69 予選④
魔法使いコースの予選を終わらせ、危うくお魚さんに殺されそうになったのは昨日のこと、今日は戦士コースの学園大会予選である。
「ご主人様、今回もやるのですか?」
「いや、やっぱり叫ぶのはまだ無理そうだ。」
昨日は咳き込む程度でまだ大丈夫だったのが、今日起きると声はいっそう酷くなっていた。
具体的に言えば、声帯の出す全ての音に濁点が入ってしまっている。
「無理は……。」
「してない。ただ、通常のアナウンスも任せっきりになりそうだ。すまん。開始と勝敗の判断ぐらいは俺がやるから。」
もしかしたらその方が学生達も喜ぶかもな。特に男性陣が。
それに男の声よりも女性の声の方が良く通るとも言う。案外怪我の功名ってことになるかもしれん。
「はい、分かりました。……えー、これより、学園大会戦士コースの部を始めます!」
そしてルナがアナウンスをすると、ウォォォォ!と観客席から雄叫びが上がった。
[コテツ、仕事はしっかりするんじゃなかったの?]
と、ここで嫌みたっぷりな念話が伝わってきた。
ネルだ。
ま、言われるだろうとは思ったさ。
[ちょっと、声の調子が悪くてな。]
[アハハハハ!これ本当にコテツなの?うわぁ、酷いね。アリシアを呼んだら?]
[アホか。こんなことで一々回復魔法なんか使ってられるか。あー、痛ぇ。]
[……本当に酷いね。お大事に。無理しないでね。]
[ああ、ありがとう。]
でもまぁ、実況の真似事もこの痛みに見合うだけは楽しかったからな、後悔はない。
「では第一試合、ロバート対カメル!」
と、屈強な男二人がリングに上がってきた。
両者ともに気合十分。
これは元々実況なんて必要なかったかもしれない。
俺は闘技溢れる二人の間に立ち、片手を高く上げ、開始を宣言すべく口を開き……
「両者、構えて、始め!……けほっけほっ。」
そして、思っていた以上に酷い声を出した。
気遣わしげに俺を見る選手二人。
ガタイに似合わず優しいなぁおい。
手でそのまま続行するように示し、俺は邪魔にならないよう、脇ににどいた。
「勝者、ファング!」
「ガオォォォォォッ!」
二年生の代表となったファングが吠える。
うん、やっぱり実況は要らなかったな。
戦士コースの学生達は逐一雄叫びをあげるし、観客席だってかなり煩い。戦闘もやはりワンパターンにはならないし。……ていうか、なったら負けてしまう。
「次は一年の部です!」
戦士コース一年か……。
ネル、そして勇者三人組がいるな。男性の方は見た感じカイトが楽々勝ち進みそうな一方、女性の方はアイ、ユイのデッドヒートになりそうだ。
アイとユイの勇者二人に対し、ネルがどういう戦いを見せるのかが個人的には醍醐味だろう。
相手が勇者である分、基本能力では不利なものの、幸い聖武具は使うことはないだろうから、ネルも戦い方次第では勝てないこともない……かもしれない。
男子の部は、予想以上に予想通りだった。
カイトがとにかく強かった。敵の攻撃を楽々かわして一太刀でリング外へ転送させたり、俺の始めの合図と同時に相手に突きを決めたり。
もう、圧勝だった。
「おめでとうございます。……ではこれより一年生、女性の部を始めます!」
ルナが代表となったカイトを称え、予選を進行していく。
そして最初の試合はなんとアイ対ユイだった。まさかの勇者どうしでの潰しあいである。
ネルに運が向いてきたのかもしれん。
勇者二人が相対する。
「さて、私もアオバ君に続いて勝ちあがらないといけないわね。」
「カイトと一緒に代表になるのは私よ。あんたはすっこんどいて。」
「いやよ、断るわ。」
「こんのッ!」
お前ら、カイトのいないところでは本当に仲が悪いのな。
「はぁ……、両者黙って構えて。……はじ」
「シャラァァ!」
言い切る前にアイが急加速と共に槍を突き出す。フライングだと糾弾したくとも、アイの鬼気迫る顔に俺は口を挟めなかった。
邪魔にならないよう、さっさとその場から退く。
「相変わらず単純ね。」
これを予想していたのだろう、ユイは既に槍の軌道よりも横にずれていた。
「ハァッ!」
真横を通り過ぎようとする背中に、刀が振り下ろされる。
……案外すぐ終わったな。
短気は損気、なんて思った瞬間、
「バーカ!」
アイがたたらを踏むことなく、速度を衰えさせないまま真後ろに後退。かと思うと改めてユイへと突撃した。同じく、その速さは一切減衰していない。
ハイジャンプの真骨頂って奴かね?
「チッ!」
対して刀を閃かせ、ユイが向かってくる槍の穂先を真上に弾けば、アイは空中でくるっと一回転しながら体を捻り、相手を向いて着地した。
オォォォ!と観客席がざわめく。序盤からの熱い展開に興奮してきた模様。
まぁ、勇者同士だし、当然か。
すぐにアイがハイジャンプを発動。
今度は受けに回らず、対するユイは果敢にも摺足で踏み込んだ。
交錯する二人。
ガギン!と鳴る金属音。
「うっ!」
衝撃が響いたのか、ユイが呻いて手を抑え、
「もらったァ!」
ユイを通り過ぎていたアイは槍を逆手に片手で持ちつつハイジャンプで切り返し、少しうずくまってしまった相手に再接近。
杭を深くぶっ刺すように、槍がユイに向かって振り下ろされる。
「……ふふ、やると思ったわ。カイトには見せないあなたの本性はよく知っているつもりよ。ハァッ!」
と、微かに笑ったかと思うと、ユイの体が素早く反転。そして振り下ろされる槍を見切って紙一重で避けながら、彼女はうずくまっている間に鞘に納めたのであろう、刀の鯉口を切った。
……さっきのはただの演技か。
勢い余ってリングにその約4分の1を埋めるアイの槍。
動きの止まった彼女に向かって斜め下から刀が切り上げられる。
「ハイジャンプ!」
しかしアイが受けに回ることはなく、槍を握ったまま真横の虚空を蹴ってハイジャンプを発動。
結果、コロシアムリングに突き刺さった槍を軸にアイの体が一回転。文字通り空を切ったユイは、真横から強く蹴り飛ばされた。
「つゥッ!」
予想外の方向からの一撃をモロに受け、ユイが大きく吹き飛んでいく。
しかし場外にまでは飛ばされなかった。
「流石、人を騙すのが得意なのね。それでカイトをたぶらかしてきたんでしょ?この女狐。」
石タイルにめり込んだ槍を片手で引っこ抜き、眼光を鋭くするアイ。
「あなた、こんなに腕力があったかしら?私は聖武具に選ばれなかっただけで、日頃の鍛練はあなた達以上にやって来たはずよ?」
「ふん、愛の為せる技よ。」
対してユイがした問いは鼻で笑われた。
まぁ、実際アイの言うとおりではあるか。……愛の勇者として恋敵と戦っているんだし。
と、アイが真っ直ぐ突撃を敢行。ハイジャンプはまだ使っていない。
「そんなに焦ると負けるわよ?」
相手を挑発しつつも、ユイは落ち着いて刀を中段に構えた。
「焦ってなんかないし、私は絶対にあんたなんかに負けない!ハァッ!」
「そう。」
そして威勢よく突き出された槍の側面を彼女は刀で横から押し、ガガッと音をたてさせながら槍の軌道を自身から逸らす。
「はァァ!スラッシュ!」
そして間合いに入ったアイへ向け、今試合初めてのスキルを放……とうとしたところでユイは急にかがんだ。
「エレキレーザー!」
一瞬後、ユイの頭上を電撃が通りすぎる。
放ったのは、槍から片手を離したアイの指先。
「私はカイト君にどこまでも付いていくの。邪魔しないで!」
そして吠え、アイは屈んだユイの顔を思いっきり蹴った。
それもただの蹴りじゃない。
片足でハイジャンプを使い、その上肉体強化を行った、俺の目で何とか捉えられるぐらいの速度の物だ。
容赦ないにも程がある。
頭から吹き飛び、肩をリングにぶつけたユイは、しかしすぐに体を起こす。
「うっ、やったわね。……ハイキュアー!」
そして呻きながら、彼女は自身に回復魔法をかけた。
蹴りだけで高位の回復魔法が必要になるって恐ろしいな。
『お主が思いっきり蹴れば、相手の骨の四、五本は折れるぞ。』
恐ろしいものは恐ろしいんだよ。
「さっすが、ズルいね、この売女が!」
「うるさいわね、私は処女よ。超ぶりっ子の上、アオバ君を愛してると言ってる自分に酔っているだけの女にそんなことを言われる覚えはないわ。」
「あんたなんかに私の愛は分からない!カイトが優しいのに味をしめて、取り入ろうとする阿婆擦れに分かる訳がない!」
「分かりたくもないわね、自分に自身がないからって、カイトの周りにいる全員に噛み付く可哀想な人の気持ちなんて。」
観客席がワァワァ盛り上がっているからリング上よ罵り合いは聞こえないだろうけれども、凄い、ていうか酷いな。
女性の口論は男性のそれよりもずっと汚くて陰湿だと聞いたことはあるにはある。でも、ここまで言うか?
さっきのアイの蹴りの恐ろしさなんて、頬に当たるそよ風以下に思えてきた。
「何とでも言えば?カイトは私が一番愛してる!他の有象無象よりも私が一緒にいてあげないといけないの!」
叫び、アイがユイにハイジャンプで接近。
「あなたのそれはただの押し付けよ!」
叫び返し、ユイは刀を構え直した。
アイは空歩とハイジャンプを併用し、直進から斜め下後ろまで、ジグザグなんて表現では済まないほど何度もその軌道を鋭利に変えている。
加速スキルでも使っているのか、そのスピードは軌道が折れ曲がる度に速くなっている気がする。
対するユイは微動だにしていない。
俺の視界内でその動きがぶれ始めていたアイはついに、俺の目では完全に追えなくなってしまった。
一体どこまで速くなるんだ?
仕方がない。
龍眼を使う。
……いた。ユイの真上で次のハイジャンプを行うところだった。握る槍の穂先には眩い光が宿っている。
そして、アイは流星のように恋敵へ突っ込んだ。
同時にユイも動き出す
魔力視スキルで相手の動きが多少は見えたのか?
「オーバーパワー!」
スキルの発動と共に振り上げられた刀は、槍の穂先をしっかと捉えた。
同時にユイの足が石タイルを砕き、砂塵が舞い上がる。
「バーカ。」
そして次の瞬間、槍の先端が爆発した。
激しい雷が辺りに迸り、甲高い劈き音が立て続けに響く。
その直撃を受けたユイはビクッと大きく震えたかと思うと、刀を落とし、そのままリングに膝から崩れ落ちた。
あの槍の纏っていた光は魔法を凝縮したものだったらしい。全く漏電していなかったから気付かなかった。
……そういやアイの勇者スキルは魔力操作だっけか?
「はぁ、はぁ、これであんたはもう動けない。ふぅ、でも意識はあるんでしょ?」
「……どっちが、狐、よ。」
呻くようにユイが言い返すも、それだけ。彼女が反撃に移る気配はない。
決まった、か。
龍眼を解除し、手を上げる。
「勝負あ……」
「ふーん、話せるんだ?ま、勇者は人よりもずっと頑丈だからね。でもあの雷ならしばらくは体の痺れは取れない。それに、頭も朦朧としてるから、魔法も使えない。……ククッ、バーカ、だーれが可哀想って?ねぇ!?」
ドスッとユイの腹を蹴るアイ。
「ぐっ!」
はぁ……、仕事か。面倒な。
二人の所へ小走りに近付き、さらに暴行を加えようとしたアイの襟を後ろから引っ張って距離を離させる。
「勝者!ア「まだよ!」」
そのまま勝利宣言をしようとするも、案の定アイに遮られた。
「その女は倒れている振りをしているのかも知れないでしょ!?さっきも私の槍を受けてうずくまるフリをしてたし!とどめ刺さないと!」
至極最もな意見だ。ただ、今回に関して言えばそんなことはないのは明白。
アイがユイを痛め付けたいってだけなのは心理学に精通してない俺でも分かる。
「アイ、お前の勝ちだ。それで良いだろ?」
「駄目!その女には今!ここで!誰がよりカイトに相応しいのかを分からせてやらないと!」
「観客席にカイトがいるぞ?そんなところ見られたら……。」
カイトをダシに何とか説得を試みる。
しかしアイの抵抗は収まらない。
「大丈夫、カイトはこのコロシアムにはいない。今は友達と一緒に、代表になったお祝いをしてるから。」
あのやろう、肝心な時にいないな。
「なんで知ってるんだよ。」
「ずっと見てるから。」
あ、はい。
「それに、これはカイトのためでもあるの。だからあんたは早く退いてよ!逃げられるじゃない!」
クソッ、話題を上手くずらせていたと思ったのに!
「駄目だ。」
「このっ!」
ついにアイがこちらを睨んだ。
そして次の瞬間、彼女は真上へ、文字通りハイジャンプし、俺の拘束から抜け出た。
勇者達は、高い身体能力に優秀なスキルと面倒臭いからなるべく戦いは避けたかったんたけどな……まぁ仕方がない。
空気を蹴り、俺頭上を越え、未だ身動きできないユイへ攻撃しようとアイが突撃。
そういえばこいつ、勇者スキルを何度も使っているけれども、本当に自分が勇者だってことを隠す気はあるのかね?
……そういうことを全く考えず、カイトの傍にいようとしているだけなのかもしれないなぁ。
半ば呆れる思いをしながら、俺はタイミングを合わせてアイの脇腹に回し蹴りを決めた。
「うぐっ!?」
呻き、吹き飛んでいく愛の勇者。
その間にルナを手招きし、ユイの側に屈ませる。
「俺は今からアイを相手するから、ユイを……そうだな、俺らの部屋に寝かせておいてくれ。マイクは置いていって良い。」
なんやかんやでラヴァルの魔法陣とファレリルの魔法で強化された部屋だし、あそこならアイも侵入できないだろう。
「わ、分かりました。」
俺の指示にルナは頷き、ユイを抱えてリングから走って出ていった。
アイへと視線を向け直せば、彼女は丁度ハイジャンプのモーションに入るところだった。ターゲットは俺に切り替わった模様。
「私の邪魔をするなぁ!」
ユイとの対戦で見せたものと同じハイジャンプと空歩の合わせ技、そして加速スキルによる鋭角な軌道で撹乱してくるアイ。
そのスピードが俺の目の限界に達したところで龍眼を発動させた。
手袋を嵌めてある両手を少し開いて脱力させ、右手を顔の近く、左手を腰の辺りで構える。下半身はいつでも動けるように心がけておく。
そして立体的な助走をつけたアイは、ついに、真っ正面から突撃してきた。
あれだけ動いて結局正面かい!
右足を踏みこみ、迫ってきた槍を左手の甲で体の外側へ押す。
このまま柄を掴んで武器を奪い……
「痛っ!?」
取ろうとすると鋭い激痛が左手を襲った。
「うぼぇっ!?」
直後、とんでもない声を出し、アイの体が円弧を描いてリングの端へ突っ込む。
……しまった。
いきなり走った痛みに驚いて思わずアイの腹をスキルの恩恵も乗せた拳で力一杯ぶん殴ってしまった。
内臓破裂とかしてないか……?
痛みの原因を探るために左手の甲を見る。そこの手袋はほぼはだけてしまっていて、人差し指の付け根から小指の付け根まで、真一文字にパックリと切り裂かれていた。
幸い、手袋のおかげなのか傷は自然治癒に任せても良いレベルで収まっている。
しかし、何故だろう?
俺は槍の穂先には触れず、柄の部分を押した筈だ。
あ、あの槍にささくれがあったとか?
『アホか!槍が風の刃を纏っていたんじゃよ!ささくれなんてあるわけなかろう。そんな物でその手袋を切れたらわしも驚くわい。』
なぁるほど。
納得したところでさっきからピクリとも動かないアイの元へ歩いて行く。
殴ったときにリング外へ転移してないから致命傷にはなってないはずだ。きっと……。
じわじわ死に近づいている、なんてことはやめてくれよ?
アイの側にしゃがみ、何をしたら良いか迷ったあと、とりあえず彼女の手首を持って脈を探す。
……あれ、無い?
嘘だろ。こいつに恨まれるのだけは絶対に嫌だってのに。
『もう遅いと思うがの。』
まぁ、確かに。
「うぅっ。」
と、アイが弱々しく呻いた。
なんだ、生きてたのか。
安心して体から力が抜け、すると掴んだ手からトクトクと脈が確かに感じられた。
「ふぅぅ、びっくりさせやがって。」
いやしかし、良かった良かった。
安心し、アイを腰の辺りからぐっと持ちあげて肩に担ぐ。
「ぐえっ。」
すると再び呻き、彼女は光に包まれて消えた。
遠くで水の音がする。
……今の衝撃で止めを刺してしまったらしい。
ま、結界が異世界人にも有効で良かった。うん、そう思おう。
ルナが置いていったマイクを拾い上げる。
はてさて、観客席の学生達にはどうやって誤魔化そうか。