「もう、……駄目だ。」

 そして観客はというと、狂喜乱舞している者から絶望にうちひしがれている者まで様々。

 「どうだ、ネル?参考になったか?」

 「ボクもああいう能力が欲しかったなぁ。」

 そしてネルは俺に聞かれてしみじみとそう言った。

 俺はその気持ちをこの世界に来た直後に味わったなぁ。しかも対象が三人だ。

 もつ二年ぐらい前か。今となってはそれも懐かしい。

 「……全くだ。俺も欲しい。」

 そう思いながら返すと、

 「えぇ!?」

 何故かネルが目を見開いた。

 「あの、ご主人様はもう既に十分強いと思いますよ?」

 ルナまで俺を変人を見るかのような目で見ている。

 『お主は元より十分変じゃろ。』

 そもそも人は十人十色だ。自分以外の奴は誰にとっても変人なんだよ。

 『つまりお主は変なんじゃな。』

 ……。

 「うん、コテツにはそんなこと言う資格はないね。」

 と、何かに納得するようにネルが頷く。

 「資格も何も、ああいう能力は便利だろ?」

 見るからに。

 「いやぁ、コテツの魔法はもう変な能力と同じになっちゃってるからねぇ。……化物だし。」

 「化物じゃない。」

 「はいはい。」

 適当に流すな!

 「……とにかく、次、頑張れよ。」

 「フフン、ボクよりも相手の心配をした方がいいと思うよ。」

 言って無い胸を張るネル。

 「はは、そいつは頼もしいな。」

 笑いながらその頭をポンポンと軽く叩くと、軽く睨まれた。

 「あんまり子供扱いしないで欲しいんだけど?」

 アリシアはともかくとして、ネルに対しては別にそんなつもりはないんだけどな。

 ていうか今更過ぎるような気がしないでもない。……こいつ、もしや緊張し始めているのか?

 からかってやろう。

 「そうかい、悪いな。もしかして年上扱いして……「コテツ?」ほ、欲しくはないよな。うん。」

 目が恐ろしかった。

 「……もう、まったく。」

 それでも俺がネルの頭に手を載せたままでいると、彼女は嘆息し、そう言って潔く諦めた。

 「ふふ、相手はご主人様ほどの速さや力は持っていませんから、そんなに緊張しなくて良いと思いますよ。」

 「うん、そうだよね。コテツもわざわざ緊張をほぐしてくれようとしてありがとう。……内容は酷かったけど。」

 あらら完全に見透かされてたか。

 ……でももう少し茶化そう。

 「いや、俺はただ美人さんともっと触れあってたかっただけだぞ?」

 「へ!?」

 途端、ネルが真っ赤になる。

 それについ、クククと笑いを漏らしてしまうと、彼女は俺の足をグリグリと踵で潰し始めた。

 何だかんだ言って褒め言葉に慣れてないよな、こいつ。

 ま、取り合えず緊張は解けたかな?

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