77 ネル対フレデリック
俺がファングの勝利を宣言すると、観客席の最前列に待機していたツェネリがリングに飛び移ってきて、倒れたカイトをかつぎ上げた。
「では、我輩は……」
「あ、ちょっと待て!」
そのまま保健室へ戻ろうとする彼を慌てて呼び止める。
「結界があるからといって、殺して良い道理はないのである。」
「誰が殺すか!」
効率的には良くても学生の親も来ているんだからな!?
「はぁ……、ファングも治療してやってくれ。受けたダメージはカイトと大して変わらないだろうし。」
「ふむ、そうであるな。……歩けるか?」
頷き、カイトを肩に乗せたツェネリがファングに手を差し出す。
しかしファングは首を振ってそれを断った。
「大丈夫っす。他の選手が治療を受けていないのに俺だけするわけには行かないっす。」
咄嗟に反論が出てこず、思わずツェネリと顔を見合わせる。
「どうする?」
「本人が言うのならば我輩はそれで構わないのである。治療は無理矢理受けさせるものではない。」
俺としては万全な状態で戦って欲しいんだけどな。ま、本人が言うんだし、多数決でも負けている。
「……分かった。本人の意思を尊重しよう。」
「かたじけないっす。」
そう言ってファングは赤く変色したままの額をポリポリと掻いた。
あれ?さっきはカイトに殴られたからだと思ったが、そんな様子は無い。それにどこか金属みたいに見える。
「おい、ファング、その額……」
「あ、これは……えっと、何でもないっす!」
俺に聞かれると、ファングはハッとして額を抑え、そのままリングから出ていった。
「聞いたらいけないことだったか?」
「ふむ、何かしらの奥の手だったのであろうな。……では我輩はこれで失礼するのである。」
ツェネリは俺の疑問に答えたあと、何かしらゴニョゴニョと呟いて転移していった。
奥の手、か。
たぶん鉄塊系の中の赤の魔素を使った技、赤銅、かな?
いや、自由に発動と解除ができていないように見えるから、やっぱり違うのかね?
困ったときは爺さんに聞こう。
『はぁ、暇じゃからまぁ良いんじゃが。……あれはまだスキルを完全に習得しておらんからじゃろうな。』
あ、やっぱり赤銅なのか。
一体誰に教わったんだろう。俺とは別の流派の可能性もあるし、一度で良いから見てみたい。
俺は修行中のときはあんな風に技の発動と解除で失敗することは無かったし、流派が違う可能性の方が大きいのかもしれない。
『のう、お主は一応超魔力というスキルを持っているんじゃぞ?それで力押しをしていたとは考えはせんのか?』
……まぁ、それでも流派が違う可能性を捨てられないのに変わりはないな。
「あの、ご主人様?どうかなさいましたか?」
俺がしばらくボーッとしていたからだろう、小首を傾げたルナに気遣わしげに声をかけられた。
「……いや、何でもない。さっさと進めていこうか。」
「……はい。」
まだ心配そうではあるけれども、仕方ない。
話題を変えよう。
「さて、次はネルの出番だな?」
「え、ええ、一回戦はあまり手応えは無さそうでしたが、次はどうなるのでしょうね。」
彼女の一回戦の相手は一年の魔術師コース生で、ネルは楽々と相手の魔術をかわし、懐に入って一撃を入れた。
「相手は魔法使いで、それに空を飛べるからなぁ、何かしらの作戦を建てないと難しいだろうな。」
「それはネルも分かっていると思いますし、どう戦うのか楽しみです。」
「ああ、そうだな。」
くれぐれも付け焼き刃の魔法戦なんてのはやめてくれよ?
ここにいないネルへと祈り、マイクに魔素を流す。
「では次は二回戦、第三試合!戦士コース一年生ネル、対、魔法使いコース一年生フレデリック!」
呼ばれた両者がリングに上がってきた。
フレデリックは空を飛ぶ気満々で、魔法発動体である木製の杖を片手に、翼を隠さず堂々と広げている。
対するネルは俺がエルフの侵入者から剥ぎ取った暗妖精の加護を持つマントを羽織っていて、一見ただ突っ立っているだけのように見える。
右腕を高くあげる。
「両者、構えて、……始め!」
そして俺が腕を降り下ろしたと同時にフレデリックがジャンプ。そこへ向けてネルがマントの下から何かを数本投げた。
……ナイフだ。
「ふん、こんなもの!」
フレデリックは杖の一振りでそれらを防ぎ、無事、上空に到達。
「ハッハー!僕の勝ちだ!」
途端、彼は満面の笑みで勝利を宣言した。
ネルはというと、大して慌てた様子もなくそれを眺めていた。
と、彼女がナイフに繋がっている糸を片手で持ち、回し始めた。ヒュンヒュンと高めの音が鳴る。
「ウォーターフォール!」
空飛ぶフレデリックが叫ぶと、その杖の先から大量の水がリングの中心へ放たれた。
水の奔流はリングの真ん中に当たるとリング上にあるものを外へと勢い良く流れていく。
その水量は見る間に増大し、始めはそうでもなかった水圧もかなり強くなってきた。
「ヴァースピラー!」
対し、ネルは足元のリングから太めの柱を作りあげることで水面よりも高く上昇。
……そろそろ俺のところも危ないな。
シンプルな長剣を作り、刃を下に向けたまま隣のルナの方へ差し出す。
「えっ?」
「ほら。」
「……分かりました。」
これをリングに突き立て、支えにして欲しかったところ、ルナは俺の予想に反し俺の手に手を被せてきた。
……まぁいっか。
剣をリングに突き刺し、ルナと一緒に支えとする。
水位が俺の膝丈を越えた。
リングは何の凹凸もないただの平たい面だってのに……ものすごい水の量だな。
見ればネルの作った足場は水に全く負けている様子は無い。かなり頑丈に作ったよう。
「格好の的だ!アイシクル!」
するとフレデリックがネルに手の平を向け、何本もの氷の杭を襲わせた。。
もう片方の手の杖からは未だに大量の水が吐き出させているため、その数は目を見張るほどじゃない。
「ストーンシールド!」
薄い円盤を目の前に浮かべ、ネルはそれらをあっさりと防ぐ。
……まさか本当に魔法戦なんてするつもりなのだろうか。
心配は杞憂だった。
「これなら……どうだぁ!」
フレデリックが水の放出を中断し、杖を両手で振り上げて頭上に極太の長い槍を作成。
「それを待ってたよ!」
途端、それまで押し黙っていたネルが叫び、勢いをつけたナイフをほぼ真上にいるフレデリックへと投げた。
ナイフは空飛ぶ相手へと真っ直ぐ進み、しかし相手は空を滑るように移動してそれをあっさりと躱してしまう。
「オラァッ!」
そしてフレデリックの気合の声と共に、氷の槍、というよりはむしろ先の尖った柱がネルを押し潰さんと襲い掛かった。
「跳躍!」
しかし慌てて避けると思いきや、ネルはスキルを用いてその氷塊に飛び乗り、そのまま急斜面を駆け上がり出した。
伸びた糸を引きながら振り回すと、的を外したナイフが巨大な円弧を描き始める。
滑らないのかと思ったものの、よく見ればブーツの裏にスパイクが魔法で作られている。
『ネルもお主の影響を受けているようじゃの。』
俺の影響?
『スキルや魔法で変な活用方法をするってことじゃよ!ったく、お主には自覚がなかったのか?』
自分から離れたところで魔法を発動したりしたことか?あれは誰だって思い付くだろ。
『それはお主の魔力がとんでもないことになっておるからできた芸当じゃろう……。わしが言いたいのはお主が魔素を混ぜようなどとしたことじゃよ。普通の人間ならば、お主の武器や鎧以外は作れなかったじゃろうからのう。』
いや、魔素を混ぜるアイデアは前からあっただろう?
『魔力を知って一年弱でそれを思い付くことがそもそもおかしいわい。それに普通は押し付けようとして失敗するのじゃ。大抵の魔素を混ぜる技術を持った者は何らかの拍子に偶然できるようになったに過ぎん。』
……えっと、じゃあつまり爺さんは俺を褒めたんだな?
『なっ!?変な活用じゃと言っておる!』
創意工夫と受け取ろう。ありがとな。
『えーい、やかましいわ!さっさと試合に集中せい!』
へいへい。
見ると、ネルがちょうど槍の側面を走り終えたところだった。ナイフに繋いだ糸は初めの長さぐらいにまで縮んでいて、再び高めの音を鳴らしている。
「飛べないからって相手を舐めたらいけないよ!」
「空中じゃ身動きが取れないだろ!エレキショット!」
これ以上距離を詰められないためか、フレデリックが雷の玉をばら撒き、対するネルは回していた糸を伸ばし、ナイフを回転の勢いで今度は上から振り下ろすようにフレデリックへ襲わせた。
距離が近い分、そして攻撃した直後だったため、フレデリックに避ける余裕はない。
しかし、風か飛び交う魔法よ余波か、ナイフの軌道はほんの少し右に逸れてしまい、電撃はネルに直撃してしまう。
それでもネルはナイフに繋がる糸は手放さず、何とか空中で姿勢をただしながらリングへと落ち始めた。
「惜しかったですね。あと少し距離が短ければ……。」
隣のルナはそう言うも、まだ判断するには早すぎるだろう。
「まだだ。」
「え?」
リングに激突する直前で空気を蹴り、ネルは安全に着地。
「よし!」
ついでに彼女はガッツポーズを決めた。
「はは、安心したか!?ウォーターフォ……え?わぁぁ!?」
そして再び彼女を水流で押し流そうとしたフレデリックは、急に空でバランスを崩し、背中から、詳しく言うと翼から地面へ落ち始めた。
理由は簡単、その翼に糸が絡まってしまっているのだ。
勿論、その糸の先端は両方ともネルの握る拳の中。
「こんなもの!アイ……「パラライズ!」サバババババ!」
その糸にフレデリックが何らかの対処をする前に、激しい雷が糸に伝わり、彼を宙で痙攣させる。
あの糸には何らかの金属が仕込まれているらしい。
麻痺して上手く動けないまま、フレデリックが石のリングを体全体で叩く。
「うがっ!……ぁあ!」
幸か不幸かまだ致命傷とはならず、彼はよだれを垂らしながらも、充血した目でネルを睨み付け、ゆっくりと起き上が……
「起こさせないよっ!」
「アァッ!?」
……ろうとして再びリングに倒れ、悶え始めた。
その後、ネルは何度も魔法を発動させ、その度にビクンビクンとフレデリックの体がリングの上を跳ね回った。
フレデリックがあまりに可哀想で見るに耐えないので、迷った末、もう止めに入ろうかとマイクを起動したとき、ネルが魔法を流すのを止めた。
フレデリックが消えて転移しないところから、ネルの攻撃は致命傷を与えてはいない模様。
……逆にこっちの方が辛そうではある。
少し静観し、起きないことを確認し、俺は苦笑いしながらマイクに向かって言った。
「えっと、勝者……ネル。」
「やったぁ!」
勝利したネルが拳を振り上げて喜びを顕にし、しかしそれを見る観客の目は冷たい。
それに彼女本人もすぐに気付くと、フレデリックに駆け寄って絡まった糸をいそいそと取り外し始めた。
リングに刺していた長剣を消し、俺も手伝いにいく。
「三回戦進出おめでとう。……それ、一気に斬ってしまうか?」
取り敢えず祝ってやって、何をどうしたらこうなるのか分からないほど絡みに絡まった糸を見ながらネルに聞くと、
「アハハ、ありがと……。うーん、どうしようかな。いつもならキルけど、今回は時間があるし……もったいないから。」
彼女は困ったような笑顔で頬をかき、そう言って再び作業に戻った。
ん?いつも!?
「おまえ、俺の知らないところでこんなことやってたのか?」
ネルには案外Sっ気があったのだろうか?
「コテツの考えてることはなんとなく分かったけど、違うからね!?」
「いや、別に責めようなんて思ってないぞ?お互いの了承があるのなら、まぁ……うん、程々にな?」
「そんなことやってないって!それに、構わないって……もう、馬鹿。」
「じゃあ“いつも”ってどういう意味なんだ?」
「……。」
無視かい。
と、糸を解いていくネルの手が止まった。
見ると糸が絡まり、固い結び目を作ってしまっていた。
「ほら、貸せ。」
ネルの手から糸を取り、黒い針を作って糸を解く。
「……」
視線を感じて振り返るとネルが作業をする俺の手元をじっと見ていた。
黒い針をもう一本作り、差し出す。
「……使うか?」
「…………」
それを無言で受け取り、ネルは俺から半ば解けかけていた糸を無言で奪い取った。
「いつもって言うのはね、ボクが冒険者のときの話だよ……。」
ポツリとその口から呟きが漏れる。
誤解は解いておこうと思ったらしい。糸だけに。
「じゃあ今の試合でお前がとった作戦は何かを狩るときの物なのか?」
聞くと、ネルは小さく頷いた。
フレデリックの奴、魔物を狩る要領で倒されたのか。
「ちなみに何を狩るときの作戦なんだ?」
せめて強い魔物だったならまだ救いはあるだろう。
「……ワイバーン。」
ああ、あの一族郎党皆殺しにした……。