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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第三章:不穏な職場
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75+α プレゼント

 「ふぅ、良し、まずは一勝、かな。」

 息を吐き出して、ずっと緊張しっぱなしだったせいでドキドキしてた胸を落ち着ける。

 コテツはどう思ったんだろ?

 自分なりには上手く自分のペースで立ち回れたと思うし、間合いの調整はよくできてたと思うし、決めの一撃に関しては文句なしって言って良いくらい。

 何かまずいところがあったらあったでコテツなら美人さんが~ってこっちが恥ずかしくさせられるような冗談をいってくるだろうなぁ。たまにはボクをほめてくれたって罰は当たらないと思うけどさ。

 「あーもぉ、子供みたい。……うわ、すごい汗。やっぱり緊張してたのかな?」

 両手を顔に当てて初めて気付いた汗を拭くために備え付けのタオルを取って、体も軽く拭いてからそれを頭から被る。今年度からトーナメントの出場者にそれぞれ個室が割り当てられるようになって良かった。その個室も普通の宿屋よりちょっと小さいくらい。今座ってるような一人用のベッドまであることには驚いたなぁ。

 そういえばコテツがそうするように理事長と話をつけてくれたらしいって誰かが言ってたっけ?

 何でそういうところの気はすごく回るのに、肝心なところで鈍いかなぁ?

「いや、でももしかして実は気付いてたり…………わぁぁぁ!」

 無い!絶対、絶対にそんなこと、あるはず無い!……そうじゃないと恥ずかしくてコテツのあの一見黒でよく見ると茶色がかった目が見れなくなっちゃう。

 ……コテツ、ちゃんとボクのこと見ててくれたかな?なぜかルナが隣にずっと立ってたけどさ。ってなんでルナがあそこに立ってるんだよもう!もしコテツが司会をするって言ってくれればボクも手伝ったよ?いや、むしろギルドでの経験を活かせられたはずなのに!そうすれば今もコテツの隣にいられたし、二人でいる時間がたくさんあったかもしれない……いや、そもそも!ルナがなんでコテツと同居生活を送ってるのかなぁ!?そりゃあ奴隷として常に主人の側にいるべきだっていう理屈は分かるよ?でもコテツのことだから、ルナを奴隷として扱って外に寝かせることは絶対にないだろうし、たぶん二人仲良く並んで寝てるんだろうなぁ、ボクがコテツと一緒のベッドで一夜寝た、みたい……に……?

 「う、ぅぁぁぁ……」

 ふと起きたら軽い力でぎゅーってされてて、それでいてすっかり安心しきったような寝顔を見せられて、ときたま強くなる腕の力にこっちも安心して身を預けられて……

 「ずっとそのままでいたいなぁ……って駄目!二回戦のためにしっかり集中しておかないといけないんだから!」

 あ、そういえば良い匂いもした気がする。

 「うぅ、もうやだぁ……。」

 「何が?」

 いきなりでビクッとしたのはしょうがないと思う。見なくたって、声で誰かは分かったけど、確認のためにそっとドアの方を見るとコテツがちょっと色あせた布を片手に立ってるのが見えた。

 本当、何でノックするとか、そういう気が使えないのかな?

 「……コテツ、いつからいたの?」

 だからちょっとぐらい怒って見せてもいいと思う。

 「なんだ、次に向けて集中でもしてたのか?そりゃすまんな。ノックしようと思ったら中からうめき声が聞こえてきてな?お前、集中のためにヨガでもやってたのか?」

 やっぱりコテツにボクの不満はこれっぽっちも伝わってないみたいだ。にしてもヨガってなんだろ?でもまあノックはしようとはしてくれたいだし、許してあげようかな?

 「で、何が嫌なんだ?」

 もうどうしてそういうところで気が効かないかなぁ!?

 「何でもない!」

 「人生か?役不足かもしれんが相談に乗るぞ?」

 何でこの話題を打ち切りたいって気持ちが伝わらないの!いや、あの半分笑ったような顔は完全にボクをからかってるだけだ。心配してくれてるならともかく、どうしてここでからかってくるんだろう?おかげであの顔を思いっきり叩い……たら可哀想だからほっぺをつねってやりたくなる。まぁ心配してくれたくれたでどういう顔をすればいいのか困っちゃうけど。

 「そうだな、俺が思うに、お前は相手に求める条件が高すぎるんじゃないか?を少し緩和した方がいいと思うぞ?」

 「何の話だよ、もう!用がないなら出てってよ!こっちは集中したいんだから!」

 「いや、用ならあるぞ?」

 こん、のぉ……でもコテツだからなぁ、しょうがないか。

 悶々としてる内に、コテツはその片手に持ってた布を両手でバッて広げて見せてきた。……マント?

 「それは?」

 さっきの試合でマント無しだったからかな?前にアリシアに燃やされてから買う機会がなかったし、買う必要も無かったからだけど、なんだろ?またボクが目の毒だ~とか言うつもりかな?

 「あーえっと、ほらあれだ、日頃の感謝を込めたプレゼント。」

 「ぷれぜん、と?」

 「そうそう、贈り物だ贈り物。」

 え、

 「本当!?」

 「こんなところで噓をつく必要がないだろ?まぁほら、お前の恰好が目の毒ってのもあるがな。」

 「貰っていいの!?」

 いつも通りの軽口にはあえて耳を貸さずに思わずタオルを外して立ち上がった。コテツと話すときはこういうことをしておかないと会話が全然進まないし。

 「ああ……ってどうしたネル!?顔真っ赤だぞ?」

 まだ直って無かったの!?えっとタオル、タオルは……あった!

 「こ、これはほら、さっきの試合で疲れて……。」

 「あらら邪魔だった「そんなことない!」……そうか?」

 「うんうん、ほ、ほらよく見せてよ。」

 触ってみるとまだ熱を持ってた顔を隠しなおしながら左手を差し出す。

 「へいへい。」

 触り心地はまぁまぁ、見た目よりかなり丈夫そうだし、材質がいいのかな?ちょっと色あせてるけど、気になるほどじゃないね。……さて匂いはっと。

 「ああ!そうだ言い忘れてた、これはな、着ている奴の気配を消せる効果があるんだ。暗妖精のマントって言ってな、結構いいもんだと思うぞ?」

 マントを顔に近づけようとしたところで説明口調のコテツにそれをひったくられた。……かと思うとそのままボクの後ろに回ってマントを着せてくれた。

 「……洗濯したけど、念のため……」

 待って、今なんて言った!?

 「ちょっと、これ、変なところで拾ったとかじゃないよね!?」

 コテツの事だから、道端に落ちてても優秀な物ならそのまま使おうとするに違いない。

 「へ!?あーいやいや、そうじゃない。それ、実は中古品でな……。」

 コテツでもプレゼントが安い物だってことに罪悪感はあるみたい。

 「なんだ、そんなこと気にしなくて良いのに。元からそこらへんはコテツに期待してなかったし。」

 少し落ち込んでしまったのは否定できないけど、やっぱりプレゼントって嬉しいな。

 「あーそうかい…………ここを、こう……」

 「そうそう……ってにゃ、にゃにしてるの!?」

 ボクにマントを着せてくれるだけかと思ってたら、いつのまにかコテツに背中から抱き着かれてた。息を頬で感じるし、それにボクの首辺りでもぞもぞ手を動かしてる。何やってるのかすごく気になるけど、コテツが近くてそれどころじゃない。

 「サイズ確認をだな。」

 「じ、自分でできるよ!」

 「まぁまぁ、お疲れの選手様はゆっくりしとけって。」

 絶対何か隠してるんだろうけど、コテツが近くにいてこれはこれで良いかも。

 「う、ぐぅ……ん、分かった。」

 大人しく座っておこ……

 「あ、おいあんまり動かないでくれ。」

 「っ、コテツがゆっくりしろって……「よし、大丈夫みたいだな。」」

 くぉんぬぉぉ……!

 「人の話を聞け!」

 背後に肘鉄。

 「っと。はは、すまんすまん。」

 コテツの右手にあっさり受け止められ、なおかつ左手で頭をポンポンってされて思わず首をすくめてしまう。顔にまた火が付きそうなのが自分でも分かる。

 別に嫌だって訳じゃないけど、コテツはこういうのを人前でも平然とやるから質が悪い。こっちが恥ずかしくなるって分からないのかな?されるがままのボクもボクだけどさ。

 「ま、次も頑張れよ。」

 「あ、もう行っちゃうの……。」

 「なんだ、一人が寂しいのか?」

 うぁぁ、呟いただけなのに……この地獄耳。でも何でそういうことしか言えないかなぁ?

 「そんな訳ないでしょ!たださ、時間はまだあるわけだし、話し相手になってくれると嬉しいなぁ、なんて。」

 [こいつじゃ駄目か?]

 自分の耳に手を当ててる相変わらずのコテツにも分かるように、ベッドに座って隣を叩く。

 「はぁ、フレデリックの対策とかは無しだぞ?」

 フレデリックは確か次の対戦相手だっけ?変なところでまじめだなぁコテツは。

 「対策はもうあるから大丈夫。」

 「よっこいしょ……ったく、余裕そうだな。足元すくわれるなよ?」

 隣に座ったコテツに早速寄りかかるとコテツから注意が飛んできた。

 もうちょっとうろたえるとまでは言わないけど、身構えたりしてくれないかな?ボクだって一応自分に自信はあるんだよ?ギルドの受付嬢だったってプライドもあるし。

 「コテツはさ、ボクの事どう思ってるの?」

 待って、今ボクなんて言ったぁ!?もうちょっと言葉選ぼうよ!返答によっては立ち直れる気がしないよ!?

 「あ、待っ……「え?美人。」」

 そうじゃない!

 「コテツの馬鹿。」

 「いや、褒めただろ?」

 そんなの褒めた内に入らないよ!

 「はぁぁ、コテツはさ、本当、女慣れしてるよね。」

 「お前、もしかして俺を動揺させようとしていつもこういうことしてたのか?」

 「だっていつも動じないもん。」

 「……コノヤロウ……はぁ、あのな、ここだけの話にして欲しいんだが、俺はお前と会う前までの一年間、嫌になるほど女性と同居してたんだ。……ったく、時間の節約だからって風呂まで一緒に入らされたのには参った。ちなみにその女性、師匠の年は俺と大して変わらんぞ?」

 「なんか凄いね、その人。……ってコテツ、たった一年でそこまで強くなったの!?」

 「あ、ああ、まぁほら才能がな、あったんだよ、うん。」

 まぁた何か隠してる。コテツは準備してた嘘なら大丈夫なのに、とっさにつくとそれが分かりやすいんだよね。

……信用されてない訳じゃないことは分かってるけど、いつか全部話してくれないかな?できればボクだけに。

 「それで?一回襲おうとして撃退でもされたの?」

 「俺がそんな積極的に見えるか?」

 「全然。」

 もっと積極的になってほしいとは思うけどね。

 「即答かい……ま、そんなこんなで今の俺があるんだよ。」

 「ふーん、ルナもそれ知ってるの?」

 「いや、たぶん知らないな。」

 やった。

 「言っておいた方がいいと思うか?知らない間に色々やらかしてる可能性があるし。」

 「いや!えっと、言わない方が、良いと思う……よ?」

 ちょっと不自然だったかも。見るとコテツが困惑顔だ。な、何か言わないと。

 「そ、そんなこと言ったらルナに変な事をするよってい、言うみたいだしさ、ね?」

 「あー、確かにそうだな。じゃあここだけの話ってことで頼む。」

 「うん!」

 「やけに嬉しそうだな?」

 「だってコテツの弱みなんてあんまり知らなかったし。」

 「……しまった。」

 コテツが額を抑えて後悔しはじめたけど、忘れるつもりは全くない。たぶん忘れられないと思うし。

 もっと色々知りたいな。

 「ねぇ、コテツ。」

 「なんだ、早速脅迫か?」

 「……あのさ、もうちょっとボクを信用してよ。」

 「冗談に決まってるだろ?……はぁ。」

 「そこでため息つかない!」

 「へいへい。」

 話が進まないなぁもぉ。

 「で、どうした?」

 「コテツの秘密をさ、もっと知りたいなって思って。」 「俺が別の世界から来たってこと以外に大した秘密は無いぞ?」

 まだ駄目かぁ……うぅ、悔しい。

 「……コテツは嘘つくと鼻の穴が膨らむんだよ、知ってた?」

 「そしてお前の場合、眉毛が上下するな。」

 「それはさすがに無理があるんじゃない?」

 「……だな。まぁとにかく俺はお前に嫌われたくないんだ。勘弁してくれ。」

 ずるいよ、そんなの。

 「……。」

 「まぁほら、いつかな。」

 コテツが嘘をつくときの本当の癖は口の端がちょっとだけ上がること。普段からよく笑ってるから分かりにくいけど、だからこういうとき、秘密をボクに教えてくれるつもりが無いことは簡単に分かってしまう。

 「約束して。」

 なのにコテツにこう言ってしまうのはボクが悪いのかな?

 「ああ、いつか、な。」

 誰が悪いにせよ、微笑を浮かべたまま誤魔化すコテツをそれでも想ってしまうボクはどうしようもないんだろうな。

 「……さて、そろそろ戻るか。次も頑張れよ。」

 そう言って寄りかかってたボクをそっと押し、コテツはボクの頭をまた優しく撫でてくれてから立ち上がった。

 同時にボクはさっきまで考えてた事を思い返してマントに顔を埋めてしまった。

 うぅ、このマントの隠密の効果に表情を隠す効果もあって欲しかったな。

 「ねぇ、ボクはコテツに追いつけるかな?」

 そううじうじしてたからかもしれないけど、意を決してそう言った時にはコテツはもう戻って行った後だった。……たぶんルナが待ってるところに。

 ……うん、目指すのはやっぱりそこだね。

 

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