62 探索
「見つかりませんわね。」
「ふぁぁ。」
「クラレスさ……「(ギロッ)」……ん眠いのですか?」
「大丈夫。」
反省文が確定しているとは露ほども知らない学生達5人は、物置部屋をかなり長い間探し回っている。
無駄に広く、かつ物の量が多いから時間がかかっている様子。
螺旋階段に寄りかかって、俺は静かにあくびを噛み殺した。
「この下は武器庫ですわよね?」
「ああ、オレはいつもそこに先生の使いっぱしりで出入りしているから断言できるよ。あそこには何もない。」
オリヴィアの言葉にそう言って、カイトが首を降る。
バーナベル、そんなことさせてるのか……。
でも学生がいなかったからってファレリルをパシらせるなんて、命知らずかよ。
「……もうそろそろ戻らないと。立ち入り禁止区域ってあとはどこにあったっけ?」
と、カイトが周りに聞くと、フレデリックが口を開いた。
「いくつかあるけど……この城のかなり大きなスペースを取ってる場所が一つあるから、そこにある可能性が高いかも。」
「じゃあ、行ってみるか。」
テオが言い、次の方針を決めると、5人全員がこちらへ向かってきた。入ってきたあの窓から出て、また別の入り口から城に入り直すつもりだろう。
黒魔法の板で天井へと浮かび上がり、隠密スキルを使って隠れる。
彼らは俺の存在に気づくことなく、螺旋階段を上って行き、俺もあとからそれを追った。
いやはや、にしてもかなり息が合っている。
最初の頃はクラレスに友達ができるかどうか不安に思ったこともあったけれども、俺が何もしなくたって良かったかもしれん。
クラレスは内心、余計なお世話だったとか思ってないかな?
……無いと良いなぁ。
そんなわけで彼らは件の一番広い立ち入り禁止区域、その入り口に着いた。
しかし、俺は知っている。その先にあるのはお宝の隠し場所ではない。
ファーレンの職員室だ。
他の場所ならばともかく、魂片が職員室にあることは流石にないだろう。あったらニーナをぶん殴る。
とにかく、そこにはファーレンの経済事情が書かれている紙とかも置いてあるので、(ニーナの理事長室にあるべきではあるものの、毎度のことながらラヴァルがその管理を請け負っている。)そろそろ彼らの探検に終止符を打ってやらねばなるまい。
もちろんあそこには魔術の鍵がかかっていて、基本的に入ることができないけれども、勇者なら力技で扉をこじ開けられないとも限らない。
……流石に自重してくれるかね?
ま、そこに入ると反省文だけじゃすまされない可能性もあるしな。俺も含めて。
さてと、今着いたかような演出を……。
「お前らぁ!こんな夜中に何やってんだァッ!」
叫び、隠れていた曲がり角から飛び出る。
『お主もな。』
俺はあいつらに危険が及ばないか見守っていただけだ。
「おじさん!?」
「「先生!?」」
「化け物先生か。くそ、最悪だ。」
誰が化け物だコラァァ!
「逃げるぞ!」
そしてテオの号令で5人が走り出した。……禁止区域、要は職員室の方へと。
ったく、何でそっちに行くかなぁ。行き止まりかもしれないとは考えないのか?
「はぁ……こら待てー!」
嘆息し、俺は軽いジョギング気分で彼らを追った。
「まだ開かないんですの!?」
「フレデリック早くする!」
「……魔術錠だから僕にはお手上げだ。テオはどう?」
「くっ、難しいな。」
案の定、5人は行き止まりに突き当たっていた。
もちろん5人の前のあの扉は職員室の入り口である。……カイトがここで神の力を行使する程はっちゃけてなくて助かった。
「お前らぁ、観念しろぉー。」
学園の中で魔法をぶっ放されたらたまらない。できればおとなしくしてほしい。
「迎え撃つしかないか……。」
おいテオ、何でそうなる。
「テオ、やめよう。あの人の実力は確かなんだ、今のオレでも厳しいよ。」
「そうですわ。ここは大人しく投降しましょう。」
血気盛んな彼を諌めてくれたのはカイトとオリヴィア。
あとで二人の反省文の量は数枚減らすよう口利きしてやろう。
「よし、投降する奴はこっちに来い。悪いようにはしない。」
悪いようにしたらクビだからな。最悪、本当に首が飛ぶ。
「ほら、行きますわよ。」
「いや、僕達は5人で向こうは1人だよ。きっと倒せる。」
「……!それは、行けるかもしれませんわね。」
アホかフレデリック、余計なこと言うな!
反省文倍にするぞ!
「例え倒せないにしても逃げ切れば俺達は罰せられずにすむだろ?」
テオも同調すんじゃねぇ!罰せられるに決まってるだろうが!
「確かにそうかも……証拠はないし。」
……カイト、お前もか。
ていうか証拠、ね。確かに無いや。
『アホ。』
うん、しまった。どこかにカメラなんてないのかね?
「……先生とは一度も戦ったことがない。面白そう。」
「ええ、それにいつも負かされるので一度ぐらいは勝ちたいものですわね。」
そんで女性陣は男らしいなぁおい!
「行くぞ皆!」
テオの号令に、全員がそれぞれの得物を取り出す。テオ自身はいつの間にか地面に描いていた魔法陣から槍を取りだした。
カイトは……まさかあれ、聖剣じゃないよな!?
はぁ……、もう嫌だ。こんな夜更けによくもまぁここまで血気盛んになれるな。
若さか?
『つまりお主は若くない、と。』
……幼さか?
「カイト、アレをやるぞ!」
「了解!」
テオとカイトがツートップでこちらに駆け出し、対する俺は黒龍を懐から取り出すように作り上げる。
「なるほど、お前らの意思はよぉく分かった。これが終わったら、反省文……三倍だァッ!」
「ハァァ!」
カイトが飛び上がり、上段から剣を振り下ろす。流石に聖剣としての力は使わないようだ。
「フッ!」
そして下からはカイトの背後にいたテオが槍を突きだしてくる。
考えてみればこれ、かなり危ないよな?
『お主も刃物を持っていように。』
一応、刃は潰してるぞ。
黒龍を素早く時計回りに大振りし、カイトの剣を右弾いてテオの槍を左へ強打。そうして2つの武器の軌道をほぼ同時に俺の体から逸らしてしまい、二人の間を通り抜けて後衛三人へと向かえば、すぐさま三種三様の魔法が放たれる。
「ボルトショック!」
「アイシクル!」
「イグニス!」
しかし焦ることはない。神弓エルフィーンの攻撃を捌いたときよりはずいぶん楽だ。
電撃とつららは黒龍を以て切り払う。
ただ一つ、注意すべきなのはクラレスの扱う青い炎。
たしかファレリルが言うには古代魔法という類らしく、現代の小回りや様々な応用を効かせることを重視した魔法と違って、とにかく威力を追求された魔法らしい。
これを放つことだけなら努力すれば誰にだってできるものの、自在に操るには加えて魔力の扱いが相当上手く無ければならない、とのこと。
つまり古代魔法を主に使うクラレスの魔力はかなり強く、彼女の魔法、イグニスは下手に弾いたり逸らしたりすると流れた一発で城を壊しかねないということだ。
「黒銀。」
左の肩から指にかけてが真っ黒に染め上がる。
黒龍を切り払った勢いそのままに、俺はありったけの無色魔素を圧縮し、左拳に握り込み、燃え盛る巨大な蒼炎の玉に突き入れた。
そして肩付近までが炎の中に入った瞬間、左手の中の無色魔素を解放。
ぶわ!と炎が膨張し、弾け、数多の火の粉となって散り散りになった。
うーむ、流石は古代魔法。魔装2の袖は完全に左肩から先が消えてしまった。その上、黒銀を発動していたはずの左腕は未だに火照っている。
ま、だとしても飛び散った火の粉ぐらいなら城が破壊されることもないだろう。火事もこんな小さな火種じゃ起こらないよな?……きっと。
…………後でちゃんと消そう。
「そんな!?」
イグニスが素手で破壊される様子を見て、いつも寡黙なクラレスも流石に驚きを隠せなかったらしい。フードの中の目が見開かれているのがよく分かる。
再び無色魔素を圧縮し、今度は両手に握り込む。その際、黒龍は指の間に挟んで持った。
「全員、俺に合わせてくれ!」
後ろからそんな声と共に純白の光が放たれた。
急いで振り返るとカイトが白く輝く聖剣レーヴァテインで突撃してくるところだった。
こいつ、自分が勇者だってこと隠す気あるのか!?
「カイト!その技は負担がかかるぞ!やめておけ!」
本当にお願い。城が持つか分からない。
「全力投球しかできないって訳じゃあ無いんですよ!オォォォ、吹っ飛べ!」
室内で吹っ飛ばすな馬鹿野郎!
「「「トリプルマジック……」」」
後ろの魔法使い達は今度は力を合わせ、魔法を重ね合わせて発動しようとしている。
かなりの高等技術だったと聞いた気がするけれども、それだけ優秀だってことだろうか。
凄いことではあろう。しかしやはり城が壊れる可能性大。
結果を考えて動けよ!
『お主が言う……』
黙れ!
「だぁーもう!危ないからお前ら魔法禁止!」
俺は限界まで無色魔素を集めていた、両手の平を前後に向けて突き出した。
途端、カイトの聖剣は輝きを失い、三重魔法はかき消える。
「なっ!?」
あまりの事態に動きが鈍ったカイトの剣を黒龍で弾き飛ばし、鳩尾に膝を入れる。
「ぐはっ!?」
そして剣を取り落とし、悶絶するカイトを俺は地面に放った。
「くっ、魔法が使えませんわ。」
「なん、で?」
「何が起こってるんだよ!?」
「それは後で教えてやるから三人とも今は大人しく、な?」
まだ困惑しているクラレス、オリヴィア、フレデリックに投降を呼び掛けると、打つ手の無くなった三人は渋々うなずいてそのまま床に座り込んでくれた。
あと1人か。
「おらぁぁ!」
振り返ると最後の生存者、テオは雄叫びと共に炎を纏った槍を突きだしてきた。
どうもテオは魔法陣に無色魔素を流して魔術を使っているらしい。
面倒だ。ま、それでも魔術師の槍だし、そこまで脅威は感じない。
黒龍で槍を真下に打ち据え、燃える穂先を踏んづけてテオの胴体を蹴り飛ばす。テオから槍が離れた瞬間、穂先の火は消え去った。
「ぐおっ!」
「テオ、お前1人じゃ勝ち目はない。さっさと降参しろ。」
尻餅をついたテオに優しく声をかける。
本当に頼む。すぐそこは職員室なんだ。バレたら嫌だろう?
俺もだ。
「俺は負けるわけには行かないんだ!」
は?
負けるわけには行かない……だと?
この野郎、お前がオリヴィアに気があっていつも目で追ってること、オリヴィア自身もそれに気づいていながら満更でもないこと、こっちはよぉく知ってるんだぞ!?
いつもいつもニヤニヤが止まらなくなって隠密スキルがあることに何度感謝したことか!毎日ご飯も美味しいよ!
ったく、何が負けるわけには行かない、だ。この人生勝ち組がぁ!
……うん、落ち着こう。
「ふぅ……負けることには意味があることも知っておくことも重要じゃないか?」
「うるさい!何があろうと負けちゃ駄目なんだ!」
叫びながら新たな槍を取り出すテオ。
「オォォッ!」
その足元に一瞬円形の光が見えたかと思うと、一気に距離を詰めてきて、炎の槍を真っ直ぐ突きだしてきた。
最初の加速には驚いた。ただ、愚直にも程がある。
槍の切先から身を逸らす。
「ハァ!氷結陣!」
テオは槍から片手を離し、俺に向かっていつの間にか凍らせた拳を振ってきた。
腰が入っていないから、拳自体の力はないに等しい。おそらく当たればその場所が凍り付くとかそういう効果でもあるのだろう。
しかし彼の腹を足の裏で強く蹴ってやれば、氷の拳は俺に触れる事なく離れていった。
無色魔法以外は使えなくしているし、蒼い発光はないからこれはスキルじゃない、何なんだ?
『魔術しかなかろう。』
魔法陣なんかを書く暇を与えたつもりはない。
「加速陣!ヤァッ!」
テオはそのまま後ろに下がりながら、上半身だけで槍を投擲。槍はテオの手を離れるときに一瞬各所が光ったかと思うといきなり加速をして飛んできた。
……俺の後ろには倒れ伏したカイトと座り込んだ魔法使い達三人がいるのにな。
視野が相当狭くなってるなこりゃ。いや、それとも俺がオリヴィア達のせいで避けられないのを見越した上でか?
どっちもあまり良いことではないけれども、できれば前者であってほしい。人として。
黒龍を楯に変型。
そのまま完全に槍を受け止めきったあと、楯をフリスビーの要領で投げる。
「こんなもの!」
テオは黒いフリスビーをまた新たな槍で弾こうとするが、槍はズブズブとフリスビーの中に入り込んでいき、黒い塊は輪となってテオを拘束してしまう。
「なっ、この!」
締めた部分は肘や脇腹の辺り。純粋な力では中々抜けられるものではない。
「バインドサークル、成功だ。」
さて、かなりの物音を発てたし、誰かにバレる前に帰るか。
「クソッ、放せ!」
「お前は少しは落ち着かんか。なぁ、オリヴィア?」
「え、そ、そうですわね?」
コロシアムへ戻る途中、拘束され、俺の肩に担がれてとなお抵抗するテオをオリヴィアから諌めてもらう。
「う、分かった。」
惚れた弱味ってやつか?ま、とにかく御しやすくて良かった。
しかしまぁ、こいつらの頭の中じゃまだあそこには何らかの秘密があるとでも思っているんだろうなぁ。ただの職員室だって言ったらどれだけ落胆するだろうか。
「そんなことよりも先生、早く説明してくださいませんこと?」
「……そんな……こと。」
肩から悲痛な囁き声が聞こえてくる。
安心しろテオ。こう言ってはいるが、オリヴィアは内心ではお前のことをかなり想っているぞ。
「俺はあそこを無色魔素で目一杯充満させたんだよ。お前らが魔法を使えなくなったのはあの場を一時的とはいえ、無色以外の魔素が存在しなかったからだ。これでも魔力は強い方なんでね。」
とは言ったって、効果はたったの数秒程度だ、こいつらかが勝手に早合点してくれて本当に助かった。
『魔力が強い方?白々しい。』
うっせ。
「ならどうして先生は魔法使いや魔術師にならない?」
今度はクラレスが聞いてきた。
「俺の魔色適性は黒と無色だ。魔術を知ったのは剣術を習った後だったしな。」
「あ……ごめんなさい。」
肩をすくめて返すと、俺の魔色適性を聞いてだろう、彼女は申し訳なさそうな顔で謝り、対する俺はそれを笑い飛ばした。
「ははは、いいよいいよ、そこまで気にしちゃぁいないしな。それに、俺は強かったろう?」
「僕も先生ぐらいまでじゃなくてもいいけどもっと強くなりたいなぁ。」
フレデリックがしみじみと言う。
「ええ、この任期が終わったら私の護衛騎士になってもらいますものね。」
オリヴィアが言った瞬間、俺の肩の上の体がこわばったのを感じた。
「え!?」
今まで無言だったカイトも驚愕している。
「ふざけるなぁ!放せ!この!」
テオがじたばたと暴れるので地面に下ろす、というか落とす。
「お前がオリヴィアの護衛騎士だと!?俺は認めないからなぁ!」
訳の分からないことを叫んでテオは走り去っていった。
「何だありゃ?」
「おじさん、まさか知らないの?」
カイトが信じられないものにでも相対しているかのように聞いてくる。
「え、何を?」
「異性の護衛騎士になるっていうのは、この世……スレインだと基本的に婚約者になるってことだよ?」
は!?
「あ、あのな、オリヴィア、気持ちは嬉しいけどな……」
慌てて、オリヴィアに向き直り言うも、彼女は首を振ってその金髪の縦ロールを左右に揺らせた。
「先生、私は別に先生と結婚しようだなんて思っていませんわ。先生が私と結婚したいと思っていないのと同じように。ただ、お父様が無理矢理押し付けようとしてくる護衛騎士の方々だと、結婚を前提とした関係になりそうで嫌だっただけですの。」
あ、なぁるほど。
よく考えてるなぁ。
「……つまり、意中の相手がもういるから親に恋愛の邪魔をさせたくないってわけか。」
ニヤニヤ。
「そ、そういうことじゃありませんわ!お父様がその、少し煩わしいだけで……。」
「オリヴィア、好きな人がいる?誰?」
「あ、オレも知りたいな。」
「あ、う……。」
言い訳を完全に無視され、立て続けに質問されるオリヴィア。
フレデリックは何も言わないけれども、誰なのかは察しているらしく、一人で笑いを堪えている。
「フレデリックはクラレスのことをどう思っているんだ?」
だから俺はそっちにも矛先を向けた。
お前がクラレスを常に意識しているのは分かっているんだからな?それが魔族の王女様だからだってことだけじゃないのは確かだ。
「へ!?いや、僕はそんな、畏れ多い。」
あらま、畏れ多いねぇ。墓穴を掘るとはこの事か。
「クラレスもフレデリックを友達だと思ってる。」
「……っ!あ、ありがとうございます。」
この二人のこの先も見逃せないなぁ。