64 考察
明るい緑色の湯に頭まで浸かり、一旦乾いてしまった頭部をどっぷり濡らして気分転換。
「ぷはぁ、さて、そろそろ俺の任期も折り目だし、良い機会だ。裏切り者が誰なのか考えてみますかね。」
まず、今まで俺が確認した、明らかに裏切り者が行ったと分かることは、
1.学園の敷地内への手引き。そして彼らの案内もだ。このときは俺が殲滅してしまったから案内は行われなかったけどな。
2.合宿の日程の正確な把握。俺自身がおおよその日程を学生に対しても話したので裏切り者の関与があったかどうかは分からない。ただ、合宿中の肝試しのとき、クラレスのいる班の番の少し前にヴリトラ教徒は現れ、近くに潜んだのだ。順番や肝試しの班を決めたのはその日の内だったにも関わらず、だ。
3.クラレスとアリシアが本当に誘拐されかけたときの学園への侵入と脱出の手引き。ただでさえ1のときで侵入への警戒が高まっていたのにも関わらず、あの量のヴリトラ教徒が侵入したのだ。そしてクラレスの誘拐を達成するなり流れるように飛行船乗り場へ直行。誰かが手伝わないとほとんど不可能だろう。
ま、この3つかな。
さて、1は置いといて、2から学園の主要教師である四人の中でファレリルがかなり怪しく見えてくる。合宿に付いてきたのはファレリル一人だけだったからな。
ただ、ファレリルには方向感覚が無いに等しいので、侵入者の正確な手引きは難しいだろう。方向音痴とは酷い理由ではあるものの、あれは断じて演技ではない。流石に酷すぎる。
ファレリルは一旦保留、まぁ、限りになく黒に近いグレーってところ、と。
となると、次に怪しくなってくるのはラヴァルか。
ラヴァルはたしかに合宿には来ていない。しかし合宿場所への転移はいつでもできると言っていた。肝試しがあったのは授業の無い夜の時間帯だし、ヴリトラ教徒が魔法陣の近くにいれば俺達の動向を監視して的確なタイミングでの指示を出すことは可能だろう。
敷地内への手引きに関しては、ラヴァルは長い間ここに勤めているし、城の隠し通路なんて物も知っているかもしれない。それにそもそもあいつは魔術の達人だ。
敷地内への転移を阻止する魔法陣にも詳しい。そこに何か抜け穴を見つけている可能性もある。ついでにラヴァルが方向音痴だなんてことは聞いたことがない。
……何だか一番怪しくなってきたな。
でも、これはまだ推論であって決定打になる物がない。こいつはかなり怪しいけれども、今は保留である。
「はぁ、ラヴァルが裏切り者だった場合、果たしてニーナは大丈夫なのかねぇ?」
ラヴァルとニーナはかなり長い付き合いみたいだし、お互いにそれなりの好意も見えるしな。
ちなみにニーナ自身が裏切っていて、俺に魂片を集めさせているという可能性は低い。魂片を片方俺に預けているのもあるし、もし本当にニーナが裏切り者だった場合、一年間しか勤務しない俺にこのヴリトラの話を持ち出したことはおかしい。
裏切り者が自分自身ならばあの主要の五人の誰か、特にニーナに甘いラヴァルにこの話を持ちかけて手駒のように動かせば良い話である。
さて、残る二人を考えると、彼らには合宿に来る手段が無い。まぁ、俺が知らないだけで転移魔術を使える可能性も無いわけじゃないから、それだけで無実だとは決め付けられない。
手引きに関してもそうだ。あの二人が実はどれだけこの学園について詳しいのか、俺には想像もつかない
ただ、さっきのカダの話を信じるのならば、彼には他の三人にはまだあるかどうか分からない、動機が確実に存在する。
最終的に、要は、結局と、まぁ色々な言い方はあるけれども、つまり今回考えた結果、教師の中で怪しいのは順に怪しさ順にラヴァル、カダ、ファレリルとなる。
……。
「くはっ、こいつは酷い。」
思わず声に出してしまう。
まぁ、笑わないとやってやれないのは本心だ。
何せ半年もかけて考えた結果、容疑者四人の中から一人しか除外できなかったのだから。しかもそれですら無実を確定する証拠は一つもない。
ニーナが裏切っていないことを確認できただけマシか?
しかし、それですらも推論の域を出ていない。裏切り者である可能性が百パーセントの奴も零パーセントの奴も割り出すことはできなかった。
「はぁぁぁ。」
ため息を吐き、星一つ無い、真っ黒な空を見上げる。するとさっきまでの悩みが何かどうでも良いように思えてきて、気が楽になった。
『それを現実逃避と言うんじゃよ。そしてその空のずっと先にわしはおるぞ。』
ああ、そう言えばため息は幸せを逃がしてしまうんだった。失敗したな。
『何を言うておる。お主のため息の中には幸運なんて残っとらんわ。』
やめてくれ。今その言葉にはかなりの信憑性があるから。
『ったく、裏切り者なんか見つけてどうするんじゃ。お主にはたしかに化け物じみた力があるが、それは人間基準の話じゃぞ。筋力そのものは本気になった獣人やドワーフと互角程度じゃし、魔力は桁外れでも扱えるのは黒と無の魔素だけじゃということを忘れておらんか?』
地力で敵わないなら機転を効かせるさ。
それに爺さんは分かってないみたいだけどな、俺の今の魔力は桁外れで済ませて良いほどの代物じゃなくなってるぞ。
『どうせわしの作った神剣カラドボルグの技をほぼ再現できるとか言うのじゃろう?』
ほぼじゃない。楽に完全再現ができる。土葬から落雷までな!
『ふぉっふぉっふぉっ、落雷と言うてもお主のはただのギザギザの棒じゃろうに。わしもお主の修行を見ることがあるんじゃからな?そこのところ分かっておるか?』
再現は再現だ。雷の絵だって絵の具でできてるだろう?アレと同じことだろ。
『何を言うておる。魔法陣の幾何学模様でさえ満足にかけぬお主がしっかりとした雷を作れたとでも?』
うるさいやい!
事実、俺の雷はかのピカソも真っ青な代物である。
いやぁ、雷ってただギザギザだって訳じゃないんだよな。あの格好良さにはちゃんとした美学があるらしい。
『で、気は楽になったかの?』
ああ、まぁ、お陰さまでな。
爺さん、本当にお前の力じゃ裏切り者は見つけられないのか?
『その気になればできんこともないがのう、わしの力をかなり加えて人の心を覗けば良いじゃろ?じゃがその場合、世界を支えるために使っておる力の制御が疎かになってしまうかもしれんのう。』
そうしたらどうなるんだ?
『うーむ、最後にそんなことをしたのはヴリトラの封印に力を貸したときじゃな。あのときはあちこちで天変地異が巻き起こったのう。』
あー、じゃあいいや。ただの人探しで天変地異を起こされたらたまらない。
あれ?ちょっと待てよ、ヴリトラが起こしたって言われている天変地異ってお前のせいだったのか?この前図書館から借りた本には地割れやら竜巻やらダウンバーストやらの天変地異の方がヴリトラの災害としては有名だったぞ?
『ヴリトラにそんな力があるわけなかろう。あれは邪龍やら何やらと呼ばれておるが大元をだせば魔法を司る龍、いわば魔龍じゃ。』
じゃああの天変地異のオンパレードはお前のせいかよ。
『あのときはわしを崇める神官が、それも十人が自らを生け贄として犠牲にしたからの、わしも本気を出さざるを得なかったのじゃ。』
おい、今かなり物騒な響きの言葉が聞こえてきたぞ?
『物騒も何もわしを信じたものがその命を捨ててまで祈ったことじゃぞ?応えないわけにはいかんじゃろう。』
はぁ、そういうもんなのか?案外義理堅いのな。
『いや、義理堅いも何も死ぬまで飲まず食わずでたった一つの願いを一心に祈られたら流石にわしも無視しきれん。それも十人じゃぞ?十人。……たった一人でも協力を考えるというのにのう、わしには断れんわい。』
あれ?そういや赤ちゃんとかを生け贄に捧げるとかじゃないのか?
『少なくともわしのために赤子を殺したとして、わしはただ引くだけじゃぞ。』
おかしい、俺の中の生け贄の儀式のイメージと違う。ま、いいか。宗教に文句を言ったって面倒くさいことになるだけだし。
しかしまぁ、攻撃することさえかなわない神なんてただの脅威でしかないよな。ヴリトラにダメージは負わせられるんだよな?
『ヴリトラも古龍じゃ。攻撃を当てられたとしても大して意味はないのう。』
無理ってことか……まずいな、どうしよう。
神威を任意に出せる魔法陣とか教えてくれないか?
『そう軽々しく神の力を与えるとでも?』
いや、ほらちょっとだけ、ね?ちょこっっとだけ。
『はぁ、わしがお主に教えた魔法陣と大して変わらんよ。一週間飲まず食わずでその存在を神へ近付けられればあの魔法陣ですぐにでも扱えるようになるわい。』
アホか。そんなことしたら戦う力が無くなるわ。
対抗策って何か無いのか?本当になすすべなしないのならヴリトラの魂片を隠して弱体化させておく意味が無い。
そうなったら俺はさっさと逃げるからな。
『神の武器を探し出せば良いじゃろう。あれの力は神威によるものが大きい。実際、神の武器を作るのを止めたのは神を殺せる力を下界に流してしまったと後で気付いたからじゃしのう。』
……お前ら、正直言ってアホだろ?
『ふん、かつての流行と言うものは今振り返れば総じて恥ずかしいものじゃ。』
断じてそんな軽い恥ずかしさで済む問題じゃないだろうが。
『うるさいのう、何じゃ?お主が全部回収して破壊してくれるとでも言うのか?』
誰がお前らの尻拭いなんかするか。それに神の武器がいくつあるのかも知らねぇし。
『うーむ、まぁ、1000は下らんじゃろうのう。あの頃は作っては作り、作っては作りを繰り返しておったからの。』
ただむやみやたらに作っていただけじゃねぇか!
しっかし、神の武器にあるはずのありがたみが物凄く薄れる事実だな。そして俺は絶対にそんな物を探そうとは思わん。
『……皆熱中しておったんじゃよ。お主がそのコートをフラフラになるまで作り込んでいたようにのう。』
……反論できない。
ま、いいや。それに神様が下界の人間一人と自分自身を比べている時点でねぇ……
『だまらっしゃい!』
へいへい。
しかし、ヴリトラに対抗するのには神の武器が必要、か。裏切り者が誰なのかさえ割り出せていない状況でさらに問題がのし掛かってくるとは。
爺さん、ここから一番近くにある神の武器ってどこにあるのか探してくれないか?
『ふむ、良いじゃろう。………………ほぉ、これは意外じゃ。しかし、これは案外使えるかもしれんのう。』
人を焦らすのはそんなに楽しいか?
『まぁ、割りと、じゃな。』
さっさと教えろ!
『そう焦るでないわ。あのコロシアムリングが神の武器ではないが、まぁ作品の一つじゃよ。ヴリトラを封印するのに使えるかもしれん。』
封印に使える?詳細は分かるか?
『名前は……ハッ!そうじゃ!今こそわしの与えた技能、完全鑑定の出番じゃな!やはりあのスキルは無駄では無かった。どうじゃ、今まで散々必要ないとか無駄じゃとか言っておったことに対して謝ってくれても良いのじゃぞ?』
……鑑定のオーブでも買うか。
『オーブは高いぞ?わざわざそんなことに金を使うのか?』
俺の今の職は少なくともアリシアが菓子をたくさん食べられると思ってしまえるぐらい高給らしいし、鑑定のオーブ一つくらいなら買う余裕はあるだろうよ。
『ふぉっふおっふぉ!じゃが残念じゃったな!この神の作品には鑑定を防ぐプロテクトが掛かっておる。鑑定のオーブなんぞ何の役にも立たんわい。つまり、お主は完全鑑定を使うしかないのじゃ!』
お前が素直に教えれば済む話だろうが!
完全鑑定のスキルは爺さんがいるから必要無いって言ってたんだよ!
『ほう、ま、どちらにしろわしは教えんからの。さっさと完全鑑定を使って、わしがそのスキルを与えてやったことに涙して感謝しながらあのリングの詳細を知れば良い。何なら感謝をする勢いのまま、あのアリシアと同じようにわしを信仰しても良いぞ?』
誰がお前なんぞ信仰するか!アリシアは絶対に改宗させてやる!
『なんとでも言うが良い。わしは見ておるからの?完全鑑定を使った瞬間、その日をアザゼル教の新たな祝日としよう。』
……祝日の決め方ってそんなんで良いのか?
『わしが高位の神官の夢枕に立てば良いだけじゃからの。そしてその神官は聖人か聖女か何かとなる。何ならアリシアの枕元に立っても良いの、あの娘もあれで高位の神官じゃ。段取りも間違ってはおらん。』
こんな変な理由で聖女にするな!
ったく、本人が嬉しがっても素直に喜んでやれなくなるわ。
『ま、それはともかくさっさと完全鑑定を使わんか。ほれ、ほれほれ!』
うっさい!はぁ、分かったよ。明日だ。明日鑑定するよ。今日はもう遅い。
『そうか、ではわしは新たな祝日の名前を考えておくとしよう。いや、まずは高位神官の選定を……。』
やめろ!