8 職業:冒険者②
俺は今、イベラムから少し出た平原にいる。いつもの中二装備を着て、もちろんアリシアも一緒だ。
日はまだ完全には昇っていない。
今日の目的はネルに言い渡された依頼の達成である。
昨夜、アリシアが寝た後、宿の一階で情報収拾をしたところ、ゴブリンの集落がイベラムの城門からすぐの森の中にでき、次第に大きくなっていることを知った。
もう少ししたらCランクの依頼としてその集落の討伐が行われるらしいが、今はまだあまり数が多くないため、俺らみたいなGランク冒険者の間引きに任せているらしい。
そして俺とアリシアはゴブリンを合計10匹倒し、討伐した証である彼らの右耳を持って帰れば良いのである。
ちなみに、この世界においてゴブリンなどの魔物はその身体の様々な部分が薬や武器に使われるため、売って金にすることもできるらしく、冒険者がパーティーを組んだり奴隷を買ったりするのも、大体は倒した魔物を全部持って帰るためなのだそう。
しかしながら当然、俺とアリシアの二人では、人間の子供ぐらいの大きさがあるらしいゴブリンを十匹全て持ち帰る事は普通は不可能だ。
だがしかし、ここでアリシアの神官スキルが炸裂する!
高位の神官の魔法、というか神官の扱えるスキルに、信仰する神の空間の一部を借りて、自分の荷物を入れる保管庫とできるものがあるらしく、それをアリシアが習得していたのだ。
借りることのできる空間の大きさは人によってまちまちらしく、アリシアのそれには満腹亭における俺らの部屋ぐらいの大きさがあるそう。
そしてそこからは俺の出番。爺さんに命れ……相談し、取り敢えず一キロメートル四方にして貰った。
これにより、俺らは魔物をたくさん倒せば倒すほど、金をガッポガッポと得られるようになった訳である。
ありがとな、爺さん。
『う、うむ。これもまた友人のためじゃ。』
おう、感謝してる。
さて、こんな朝早くに出発した理由は、俺の新魔法の試運転とアリシアに魔素混ぜを覚えてもらうため。もしもアリシアの訓練が成功し、俺の予想通り結果が得られたならば、体の強度が人とそう大して変わらないというゴブリンを殲滅することができるはずだ。
そして今は訓練を始めてから一時間経った頃。
俺の新魔法は完成し、後はアリシアのそれを待つだけ。
「ふん!」
「神童ちゃん、そうじゃない。押しつぶして無理矢理引っ付けるんじゃない。混ぜるんだよ。」
「うぅ、神童はやめてください。」
「出来たらやめてやる。」
「はい、ふん!ふん!」
「ああもう、ちょっと貸せ。」
俺は後ろからアリシアの両手首を掴む。アリシアの背中がビクッとするのを感じるが、いまは気にしない。
「はい、じゃあ右手に緑を集めて、そのまま円を描いて。そこに左手から少しずつ赤を混ぜて。」
と言いながら俺が無理矢理アリシアの腕を動かす。
すると、右手につられて火が回り始めた。成功だ。まぁ元々そう難しい事じゃないのだけれども。
「分かったか?」
「ひゃ、ひゃい。」
なんか焦ってる。きっと感動してるのだろう。
『明らかに違うじゃろ。』
……だよな。
こりゃ“開放的”な師匠と長い間生活していた弊害かもしれんな。殴られたり蹴られたりしなかっただけマシだろう。
パッと手を放してやる。
「よし、もう一回だ。今度は自分でやってみろ神童。」
「わ、分かりました。ふんん!」
「はぁ……。」
結局、アリシアは日が完全に昇って温かくなってきた頃にやっとそれができるようになった。
「よし、行くか。」
「は、はい!」
黒魔法で作った板の上に乗り、手招きすると、アリシアはおっかなびっくり俺の隣に立ち、それが俺達二人を乗せて宙に浮かぶと俺の腕を握った。
その板というのは3メートル四方で厚さが1センチもない、ただの真っ黒な代物。不安なのはよくわかる。
そう、俺は自分で自分を下から押して空中に持ち上げると言う、物理法則を無視した動きを魔法で実現したわけだ。
この魔法、常に俺の近くにあるからか、ブレイドダンスの剣3本ぐらいの同時行使程度の魔力で作成、操作が出来る。重量制限はあると思う。何せ一人よりも二人の方が魔力を使っている感覚があるのだから。
まぁそんなことより、しがみついてくるアリシアの可愛らしさを間近で見れるのは役得だろう。
しかしそれも森についた頃には無くなってしまい、彼女は――俺の服の端をつまみながらではあるものの――自身の足で立てるようになっていた。
慣れってのは恐ろしく、また悲しいものだと俺は初めて思った。
そのまま、ゴブリン集落があると言われた森を上空から集落を捜索。
そしてついに簡素な家々を見つけた。緑の肌をした小人が生活している様も俺の鍛えられた視力で見て取れる。
……爺さん、あれがゴブリンで合ってるよな?
『うむ。』
よーし。
「さて神童、分かるね?」
「約束を守らない人の話は聞きません。」
「さてアリシア、分かるね?」
「はい。いきます!」
アリシアが散々練習してきた魔法を真下に落とす。流石に板の端に行くのは怖いよつで、下投げでヒョイ、ヒョイ、と魔法を放っている。
放った魔法の見た目はただの小さな火の玉。
しかし、それが地面についた瞬間、火は半径5メートルほどの大火となる。
突如現れた炎に巻き込まれたゴブリン共は何が起こったか理解する間もなく体を焼かれ、炎のすぐ外にいたゴブリンも全員天高くに飛ばされ、落ちたときの衝撃で絶命する。
そんな魔法がゴブリン集落に、散発的にながら、ところ狭しと降り注いだ。
なんか、戦争の爆撃機の恐ろしさがわかった気がする。これは警報をならして防空壕に逃げないと死ぬな。
そんなことを続けること数分、疲れはてたアリシアは俺に頭を預けて寝てしまった。
眼下の煙はまだ晴れる様子はない。面倒なので、心を鬼にしてアリシアを起こす。
「アリシア。」
「ふあ?」
「風で煙を払ってくれ。」
「……はいぃ。」
アリシアは小さな風の玉を作って放り、再び夢の世界へと旅立った。
風の玉は空中で破裂し、煙を一気に外へと押しやってくれる。
それからしばらくの間、俺は村に生存者がいない事を上空から確かめた。
数分後、アリシアが起きた。
「ふぁあ。どうなりました?」
「よくやった、大成功だ。」
褒めながらその頭を強めに撫でると、寝起きには辛かったのか、アリシアはよろめいてしまい、俺は慌ててその体を支えてやる。
「それでは早速お金の種を回収しましょう、」
平衡感覚を取り戻すなりアリシアの一言。
容赦ないなぁ。
「はは、そうだな……ただ、ゴブリンは半数くらいは完全に焼けてしまってる。破壊力を上げるために赤の魔素を多めに混ぜたのが災いしたな。」
「それは貴方の指示でしょう!?」
「すまん。まぁでも半数といってももともとの数が多いんだ。相当な金になるだろうよ。じゃ、回収は頼むぞ。」
「分かりました。頑張ります!」
「おう。」
頷き、俺は板をゆっくりと降下させ、空中1メートルから飛び降りる。後から飛んだアリシアを受け止めて下ろし、板を霧散させた。
「グロォッ!」
途端、側で倒れていたゴブリンが起き上がり、アリシアに襲い掛かった。
「きゃっ!?」
突然のことに硬直するアリシア。
即座に肩からナイフを取り出してそのまま流れるような動きで投げると、ナイフはゴブリンの喉をかき切り、アリシアの数歩手前で事切れた。
「すまん、てっきり全部死んだと思ってた。」
焦ったァァァァ!ゴブリンって死んだフリとかするのかよ!?
『気配察知を使えば良いじゃろ。』
そういえばそんな便利なスキルもあったんだったな。
「……いえ、あ、ありがとうございます。」
アリシアの一気に青ざめた顔に、申し訳無さが湧き上がる。
ゴブリンの村を魔法で壊滅させたは良いものの、命の危険が少しでもあるんだから油断なんてしちゃいかんな。
それからアリシアは黙々とゴブリンや金目の物を神の空間に入れていき、俺はそんな彼女の警護に勤しんだ。
そして炭になっていない最後の一匹を回収したとき、俺はかなり強い気配の接近を感じた。
すぐに一仕事終えて満足しているアリシアの手を引き、木の影に隠れる。
慌てる彼女に静かにするよう小声で囁き、そのまま様子を伺う事数分、俺よりも大きな体を持ったゴブリンが普通のゴブリン10匹と緑色の毛むくじゃらの巨人を3体率いてやって来た。
「あ、あれは、トロルに、ゴブリンキング!?」
どうやら毛むくじゃらはトロルというらしい。
アリシアの声色からしてかなり強いのだろう。しかし幸い、まだこちらには気がついていない。逃げるなら今だ。
「お前は上で避難してろ。」
板を作り、アリシアを掴んでその上に放り、彼女が乗ったことを確認するなり、そのまま板を上昇させる。
万が一気付かれたとき、敵の注意を俺へ集めるためにナイフを右手に準備しておく。
「ダメです!貴方一人じゃ無謀すぎます!ゴブリンとは格が違うんです!」
「じゃあ助けでもを呼んでくれ。時間ぐらいなら稼げるさ。」
アリシアの小さな叫びにそう返し、俺は板を一気に上昇させた。
爺さん、板の誘導を頼む。イベラムの城門前に板が着いたら教えてくれ、そこでアリシアを下ろすから。
『いいじゃろう。…………うむ、そこら辺じゃ。』
よし、と。ありがとな爺さん。
ところであいつら、どう思う?
『中々強いの、ランクAなら隊を組んで挑む。Sなら2人でやれなくもない、かの。普通は安全のために3人で挑むものかもしれんの。』
俺はどうだ?
『あの師弟対決の時のお主なら半数は倒せるじゃろうが、それ以上は分からんの。』
そうか……。
まぁ、あれから毎日、中二装備を着てきて、鍛練も真面目にやったんだ。成長率は50倍あるんだから。行けるだろ。
『ほう?てっきり隠密スキルで逃げるものと思っておったが?』
敵わなそうだったら逃げるさ。
向こうさん、俺の隠密スキルを看破できないみたいだからな。逃げるのはそう難しい話じゃない。
それに、ここらで一回自分の本気を確かめないと。
『ふぉほほ、楽しみじゃ。是非見せてくれ、その本気、わしも興味がある。』
ハッ、これを見て腰を抜かすなよ。
爺さんに返し、再びゴブリンキング一行の様子をうかがう。
ゴブリンキングは集落の惨状を見て餓鬼みたいに怒り出すと思いきや、膝をついて涙を流し、嘆き悲しんでいた。他のゴブリン達が励まそうとしているが、彼らも暗い表情を隠せていない。
……あれ、相手は魔物なのに感情移入してしまっているぞ?
随分と人情味溢れるゴブリンだな……。俺はあいつらを殺せるのかね?
すると、トロルの一体がゴブキンを強く叩き、何かゴブリンキングに向かって言い始めた。他のゴブリン達がトロルの足にしがみついてゴブリンキングがさらに叩かれるのを防ごうとしているが、その間もトロルは何かを言い続ける。
お、仲間割れか?
『違うのう、あれは仲間がほとんど殺され、メソメソしているゴブリンキングにカツを入れておるのじゃな。“仲間が死んでいつまでも泣いては死んだ彼らも浮かばれない。”という所じゃの。今こそ人間に弔い合戦を仕掛けるときだ。とも言っておる。』
ひゃぁ、想像以上に人間っぽいぞ。
ていうか爺さん、あいつらの言葉が分かるんだな?
『お主もこの世界の人間と意志疎通が出来るじゃろ。それはわしの与えたスキル、というか能力、言語理解(人)のお陰じゃ。文字が大丈夫なのも勿論そのお陰じゃ。そしてわしはその上位互換のスキル、完全言語理解をもっておるんじゃよ。』
……俺も欲しいな。
『薦めはせんぞ。なんせそこらの虫や鳥の言葉も耳に入ってくるんじゃからな。なかなかきつい。わしは神じゃからスキルの切り替えができるが、お主はできんからの。……じゃが仮の付与ならなんとかなるのう。やってみるか?』
今はいいかな。あとで頼むかもしれん。
爺さん、続けて翻訳を頼む。
『よいのか?これ以上聴いたら、お主は本当にあいつらを殺せなくなるかもしれんぞ。』
良いんだ。
これから人を殺すこともあるかもしれないしな。なんせここでは人の命が元の世界よりも軽い。今のうちに出来るようにならないと今後それで足を掬われる。
『お主に似合わず立派な心掛けじゃ。』
似合わずは余計だ。
『そこで更に翻訳したいのじゃが、なんさま魔物は人間よりも知能が低くての、その言語もとにかく長いんじゃ。まあ、戦闘に関する言語だけは何回も使っておるからか異様に短いんじゃがの。実際、今もゴブリンキングにさっきの内容のことを言っている最中じゃ。』
マジかよ……。
ゴブリンキングが叩かれたのってもう数分前だぞ。
爺さん、やっぱり一時的に翻訳スキルをくれ。
『分かった。やめるときは教えるんじゃぞ。』
おう、ありがとう。
長いようで短い説教は終わったらしい。
ゴブリンキングはゆっくりと立ち上がり、言った。
「確かにその通りだ。すまない、取り乱してしまった。……俺は王失格だな。」
「そんなことはありません!あなたしか私達を導ける者はおりません!どうか、我々を率いて下さい!」
「ッ!ああ、分かった。皆の物、ありがとう。」
「頭をお上げください。王よ、さぁ我らにお言葉を。」
「分かっている。」
ゴブリンキングはそう言うと、一拍おき、胸を張って轟くような声で高らかに言った。
「聞けぃ!勇猛なる戦士達よ!そして見よ!我らの里を!この悲惨な光景を!惨劇の跡を!人間共は我らの仲間を!友を!家族を!炎をもって皆殺しにしたのだ!我々ゴブリンを無差別に、理由もなく、ただ殺そうとしている!だからこそ!余は確信を持って断言しよう!卑劣で残虐な人間を、我々は打ち倒さなければならない!仲間を殺され、悔しがるのは良い。悲しむのは当然の事であろう!だがしかし!このまま泣き寝入りをしてしまって良いのか!?指をくわえ、次は我が身と身を縮こまらせ怯えるか!?我はこう答えよう!……否とッ!今こそ我らが怒りを人間共に知ら示す時である!」
やべぇ、俺のせいでゴブリンが絶滅を危惧して人間を駆逐しようとしてる。
……ごめん。
そんな謝罪が届くはずもなく、ゴブリンキングは持っていた杖を天へつきあげ、その周りの配下は一斉に跪いた。
「さぁ、勇猛なる戦士達よ!これから余が歩むのは修羅の道、歩み始めたが最後、戻ることはできぬ!だがそれでも余に付いてきて欲しい!今まで殺された仲間達の無念を晴らすため、これからの子孫に安定した繁栄を約束するためにも!この言葉はしかし、余はお前たちに強制しない。命が惜しいものもいるだろう。恐れをなしてしまったものもいるだろう。それは良い。しかし!しかしだ!少し、ほんの少しでも余の言葉に感じたことがあったのなら!他の同族に伝えてくれ!我らは人間へのリベリオンを行ったと!そして余の意向に賛同するものがあれば、その者を全力を持って支え、助けよ!」
先頭の3体トロルが立ち上がる。同時にゴブリン達も立ち上がった。
「王よ!何をおっしゃいますか!我ら戦士は貴方の剣!如何なる相手も討ち果たして見せましょう!」
トロル三体が叫ぶ。
「その通り!我ら戦士は貴方の盾!如何なる刃も防いでごらんに入れましょう!」
ゴブリンの戦士達がさけぶ。
「我ら戦士は貴方と共に如何なる苦境も乗り越えましょう!いざ!」
最後はあの、ゴブリンキングを殴ったトロルが叫んだ。
「「「「「「「ウォォォォ!」」」」」」」
逃げ出す様子を見せるものは一人もいない。
好都合だ。
ゴブリンキングの言う通りに逃げたゴブリンが一体でもいたら面倒なことになるところだった。
ゴブリンキングは杖をイベラムに向ける。
「そうか……聞くまでもなかったか。ならば行くぞお前たち!これは王命である!人間に我らと同じ絶望を味わわせるのだ!まずは森に散らばる同胞を、人間を憎むあらゆる者を集め、報復を為し遂げようぞ!」
そして再びの咆哮。
……逃げるどころか、こりゃ自分の尻拭いをしないといけないな。
木の影からナイフを投げる。立て続けに4つ。
仕留められたのはゴブリン一匹、残りは弾かれるか、掠り傷を与えるに終わった。
……狙いはゴブリンキング一匹だったのにな。緊張で手元がぶれたのかもしれん。
「なに!?」
ゴブリンキングが慌てたようにして杖をこちらへ向けた。
で、こっちの居場所はバレてしまった、と。
ゆっくりと木の影から歩み出る。
「何者だ!」
「お前らを止めにきた!」
叫んだ彼に対し、俺は自身を叱咤、鼓舞する気持ちで叫び返す。
まぁ、この全て発端は俺なんだけどな。
ゴブリン語を話せることに驚いたのか、ゴブリンキングは身構えたが、少しして気を取り直し、叫ぶ。
「たった1人で何ができる!」
ここは敢えて怒りを買うことにしよう。
「ゴブリン風情に何ができる!」
「くっ、相手は1人だぁ!憎き人間の最初の犠牲、我らがリベリオンの礎としてくれようぞ!者共ぉ、かかれぇ!」
「「「ウォォォォォォォォォォォ!」」」
ここで躊躇ったら俺が死ぬ。覚悟を決めないとな。