67 予選②
「ご主人様!大丈夫ですか!?」
フレデリックの勝利宣言をし、次の組のアナウンスをしようとしたところで、ルナが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「ん?何がだ?」
「て、てて、手です!」
焦っり切った顔で彼女が指差したのは俺の凍りついた手袋。
「あー、これか。大丈夫大丈夫。」
そう言って手袋を霧散させてやれば、同時に手袋を覆っていた氷もパリンと割れた。
「ほらな?」
無事な手をヒラヒラと振って見せ、俺は手袋を作り直して手に嵌めた。
「ほっ、良かったです。」
「心配してくれてありがとな。じゃ、二回戦と行くか。」
「はい!頑張りましょう!」
気合十分。俺も頑張ろう。
予定通りに試合を終えていき、一年生の男性枠はやはりフレデリックが代表となった。
一戦目でかなり消耗したらしい彼は、その後あまり大きな魔法というのは使わなかったものの、その飛行能力は健在で、飛び回っては堅実に相手を倒していっていた。
そして始まった一年生女性部門の試合も全力で実況しながら行っていき、個人的に一番興味のある組合わせの番になった。
「次の試合はアリシア対オリヴィアです!両者ここまではあっさりと勝ってしまいましたが、この一戦はどうなるのでしょうか!?」
俺の言葉と共に、呼ばれた二人がリングに上がってきた。
「まだまだ手札を温存している様子が両者から感じられましたね。この試合に勝った方は先程圧勝したクラレス選手と代表の座をかけて戦うこととなります。」
「ええ、アリシア選手はこれまでずる賢く立ち回ってきました。力の温存は完璧でしょう。」
実際、オリヴィアを含め、ほとんどの選手が相手を戦闘不能にしているのに対し、アリシアは大量の魔法を破裂させながら弾幕を作り、相手の場外で勝っているのだ。
[ずる賢くなんてありません!それにこの戦い方はコテツさんが教えてくれたんじゃないですか!]
[はは、そう怒るなよ。少なくとも俺は応援しているぞ。おっと、ルナ?]
「アリシア、頑張ってくださいね。」
[はい!]
俺のイヤリングを触れたルナがアリシアに念話を送ると、元気の良い返事が返ってきた。
……今度機会があったらルナにもイヤリングを買ってやろう。
「それで、オリヴィア選手はその堅実な戦い方とともに、接近戦もできるそうですね?」
ルナがマイクに再び話しかけ、俺も頷いて応対する。
「ええ、私が少しだけ手解きをしました。しかし、接近戦ができるのはおよそ貴族のお嬢様とは思えませんけどね。あはは。」
「ふふ、さてそんなお嬢様らしからぬお嬢様はずる賢いアリシア選手とどう戦うのでしょうか。」
おっと、オリヴィアがこちらを睨んできたぞ?
無視しよう。
「では魔法使いコース予選、準決勝!アリシア対オリヴィアを始めます。両者構えて!」
両者がそれぞれタクトを懐から取り出す。
「始めッ!」
実況開始じゃあ!
「…………合図と同時にアリシア選手がこれまでと同様、早速炎の球で弾幕を張りました!その全てがオリヴィア選手の周囲で破裂する!」
「この技に何人の選手が圧倒され、後ずさりすぎて水に落ちてしまったことでしょう。しかしこれでは接近戦に持ち込もうにも近づけません。オリヴィア選手はどうやってこれを切り抜けるのでしょうか?」
「あっとここでオリヴィア選手、氷の壁を目の前に作った!なんとそのまま弾幕を押し込んで相手へと走り出した!」
「ファイヤボールの破裂は派手であるわりに攻撃力はそこまでではないようですね。」
「それを看破できたオリヴィア選手は流石としか言いようがありませんね。ここでアリシア選手が炎の……や、槍ぃ!?」
「アリシア選手は魔法の造形が苦手でしたが、ファレリル先生との個別指導のもと、頑張ったようですね。」
「炎の球を連ねてファイアランスなんて言っていましたよねぇ。」
「ええ、成長したものです。」
[やめてください!]
と、アリシアの悲鳴に近い声がイヤリングを俺の震わせた。
「すまんすまん。」
笑って謝りながら、感動で湧き出た涙を拭う。
「ズズ……アリシア選手のファイアランスが氷の壁に激突!……しかし氷の壁は健在だぁ!威力が足りなかったのか!?まだまだ距離を詰めてくるオリヴィア選手!やはり接近戦に持ち込もうとしている!」
「あ、アリシア選手がウィンドカッターを放ちました。良い判断です。魔素の繋がりも断ち切れる風の切断魔法は魔法造形物とは相性が良いですからね。」
「しかしウィンドカッターは長い切れ込みを入れるだけで終わってしまった!だがアリシア選手、攻撃の手を止めるそぶりも見せません!次から次へと風の刃が氷の壁を襲い、削る!削る!削る!しかし、オリヴィア選手も怯まない!刃の嵐の中をさらにスピードを上げて突っ切っていく!」
「アリシア選手が先に氷の壁が削りきってしまうか、その前にオリヴィア選手が先にに決定打を叩き込めるか、ですね。」
「ついにオリヴィア選手の間合いにアリシア選手が入ったァッ!氷の壁は未だ削られきっておらず!対するアリシア選手、覚悟を決めたか、風の刃の攻撃を止めてしまった!」
「今のところ、オリヴィア選手に接近戦に持ち込まれて勝ったことのできた選手はいません。また同じ展開が繰り広げられそうですね。」
「いや、あの目はまだ諦めていない!何かを狙っているのか!?オリヴィア選手が透明な剣と化したタクトを振り上げる!とここでアリシア選手が魔法を発動!オリヴィア選手は大きく真後ろへ吹き飛んだ!」
「エア、いえ、この威力はウィンドボムでしょうか?オリヴィア選手が一撃を加えるために氷の壁を解除する、その一瞬を狙っていたようです。これでオリヴィア選手は接近戦をするにはまた距離を詰めなければいけなくなりました。あ、アリシア選手が何か唱え始めましたよ。」
「オリヴィア選手、空中で体勢を整え、着地……できない!なんと再び舞い上げられてしまった!」
「あれは……トルネード、ですね。古代魔法級を扱うほどの魔力があれば町一つを壊せるとした魔法で、対象を直接攻撃するよりも他の物に強くぶつけるといった用途で使われる物です。が、今回アリシア選手は単純に相手を真上に吹き飛ばしたようです。」
「アリシア選手、このままオリヴィア選手をリングの外に押し出そうというのでしょうか!?」
「空中では身動きは取りにくいですからね。オリヴィア選手には素早く対応を考える必要があるでしょう。」
「あっと!ここで竜巻が突然やんでしまった!オリヴィア選手は三回転してリングの縁に着地!何とか場外を免れた!さぁ、両者どう出る!?」
「どうやらオリヴィア選手、瞬時に逆回転のトルネードを発動させたようですね。それも詠唱を止めずに。さて、オリヴィア選手は相手がそう簡単に接近戦をさせてくれないことは分かったようですし、アリシア選手は相手の場外負けを狙うことが難しいことも知ったと思います。ここで作戦を新たに組み立てるのか……」
「隠してきた切り札を一つ使うか、ですね。」
「ええ、その通りです。これまで通用してきた作戦を敢えて続行する可能性もありますが。その可能性は低いでしょう。」
「オリヴィア選手が詠唱を始める。そしてアリシア選手はついに動きだした!」
「これは……先程までとは真逆の行動のように見えますね。」
「しかしまぁ、こういうこともあるでしょう!アリシア選手、再び弾幕を張り始める!」
「ファイヤボールの量が前までとは段違いです。」
「ええ!これにはさすがに相手も……っ!オリヴィア選手、最初と同様の氷の壁を張ったぁ!詠唱は中断してしまってい……ない!?」
「詠唱しながらこれほどの魔法も使えるなんて、さっきのトルネードのときもそうですが、とても器用ですね。」
「このままではまずいと判断したか、アリシア選手、尚も真っ直ぐ相手に接近!氷壁を連続して魔法の炎が叩く!」
「彼女は素晴らしい魔力を持っていますね。ファイヤボールがかなり初歩的な魔法であるとはいえ、ここまで全く勢いが衰えていません。」
「それに対し、オリヴィア選手は詠唱を続け、まだ氷の壁で耐えている!ここでアリシア選手が弾幕に炎の槍を混ぜ始めた!急激に温められた氷にヒビが入っていく!」
「炎の槍を織り混ぜていながら弾幕を切らすことがありませんし、それによって疲弊している様子も全く見えません。本当に素晴らしい魔力です。」
「かなりの魔力を持っていることはこれまでの戦闘で明らかですね。ただずる賢いだけではありません。おっとここで氷の壁が崩壊した!しかしオリヴィア選手の詠唱もここで終了したようです!一体どんな魔法が使われるのかぁ!」
「あっ、オリヴィア選手がタクトを振りかぶりました。しかし、アリシア選手の位置は一般的なウィンドブレードの間合いよりもはるかに遠いです。このままでは弾幕に身をさらすことに!?」
「とここでアリシア選手が魔法を中断!前に飛び込む!何が……っ!なんと!先程までアリシア選手のいた位置に長い切れ込みが!これは、詠唱によりウィンドブレードの間合いを伸ばしたのか!」
「他に考えられませんね。アリシア選手もよくそれに気づいてかわしましたね。しかしここからどうするのでしょう?オリヴィア選手の間合いに飛び込む結果になってしまいました。」
「オリヴィア選手がタクトを再び振り上げる!ここまでが全て計算通りだったとでも言うのか!?」
「だとしたら凄い物ですね。しかし、素晴らしい試合でし「いや、まだだ!」えっ、あっ!」
「降り下ろされる刃をアリシア選手がウィンドブレードで受け止めたッ!これには観客一同も唖然!しかしやはり一番驚いたのはオリヴィア選手でしょう!」
「ええ、しかしオリヴィア選手も未だ冷静さは失っていません!不測の事態にオリヴィア選手は素早く後ろへ……あ!」
「……行けない!後ろは水だ!アリシア選手、オリヴィア選手の計算を上回ったか!?アリシア選手が左手をオリヴィア選手に向ける!」
「これはウィンドブロウでしょうね。強い突風を生み出し、場外に落とそうという魂胆でしょう。」
「オリヴィア選手、他の選手同様、場外負けとなってしまうのか!凄まじい風だ!ん?なんだ!?両者の動きが止まっている!?」
「オリヴィア選手が咄嗟にウィンドボムを自分の真後ろに発動させて耐えたようです!しかし、その反動は大きかったのか、こちらも即座に動けていません!」
「一方でアリシア選手も困惑している!そして先に動いたのはオリヴィア選手!真横に転がって何とか窮地を脱しました!」
「状況の把握ができていた分だけ早く動けたようですね。」
「アリシア選手、我に返って相手を追う!対するオリヴィア選手は……迎え撃った!やはり接近戦には自信があるようです!」
「これはアリシア選手のミスですね。焦ってオリヴィア選手わ追いかけてしまいました。しかし、これでは相手の得意な盤上で戦うことになってしまいます。」
「オリヴィア選手がタクト、いや、剣を薙ぐ!アリシア選手もそれを剣で受け、攻める!魔法使いの剣舞がここに始まりました!」
「アリシア選手も接近戦の練習を?」
「まぁ、アリシア選手は元冒険者ですから。剣士の動きを見る機会は何度もあったでしょう。見よう見まねってところですね。……うーん、やはり魔法使いの剣舞は精彩に欠きますね。接近戦は避けるように言ってあるはずなんですが。」
「剣と言っても刀身はなく、全部魔法ですから、鍛えていなくともただ振り回すだけで鋭い斬撃を行えますが、お互いに剣を受けるか攻撃するか、この二択になってしまっています。もう少し駆け引きのような物がないと戦士コースの学生には太刀打ちできませんね。」
「ええ、言っては悪いですが、魔法使いの剣舞というのはその魔法使い本人が圧倒的な力を持っているか、何らかの方法で得るかをしなき限り、正直子供の遊びと大して違いはありませんからね。…………おっと!オリヴィア選手が反対の手から電撃を放った!」
「あれはエレキショックですね。同時に2つの魔法の行使。やはりオリヴィア選手、器用です。」
「電撃がアリシア選手に直撃!アリシア選手の動きが一瞬止まる!そこを見逃しません、オリヴィア選手。すかさず剣を突いてくる!狙いは相手の腹のど真ん中!これは避けられない!あーっと!」
「アリシア選手はどうやら急所に当てることだけは避けられたようですね。」
「アリシア選手、身を捩って何とか敗退を免れた!刃は彼女の脇腹を薄く切り裂くだけに終わりました!だがしかし、オリヴィア選手まだ追撃の手は緩めない!再び剣を突きだした!アリシア選手、ギリギリでこれを受け止めることに成功!オリヴィア選手が剣を押し込む!アリシア選手は今の体勢では剣に力を込めきれない!オリヴィア選手がアリシア選手をリングの縁までぐいぐい押し込んでいく!」
「流石は接近戦好きですね。力は見た目よりもあるようです。」
「鍛えることが接近戦で有利になるかなり初歩的な条件だと言って聞かせていましたからね。あーーっ!アリシア選手、片足がもうリングの縁に付いてしまった!もう後がない!やはり接近戦はオリヴィア選手に分があったか!?オリヴィア選手、最後のもう一押……し?どういうことだ!?オリヴィア選手が忽然と姿を消しました!レイス選手と同じ技か!?」
「今更姿を消しても意味はないと思いますが……。アリシア選手はまだ立っていますね。タクトを持っていない左手を突きだしていますが、何が起こったのでしょう?」
「はたしてオリヴィア選手は……いました!リング外の水の中です!オリヴィア選手、アリシア選手に負けてしまいました!ゴホッゴホッ!な、何が起こったのか分かりますか、ルナさん?」
叫びすぎてむせてしまい、ルナに後の解説を頼む。喉が泣くほど痛い。
「え、えーと、」チラッ
あれ?どうやら分かっていなかったようだ。
俺はルナにだけ見えるように左手からニョキッと槍を生やしてみせる。
ルナが理解の色を示し、マイクに向かって叫んだ。
「アリシア選手、左手に緑の魔素を集めて二本目の剣を作り、それでオリヴィア選手を貫いたようです!この発想はありませんでした!」
観客席から拍手が起こる。
……アリシア、よく頑張ったな。
「勝者!ゴホッ、アリシア!」
俺の喉も、よく頑張った。今日一日、持つかな?