68 予選③
「勝者、グラレズ!……ぜぇぜぇ。」
ヤバイ、もう喉が限界だ。いかんな、やっぱり叫ぶ練習とかを日頃からしておかないと。
一日中ぶっ通しで叫び続けるのは無茶だったか。
あー、痛てぇ。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。」
「もう声が掠れてしまっているじゃないですか!ここから先は私に任せて、ご主人様は喉を労ってください。」
「いや、でも。」
さすがに俺の本来の仕事を他人任せにするのはまずいだろう。
「ご主人様?」
ルナが凄む。それなのに綺麗なんだから凄いもんだ。
あ、だから凄むって言うのか?
『寒いわ。』
おう、悪ぅござした。
「はぁ、分かった。あとやることは今日決まった代表の発表と激励の言葉だけだから。」
「分かりました。」
「すまん、迷惑をかける。」
「いつも言っていますが、ご主人様はもっと私を頼ってください。奴隷の姿が主人の内面をよく表すと言いますが、主人の姿も奴隷の良し悪しを表すこともあるのですから。」
それだけ言うと、ルナは堂々とした姿でリングの真ん中へと歩いていった。
「魔法使いコース予選、一年の部、女性代表となったのはクラレス!皆さん、拍手をお願いします!」
観客席からの拍手喝采。
しっかし、クラレスは強かったな。圧倒的だった。
アリシアが動こうとするとそこから鋭いトゲを無数に突き出させ、アリシアの放った攻撃はさらに数段強い魔法を放って飲み込み、そのまま攻撃。
はっきり言うと、地力の差がもろに出た。
アリシアの戦術もあまりにも圧倒的な基礎戦闘力の差の前にはほとんど意味が無かった。
同じ魔法使い同士、しかも一対一では分が悪すぎたとしか言いようがない。
「あ、ちょっと待ってください!」
と、アリシアの声が聞こえてきた。
そちらを振り返れば、、彼女は何人かの学生に水から観客席へ引き上げられているところ。
しかし本人はその途中で何かを思い出したように慌てて水の中へ再び飛び込もうとしていた。
負けたのが悔しくて自殺なんてことはやめてくれよ?まぁ、アリシアに限ってそれは無いと思うけれども。
「どうしたアリシア?」
リングの縁まで歩き、水面を青い顔して見ているアリシアに声を掛けると、彼女は俺を見返し、小さく項垂れた。
「あ、コテツさん。……すみません、私、クラレスさんに手も足も出ず、負けてしまいました。」
「あー、はは、実際、あの場から一歩も動けてなかったしな。」
「すみません。」
笑うも、アリシアは申し訳そうにするばかり。
「あんなの無理ですよ!さっきの放送もそうですけど、バ、先生はアリシアに辛く当たりすぎだと思います!」
と、彼女を引き上げていた一人が俺に向かって怒鳴り、その他の学生もうんうんと頷いたり、一緒になって俺を睨んだりしている。
アリシアの友達かな?まぁ、その他の可能性はまずないだろう。
「皆さん、い、良いんですよ、実際、コテツさんの言う通りなんですし。」
「でも!」
「あっ!そんなことよりもイ、イヤリングを、コテツさん、イヤリングを水の中に落ちてしまいました!」
まだ言い足りない友人の声に重ねるように、アリシアが大きな声で言った。
あー、それで慌ててたのか。
「そんなの後でまた同じのを買い直せば良いでしょ?ほら、まずは上がって……」
「駄目です!あれはそんな簡単に買い直せるような物じゃ……」
アリシアが珍しく怒鳴り、それに一同全員が目を見開いて驚く。
各言う俺もだ。
ただ、確かにあのイヤリングはそう簡単には取り替えられない。あれは念話をしたい相手のイヤリングとの調整をしなければいけないのだ。
新しく作り直すのには専門の技術者が必要だし、時間も約一週間かかる。(イベラムでは冒険者の便利ツールとして既製品が売ってあるため、アリシア達は即日購入ができたらしい。)
ムキになるのは仕方ないのかもしれない。
爺さん、イヤリングって探せるか?
『前も言ったじゃろう?わしはその種類ごとにしか物を探せん。イヤリングなんぞ探した日にはその世界中のイヤリングが分かるわい。特定なぞ。』
おい、忘れたのか?お前はアリシアとネルを毒竜の巣で見つけたときの方法を。
『あー、他に何もないところで目立っておる奴を探し当てる方法か。』
この場合も使えるのか?
『うむ、可愛い信徒のためじゃ。任せい。』
そいつは良かった。
「アリシア。」
観客席とリング周りの水を隔てる壁の上から水の中を覗き込んでいる金髪少女の注意をこちらに向ける。
「すみませんでした!私の不注意で……「ちょっとこっちに来い。受け止めてやるから。」……はい。」
「「先生!」」
向こう岸から非難の声。
「あー、いや、怒ったりはしないから。」
笑って言うと、アリシアが彼女の友人達に何とか言って帰させた。
にしても、彼女が良い友達を作れてて良かった。
「行きます!えいっ!」
と、掛け声とともに濡れた塊が跳んできた。
構わず彼女をしっかりと受け止め、そのままリングの上に下ろし、俺は自分の耳のイヤリングを取り外す。
……このままじゃ衛生上良くないかね?
「アリシア、火を出してくれ。小さいので良い。」
「は、はぁ……?」
怪訝な顔ながら、アリシアは素直に火を出してくれた。
イヤリングを数秒間それで炙る。
「えっとコテツさん?何を……「イヤリングのあった場所を見せてくれ。」え?あ、はい、分かりました。……イタッ!」
向けられた耳の耳たぶに空いている小さな穴に俺のイヤリングを通すと、アリシアが急な痛みに驚きの声をあげた。
先に言っておくべきだったな。
「おっと、ごめんな。ただ、もう少しの辛抱だ。……よし。」
「えっと、あ!これは私の?」
耳に手を当てて驚くアリシア。
「いいや、俺のだ。」
首を振ってそう返した途端、アリシアが一気に赤くなり、
「そ、そんな、駄目です!わ、私が落としたんですから。」
慌ててそれを外そうとし出した。
やはり責任を感じているのだろう。でもこの方が色々と早く済むからなぁ。
イヤリングを外そうとするアリシアの手をそっも握って制す。
「大丈夫だから、気にするな。お前のは俺が後で取るから、な?お前はそいつでもし何かあったときはネルに連絡すれば良い。まぁ、今日か明日中には見つけるさ。」
「でもそれじゃあコテツさんと話せないです。」
「今までもそう大して話はしてないだろ?だいたいアリシアは日が沈んで数時間後には寝てるじゃないか。」
実に健康的な生活だと思う。
「へ!?な、なんでそんなことを!?」
「そりゃあお前がたまに寝相で耳に触ったか何かしたときに「すぴー、すぴー」って聞こえてくるからなぁ。あ、でも悪夢を見た日は……」
「わーー!」
恥ずかしさのあまり、真っ赤な顔で腕をブンブン振り回すアリシア。可愛いなぁ。
「もう、コテツさんなんて、コテツさんなんてぇ、ぐすっ。」
しまいにな涙目になってしまった彼女の頭に手を置く。
「アリシア……」
「ふぇ?」
間抜けな声を出す彼女についつい口角が上がってしまう。
「早寝早起きはこれからもしっかり、な?」
「うぅぅ。」
「よしよし、じゃあ抱えるぞ。良いな?」
イヤリングのことが頭から消えていったところを見計らい、俺はアリシアをお姫さま抱っこする。
「え!お、おんぶでも良いですよ!?」
恥ずかしさで抜け出そうとするも、俺はそれを許さない。
しかし、アリシアは自分が濡れているという自覚はないのだろうか?むしろそっちの方で恥ずかしがると思ってたんだけどな。
まぁ、言ったらもうアリシアの頭は恥ずかしさでパンクしてしまうかもしれないし、服が体にピタッと張り付いてしまっていることは俺の眼福ということで済ませておこう。
「よいしょぉっ!」
掛け声と共にアリシアを抱えたまま観客席へと跳んだ。
「私はそんなに重くありません!……よね?」
さあ?
『うむ、そこら辺じゃ。』
ら辺じゃ困るんだよ……
『そこじゃよ!これで良いか!?』
了解。
魔法使いコース予選が終わって学生達が全員撤収した後、俺はアリシアのイヤリングを探すために爺さんに一番良い入水地点を教えてもらった。
「ルナ、もし何かあったときはこいつで思いっきり引き上げてくれ。合図は……そうだな、ルナの手許を少し膨らませたり萎ませたりするから。そしてこっちのチューブは何があっても手放さないでくれ。」
そう言って黒魔法で作った縄とチューブをルナに渡す。
「私が潜ります。」
「黒魔法を使えば俺の方が確実に速く潜れる。」
「そ、そうかもしれませんけど。」
「ルナ。」
言い聞かせるようにゆっくりと話しかける。
「私はただ、ご主人様のことが心配で……」
「行ってくる!」
説得の言葉は思い付かなかった。
どんな言い訳も優しさの前には大抵無力である。
「ご主人様!?」
ルナの言葉を最後まで聞かず、俺は水中にダイブした。
さて、俺の水着は黒魔法製で、形は海パン。実質裸だという自覚は、まぁ多少はある。
地上と繋がったチューブを咥えれば、呼吸の確保は完璧だ。
黒魔法で簡単な取っ手を作り、それを握って魔力で底の方へ押す。俺の体は引きずられるように水の中をぐんぐん潜っていく。
リング下の最初の数メートルはただただ綺麗な澄んだ水しかないものの、数メートル先からは様相が変わってくる。
魚が増え、一気に賑やかになるのだ。
悠々と泳ぐ魚達は色とりどりで実に綺麗であるものの、そのほとんどが毒持ちだから食用には向かない。一方ですばしっこいのは食べられる奴だ。
解毒魔法の使えるアリシアと一緒なら食べられるんじゃないかと思ったけれども、爺さんによると、この世界では解毒魔法があるからこそ、毒持ちで食べられないと言われる魚の毒は全て即死級の物らしい。
ちなみにカダがたまに来てこいつらを数匹釣って帰ることがある。何らかの薬品に使うと言っていたものの、決して良い物じゃないだろう。
水中特有の静けさの中を潜っていく。
かなり深い。
上を見上げてみると円柱形のリングは手の平サイズになってしまっている。
辺りも暗くなってきた。
爺さん、イヤリングがどこにあるかをこの状態で探せるか?
『はぁ、お主の目は節穴か?後ろじゃよ。』
言われた通り振り向けば、小さな魚達の大きな群れ。色とりどりの魚というのも綺麗である一方、こうして同色の魚群が一体となって泳ぐ姿はそれと同時に壮大さを感じさせる。
波打つ鏡のようなその集団に目を凝らせば、イヤリングは幸か不幸か、ヒレの鋭く尖った魚達の中の一匹の、白色の背びれに引っ掛かっているのが見て取れた。
幸い、目の前の魚は悠々と泳いでくれているため、俺は同種の他の魚に紛れて見失いさえしなければ良い。
これ以上潜られたら周りが見えなくなるな……。ただし、驚かせたらいけない。
隠密スキルを発動し、目標へゆっくりと接近。細いワイヤーを素早く飛ばし、無事、イヤリングの回収に成功した。
よし。
イヤリングを握り込み、小さくガッツポーズ。
「ふぅ……ごぼっ!?」
胸を撫で下ろし、上昇前に一度息を吸おうとしたら口の中に海水が入ってきた。
塩っ辛くなる口の中。慌てて上を見ると、魚達がチューブに群がり、それを切ってしまっていた。
命綱の方も切られようとして……あ、切れた。
……ヒレで物を切る魚なんて始めてみたぞ。
チューブに群がっていた魚は、今度は俺に襲いかかってきた。全て俺がさっきイヤリングを取ったのと同じ種類。
外敵と認識されたのかもしれん。……いやはや逃げて欲しいのに向かってくるとは。
こちらの呼吸はかなり制限されている。これじゃあ泳いで上がる暇はない、か。
魔法で足元に板を作り、そのまま俺ごと水面へと急上昇。
対し、攻撃性のかなり高いらしい魚達は、その鋭いヒレで俺を傷付けようといっせいに突撃を開始した。
それを障壁を作って防ぎ、ナイフで突き刺して殺してしまいながらも、足場の上昇速度を維持。
俺の周囲は次第に赤く染まっていき、しかしそれでも鋭利なヒレを持った魚達は構成を緩めてくれない。
そして何とか魚達を振り切ったと思えば、次の瞬間、俺の体が地上に飛び出した。
つまりあいつらは俺を水面近くまで襲ってきやがったのだ。執念深いにも程がある。
足場の上昇を止め、水中用の装備を解除。
「だぁー、死ぬかと思った。はぁはぁ。」
新鮮な空気で肺を満たし、ルナのそばに着地。胸を抑えて荒い息を整える。
「大丈夫ですかご主人様!?海水が真っ赤になっていましたよ!?」
「ああ、大丈夫だ。あの血は全部魚の血だから。」
「魚、ですか?」
「見た目は可愛いのに、ヒレで物を切る物騒な奴だ。」
「ああ!毒のある魚ですよね?ち、血を飲んでしまっていませんか?怪我は?どこか苦しいところはありますか!?」
簡単な説明でルナはどんな魚か理解したらしく、慌てて俺の体を触り始める。
にしても、毒があってしかも攻撃手段もある魚、か。つくづく恐ろしい世界だ。
『うむ、もしお主が一ヶ所でも怪我しておったらそこから毒の混じった血が入り込んでしまう可能性はあるのう。』
はい!?
自分の腕や足には外傷はない。胴体にも傷がないことを確認。
「…………る、ルナ?お、俺の背中になんか傷とかないよな?」
言いながら背中をルナに向け、ロングコートを霧散させる。
「えっと?あっ!」
あァッ!?
「……問題ありません。魚の血でした。」
「はぁぁ、そいつは良かった。」
きもが冷えたぞ。
安堵の息をついて立ち上がり、手に入れたイヤリングを耳に付ける。
そんな俺をルナがじぃーっと物欲しそうな目で見ているのに気がついた。
「はは、そんな目をするなって。今度機会があれば買ってやるから、な?」
「本当ですか!?」
「ルナとも連絡が取れるようにしておきたいからなぁ。この先何が起こるか分からないし。」
勇者達がまだファーレンで過ごしていることから、戦争の時期はまだ先の方だと考えても良さそうではある。
それでもヴリトラの来襲という確定事項がある。
「……この世界はもう少し落ち着いても良いんじゃないか?」
「ふふ、世界に文句を言うなんて、別の世界からきたご主人様だけでしょうね。その内神様にも文句を良い始めそうです。」
「神様、ねぇ。」
……日頃から文句を言ってるな。
反省する気は毛頭無い。
あ、そういえば。
「ルナは邪龍ヴリトラについてどう思ってるんだ?」
たしかルナは古龍を神様に一番近いってことで信仰していたはずだよな?
「いえ、何とも。」
しかし件の彼女の返答は至極あっさり、味気ない。
「な、なんかないのか?尊いだとか、下劣だとか、ほら、カッコいいカッコ悪いとかでもさ?」
「邪龍ヴリトラは五柱の龍の親で、昔各地を侵略し、そして最後には天変地異を引き起こしたと言われる龍です。」
誰だって色々と思うところがありそうな龍だよな?
「でも、その、昔のことですから、あまり関係ないかな、とずっと思っていたので。強いて言うならユイを苦しめていた物の集合体、というところでしょうか?」
なるほど、歴史は嫌いか。
「ご主人様、何故ヴリトラの話を?」
あ、俺が異世界から来たことは話してあってもヴリトラ関係の事はユイを苦しみから解放することに関して以外は話していないんだった。
これはしばらく言わなくても良いだろう。
「えーと、ほら、あれだ。図書館で最初に目がついて借りてきた本があっただろ?あれがそのヴリトラについてだったんだよ。」
「ああ!ご主人様が毎夜寝るまで読んでいるあの本ですか。」
「え、ルナがしっかりと眠れるよう、お前が寝たあとに本を読んでいたはずだぞ……?」
「私は寝付きが悪いんです。いつも真剣に何を読んでいるのかずっと気になっていました。」
寝付きが悪くても早く起きれるなんて羨ましい限りだ。俺も学生時代にそんなことができれば良かったなぁ。