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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第三章:不穏な職場
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76 カイト対ファング

 大会は滞りなく順調に進み、一回戦は全て終了した。

 今はちょっとした休憩時間、ハーフタイムのような感じである。

 とは言っても有名なバンドや歌手のコンサートなどのイベントは予定にはない。昼御飯を食べに行ったのか、観客席は閑散としている。

 学生達もファーレン城の敷地外に行ってそれぞれで楽しんでいることだろう。

 そして俺の昼御飯は、ルナがいつの間にか用意してくれていたお弁当だった。

 俺と一緒にリングに立つのはルナ自身では決定事項だったらしく、今日の朝、俺が起きる前に二人分作ってしまっていたらしい。

 いつもいつも助けられてばかりだ。

 本当にありがたい。

 ただ、おかげで外食なんかせずに済むな、とルナに言ったら本人は呆然としてしまい、見ていておかしかった。

 そんなに外食するのが気に入ったのだろうか?

 この前のあのバーは特別美味しかっただけで、他の店はどうなのかは分からないから、確実に美味しいルナの料理を食べられる方が俺としては嬉しいんだけどなぁ。

 [ねぇコテツ、ボクと一緒にどこか行かない?]

 お弁当をさっさと平らげ、ほとんど誰もいない観客席のゴミ拾いを他数人の教師達としながらそんなことを考えていると、ネルから念話がきた。

 「何だ?もう祝勝会か?お前ならもっと勝ち上がれると思うぞ?」

 ネルは無事一回戦を突破したのだ。それも危なげなく。まぁ予選での勇者との試合よりは楽だったに違いない。

 [違うよ。ただほら、こういう機会ってあんまりないからさ。]

 「対戦相手の情報を教えたりはしないぞ?」

 これでもフェアプレーの精神は大切だと思っているのだ。

 [もう、そういうのじゃないの。何となーく、コテツと行きたいなぁ……なんて、ね?]

 何となく、ねぇ……。なんだかんだで相手の弱点を引き出そうとしてくるような気がする。

 「悪いな、もう昼食は済ませたんだ。だから、優勝したらお前の好きな店に行こう。それも俺の奢りで。」

 [……奢りって言ってもそのお金の出所はボクやアリシアと同じでしょ……。]

 あ、ホントだ。

 「じゃ、じゃあ、ほら、あれだ。何でも言うことを一つ聞いてやる。」

 前にもこんな約束をネルとした気がする。

 ……俺の持ってる取引材料が少なくて悲しくなってきた。

 [それ、ボクと一緒に行くのと変わらない気がする……。]

 「……お兄さん、察しの良い子はきらいよ。」

 [お兄さんて……はぁ。]

 お兄さんってところでため息をつくんじゃない!

 ネルの呆れた顔がありありと頭に浮かぶ。

 「とにかく、俺はもう昼飯は済ませたんだ。お前は交友関係でも深めておけ。」

 [うん……えっと、じゃあ優勝したら一緒に食べに行くっていうのは約束ね?]

 「良いぞ。だから頑張れネル」

 とらぬ狸の皮算用って言葉を送りたい。

 [男に二言は……]

 「安心しろって。そんなことを誤魔化したりはしないから。」

 [そんなこと?]

 軽い調子で返答すると、ネルの口調が急に不穏な雰囲気を纏いだす。

 なんなんだ?

 「えーと、とにかく、話は優勝してからだ。元Aランク冒険者の実力、しがないBランク冒険者の俺に見せてくれよ?」

 皮肉を込めて言い、俺はネルの意識をそらさせた。

 [ぐぅ、分かった。ボクの実力、絶対に認めさせてあげるからね。]

 怒りを明確に表してネルが返答。

 認めさせるも何も、俺はネルの実力を疑ったことなんてないぞ?

 「ま、頑張れ。」

 取り敢えず、俺は最後にそう一言だけ伝えた。



 休憩時間が終了した。

 観客席は再び埋まり、人口密度と良い天気、加えてそれぞれの熱気のせいでかなり暑そうだ。

 きっと何人もが今が春の始めで良かったと思っていることだろう。……まぁ冬じゃないことに呪詛を吐いているかもしれん。

 ちなみに一回戦において、なんと一年生のほぼ全員が残った。

 下克上、と言ってもいいかは分からないけれども、大番狂わせとなったのは間違いない。

 いや、むしろ予選の参加者が異常だったと言っていいだろう。……勇者がいたんだし。

 本当、ネルはよくアイに勝てたな。

 「ふふ、ご主人様、嬉しそうですね。」

 トーナメント表を眺めながら感慨に耽っていると、ルナが俺に笑いかけてきた。

 「ん?顔に出てたか?」

 「はい。ネルのことですか?」

 「ああ、改めてネルは強くたなぁって思ってな。もしかしたらお前に勝てるんじゃないか?」

 実際、ネルは俺に双剣を使わせるぐらいになったし。

 「いいえ、負けません。」

 しかしルナは力強く言い切った。

 「強気だな?」

 「ええ、意地でも負けたくありません。」

 意地でも、ねぇ。

 ルナもかなりいい勝負になると思っているのようだ。

 よし、そろそろか。

 マイクに魔素を流し、トントンと叩けば、注目がこちらに集まった。

 「ただいまより、ファーレン学園闘技大会、後半戦を始めます!」

 ウォォ、と観客席が沸く。

 どんな戦いになるのだろうか?俺も楽しみだ。



 「勝者、テオ!」

 「うっしャァァ!」

 テオは難なく二回戦を突破した。

 やはり一番の関門はアグネスだったらしい。

 一週間という短期間でよくもまぁここまで強くなったもんだ。

 「テオは見違えるほど成長ましたね。一回戦はまぐれだと思っていましたが、二回戦を見て驚きました。ご主人様の指導の賜物ですね?」

 ルナが隣でにこにこしている。

 ……もし本当にそうだったら俺も鼻を高くしていられるんだけどな。

 「俺よりもバーナベルのお手柄だよ。あいつに指導を頼んでなかったらきっとテオは一回戦で負けていたさ。」

 俺はただ何度も挑んでくるテオを軽くあしらい続け、問題点を指摘していただけで、様々なアドバイスを与えてテオを大きく手助けしたのはバーナベルだ。

 「はぁ……。」

 俺もあいつを見習わないとなぁ。

 「そ、それでも良い目標になったのでは?」

 ため息をつくと、ルナが俺を励まそうとしてか、そうおずおずと聞いてきた。

 そこまで気を使うことはないのにな。

 「テオの目標はエリックだよ。俺じゃない。あいつは打倒エリック、それだけを目指して日々の訓練を頑張ってたんだ。」

 答えると、俺の不興を買ったかもしれないと不安なのか、ルナがあわあわし始める。

 えっと、えっと、と言っていて何とか取り成そうとしているのが傍から見ていてよく分かる。

 「ご主人様は、その、えっとー……わっ!」

 ちょっといたたまれなくなってきたので、俺はルナの頭を強く抑え、グリグリと掻き回した。

 手触りの良い銀髪がくすぐってくる。

 あぁ、気持ちいいなぁ。一生こうしていたい。

 「別に気を悪くなんてしてないぞ。ていうか、俺のご機嫌取りなんてしなくて良い。そういうのは貴族とかを相手にするときのために取っておけ。」

 「でも私はご主人様の奴れ……あ、痛いです、ご主人様、何で?アタタタ……」

 そのままアイアンクロー。

 今までは見逃していたけれども、ここまで来ると言った方が良いよな。

 「何度も言わせるんじゃない。俺はお前を奴隷扱いしたくない。これはお前に奴隷のような態度も取って欲しくないってことでもあるんだ。」

 「でも……」

 「ルナ。」

 なおも反論しようとするルナの名をゆっくりと呼び掛け、俯いた彼女にこちらを向かせる。

 「はい……。」

 「そんなに言うなら外食とかも無理だよな?奴隷を受け入れない店って多いし……。」

 「以後気をつけます!」

 そして言葉を続けると、ルナはそうハキハキと返事してくれた。

 ……効果覿面とはこのことか。

 ポンポンと彼女の頭を軽く叩いて手を離し、手元のマイクに魔素を流す。

 「二回戦、第二試合は、戦士コース一年生、カイト対、戦士コース二年生、そして昨年の準優勝者、ファング!」

 そう、以外や以外、ファングは前の大会では準優勝を果たしていたのだ。獣人族のタフさや勘の良さでその地位をもぎ取ったとバーナベルから自慢された覚えがある。

 でも去年のファングって一年だよな?それにエリックは2年生のときも優勝している。

 ということは……去年の三年生、可哀想だなぁ。どれだけ悔しかっただろうか。

 「へぇ、ファングさんって去年は準優勝していたんですか。」

 カイトが驚きながら向かい合ったファングに言った。

 「うっす。今年こそは優勝っす!」

 おいファング、この場でそれを言ったら駄目だろ。

 「あはは、そういうのはオレに勝ってから言ってください。」

 「え?もちろん勝つっすよ?」

 カイトの笑顔が固まった。

 ファングの奴、今のを素で言ったのか?挑発にしか聞こえんぞ。

 案の定、カイトは剣を握る力を強め、その手を若干白く変色させていた。

 ……これはこれで面白くなりそうだ

 「ふふ、かなり怒っていますね。」

 ルナもカイトの姿に思わず笑ってしまっていた。

 「あれは、うん、仕方ないな。…………両者、構えて!」

 これ以上険悪になる前にさっさと試合を始めてしまおう。

 「始めっ!」

 「疾駆!」

 合図と同時にファングが突撃。

 あいつ、俺のアドバイスを聞いてなかったのか?

 それを難なくヒラリとかわし、カイトは剣を上段に構え、ファングの方に向き直る。

 切り返してくるところを狙っているのだろう。俺だってそうする、というか、ファングの訓練ではずっとそうしてきた。

 「ウォォォ!」

 「天地いっ……速い!?」

 しかし、ファングの切り返しが予想よりも速かったのか、カイトは剣を慌てて中段に構え直した。

 衝突する直前、ファングは姿勢をぐっと低くし、カイトの足を払いにいく。

 「くっ、早い!?空歩!」

 ギリギリでそれに反応し、カイトが軽く跳んでファングの攻撃をかわし、スキルで距離を取る。

 「ウォォォォ!疾駆、倍速!」

 「スティング!」

 そしてまたもや突撃するファングへカイトが剣を突き入れるも、刃はあっさりかわされた。

 「加速!」

 ファングのスピードがドンドン上がっていく。

 なんか見ていてイライラするな。俺のアドバイスを全く活かしていない。もしかして俺のアドバイスって的はずれだったのか?

 くそぅ、バーナベルみたいな師事能力が欲しい。

 そしてついに剣の防御を掻い潜り、ファングの拳がカイトに入った。

 「ぐふっ!」

 呻き、それでもカイトは剣を大振り。しかしファングはとっくの昔に距離を取っていた。

 受けたダメージがかなり響いたか、カイトは剣の重さに少しよろめいてしまい、片膝をつく。

 その間に、ファングは再びカイトへ駆け出していた。

 「ゴホッゴホッ、はぁはぁ。ラァァァ!」

 剣をリングに突き立て、それに両手を置いて体を持ち上げながらカイトが気合の大声を上げると、炎やら氷やら雷やらが彼を中心に放射状に放たれた。

 「ドラァァ!気合いっす!」

 しかしファングは構わずに魔法に突っ込んだ。苦し紛れの魔法だと完全に見切っているよう。

 ただ、流石にその速度は少し落ちた。

 「ふぅぅ、よし!」

 息を吐き、剣を支えにすっくと立ち上がるカイト。

 ファングは更に走りながら拳を作り、引く。

 「……こうなったらオレもやってやる!はァァァ、限界突破ァッ!」

 カイトが勇者スキルを発動。

 彼の体がユイのオーバーパワーと同じ色の、よりいっそう強い光を纏う。

 「ソニックブレットォ!」

 ファングの拳がその顔面めがけて放たれ、そして乾いた音が鳴り響いた。

 「なっ!?」

 ファングが驚きの声をあげる。無理もない。

 何せ獣人の渾身の一撃を人間が片手で受け止めたのだから。

 「お前本当に人間っすか?」

 「さぁね!」

 カイトが力技で相手を押し返し始め、それにさらにファングが驚く。

 目を凝らせば、カイトの手足には蒼白い紋様の形の光がビッシリと浮かび上がっているのが分かる。

 「オォォォ!」

 掴んだ拳を押し返しながら、カイトがもう片方の手で剣を斜め下からファングに向けて振るった。

 「舐めすぎっす!」

 と、ファングは掴まれた拳を一気に引き抜いて真後ろに下がり、相手の斬撃が空を切って終わると同時に再び接近。

 「これならどうっすか!」

 そして石のリングを砕くほど蹴飛ばし、彼が繰り出したのは飛び膝蹴り。

 「この程度!」

 しかしカイトはそれすらも左手一つで受け止めた。

 「空歩!」

 すぐにファングは空気を蹴って後退すると、カイトはそれを追うように踏み込み、剣を斜め下から振り上げた。

 しかしその鋭い切り上げは惜しくも相手の腹を数ミリ切り裂くに終わる。

 「危なかったっす!でも運がなかったっすね!ウォラァァ!」

 「くっ!?」

 すかさず、ファングはカイトの手元に手刀を叩き入れ、握られていた剣をはたき落とす。

 カラン、と高い音が鳴る。

 相手が手の痛みに怯んだ隙に着地し、ファングが再び突撃を敢行。

 しかしカイトは今度は避けたりはせず、左のストレートをファングの顔に叩き入れた。

 「グオォ!人間離れしてるっすねぇ。お返しっす!ラァァ!」

 殴られ、仰け反ったファングはしかし、体勢を直す勢いでカイトに頭突きのカウンターを決めた。

 それでも怯まず、カイトが勇者スキルを発動させたままさらに相手を殴り付ければ、ファングもそれに拳で応えた。

 ……泥仕合になってきたな。

 殴っては殴られ、頭突きされては蹴りを飛ばす。

 そして何十回目かの鈍い音が響くと、ついにファングがグラついた。

 「ハァァ!」

 止めとばかりにカイトが血の滴り始めた拳を振るう。

 クリーンヒット!

 「オベェ!ぐぅぅ、まだ、まだぁ!」

 それでもファングは足を後ろについて倒れるのを防いだ。そして擦れ、血のにじみ出ている頭でもう何度目かとなる頭突きをカイトにかます。

 「ガッ!……ここまできて、負けてたまるかぁ!」

 カイトも踏ん張り、耐えた。

 「ペッ、はぁはぁ。」

 「ゴホッゴホッ、ふぅふぅ……」

 お互いを睨みつける両者から、退く意思は見られない。

 「シャラァァ!」

 呼吸をいち早く整え、カイトがファングの顔面を殴りつける。

 「フン!」

 しかし、ファングはびくともしない。拳を額で完全に受け止めきった。

 「がぁ!?」

 対し、カイトは拳をファングに当てたまま、苦悶の声を上げる。

 その声からはどこか困惑したような感じを受けた。

 「ダアッ!」

 その隙にファングがカイトのみぞおちに膝を入れ、

 「ゴハッ……」

 カイトは力尽きてその場に崩れ落ちた。

 しばらく待っても動かないことを確認し、ファングは殴られて赤くなった額を抑え、その場に尻餅をついた。

 「勝者……ファング!」

 ドッと観客から歓声が上がり、拍手やら口笛やらが鳴らされる。

 いやはや、ほとんど剣を使っていなかったとはいえ、まさか勇者が負けるとは。

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