71 CATスキャン
「激闘の末、見事勝利を納めたのはエリック選手!しかし、クレス選手も素晴らしかった!」
「ええ、いくつもの魔術を一瞬で作り上げるエリック選手は言うまでもなく、それに対して魔法陣を的確に破壊、または即座に作り替える技術は素晴らしいものでした。」
魔術師コース予選の日、俺の喉の調子は治って絶好調だ。
いやしかし、本当に凄かった。
繰り返しになるけれども、先天的な念写スキルを持つハイドン家のエリックはもちろん、対するクレスの技術も見応えがあった。
加え、さすがは三年間ファーレンで学んだだけはあり、魔術師コースであってもそこらの戦士系冒険者と渡り合えるくらい、戦闘技術も様になっていた。
バーナベルがあれでかなり良い教師であることに内心驚愕したのは秘密だ。ネルがどう化けるのかが楽しみ、というよりも恐くなってきたところもある。
……二人が卒業した後、もし俺が必要なくなってしまったときの身の振り方を本格的に考えておかないといけないかもしれない。
「さぁ、次は三年生、女子の部です!……のわっ!あ、いや、何でもありません。」
思わず声を上げ、慌てて取り繕う。
仕方ないだろう、いきなり目の前に透き通ったニーナの顔が現れたんだから。
マイクをルナに預けて進行を頼む。
「何のようだ?」
『面白いことをしてるね。』
「暇だったからな。で、本題は?また侵入者だなんて言うなよ?」
『………………。』
また侵入者らしい。
「はぁぁ、壁に穴が開いてたり秘密の地下道かなんかがあったりしないか、一度調べた方がいいんじゃないか?」
これで一体何回目だ?
『調べたには調べたけどね、見つかってないよ。とにかく、侵入者を捕まえて。吐かせるから。』
「ルナ、すまん、ちょっと抜ける。ここからは……。」
「はい、任されました。」
言いかけると即答された。
……今度お菓子か何か買ってあげようかな。
「助かる。」
そう言い残し、俺はリングから出ていき、誰もいない手近な控え室の中から転移した。
「今まで捕らえた侵入者からは入ってきた方法を吐かせられなかったのか?」
理事長室の中、探知の魔法陣に両手を置いて目を閉じ、侵入者を探しているニーナに聞く。
ちなみに侵入者の存在自体はバーナベルの通報で分かったらしい。バーナベル本人もそいつを追い掛けはしたものの、逃げられてしまったそう。
「今までの全員に薬で内部の手引きだってことは吐かせられたけど、ここに入ってくるまでは目隠しでもされていたのか、誰も具体的な入り口を知らなかったんだ。」
目を瞑ったまま答えるニーナ。今までのままならない状況を思い出してか、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべている。
……敵さんの秘密の保護がかなり徹底してるな。
やっぱりカダの薬の存在やその効力はバレてしまっているのだろう。もちろん、カダ自身が裏切っているってことも否定できない。
「……あ、いた!」
と、やっと侵入者の居場所が分かったらしい。
「よっしゃ、どこだ?」
「この距離と方向なら……職員室の外だね。ほら、あの学生立ち入り禁止区域の。今は職員室に向けて走ってる。」
「あの職員室の扉って開くのか?」
たしかカイト達6人のファーレン城内探険ではオリヴィアが「開かない!」とか言っていた覚えがある。
「扉なんだからもちろん開くよ。普段は鍵がかかってるけど。でもまぁ、魔術錠の鍵開け技術を披露されたらあまり意味がないけどね……。」
「ちなみにその鍵は?」
俺の問いにニーナは自分の胸の辺りをトントンと叩いた。
……教師証のことか?
胸元からそれを取り出し、確認の意味でニーナを見る。
「そう、それを内側から扉にかざせば良いんだ。かざす場所はすぐ分かるよ。じゃ、私はカダから薬を貰ってくるから。」
「了解。……我らは学徒の道を守り、導くものなり。」
視界が白く染まった。
幸い、職員室には誰もいなかった。
もしかしたら事前にニーナが避難するよう、声をかけておいてくれたのかもしれない。いや、おそらく学園大会の準備で出払っているだけだろうな。
ニーナにそんな気が回る筈がない。
しかし、今度の侵入者の狙いはクラレスじゃなくて職員室の中、か。一体何が目的なのかね?
まぁいい。聞けば……というより薬を使えば分かるだろう。
さて、俺の今考えている作戦は簡単。
侵入者には職員室に入ってもらい、油断しきったところを仕留める。
それだけだ。
下手に迎撃するよりもこっちの方が楽だし、加えて、扉を閉めてしまえば侵入者への不意打ちに失敗したとしても逃げられてしまうことは避けられる。
そのためにも、まずは長らく使われていなかったのだろう職員室の大扉の前の、無造作に置いてある棚やら何やらをどかしていく。
そして現れたのは、赤色の両開きの扉。2つをまたぐように金具が付けられてあり、その中心には教師証に描かれているのと同じ紋様のある、刻まれた青のクリスタル。
ニーナに言われたとおり、そのクリスタルへ教師証をかざし、魔素を流せば、扉が一瞬震え、そしてガチャン、と金具から大きな音が鳴った。
これで鍵が開いたのかね?
試しに力を入れて押してみて、巨大な扉は外側に開くのを確認。
俺は扉を再び閉じ、気配を殺して扉の脇に潜んだ。
スゥッと周りの音も静まり、完全な静寂が訪れる。
そしていい加減待ちくたびれてきた頃、ようやく小さな足音がし始め、誰かが扉を押し開き始めた。サッとその扉の影に入る。
「鍵もない上に見張りもいないとは、ククッ、無用心だな。」
聞き覚えの無い声と共に、黒のマントを纏った男がそろりそろりと入ってきた。
行ける!
素早くそいつの後ろへ回り込み、左手で口を塞ぐと共に頸動脈を右腕で抑え、背中から倒れ込む。
腕と足は黒魔法の輪っかで動きを止めた。
「ふぐっ!ぐゥ!」
「おやすみなさい!」
身をよじり、暴れようとする侵入者を抑え込み、そいつが気絶するまで待つまで締め上げ続け、抵抗が無くなってさらに数秒してから手を放す。
黒いマントを着たそいつは、地に寝転がったままピクリとも動かない。
うん、我ながら上出来だ。伊達に中二病を拗らせてはいなかったな。頸動脈の位置から絞め方まで、何度調べ、枕とかで何度練習したことか。
……ゴホン、さて、物色と行こう。
まず、マントを剥いでみれば、男の種族はエルフだった。種族特有のイケメン顔が苛立たしい。
マントは鑑定してみた結果、
name:暗妖精の衣
info:暗妖精の加護を持つ衣服。暗妖精が子供のエルフを夜中に連れ出し、遊ぶために作った。加護は気配の察知・隠蔽の補助。
という、かなり高性能な物。
それを脱がし、ポケットの中を探ってみるも、何もない。
マントの下の服からはナイフ、乾いた果物、そしてペンキャップ付きのペンとメモ帳が出てきた。
メモ帳には魔法陣がいくつも描かれている。
取り合えずそれは俺のコートのポケットに入れた。
俺には理解不能なので後でニーナに聞くとしよう。
……他にめぼしい物はないな。
俺はそいつの襟を掴み、理事長室へと転移した。
「ぐっ、放せ!むぶっ」
ニーナかもらった薬を侵入者の口に入れ、そのまま薬が溶けて唾液と一緒に飲み込まれるまで手でそいつの鼻と口を塞ぐ。
「……(ゴクッ)」
「よし、飲ませたぞ。」
「分かった。効き目は数分後に現れてくるから、それまでに質問したいことを三つ教えて。」
「何で三つなんだ?」
根掘り葉掘り聞けば良いじゃないか。
「今までの侵入者達は全員、二つ目までは従順なだけなんだけど、三つ目の質問を答えた瞬間、壊れるんだよね。」
壊れる!?
「な、なぁ、その薬に対する対抗薬とかはないのか?」
そんな恐ろしい薬を間違って飲んでしまわないかが怖くて堪らない。
なんだよ、壊れるって。
「今のところは無いね。」
だと思った。
「はぁ……まずはどうやって忍び込んだか、だよな。」
「そうだね。後は……何を職員室で探していたのか、かな?」
「そこら辺が妥当だろうな。あと一つはそのときに気になったことを聞けば良いか。」
さて、と侵入者に向き直ると、そいつは既に目から生気を失ってしまっていた。
体から力は失われ、口はそこから手を放すと半開きになる。
うわぁ。
「これ、俺達の声は聞こえるのか?」
「少なくとも私の声は聞こえるよ。薬には質問者の髪の毛を入れることで効果を発揮するから。」
「そうか、じゃあ質問は任せた。」
言うと、ニーナは前に進み出て、尋問を開始した。
尋問で分かったことは、
1.この侵入者がフラーレンの城壁を周りの屋根づたいに、風邪の魔法で自身を吹き飛ばすような形で乗り越えてきたということ。
2.探し物が邪龍の魂片(本人は宝玉だと言っていた。)であること。
3.この侵入者がヴリトラ教徒ではないこと。
4.カダの薬は恐ろしく、使用はなるべく控えるべきであること。
この四つだ。
もちろん、この中で一番重要なのは4番である。異論は認めない。
ただ、それはひとまず置いておくとして、他の三つのことから考えられるのは、ヴリトラ教徒以外にも邪龍の魂片を狙う者達がいるということだ。
「面倒なことになった。まさか国家がスパイを送り込んでくるまでの事態に発展してるなんて……。」
「スパイはエルフだったし、やっぱりスレインか?」
「いや、ただ雇われただけの可能性だってあるからその判断の決め手にはならないよ。」
「それでもまぁ、十中八九スレインだろう?」
ユイから邪龍の魂片を取り出そうとしていたことはバレてしまっているだろうからな。実際に取り出せたかどうかは向こうにはまだ知られていない情報だが。
「まぁね。ヘカルトならもっとスパイをするのに適した種族がいるし、ラダンの場合は正面から堂々と来るはず。」
「スレインだと見せかけるため、な訳はないか。わざわざ捕まらせるなんて事はしないだろうし。」
やっぱり、スレインなのか?
そういえばユイから邪龍の魂片が無くなってることに気付いたらどうするんだろうな。
取り合えずこの学期が終わるまでは大丈夫だから頭のすみに残すに留めておこう。
あ、そういえば俺の教師としての契約もそこら辺で終わりだ。長い夏休みで教師は次の学年の準備をし、学生は……宿題をたくさん出されたりするのかな?
「俺の教師生活も残り僅かだなぁ。」
毎年同じ実戦担当者だと色んな相手と戦ってみるってことができなくなるからか、連続で同じ奴が就任することは禁止されているのだ。
しみじみと言うと、ニーナは申し訳なさそうな顔をした。
「君には次の年もここで働いてほしいけど、連続で就任するのは禁止だからねぇ。でも再来年はまた立候補できるから。」
へぇ、そりゃ初耳だ。
一年開ければ問題ないのか。
「了解。そのときにまた立候補するよ。」
オリヴィアの騎士になるって話は渡りに船だったな。
あ、でも貴族社会ってドロドロしてるのが定石だよな、それに騎士ってのは婚約者みたいな立場で、その上一年間でスパッと辞めさせてくれるかも怪しい……他に何かあるか探してみるか。
「その顔、随分と教師としての生活が気に入ってたようだね。」
ニーナが茶化して言うが、図星なので苦笑いを浮かべるしかない。
「寝床を提供してもらえて、飯もただな上に美味い、その上給料も良いんだから、この職業に就きたくないとは到底思えん。」
しかも実戦担当は見回りを業務内容に付け加えるほど暇と来ている。俺の場合、ルナもいるから家事とかもあまりしてないしな。
「じゃあ再来年は期待して良いかな?」
「いや、確信していい。」
すると、ニーナは自分の机から紙を1枚取り出した。見ると、何かのリストが書かれている。
「じゃあ、はい。」
差し出されたそれを受け取り、内容を見れば、そこには様々な店の名前が書かれていた。
いくつかはファーレンの街で見かけた覚えがある。
「これは?」
まさか俺の教師の職業への関心を他方へ向けさせるための物とかか?
「それは全部ファーレンが関わることのある店の中で、従業員を募集しているところのリストだよ。就けば来年も私と色々できて、怪しまれることもない所を選んでみた。」
「おお、こいつは助かる。」
「信頼できる仲間はそう簡単に見つかることはないしね。今回は君が下調べしやくて、その上強くて助かったけど、来年もそうとは限らない。」
「ま、考えてみるさ。」
リストを折り畳み、ポケットに入れた所でそこに別のものを入れていたことを思い出した。
「ニーナ、こいつが何か分かるか?あのエルフが持ってたものだ。」
取り出したのは魔法陣がいくつも描かれたメモ帳。
受け取り、パラパラとめくっていくにつれてニーナの表情が険しくなる。
「凄いな、見るだけで分かるのか。何なんだ?」
「これは地図、だね。」
「マッピングしながら城内で探し物をしていたのか?」
「いや、地図は既に完成されてるよ。」
「あいつはペンを持ってたぞ?完成してるのなら既に城の中を全部捜索し終わったことになる。」
そんなに長い間潜伏に成功していて、今日の真っ昼間に見つかったとは考えにくい。
「じゃあこれに何かを書き足していたってことかな?」
「……確かめたらどうだ?」
「…………。」
こちらをじっと見つめるニーナ。
「何だ?やっぱりしない方が良いのか?」
「君は確か、魔力が異様に強いんだったよね?」
……そういうことか。つくづく人使いの荒い。
「はぁ、ほら、貸せ。」
手を出し、メモ帳を渡すよう、クイクイっとハンドサイン。
「はい、じゃあ私の指示に従ってそれぞれの魔法陣に魔素を流していってくれるかな?……ああ!破らないで!」
魔素を流しやすいよう、メモ帳をバラバラにしようとすると、ニーナに慌てて止められた。
「このまま一枚一枚流すのはかなり難しいんだぞ?」
「流石、できないとは言わないんだね?」
うわぁ、いい笑顔。
「へいへい……指示を出してくれ。」
「メモ帳を机の上に置いてから魔素を流してね。」
「何のために?」
わざわざ手を離してやるなんて、さらに難易度を上げてるだけだよな?嫌がらせか?
「何らかの仕掛けがあったときのためにね。仕掛けがどんなものなのかは分からないけど、直接触っているよりはマシのはずだよ。」
仕掛け、か。
たしかに用心に越したことはないな。
メモ帳を机の上に置き、無色魔素を手元に集中。
「それじゃあ、指示を頼む。」
「じゃあ、まずは上から30枚。」
「了解。」
首肯してみせ、試しに一番上の一枚だけに魔素を通すと、一センチぐらいの厚さの円板宙にが現れた。
円の中にはさらに小さな円錐があり、真上から見ても、ただ尖っているなぁ、としか思えない。
要は意味が分からない。
「これが地図か?」
「いいから30枚まで一気にやっちゃって。そうすればこれが地図だってすぐに分かるよ。」
指示に従い、30枚目までの全ての魔法陣に魔素を通す。
すると、目の前にファーレン城の一番高い塔の一部が現れた。うっすらと透けていて、中の様子がよく分かる。
なぁるほど、ホログラムか。
「分かった?つまりそのメモ帳の魔法陣はそれぞれこの城の断面図が現れるように描いてあるんだ。教師証で立体映像を映すのも似たような原理だよ。」
魔術って便利だなぁ。
しっかし、これにマーキングをするにはかなり魔術に精通していないと難しいだろうな……。不意を突いて素早く無力化できて良かった。
「そういうことか、じゃあどんどん魔素を流す紙を増やしていくぞ。」
「よろしく。」
そして、メモ用紙のほとんど全ての魔法陣に魔素を流した。
俺とニーナの間には半透明のファーレン城。所々に斜線が引かれているのが分かる。
「これは……?」
「目的の物がなければ印を付けていってたみたいだね。」
「この地図の出所は魔法陣の描き方とかで分かるか?」
これが流通しているのなら、誰にでもファーレン城の構造を知ることができると言うことになる。それも知られてはいけないところ――職員室への行き方等――も含めてだ。
「駄目だね。描き方は模範的と言っても良いよ、これは。それに特徴が無さすぎる、筆圧までずっと同じだなんて、まるで判子みたいだよ。」
「判子、ね。じゃあ量産されていると考えて良いのか?」
「おそらく。」
マジかよ……。
「でも今更どうしようもない、か。敵さんの持っている武器が一つ判明したってことで良しとするしかないな。」
「そうだね……よし、最後まで順に魔法陣を発動させて。」
「了解。」
残りの紙の枚数は20枚強。
一枚一枚の断面図がファーレン城の地下を表していた。
「ストップ!」
「いや、残り10枚もないぞ?」
「ごめん、でも1つずつ確認していく方が見落としをせずに済むと思ってね。」
ニーナは違和感がないかどうかを、上から下にしらみつぶしで探していたようだ。
「おいそこ!」
と、俺は少し不自然な形を見つけた。
「何があったの?」
「これを見てみろ。」
指し示した所は城の地下牢の、教室として使われていない物の一つだ。大きさはこの地図の縮尺を知らないので分からないけれども、かなり小さめだと思う。
そしてそれは地下の壁に埋まるような形で存在していた。隠し小部屋みたいな物かな?
「もしかしたら邪龍の魂片はここにあるのかもしれないな。」
「いやぁ、アハハ。」
真剣な意見は、しかしニーナに困ったような表情て笑われた。
どうしたのかと聞くと、
「そこ、ラヴァルのお気に入りの休憩場所の一つなんだ。そこに何もないのは保証できるよ。」
ラヴァルか……たしかにここなら日は絶対に当たらないし、静かなんだろうな。
なんだか親近感が湧いてきた。
「そ、そうか。」
「ま、まぁ、気を落とさずに探していこう。」
苦笑するニーナに頷いて返す。
やっと何らかの手掛かりが見つかりそうで内心興奮していた分、かなり落ち込んだ。
ま、しっかり探せば手掛かりが見つかりそうってだけでも良しとしよう。