75 本戦開始
ついに学園大会当日となった。
開催場所はもちろんコロシアム。
観客席には学園の学生達は当然として、他にも街の住民達、そしてファーレン島外からの人々もいる。
彼らの区別は実にしやすい。
なにせ島内の人が自由気ままに種族関係なく座っているのに対し、島外から来た人々は種族ごとにまとまっていて、種族間のみぞをこれでもかと主張しているのだ。
ちなみにそれに合わせて、それぞれの種族の売り子がいて、観客席を練り歩きながら様々な食べ物を売っている。
ファーレン島内外の観客の共通点は何かしらの食べ物をその売り子から買って、それを片手に座っていること……いや、そうでもないか。
見るからに貴族な気位の高そうな人々はそんな俗な真似はせず、同じ種族どうしで集まり、近くにいるファーレンの教師と何やら話し込んでいる。
実はその教師達の役割こそ、質問されたことに受け答えをしたり世間話に花を咲かせたりして、貴族の話し相手となることだ。
俺以外の教師が学園大会に向けてやっていた〝準備〟というのはこういうときの質問全てに的確に答えられるための前準備なんだそう。
ラヴァルはまぁいいとして、あのバーナベルでさえも獣人のお偉いさんとしっかりと会話しているから驚きだ。
表向きは生徒会が色々仕切っていると聞いていたけれども、少なくとも対外関係というのはやはり教師達の努力によって保たれているらしい。
正直、学生達がそれぞれの実力を競い合う、元の世界の体育祭のような位置付けの行事にわざわざ正装で出向き、無駄に厳かな雰囲気を醸し出すなんて、貴族って暇なのかと疑いそうになる。
しかしニーナによれば、
「ファーレンは一番成功している人材育成の場だからね。他の国や貴族の要注意人物とか、引抜きたい学生の目星をつけておくために来るんだよ。まぁ、もちろん学生の親が純粋に応援のために来ることもあるけどね。」
ということらしい。
これを聞いてカイト、というよりか、〝勇者〟が出場してしまって良かったのだろうかとかなり悩んだのだものの、出場を表明するのは本人だし、大丈夫だろうと信じることにした。
……よし、そろそろ時間かな。
手の中のマイクに魔素を流し、口元に近づける。
「ご来場の皆様、静粛にお願いします!」
本番の司会進行は予選同様、俺となっている。
そう、あの予選は俺にとっての本番までの前準備でもあったのである。
そもそも、大してファーレンに詳しくない俺でもできる仕事はこれぐらいだろうしな。
ちなみにルナは俺の補佐をすると聞かなかったので、隣に立っており、いつもの綺麗な着物姿でポケーと観衆を見回している。
これだけ人が多いのは新鮮なのだろうか?
「ただいまより!今年度のファーレン学園闘技大会を始めます!」
ちなみに本番では実況とかはしないことにした。
喉を潰してしまうとルナが俺を無理矢理休めさせようとするからだ。
予選での司会進行は俺の仕事だったのに、ルナに任せっきりにしてしまったことが既に一度あるので、またそうなってしまうことは避けたい。
そのまま、生徒会会長の挨拶やら大会における注意事項やら、あと理事長の話なんかをつつがなく済ませていく。
相変わらず長い。
「…………では学生諸君、出場する者もしない者も、この大会で見聞きすること等の経験を活かすように。」
ニーナはそう締め括ると、貧乏ゆすりを始めた俺にマイクを返し、
「ちゃんと聞いてた?」
小声でそう聞いてきた。
聞いてた訳無いだろうに。
「想像におまかせする。」
優しさを込め、オブラートで包んだ言葉を選んで答えてやるも、彼女は若干機嫌を悪くした様子で転移していった。
減給とかされないよね?
……されても大して影響はないか。
「では早速いきましょう!第一回戦、第一試合、戦士コース二年生アグネス、対魔術師コース一年生テオ!」
叫ぶと同時に、リングの両側に見知った顔が現れる。
アグネスは素手で、テオは槍。
明らかに分が悪そうなのはアグネスの方ながら、彼女は一年間だけ長い間戦士としての授業を受けているし、回復科では保健委員らしく、かなりの好成績を出している。
対するテオは槍を持っている分だけリーチがあり、バーナベルにたったの二週間だけとはいえ、集中的に訓練を受けてきている。
俺個人としてはアグネスが勝つんじゃないかと思っている。ただ、確信はない。
7:3ぐらいでアグネスの勝ち、というところだろうか?
「先生、まだ?」
相変わらずアグネスの態度は保健委員だとほ思えないほど粗雑だな。
「フン、いつでも来やがれ。」
いや、両者とも態度は大して変わらんか。
片手を上げる。
「両者構えて!」
アグネスがフットワークをし始め、テオは槍の先を相手へ向け、腰を落とした低い姿勢で構えた。
なかなか堂に入っているように見える。
「始め!」
合図と同時に腕を降り下ろし、俺は試合の邪魔にならないところへと下がった。
「ご主人様、今日は、アレをしないのですか?」
するとルナが隣に寄ってきて不思議そうに頭を傾げてみせた。
アレ、とは予選でやった実況モドキのことだろう。
「ま、流石に貴族がいるからな。機嫌を損ねられたらまずい。」
ルナにお節介を発動させないためだとは言い辛い。
すると、ルナの耳がペタンと伏せた。
「そうですか。……残念です。」
本気で落ち込んでいる辺り、彼女がアレにかなり嵌まっていたことが伝わってくる。
ま、楽しいもんな。
「ウオラァァ!」
「フッ……ハァッ!」
その間も一回戦は白熱していっていた。
アグネスが殴りかかり、それを距離を取りながら避け、テオが槍を突く。
アグネスはもう少し掛け声を考えてみた方がいいんじゃないかと思う。
しかし、テオの動きは随分と良くなったな。俺との模擬戦をしていたときよりも遥かに良い。
バーナベルはかなりの教え上手、というか良い先生なんだなと分かる。もしくは俺がとてつもない無能教師であるかのどちらかだ。
前者であってくれ……両方はもっと嫌だ。
「勝者、テオ!」
「よぉし!」
勝利を宣言する俺の隣でテオがガッツポーズを作る。
いやはや、まさか勝つとはな。
距離をどんどん詰めてくるアグネスから逃げて逃げて逃げ回り、嫌がらせのように魔術を使ってなんとか彼女を場外に突き落としたという形だったけれども、やはりバーナベルに仕込まれた槍術がなければテオは逃げ切れずに倒されていただろう。
訓練させておいて良かった。
「ぷは、はぁはぁ、くそっ!」
水から上がったアグネスがリングに上半身だけ上げ、苛立たしそうにリングに拳を叩きつける。
「ドンマイ。惜しかったな、アグネス。」
その前に屈み込み手を差し出すも、片手でペシッと払い除けられた。
「うるさい。」
そう吐き捨て、アグネスは自分一人でリングに上がると、さっさと退場していった。
あらら、機嫌を悪くしちゃったか。
一学年下の学生に負けたってことに、多少なりともプライドが傷つけられたのかもしれない。
まぁ、来年もあるんだ。落ち込んでばかりじゃなく、ちゃんとこの経験を糧に強くなっていってほしい。
頑張れよ。
『あれはお主を心底嫌っておるだけじゃろ。』
泣くぞこの野郎。
大会の経過は順調。乱入やら野次やらを止めさせる必要もなく、いい感じに進行している。
と思っていると、気の抜けた声が背後から聞こえた。
「ふわぁ。」
声というか、欠伸だ。
振り返れば、ルナが眠そうな目を両手で擦っているところだった。
「ルナ、何なら部屋に戻って寝てても良いぞ?」
「ご主人様がすぐそこで働かれているのに私が眠るのは……はわぁ。」
言葉の途中で彼女は着物の裾で口許を隠し、再び欠伸をした。
「すみません、い、今のは……」
「試合は見てて面白くないか?」
俺としては学生達が戦うのを見ているだけでも結構楽しいんだけどな。
「私なら先程のあの二人と同時に戦っても勝てます。」
「はは、そりゃ心強い。」
ルナの方は観戦よりか実際に戦う方が好みのようだ。
「ま、次の試合は割りと面白くなると思うぞ。俺が個人的に一番強いと思ってる奴が出てくるぞ。」
「そうですか?」
「ああ、……もしかしたらお前も負けるかもしれないな。」
「そんなことないわ!」
フンスとルナが鼻息を荒くした。
でもなぁ……
「まぁ、見ておけって。……第二試合は、戦士コース一年生カイト、対、魔法使いコース三年生、レイス!」
……カイトは一応人間の切り札、勇者だからな。
これであっさり負けでもしたら戦争での人間の勝利は絶望的だろう。
さて、俺の中では限りなく一番目に近い二番目に気がかりなカイトの出番である。
ちなみに一番目はネルだ。
観客席には当然ながら人間の貴族がいるものの、彼等はカイトの出場のことをどう思っているのだろう?
……十中八九、冷や汗ものだろうな。
「両者構えて!……始め!」
第一試合のときと同様、合図を言ったあとはリングの隅の方で待機。
考えてみれば実況をするしないだけでの俺の忙しさの変わりようには驚くべきところがある。
予選のときは喉をからすまで頑張っていたのに、本番では始まりと終わりの合図をするとき以外はほとんど突っ立っているだけだ。
だらだらと考えた末、やはりやることがないので試合に目を戻す。
「チェェイ!」
「ぐっ!アイスピラー!」
カイトの袈裟斬りを後ろに跳んでかわすレイス。直後、二人の間に氷柱がそびえ立つ。
しかしカイトは氷柱をあっさり砕き、レイスの元へと飛び込んだ。
「くっ、これでも喰らえ!」
手の平をカイトの鼻先に向け、レイスが叫ぶと、そ大量の水がそこから勢いよく溢れだした。
地に足がまだついていなかったカイトは踏ん張ることはもちろんできず、いとも簡単に押し流されてしまう。
このまま場外負けかと思いきや、リングの端で剣を地に刺し、カイトは何とか持ちこたえた。
「邪魔!」
放水が止まるなりそう言って、ぐっしょりと濡れたケープを脱ぎ捨て、カイトが再び走り出す。
レイスは地に手をついた。
「フリーズ!アイシクル!」
カイトから距離をとるために放出された、リングのほぼ半分を覆う水が一気に凍りつく。
カイトの足元も例外ではない。
そして足場の変化に対応しきれる前に氷の針が彼を襲った。
「仕方ないかな、フレイムウォール!」
それに対し、カイトは炎の壁を作って防御。
さすがは勇者。完全な後出しだったってのに炎の壁は余裕で間に合った。
「アクアストリーム!」
再び繰り出される水の奔流。
「てやぁっ!」
するとカイトが天高く跳び上がり、そこから剣を片手で振り被りながら相手に迫った。
「アイスウォール!……アイシクル!」
厚い氷の壁を作り上げるレイス。
その周囲には無数の氷の針が浮かべられた。
相手が氷の壁を突破したところを狙うつもりなのだろう。
「ブレイズソード!」
対するカイトは剣を赤熱させ、氷の壁に振り下ろす。その刃はするりと、何の抵抗も無かったかのように、根元までその壁に埋まった。
しかし、剣先はギリギリで相手に届いていない。
「そこだ!」
隙だらけとなったカイトの周囲に氷の針が改めて現れる。
「爆裂!」
絶体絶命と思いきやカイトが叫び、その剣が破裂。
散った鋼の破片がレイスの顔を、腕を、手を、足を突き刺さり、ズタズタに……する直前、彼の体はリング外の水に落ちた。
「勝者、カイト!」
俺が叫ぶと、大きな歓声が上がった。
気のせいか、声の音域が若干高い。
それにカイトが照れ臭そうに手を振れば、それが琴線に触れたのか、さらに黄色い声が大きくなる。
彼のモテスキルはこの世界でも遺憾なく発揮されてるらしい。
……これでまだ入学して半年ぐらいだからな、ファーレンから卒業するときにはどうなっていることやら…………アイが怖いや。
ゴホン、それにしても今の試合の最後の技は剣の破裂だったな。
たしかアリシアが聖武具は白魔素を込めれば再生させられると言っていたし、聖剣ならではの魔法だ……ってことはないか。ルナの不死鳥でも再現できそうだ。
いや、できるだろう。
それにルナの不死鳥の場合、鞘さえあれば何度でも簡単に再生できるから聖剣でやるよりも技としては優れているのかもしれない。
「なぁ、ルナ、今の試合の最後のま……」
「しません!」
……魔法を使ってみたらどうだ?と、言おうとしたところ、それを先回り、なおかつ否定された。
気のせいか、どこか怒っているようにも感じられる。
「えっと?どうした?」
「武器は戦士の半身とでもいうべきものです。あれだけ熟練しているのに、それをなんの戸惑いもなく、故意に破壊するなんて……」
恐る恐る聞くと、ルナがキッとカイトを睨んだ。
ただ、俺としては勘弁してやってほしいと思う。
カイトは勇者としてかなりの力を持っているものの、その実、数年前までは戦争とは無縁の生活を送ってきた筈だ
たった一年剣を習ったからと言って戦士の心構えなんかができるはずもない。
もちろん俺も人の事は言えない。
「まぁ、そう言うなって。俺なんてほら、武器を投げたり変形させたり、ワイヤーなんかも使ったりしてるし、およそ戦士のやることじゃないだろ?」
「え?ご主人様は特べ……あ、いえ、えっと、ま、魔法使いですから」
俺が言うも、つっかえながらルナは反論。
苦しい言い訳に聞こえるものの、反論の言葉は見つからない。
「……とにかくだ。そこまで怒ってやるなよ。」
仕方ないのでそう諭すと、ルナはいまだ険しい顔のままながら、一応頷いてはくれた。
トーナメント表です。
アグネス┓ ┏ネル
┣┓ ┏┫
テオ┛┃ ┃┗(モブ)
┣━┓ ┏━┫
(モブ)┓┃ ┃ ┃ ┃┏(モブ)
┣┛ ┃ 優 ┃ ┗┫
(モブ)┛ ┃ 勝 ┃ ┗フレデリック
カイト┓ ┣━┻━┫ ┏(モブ)
┣━┓┃ ┃┏━┫
レイス┛ ┃┃ ┃┃ ┗クラレス
(モブ)┓ ┣┛ ┗┫ ┏(モブ)
┣┓┃ ┃┏┫
(モブ)┛┣┛ ┗┫┗(モブ)
ファング━┛ ┗━エリック