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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第三章:不穏な職場
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74 訓練

 「イグニス!」

 「おっと。」

 蒼炎を避ける。

 「まだまだ!」

 避けた蒼い炎が踵を返し、再びこちらに迫り、

 「ほい。」

 対する俺は一歩跳んで、楽々それを回避。

 「ちょこまか……しない!」

 さらに二つ目の蒼炎が放たれるも、それを紙一重で避け、気軽に歩いて前進して、俺は目の前に近付いた頭、というかフードをポンと軽く叩いてやった。

 「はい、終わり。」

 ゴブリンの内臓に舌鼓を打ち、この世界で始めてワインを飲んだのは昨日のこと。

 時間は昼御飯の後のちょっとした自由時間。俺は学園の大会に向け、訓練を行っている。

 クラレスの他にも、観客席にはネル、テオ、そしてファングの姿がある。

 「うぐぅ、もう一回。」

 と、今しがた軽くあしらわれたクラレスが悔しそうに睨んでくる。

 「もう一回やるとして、お前はどこをどう変える?」

 「え?」

 小さな3本角をフード越しに感じながら問い掛けると、きょとんとした目が返ってきた。

 「お前が今と同じことをしたところでまた同じ結果になるのは分かるだろう?どこを改善すれば良いのか分かってるのか?」

 「教えて。」

 諦めが良すぎるので罰としてデコピン。

 「うっ。」

 「少しは自分で考えろ。」

 顔を上に向かせられたクラレスは、額を抑えて泣きそうな目で俺を睨むと、観客席へと戻っていった。

 そんなに力を入れてたつもりはないんだけどな……。

 「さて、次は誰だ?」



 「よし、これで全員だな。自分の反省点もしくは改善点は考えたな?」

 最後の挑戦者のネルの頭を撫でながら観客席に座っている他の三人を手招きして座らせ、未だ荒い息の一同に聞く。

 「じゃあまずはクラレスから聞こうか。」

 そしてクラレスに目を向けると、彼女はまだ頭を手で抑えていた。デコピンのせいじゃなく、本当に頭を抱えているのかもしれない。

 「……遅かった?」

 おそるおそるという風に答えるお姫様。

 「正解。クラレスは魔法の威力だけに固執しすぎだな。予選では土の魔法で足止めができてたけどな、相手が戦士の訓練を積んでいるとその魔法を蹴破られる可能性もあるぞ。」

 疾駆のスキルを使うだけでも足の筋力はかなり強化される。怪力なんかも併用されたら細い石の柱なんて幼稚園児にとってすら、あってないような物だ。

 まず幼稚園児の年齢でそれが獲得できるかは置いといて……スキルって怖い。

 「別に最大威力しか使っちゃいけないなんて縛りはないんだ。臨機応変、これを大切にな。」

 「分かった。頑張る。」

 言うと、クラレスはしっかりと頷いてくれた。

 良かった、正直口頭で教えるのは慣れていないから伝わるかどうか心配だった。

 「よし、じゃあ次はファングだな。」

 ファングはアイと同じような戦いかたをしていた。

 空歩を使った突撃に次ぐ突撃。違うところは獣人特有の素速い反射速度によって、俺が避けた次の瞬間にはもう切り返しているところだろうか。

 「うす!パワーとスピードが足りなかったっす!」

 「ちがーう。」

 いや、そう言うだろうとは思ったけれども。

 「お前はもう少し頭を使え。たしかに動きは速いし切り返すタイミングも絶妙だ。でもな、ワンパターンの攻撃方法じゃそのうち相手が対処に慣れるぞ?」

 短期決戦なら良いけれども、学園大会には時間制限なんてない。

 「もっとタイミングを変えながら突撃しろってことっすね!」

 「突撃以外の攻撃方法を身に付けろってことだ!」

 あるだろう?フェイントやコンボを決めるとかさ。

 「……ういっす。」

 ファングは釈然とない様子で返事をした。

 何か意地でもあるのだろうか?

 「じゃ、次はテオだな。」

 「くそ、……あんたが強すぎんだろ?」

 視線を次に移せば、テオはすっかり拗ねていた。

 「それでも一発も攻撃を当てられないどころか、掠りもさせられないってのはどうなんだろうなぁ?」

 ここは煽っていくスタイルで行こう。

 「うぐっ、あ、あんたが回避に専念してたからああなったんだ。本気でぶつかってたら俺の攻撃は何回も当たっていた。」

 まだ言い訳するか。

 「それはつまり俺がナイフを持って回避に専念すればお前には楽に勝てるってことだよな?」

 煽るのはやめない。ていうかやめられない、止まらない。

 「ぐっ」

 「お前はここのところ、毎日のように俺と手合わせしているよな?なのにその経験を全く活かせていない。体の動きは単調、槍は振り回しているだけのように感じられることもある。予選は相手が皆武術の心得を全く持っていなかったから良かったものの、本戦じゃあそうは行かないぞ?ま、ここら辺は戦士コースじゃないから仕方がない、か。……そうだ、でも槍の訓練はバーナベルに指示してもらいに行ったらどうだ?あいつは一通りの武器の扱いはできるらしいから、喜んで教えてくれると思うぞ?」

 「それは……まぁ。」

 返事が芳しくない。

 「お前、もしかして人に物を聞くのが恥ずかしいと思ってるのか?」

 「え、いや……」

 なるほど、図星のようで。

 「まぁ、少しは恥ずかしいのは分かる。でもな、聞かずに分からないままにしていたら“負けるわけには行かない”なんて言葉、恥ずかしくて今後一切言えなくなるぞ。」

 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥って言うしな。

 「ぐっ、そのぐらい、分かってる。」

 あ、これは絶対に自分からは聞きに行かないな。

 「よし、じゃあ後で一緒にバーナベルのところへ行こうか。」

 「え、いや……。」

 ほらやっぱり。

 「負けるわけには行かないんだろう?」

 まぁ、俺には負け続けているけれども。

 「……分かった。」

 逃げられないようにこれが終わった直後にバーナベルのところに行こうかな。

 「さて、最後はネルだな。」

 「ねぇ、いつまでボクの頭を撫でておくつもりなのか聞いても良いかな?」

 「え?お前がはね除けたらそこで終わろうと思ってたぞ?」

 言うなり、ピシッと手が払い除けられた。

 「このぉ……」

 見るとネルは真っ赤な顔でプルプル震えていた。

 怒りをかなり買ってしまったらしい。ただまぁ、俺からすると可愛いとしか思えない。

 言ったらさらに怒るから黙っておこう。

 笑いながら、払われた手をヒラヒラさせる。

 さて、アドバイスだ。

 「ネルは相手の隙を突くのが上手い。ただその意表を突いた一撃自体がまだまだだな。俺でなくとも後から反応して何とか間に合う程度だ。」

 「それは!防がれても次に繋げるために……」

 ネルが強く反論する。

 自分の行動が考えた上での物だと言いたいのだろう。俺も弟子時代に似た経験がある。

 「そんなんじゃあ駄目だ。防がれること前提に攻撃したらどうしても一撃が甘くなる。ネル、お前は隙を突いた攻撃をしているんだぞ?次はない、一発で決める、そのつもりでやるんだ。もし防がれたら距離を取るなり無理矢理二撃目を当てにいくなりすれば良い。」

 「……はーい。」

 渋々と言った様子で返事。

 この世界で俺よりも長い戦闘経験のある彼女には余計なお世話だったかもしれない。

 「よし、じゃあ今日のところは解散。今度やるときは俺に触れられるように頑張れよ。」

 「「「「はーい。」」」」

 最後にそう言うと、気の抜けた声での返事がハモった。

 ……お前ら、上っ面だけでもやる気があるように取り繕おうとか思わないのか?



 「バーナベル、槍をこいつに教えてやれるか?」

 早速テオをバーナベルの元へ引きずってきた。

 「そいつは……」

 「今度の学園大会に出る奴の一人だ。エリックの弟でな。期待はできると思……」

 「兄貴は関係ねぇ!」

 説明の途中でテオがいきなり激昂。

 「あ、うん分かった。訂正、期待はできないそうだ。」

 「何でそうなる!俺は兄貴よりも強い!」

 訂正すると、彼はさらに怒鳴り散らした。

 もちろんそんなことはない。両方の試合を予選で見た奴なら俺でなくともそう判断するだろう。

 ベタな発想ながら、こいつの「負けられない」って言い続けるのはもしかしたらそこら辺が理由かもしれない。

 ま、今は関係ないか。

 「とにかくだ。バーナベル、こいつに槍術を教えてやってくれ。……あ、そういえばお前の得意な武器って何なんだ?」

 もしかして槍術は大の苦手とかじゃないよな。

 「ガッハッハッハッハ、おいおい誰に言ってやがる。俺はかつて全ての武器を扱えるってことから『全武』って二つ名を持ってたんだぞ。」

 全部、ね。

 ……もっと良い二つ名はなかったのだろうか。

 「つまり……」

 「どんな武器もそこらの冒険者よりは使いこなせるってことだ。」

 「じゃあテオのこと、頼めるか?」

 「それよりもまずは本人の問題だ。そいつは何があっても強くなりてぇのか?」

 バーナベルがテオを指差して聞いてくる。

 俺には答えることができない質問なので、テオに視線を向けて目配せすると、彼は何かを決意したような顔で前に踏み出た。

 「兄貴は生まれたときから優秀だった。」

 そしてテオは聞いてもいないのに自身の過去を語り始めた。

 個人的には遠慮したいところ、雰囲気的に離れていっても良い様子ではない。バーナベルは真剣に聞いているし、真剣に聞いている奴がいるからか、テオの弁舌も立て板に水だ。

 「生まれ持った才能って奴が桁違いだったんだ。何をやっても上手くいく、何があっても冷静に判断をくだすことができる。小さい頃の俺はそんな兄貴に憧れていた。俺は兄貴を目指して槍を覚え、魔術を習った。兄貴みたいになりたかったんだ。だがな、そんな俺を親は決して認めてくれなかった。兄貴の方が良くできる。兄貴だったらもっと上手くいった。俺が何をしてもかけられるのはそう言う言葉ばかり。悔しいんだよ!それにもう、煩わしいんだ!俺は兄貴の欠陥品でも、劣化版でもないんだと証明してやると決めたんだよ!だから俺は強くなりたい。兄貴を絶対に越えて、見返してやるって決めたんだ!だから俺は、絶対に負けるわけにはいかないんだよ!」

 一気に喋り、はぁはぁと呼吸を整えるテオ。

 ま、要は親にちゃんと評価されたいってことか。

 普段はあれだけ格好良いところを周り(特にオリヴィア)に見せつけようとしているくせ、根は家族愛を求めてる優しい子なんだなぁ。

 親の愛情のために強くなりたいとは……微笑ましい。

 おっと、ダメだダメだ、いかんいかん。本人は真剣なんだからにやけちゃ駄目だ。

 我慢!

 必死で自制をしていると、隣の自制とは無縁の奴から嗚咽が聞こえてきた。

 「そうかぁ、ぐっ、大変だったんだなぁおい!」

 見るとバーナベルが涙を流してうんうんとテオの話に頷いていた。ゴシゴシと目元を腕で拭っている。

 どうやら今のテオの話に凄く感銘を受けた模様。

 「ズズッ、お前の強くなりたいって理由、しっかり聞かせてもらった!安心しろ、俺がお前をエリックなんかにゃ引けをとらねぇ、いや、エリックが足元にも及ばねぇ槍使いに鍛え上げてやる!」

 「ああ!俺は兄貴をぶっ倒して見せる!」

 ウォォォォと雄叫びあげる熱血漢二人。

 無事、バーナベルはテオを鍛えることに対してかなり乗り気になってくれたよう。

 あれ?考えてみれば、エリックってなんにも悪くなくないか?

 高い能力を持っているせいで自分に憧れてくれていた弟に憎まれて……しかもさらに強くなればなるほどその憎しみ、ていうか嫉妬が膨れ上がるとは。

 「……エリックの奴、不憫だな。ハッ!」

 慌てて自分の口を塞ぐ。

 この場で今の言葉は禁句だろう。

 が、しかし心配は杞憂に終わった。

 熱血漢と化した二人は俺が少し考え事をしている間に既に槍の訓練を始めていたのだ。

 まぁ、訓練とは言ってもテオの攻撃をバーナベルが全て素手でそらしているだけのよう。

 はてさて大会本番まではあと二週間ちょい、それまでにどれだけ強くなれるのだろうか。



 「なぁ、コテツ。」

 「んあ?」

 バーナベルとテオの訓練を尻目に草原に寝転がってのびのびとリラックスしていると、バーナベルが話しかけてきた。

 視線をずらせばテオは息も絶え絶えになって座り込んでいる。

 「あの小僧は何べんも負けられねぇとか何とか言ってたが、お前はあいつを一ぺんも倒せてねぇのか?」

 やっぱりそこは疑問に思うよな。

 「いや、俺は毎回あいつを倒してるぞ。」

 きっとあれはエリックに対してだけの言葉なのだろうと思う。

 「ふぅむ、あいつ、もしかして死ななければ負けじゃないとか思ってるのかもしんねぇな。……一度半殺しにするか?」

 「待てい!」

 さすがに生徒を半殺しにしたらまずいだろう。

 「いや、でもな、力がねぇくせに力があると錯覚したまんまにすんのはやめさせねぇと、なぁ?」

 うわ、キツいなぁ。

 「いやでも半殺しは駄目だろう。」

 「そうかぁ?」

 「そうだ。一応あいつも貴族のお坊っちゃまなんだぞ?半殺しにされて力が無いことを痛感してもまだ訓練をしようと思うとは限らないだろ?」

 俺としては貴族としての権力も恐ろしいけれども、バーナベルは獣人なので大して関係はないだろう。

 「それもそうか。」

 「ああ、ここは力が全ての場所だ。もし強くなる意思が折れたらテオはたぶんかなり辛い思いをすることになるぞ。」

 「力が全て……?おいコテツ、まさかとは思うがお前、ヴリトラ教徒か?それなら……」

 急にとんでもない疑惑を掛けられた。

 「バカ野郎、んな訳あるか。龍を振興する気はない。神すら信じてないしな。」

 神ってだけで敬われると思ったら大間違いだぞ爺さん!

 『思っとらんわ!じゃがお主はもう少し神を年長者としてでも良いから敬え!』

 「バチが当たるぜ。」

 「とにかくだ、半殺しはやめろ。」

 そうかよ、とバーナベルはため息をつき、立ち上がって続闘の意思を示して立ち上がるテオの元へと戻り、訓練を再開した。

 別に力量差の自覚なんてさせなくても良いとは思うんだけどな。

 それくらい本人が一番分かっているだろうし。

 魔術の種類による相性や力関係ってのもあるかもしれないし、戦い方次第で勝ち負けが予想だにしない方向に転がることもあるのだから。

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