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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第三章:不穏な職場
66/346

66 予選①

 ついに魔法使いコースの学園大会予選の日がやってきた。

 「コテツ、審判はくれぐれも公平にするのよ!分かっているわよね?」

 と、職員室でファレリルにおっかない顔で念押しされたのもあり、俺は今若干の緊張を感じながらコロシアムリングの上に立っている。

 これから戦うのは腕に自身のある志願者のみ。志願していない魔法使いの卵達は観客席に座って見学だ。

 さて、今回俺のやるべきことは以下の4つ。

 1.開始の合図

 2.制御を失い、対戦者以外へ危害が及びそうな魔法の防御

 3.学生が戦闘不能となったとき、或いは明らかに敗北が決まったとき、その学生へのそれ以降の攻撃の阻止

 4.勝敗の判断と宣言

 とまぁ、至って普通で、簡単なことだ。

 3つ目がおそらく一番難しいけれども、そう構える程のことはない。

 なにせこのリングには俺のトーナメント戦のときと同様の、致命傷を回避する結界が張ってあるのだ。

 3つ目はただ、学生が攻撃のされ過ぎで精神的ダメージを負わないようにと言っているだけ。

 つまり俺は激しい攻撃の応酬にわざわざ踏み込まなければいけない訳ではなく、ただやり過ぎを止めれば良いのである。

 「ご主人様、これを。」

 頭の中で仕事内容を反芻していると、やってきたルナがハンディサイズの茶色の直方体を渡してくれた。

 中に魔法陣の刻まれた板が埋め込まれているらしいこれは、このコロシアムでのアナウンスをするときに使うための、所謂マイクである。

 「お、ありがとう。ていうかルナ、その帽子は寝るとき用じゃ……?」

 受け取り、目線を少し上げれば、ルナの頭に俺が作ってやったニット帽が乗っかっていた。

 「駄目ですか?」

 指摘されると彼女は両手でそれを抑え、上目遣いでそう聞いてきた。

 ……ドキリとするからやめて欲しい。

 「まぁそうは言わないけどな、周りが聞こえにくくなるんじゃないか?」

 実際そのために作った物だし。

 「うっ。でも気に入ってしまったので。」

 「はぁ……、ま、大丈夫かな。」

 「はい、戦闘のときはちゃんと脱ぎますから。」

 なら良いか。

 マイクの上部にある突起に無色の魔素を込め、内部に組み込まれている魔法陣を起動。この魔素の量を調整することで音量調節もできるのだ。

 「アーー、アー、マイクテスト、マイクテスト、よし。」

 コロシアム周りのスピーカーから俺の声が流れ出る。

 そうしてマイクの調子や適度な魔素の量を確認し、最後に深呼吸して自分に気合いをいれた。

 「ではこれより、魔法使いコース、学園大会予選を始めます!」

 叫んだ途端、ワァッと盛り上がる観客席。

 「さて、まずは反則事項です。一つ、魔法の詠唱や魔素の集束は審判が始めの合図をするまでは行わないこと。一つ……」

 淡々と反則行為を述べていく。反則行為は外部からの援助の禁止など、考えてみれば当然というようなものばかり。

 特段気を付けるべき物はない。

 「ではまず第一試合!三年!デニスVSレイス!」

 俺が叫ぶと同時に呼ばれた学生達がリングに上がってくる。彼らはお互いに一礼し、審判の俺にも一礼。そしてそれぞれの魔法発動体を構えた。

 その両者の間に立ち、俺は手元のマイクを口元に近付けて、空いた片手を天に伸ばした。

 「両者、ルールに則り、全力で戦うように!……始め!」

 合図と共に手を下ろし、ルナの元まで下がる。

 「ファイアバード!」

 「フロストスピア!」

 直後、二人の魔法が発動した。

 火の鳥が不規則な軌道でレイスを狙い、氷の槍は三方向からデニスに迫る。

 それをそれぞれが対抗魔法や身のこなしで対応したかと思うと、同時に次の魔法が放たれる。

 絶え間ないその繰り返しによる鮮やかな色彩は傍から見ている分には何とも綺麗だ。

 ただ、何かとインパクトに欠ける気がする。

 たしかに派手ではあるものの、魔法を放ち、魔法を防いで魔法をまた発動の繰り返しだから単調になるのも仕方がないのかもしれない。

 ……よし。やってみるか。

 魔素を流してマイクの感度を少し上げ、再度口元に近付ける。

 「ご主人様?あ、ふぁぁ。」

 それに気付いたルナが不思議そうにこちらを見、つい小さな欠伸を漏らした。本人はハッと少し遅れて自分の口を両手で隠したものの、もう遅い。

 思わず笑ってしまう。

 試合に面白味がないと感じていたのは俺だけでは無かったらしい。

 それじゃ……

 「さぁさぁ始まりました、学園大会魔法使いコース枠予選!まずは三年生どうし、第一試合は人間族デニス対魔族レイス!」

 ……見よう見まねの実況の始まりじゃあ!

 いやぁ、一度はやってみたかったんだよな。

 「デニス選手は赤、レイス選手は青の魔法を得意としているようですねぇ?ルナさん。」

 急な事態にポカーンとしているルナの目の前にマイクを差し出す。

 しかし賢い彼女はすぐに何をすべきか分かってくれ、ぐっと握りこぶしを握り、マイクに向かって口を開いた。

 「ええ、二人とも素晴らしい魔法です。総じて赤の魔法は青の魔法に弱いと言いますが、デニス選手がどのような戦い方をするのか、楽しみです。」

 これで良いですか?と首をかしげてこちらを見るルナにグッと親指を立ててやり、マイクを俺とルナの間に持って、それに流す魔素量を増やす。

 「ええ、そうですねぇ。一体どうやって魔法を相手に確実に当てるか。見ものです。おっと、両者動いた!」

 ルナ同様、急に始まった実況で一瞬呆気に取られた選手達は、ようやっと試合に集中し始めた。

 観客席の興奮も高まっているのが分かる。

 「先手を取ったのはレイス!氷のつぶてがデニス選手を襲う!と、デニスが巨大な炎の塊をレイス選手に放つ!レイスの魔法は火に飲み込まれた!」

 「良い判断です。守りか回避に専念するところを攻撃で凌ぎましたね。」

 ルナが解説役を請け負ってくれた。ありがたい。

 「これは当たるのか!ファーストヒットはデニス選手が持っていくのかぁ!?炎が炸裂ぅ!なんて威力だ!これはレイス選手への痛恨の一撃となったか!?」

 「デニス選手はかなり魔力を使たようですね。でもそれなりの効果はあったと……あれ?」

 「ん?んんん?レイス選手がいない!忽然と姿を消しました!一撃、たったの一撃でこの勝負は決まってしまったのかぁ!?」

 「いえ、どうやらリングの外に強制転移させられてはいないようです。」

 「ということは!?」

 「ええ、回避に成功したのでしょう。」

 「どうなっている!?デニス選手も相手を見失ってしまっている!どこだ!?どこから攻撃が放たれるんだ!…………おっと!?これは?」

 「デニス選手、レイス選手への挑発を始めましたね。探すのは無理と判断し、相手に姿を現させようとしています。」

 「デニス選手、ついに座り込んでしまったぁ!これには観客席も動揺を隠せない様子。どう思いますか、ルナさん?」

 「挑発にしては少し無用心過ぎますね。これでは相手が姿を現したとき、反応に遅れてしまいます。」

 「何か考えがあるのか!?おっと!デニス選手が吹っ飛ばされた!」

 「あ、どうやらレイス選手は姿をくらます魔法を会得しているみたいですね。」

 「ええ、てっきり上空へ飛び上がったものとばかり……。と、またデニス選手が吹っ飛ばされた!デニス選手、もう後がない!ここで終わってしまうのか!?……おや?」

 「あ、デニス選手が詠唱をし始めました。」

 「何か起死回生の策があるとでも言うのか!?一体どんな魔法なんだ!?」

 「まだ試合が始まってそう時間はたっていません。両者、どのような隠し札を持っていてもおかしくありませんよ。」

 「ほほう、これはまばたきなんかしている暇はないかもしれませんねぇ。…………まだ来ませんねぇ。レイス選手は様子見をしている、というところでしょうか。」

 「やはりここまできたのに迂闊に近付いて返り討ちに合うことは避けたいところでしょう。」

 ルナが言い、少しの間ができた。

 リング上には大した動きはない。実況もできないな。

 何か話題を……

 「今日の天気は晴れ。少し肌寒いような気もしますが、そこのところ、勝負にどう影響するでしょうか、ルナさん?」

 「そうですね。獣人族の私としては快適ですからいつもよりも良いパフォーマンスが行えるかと思います。」

 「はてさて、獣人族に快適な気候はこの勝負の勝敗を分ける要因と成りうるのか!?……っとついにデニス選手の魔法が発動!炎が渦となって彼を取り囲んだ!これは!?」

 「ブレイズトルネードですね。加えて自分を取り囲むようにして炎を作り出しているので、精密な制御が必要な高度な魔法です。」

 「これはレイス選手も迂闊に近づけない!……なんと!ブレイズトルネードの側面に穴が開いたぁ!どうなっているんだ!?」

 「上手ですね。青の魔法で炎の竜巻に一瞬だけ穴を開けて中に侵入して見せました。」

 「レイス選手、見事な魔素コントロールだぁ!さぁ、デニス選手、どうする!?、ここからはなにも見えない!」

 「……あ、デニス選手が竜巻から転がり出てきました。」

 「デニス選手、うつ伏せのまま動かない!ピクリとも動かない!」

 「これは勝負あったのではないでしょうか?」

 「そのようですね。ごほん……第一試合!勝者!レイス!」

 レイスは俺の方へ一礼すると、リングから降りていった。

 倒れたデニスは彼の友達数人に運ばれていく。

 殺せば一気に怪我やら何やらが治るものの、さすがに何の罪もない人を故意に殺すことはできないよな……。

 「いやー、良い試合でしたねぇ。」

 「ええ、しかしこの試合、一番最初にやって本当に良かったのでしょうか?」

 「まだまだ一試合しか見ていません。この後もたくさんの試合が控えています。むしろ一試合目でこれだけ良い試合を見ることができたのだから、次回の試合もきっと期待のできるものでしょう。」

 そんなこんなでルナとともに数々の試合を実況+審判していき、三年生と二年生からの予選突破者二人ずつが決まった。



 そして昼御飯の休憩を挟み、いよいよ一年生の番である。

 「午前は激闘でしたねぇ。三年生のあの魔法のバリエーションもさることながら、二年生は技巧を凝らしていました。さて、次からは一年生の予選です。」

 「その実力は未知数ですからまだなんとも言えないでしょうね。」

 「ええ、入学試験で私に攻撃ひとつ当てられなかった学生達がこの半年でどこまで成長し、一体どのような戦いを見せてくれるのか。実に楽しみです。」

 言うと、観客席の一角にいる一年生全員に凄い目付きで睨まれた。

 「ごほん、さて、 魔法使いコース予選、一年生の部、第一試合はフレデリック対シンバ!」

 「たしかフレデリック選手は入学試験を首席で合格したのですよね。」

 「ええ、しかし、あれから既に半年の間があります。入学試験だけで判断なんてしてはいけません。」

 二人の間に立ち、始めの合図を行う。

 「……では、両者尋常に、始め!」

 魔法が飛び交うと思いきや、二人ともその場から動かなかった。

 「これは……」

 「動きませんね。どうも、両者詠唱から始めるようです。最大火力で決めようと言うことでしょうか?」

 「さて、一体どんな魔法が使われるのか!?」

 俺がそう叫び、辺りはすっかり静かになってしまった。

 ここで情報をいろいろ開示したり雑談を入れて場を取り持つのがプロだが、俺の持っている情報は勝負に支障を来しそうだし、雑談の話題なんか持っていない。

 長い沈黙。

 「……っと、シンバ選手の詠唱が終わったようです。シンバ選手から無数の触手が伸びる!」

 「あれはフレイムヒュドラですね。触手ではなく、一つ一つが蛇の頭となっていて、そのそれぞれを自由に操作する魔法です。長い詠唱は集中を高め、精密な動きを行うためでしょう。」

 「なるほど!そして飛びかかる炎の蛇をひたすら避けるフレデリック選手!回避に徹するしかないようで……いや、まだ詠唱を続けています!」

 「まだ余裕があるようですね。」

 「ええ、一体どのような魔法を使うのでしょう。おっと危ない!いやはやフレデリック選手、上手くかわしています。しかし、凄い猛攻だ。と、たまらずフレデリック選手が高く飛び上がる!」

 「しかし詠唱は途切れていません。まだまだ行けるようです。」

 「フレデリック選手がリング上を縦横無尽に飛び回る!なかなか攻めるきっかけを得られないのか!どうですか、ルナさん?」

 「フレデリック選手の機動力に目を見張るものがあるのは確かですが、シンバ選手がせっかく作った蛇をただ単純に振り回しているだけのようにも見えますね。もう少し周りから攻めるなど、しっかりとした動きも考えないとあっさりかわされてしまいます。」

 「なるほど、シンバ選手はまだ伸び代がある、と。」

 「ええ。リング周りの結界はドーム型ですから追い詰めるのはそう難しいことではないと思います。」

 「はたしてシンバ選手はどのような作戦を……あ!フレデリック選手の詠唱がついに終わった!」

 「一体どのような魔法を見せてくれるのでしょう。」

 「シンバ選手、先程までよりもさらに激しい攻撃をしかける!蛇の動きも豪快だ!」

 「シンバ選手もフレデリック選手の詠唱が長かったことから警戒しているようですね。魔族である彼が詠唱を行ってまで使う魔法ですから気持ちは分かります。」

 「上昇!後退!下降して旋回、また上昇!フレデリック選手はなおも軽々と蛇の間を抜けていく!」

 「先程と重なりますが、あの飛行能力は素晴らしいですね。制動もかなり完璧に近いです。しかし飛行は歩行よりも多くの力を必要とするため、早く疲れてしまうと聞きますが、いつまで続くのか……あ。」

 「なんと!フレデリック選手、ついに動きが止まってしまったぁ!やはり長時間の飛行は辛かったのか!?すかさずシンバ選手が炎の蛇の大群でもって攻撃!」

 「いえ、見てください。フレデリック選手がその両手を目の前から押し寄せる蛇の大群へと向けました。これは迎撃するつもりなのでしょうか?あ!魔法が放たれました!」

 「真っ白な光線、でしょうか?たった一筋の光線がのたくる炎の蛇と対抗、いや、押し返している!?」

 「あ、あの魔法は!?……(ご主人様、分かりますか?)」

 ルナがコソッと耳打ちしてきた。

 知ったかをしたようだ。

 爺さん、ヘルプ。

 『古代魔法フリージアじゃ。しかし、あのクラレスとかいう娘のイグニスと違って形を一極集中させておるな。まぁ、あの娘がそれをできないかどうかはともかく。』

 ありがとさん。

 「(古代魔法フリージアだ。)ルナさん、分かるんですか!?」

 さて、ここはルナの茶番に乗ってやろう。

 「……ええ、こ、古代魔法、フリージアです!」

 ルナの声に観客席が動揺し、ざわめく。

 上手い上手い、役者になれるぞルナ。

 「古代魔法!?それは凄い!っと、フリージアがシンバ選手の目の前まで迫る!シンバ選手、これで終わってしまうのかぁ!?」

 「いえ、シンバ選手の目はまだ負けていません。」

 「ええ、あァァっと!シンバ選手が雄叫びを上げた!呼応して蛇が光線をジリジリと押し返し始めている!?」

 「これは、もしかするともしかするかもしれませんね。」

 「シンバ選手、古代魔法に打ち勝つことが……とここで蛇の進行が止まった!止まりましたぁ!両者の真ん中、力が拮抗しています!」

 「やはり気持ちの強さというものも重要になってくるんでしょうね。魔法の質としては明らかに古代魔法であるフリージアが勝っていますが、シンバ選手のフレイムヒュドラも負けていません。あっ!」

 「蛇の数が一本ずつ減ってしまっている!?シンバ選手、長時間のフレイムヒュドラの発現、維持、操作、そしてフリージアへの対抗で限界を迎えたのか!?」

 ……考えてみれば凄いもんだよな。

 蛇の数が8、7、6、5……4…………3匹、と減っていく。

 しかし押されているシンバには何か特殊な動きを見せる様子はない。

 もう勝負あったな。

 右手袋に大量の黒色魔素を込めて防御力を上げる。

 俺はシンバに駆け寄って彼を横から突き飛ばし、向かってくるフリージアを強化された右手袋ではたいた。

 フリージアの光線は力の向きを変えられてそのまま進み、リングの一部を凍らせて終わる。

 「勝負あり!勝者、フレデリック!」

 マイクに向かって叫び、宣言すると、観客席は今日一番に湧いた。

 無理もない。

 この勝負では様々な魔法のバリエーションも凝らされた技巧もあまり目立たなかったが、滅多に見られない強力な魔法が使われたんだから。

 うん、良い試合だった。

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