72 外食
「これもか?」
ふと気が付いて立体地図の一ヶ所を指し示す。ここは、たしか武器庫だな。カイト達が探検しに侵入したところの真下だ。
「うん、そこもラヴァルの隠れ家だね。ほら、ここにもある。」
言って、ニーナはまた別の場所の空洞を指差した。
「ここは……食堂の近くか。」
「アハハ、こうして改めて見るとかなり多いなぁ。」
「これ、全部がラヴァルの物だと考えても良いのか?」
「まぁね。」
うわぁ。
おっと、いかんいかん、話が脱線してしまった。
「ニーナ、後メモ帳が5枚だけ残ってる。良いか?」
「たったの5枚で何かが変わるとは思えないけど……何かを見過ごしてたらシャレにならないからね。良いよ、全部に流して。」
「了解。」
魔素を残り全ての魔法陣に流す。
途端、理事長室が目映い光で埋め尽くされた。
「うぉっ!?」
「な、なに!?」
光が収まり視界が戻れば、メモ帳は机の上から消えていた。
……嘘だろ?
「えっと、悪ふざけはいいから、早く出して?」
ニーナは目の前で起こったことを正しく受け止めきれず、俺が悪戯で隠した、と解釈したよう。
もちろん本気で責めて来た訳ではなく、お互いに黙っている内にダラダラと脂汗を流し出す。
おそらく俺も同じ体たらくだろう。
「お、俺のせいじゃない。指示を出したのはお前だ!」
喰らえ先制攻撃!
「うえぇぇ!?いやいやいやいやいやいやいやいや、君が何も考えずに一度に魔素を流すから!」
「いや、お前が……!」
「君のせいで……!」
醜い争いが勃発した。
やがてお互いを罵る言葉が尽き、理事長室内は段々と静かになる。
閃いた!
「侵入したあいつに聞けばいいんじゃないか?もうこの際だ、薬をさらに使ってみたらどうだ?」
あれ?これは果たして閃いて良かったことなのだろうか?
実行したらかなりの悪行になるような気が……した。
ニーナは俺の言葉にそれだ!と激しく同意。俺達は同時に侵入者のいる……いや、いた場所を見た。
「あ、あ、あ……。」
そして、涎を垂らしたエルフのいたはずの、何もない空間を指差し、ニーナが泣きそうな目でこちらを見る。
……泣きたいのはこっちも同じだ。
「逃げたのか?」
あの薬、効き目に時間制限でもあったのだろうか?
「……たぶん、転移だね。あのメモ帳の最後の魔法陣はきっと転移魔法陣だったんだと思う。きっと対象があのエルフとメモ帳に絞ってあったんだろうね……。」
ボソボソとそう言い、項垂れるニーナ。
せっかく手に入った手掛かりがそのかなりの有用性を示したとたんに手元から消えてしまったのだ。
無理もない。
「まぁ、ほら、あれだ。これで地図を手に入れる前に戻っただけなんだし、失ったものはなにもない。これからも努力するだけだろ?」
「……うん、お願い。」
「おいこら。……はぁ、ま、そう気を落とすな。情報を得られただけでも今までよりは状況が進展しているんだから。な?」
人任せな態度に内心怒りが湧いたものの、意気消沈しているニーナを見て怒りが霧散してしまう。
「……。」
ニーナは無言で机の前の椅子に座り、机に突っ伏して、そのままだんまりを決め込んだ。
……しばらく一人にしておこう。
俺はコロシアムへと転移した。
「勝者、パール!」
コロシアムでは丁度一年生の女子の魔術師コース予選が終わった所だった。
正直、数時間くらい前のことなのにすっかり忘れていた。
俺はまだボケるには早いはず……。
「魔術師コース、一年生の部、代表はテオ選手とパール選手です!」
拍手が起こり、代表となった二人は少し恥ずかしがりながらも両手を振る。
ルナが進行をしてくれていて良かった。
「あ、お帰りなさいませご主人様。」
と、その彼女がこちらに気が付いた。
「すまん、結局予選はほとんどルナに進行を任せてしまったな。」
「問題ありません。それに、少し楽しかったですし。」
「そうか……ありがとうな。」
「何か気がかりなことでもありましたか?」
おっと、また顔に出ていたらしい。
「いや、何でもない。ただ少し腹が減っただけで……「あぁっ!?」うぉっ!?」
首を振り、そう言って誤魔化すと、ルナがいきなり奇声を上げ、俺の心臓を跳ねさせた。
「も、も、申し訳ありません!ゆ、夕食の下準備すら、まだしていません……。」
そして泣きそうな顔になった彼女は、銀髪頭を深々と下げてきた。その体も少し震えていた。
……何やってんだ俺は。
ルナは一日中俺の代わりに予選の進行をしてくれていた。そんな彼女に料理する暇なんてあった筈がない。
「いや、謝るのは俺の方だ。さすがに今のは無茶だった。ルナは本当に良くやってくれてるよ。まぁいつものことだけどな。……今日はゆっくり休んでくれ。俺は食堂か、もしくは街のどこかに寄るから。」
まだ頭を下げ続けるルナにそう言い、彼女の額を指で押し上げる。
「いえ、その必要はありません!私がご主人様の夕御飯を作ります!」
しかし顔が上がったと思ったら、彼女は今度は俺にズイッと迫ってきた。
「うおっ、い、いや、でもなぁ……。」
当たってる当たってる。
何がとは言わない。
俺は明後日の方向に目をそらすことで事なきを得た。
「私は大丈夫です!私は毎日ご主人様の夕御飯を作って一緒に食べるのが好きですから!」
え、なに、プロポーズ?
……いかん、変な方向に考え始めた。
さて、どうしよう。
「あー、そうだな、えーと……あっ、ルナも一緒に食べに行くか?」
頭を捻り、苦しまぎれにそう言うと、ルナの動きが止まった。
「い、一緒に?」
お?我ながら妙案じゃないか。
ルナは俺と一緒に食べるのが好きだって言ってくれたし、ちょっとした贅沢はいつも頑張ってくれていることへの感謝の印にもできる。
むしろどうして今まで気が付かなかったんだ俺は。
「おう、いつも頑張ってくれているからな。たまにはこういうのも良いだろ?」
「で、でも私は奴隷ですから……。」
言って、ルナが悲しそうな表情でおずおずと奴隷紋を見せてくる。
奴隷というのは常識的にそこらのレストランに入れることはまずない。決まりで入れさせてくれないところもあるし、入れさせてはくれてもあからさまに嫌な顔をするところもあるのだ。
ルナはそれを俺に思い出させようとでもしたのだろう。
だから俺は目算で手袋を作り、その手に嵌めてやった。
「え?」
「これで俺が何らかの命令でもしない限り、お前が奴隷だって知られることはないな?」
一見しただけではルナが奴隷だと分かるはずがない。
こんなに綺麗なんだから、むしろ客引きのために是非入ってくれと言われるかもしれない。
「い、良いんでしょうか?」
しかしなおも不安そうなルナ。
「それは俺が聞きたい。ルナ、一緒に行ってくれるか?」
「はい!」
だから改めてそう聞き直すと、彼女は嬉しそうに頷いてくれた。
「それで、何処に行くのですか?」
あ……。
「すまん、まだ考えてなかった。俺はそこまで詳しくないし、ネルかアリシアに聞いてみるか。」
苦笑いして言い、耳に手を当てようとすると、その手がルナに掴まれた。
困惑して彼女を見るも、ルナは目を合わせてくれない。
「ご主人様、あの、許されるなら、私はご主人様と二人だけで行きたいです。」
「ん?ああ、俺もそのつもりだぞ?」
仮にも俺は教師だ。生徒を連れ歩くのは如何なものかと思う。またファレリル辺りに贔屓だなんだと言われかねない。
が、しかし、それでもルナはまだ腕を放してくれない。
「どこか、個人的に行きたいところがあったか?」
「いえ、そういうわけでは……」
じゃあ何で俺の腕を放してくれないのかな?
少し腕に力を入れて耳に近付けようとするも、ルナが両手でそれを抑え込む。
「あのな、理由を教えてくれないと分からんぞ?」
「何の、ことでしょう?」
質問するとはぐらかされた。
埒が明かない。
抑え込まれていない方の手をイヤリングへと近付け……ようとすると、今度はその手に噛みつかれた。
「二人には秘密にしておきたい、とかか?」
何故そう思うのかは分からない。ただ、他にルナの行動を説明できる理由が思い付かない。
「ふぁい。」
俺の手をくわえたまま頷くルナ。
「分かった。ま、ルナと二人で街をブラブラ歩くのも楽しいかもな。歩きながら良さそうなところを探してみるか。」
言いながらゆっくりと両腕を下ろせば、ルナも口を腕から放してくれ、しかし俺の右手は強く握ったまま。
「はは、安心しろって。ネルやアリシアには連絡を取らないから。ちゃんと秘密にしておいてやる。」
「え?あ、ああ、はい!で、でも、ね、念のために……。」
声をかけると、意識を違うところへ飛ばしていたようだったルナは、ハッと気付いてしどろもどろになりながらも応答した。
「はぁ……分かった。それで気が済むなら。」
どうもルナは俺に対して信用があまり無いようだ。ま、俺の仕事を代わりにやってもらっていたんだし、仕方ないか。
「じゃあ行くぞ。」
「ご主人様、あの、1つだけ。」
「なんだ?」
「手袋を取って貰っても良いですか?」
「……これでいいか?」
両手の手袋を消すと同時にルナの手の温もりが伝わってくる。
「はい、ありがとうございます。」
「よし、行くか。」
ルナと手を繋いだまま、俺はファーレンの城壁の外へ向かった。
ドーナツ状の街を回りはじめて早一時間、しかし俺とルナはまだ何も腹に収めていない。
どこで何を食べるのか、ルナがなかなか決めてくれないのだ。
「ルナ、あそこはどうだ?良さそうじゃないか?」
かなりの人で賑わっていて、わいわいと騒いでいる店を俺が指差して見せるも、
「ええ、そうですね。……でもせっかくですから、もう少しだけ歩きましょう?他に見てない場所もあるかもしれませんよ?」
彼女は終始この調子。
そのうち島をぐるっと一周してしまいそうだ。
やっぱりネルにおすすめの場所を聞いておいた方が良かったかもしれない。
「お前は何が食べたいんだ?」
急かしているとバレないよう、自然体を装って聞く。
選択肢を自分で絞らせれば選びやすくなるかもしれない。
「え、私は……ご主人様と一緒ならどこでも構いません。」
対してルナはそう答え、ぎゅっと手をさらに強く握ってきた。
嬉しいことを言ってくれる。だがしかし、今回はちょっと困る。
「ほら、魚料理とか肉料理とか、大雑把で良いから。」
何としても選択肢を絞らせねば。
「えっと、なら魚料理を。」
「よし、それなら海の方にあるかもな。」
「あ、でも肉料理も捨てがたいです。」
肉料理か、肉料理ってどこにあるかな?
「それなら……」
「あ、でもお魚が……でもお肉も……うぅ。」
なんか頭を抱えて悩み始めたぞ?
端から見ている分にはその姿は可愛い物。ただ、当事者としては……はぁ、仕方ない。
「ルナ、今日は魚料理でどうだ?」
「え、でも……。」
「今度肉料理を食べに行こう。な?」
出費は心配ない。給料は手付かずだし、そもそも20000ゴールドを使いきれる自身がない。
ただ問題は時間が取れるかどうか怪しいことだな。城の隠し小部屋の確認も業務に加わったし、これからはかなり忙しくなると予想できる。
とはいえそれも俺が教師をやっている間だけだ。
「今、度?」
「ああ、そもそも教師の任期を終えたら幾らでも時間はあるしな。」
「また、こうしてくれるのですか?」
ルナが繋がった手を見せてくる。
俺は握る力を強め、しっかりと頷いた。
「はは、むしろこうすることが毎日のことになるかもな?」
調理できる器具がファーレンを出た後も手に入るかは分からないし、手に入ったとしても調理する場所が確保できるかは分からない。
結果、そのとき止まっている宿屋か外の料理店で食べるかの2択になりそうだ。
「……ふふ、そうですか。」
すると笑顔になったルナは、静かに小さくガッツポーズをした。
そこまで喜ぶか?
頼まれれば人使いの荒い誰かさんを脅していつでも時間を作ってやれるのに。
「じゃあ……行くか。」
「はい!」
ニコニコしているルナを見ているとこっちまで笑顔になる。
しかし街の外側、海の方向へ歩いていこうとしたところで、意外な組み合わせの二人を見つけた。
片方は粗野な虎人、もう片方は短気な妖精。
要はバーナベルとファレリルである。
……バーナベルがファレリルに頼みごとをしたこともあったし、あの二人、意外と仲が良いのかね?
気になるなぁ。すごーく、とっても、これでもかと言うほどに。
「ルナ、やっぱり今日は俺の行きたいところで良いか?」
「ええ、〝また〟一緒にでかけてくださるのなら。」
「すまんな。いつか絶対、お前が嫌になるほど連れ回してやるから。」
「はい、お願いします。」
ルナの了承を得、俺はバーナベル達の後を付いていった。