61 増えた仕事
何で俺が一番忙しくなるってラヴァル達が言っていたのかは、深夜にルナに起こされ、リングに上がってからすぐに分かった。
鳩尾へ一撃。
「がはっ!」
「次っ!」
「はい!うぉぉ!ぐぁぁ!?」
そして次に向かってきた学生を回し蹴りで吹っ飛ばす。
「はぁはぁ、次ィッ!」
今はまだ早朝。太陽だってやっと顔を見せた時間帯である。
俺はそんな時間から既に何人もの学生相手の相手をしている。大会の予選を意識してだろう、学生達は皆真剣だ。……甚だしく厄介なことに。
「ひでぶ!」
「よし次!」
「ご主人様、終わりました。」
そしてそんなルナの声を聞き、俺は一気に脱力してリングに倒れ、寝転んだ。
リングの縁付近には数えるのも億劫になるほどたくさんの学生達が倒れ込んでいるのが見える。
もちろん誰も死んじゃいない。
朝からこの人数を相手したんだよな……。俺、大会当日まで持つかね?
「だぁー、疲れたぁ!」
「ふふ、今ならご主人様に勝てそうです。」
俺を見下ろし、ルナが笑う。つられ、こちらも笑顔にさせられる。
「はは、そうだな。」
なにせ太陽の「た」の字も見えなかった時間帯から完全に昇りきるまでの間、ずっとこの調子だったのだから。
と、急にぐーと腹が鳴った。
「……ルナ。」
片手で腹を抑え、料理の上手い同居人を見る。
「ふふ、ご主人様が戦っている間に作っておきました。」
すると彼女は自身の背中に手を回していた手を差し出してきた。
手に乗せられた皿の上には、手のひらにギリギリ収まるくらい大きく、型崩れをさせないためか、海苔が満遍なく巻かれたおにぎり。
相変わらず大きいけれども、今回は丁度良い。
「おお、ありがとな、助かった。いただきます!」
上体を上げ、片手で掴んだそれを大口を開けてかぶり付き、パリッとした海苔を歯で突き破って中のご飯をかじる。
口の端でバリバリと海苔が破れ、頬張ったご飯と海苔が咀嚼するごとに混ざりあい、懐かしい味を奏でた。
飲み込み、もう一回かぶりつく。
ご飯のあの何とも言えない香りと味がして、一緒に口に入ってきた塩味のある濃い味が米の旨みをさらに引き立てる。
ん?濃い味?
頬張った物をしっかりと味わって飲み込みながらおにぎりの中を見る。
黒い光沢があり、歯応えのありそうな物が細切れになって入っていた。これは、昆布か?
「これは?」
「はい、昆布です。もしかして気に入りませんでしたか?す、すぐに作り直し……」
「いやいや!凄く美味しいよ、相変わらずルナは料理が上手いな。」
どうして変なところでネガティブになるんだこいつは。
「そうですか?ふふ、ありがとうございます。」
ただ、すぐに上機嫌になってくれるのはありがたい。
にしても昆布か……この世界には梅干しとかツナマヨとかもあるのだろうか?
ルナがニコニコしながら眺めてくるのに少し気恥ずかしさを感じながらも食べ進めていると、もう既に慣れ親しんだ声が聞こえてきた。
オリヴィアだ。
「先生、今日もよろしくお願いしま、す、わ?えっと、これはどうなっているんですの?」
いつもは誰も朝から来ていたりはしないので、リングの縁で倒れた学生達に戸惑っている模様。
「朝から予選に向けてたくさん押し寄せてきたんだよ。早速やろうか、腹も多少膨れたし、なんの問題もない。」
「ふふ、流石ですわね、この一年が終わったら警護をお願いしたいくらいですわ。」
オリヴィアは観客席を降りてきながら言う。
悪い案じゃないな。
ヘカルトの王様、たしかカイジン、の護衛は大変そうだったけれども、結構真面目なこの子なら勝手にあんなことをするわけがないだろうし……。
「はは、そのときになったら頼むよ。」
「本当ですの!?聞いてみるものですわね。」
「さて、こいつをどうしたもんか。」
ルナが作ってくれたおにぎりはまだ4分の1ぐらい残っている。一口で食べきれる量ではない。
「……ルナ、食うか?。」
さっきも言ったように、腹は十分にふくれた。大した量じゃないし、ルナならパクっと食べてしまえるだろう。
「え!?わ、私がですか?」
しかし俺が差し出したおにぎりを受け取ったルナは、顔を一気に赤くさせた。
何が……あ、そうか。
「すまん、不注意だった。ちょっと貸してくれ。」
「え?あ!」
なんだかんだ言っているルナの持っているおにぎりから俺の口をつけた部分を綺麗に割って取ってやる。
「ほら、これで大丈夫だろ?」
間接キス、そりゃ気にするわな。いやはや、修行の弊害が久しぶりに出たな。
「うぅ。」
それでも何故か不満そうな眼をするルナ。
……何か見落としてたかね?
「どうした?のわっ!」
理由を聞こうとした瞬間、ルナはいきなりおにぎりの欠片を持った俺の手に飛びかかってきた。
咄嗟に手を引く。おにぎりが手を離れて宙に浮く。
そしてそれを、ルナは器用にも手を使う事なく、パクっと口で捕らえてしまった。
……イルカショー?
「えーと、ルナ?」
「……。」
「こら、目をそらすんじゃない。」
「……おいひいれす。」
「聞きたいのは感想じゃない。」
「おいふぃあさんあひあひはほ?(訳オリヴィアさんが来ましたよ?)」
未だに頬張りながら、ルナが話題をそらそうとする。
「さっさと飲み込みなさい。大した量じゃなかったろ?」
「おっはいあいえふ。(訳もったいないです。)」
20回噛むとかそういうことかね?
「あの、先生、どうかしましたか?」
と、待ち兼ねたオリヴィアが背後から声を掛けてきた。
……もうルナは好きにさせてやれば良いか。
「あーいや、何でもない。早速始めるか?」
「はい!今日もよろしくお願いしますわ!」
「よし、ちょっと疲れてるから加減を間違えるかもしれない。それでもいいか?」
実際、学生集団の最初の数十人まではきちんと手加減をした。しかしそこから先はほとんど一発で終わらせてしまっている。
そのため、周りでぶっ倒れている奴らの内、体の一部を抱えて悶絶しているのは大体が後半組。
俺もまだまだだ。
「ええ、本気でも構いませんわ、いいえ、望むところですわ!」
マジか!
「おお、助かる!ありがとな!」
言い、両手に愛用の二振りの剣を作り上げると、途端、オリヴィアが顔を青くした。
「え、剣!?先生!今のは嘘ですわ!冗談ですの!手加減してくださって!?」
「なぁに、怖がることはない。ちゃんと刃は潰してある。それにたまには緊張感を持たないとな。」
中で死んでも外で生き返るあの結界を作る魔術が俺に備わっていれば刃も潰さずに済んだんだけどなぁ。
ま、爺さんによると絶望的に才能が欠如しているらしいし、仕方がない。俺の脳味噌は学生時代ほど知識を吸収できないしな。
「ル、ルナ!か、加勢してくれませんこと!?」
オリヴィアが助けを呼ぶ。
「……」モグモグ
しかしルナは未だにおにぎりを咀嚼していた……味わうにもほどがあるだろ。
「そう焦るな。訓練だと思って防御と回避に力を入れれば何とかなるさ。行くぞ!」
踏み込み、駆け出す。
「うぐ……もう、吹っ切れましたわ。お願いします!」
「……」モグモグ
「……だからさ、一緒に探そうよ。」
「フレデリックの言う通りだな。やってやろうじゃないか。」
「私達なら探し当てることができるに違いありませんわ。そうでしょう?アリシア。」
「え、わ、私はファレリル先生に補習を受けることになっているので手伝えませんよ?」
「クラレスは協力する。」
「カイトさんはするのですの?」
「ああ、オレもやるよ。」
場所は図書館、のはずなのに隣で騒いでいるフレデリック、テオ、オリヴィア、アリシア、クラレス、カイトの六人組を俺は観察している。
この六人は、二学期からは良く一緒にいるのを見かける。
合宿のときに同じ部屋だったフレデリック、テオ、カイトの内、フレデリックが同じ魔法使いコースのクラレス、アリシア、オリヴィアを連れてきたって形だろう。
しかしまぁ、不注意だなぁ。そんな大声で校則を犯してやろうとか言うんじゃないよ。
それも教師の目の前で。
ここで俺は彼らを捕まえて風紀委員に突きだすことはできない。まぁ、物理的にはできるけれども、制度上、彼らが行動を起こすまで罰を与えられないのだ。
言うだけ言って、やっぱりしないなんてこともあるからな。特に学生時代は多いよな、うん。……宿題とか。
「で、決行はいつにする?」
テオが司会進行役ってところかね?
「善は急げ、今夜にしよう。集合場所は城の裏側で。」
そんでカイトはアイデアマンみたいな立ち位置か?
そんなカイトの言葉にアリシア以外、全員が頷くと、彼らは図書館から出ていった。
にしても、あれって本当に俺のことに気づいていないのだろうか?6人の将来が何だか心配になってきた。
「あわわ、どうしましょう。まずはコテツさんに、クラレスさん達が見逃してもらえるようにお願いして……。」
残されたアリシアはあわあわと慌て出したかと思うと、耳に手を当て、目を閉じた。
[……あの、コテツさん。]
そして、俺の目の前と真横から、全く同じ声が聞こえてくる。
「見逃さないからな?」
端的に答える。
[え!?何で……。]
「顔を上げろ、お前の目の前にいるぞ。」
「ほぇ?わぁっ!」
顔を上げ、俺と目が合うなり、素っ頓狂な声を上げるアリシア。
「しーっ!」
すかさず人差し指を唇の前に立てて静かにするようジェスチャー。次いでニヤリと笑ってみせる。
「うぅ、全部見られていたんですね……。」
「くはは、良かったな、お前は補習があったおかげで反省文を書かずにすむぞ。」
「オリヴィアさん達には、その、お手柔らかにお願いしますね。」
優しい子だなぁ。
「おう。ま、楽しむさ。」
ファーレン城周りの草原の一角。そこに学生寮を抜け出た悪戯っ子達が集まっていた。
「全員揃ったか?」
「うん、揃ったよ。」
「それで、どうしますの?」
時間はちょうど太陽が地平線で見えなくなったぐらい。テオの呼びかけにオリヴィアが答え、今後の方針が話し合われ始める。
「まずは立ち入り禁止区域を探してみればいいと思うけど?何か隠してありそうだよね?」
そうフレデリックが提案すると、周りの奴らもたしかにそうだ、と一様に頷いた。
「じゃあまずは一階から探すか?」
「いや、オレは一番上の階から探した方がいいと思う。探す範囲が上の方が狭いから、そこに宝玉がなかったときのタイムロスが少なくてすむと思う。」
「そうだな。よし、まずは天辺からだ。」
テオが言い、早速ファーレン城へ走り出し、カイトとオリヴィアも無言でその後に続く。
「クラレス様、僕の後ろに……」
「大丈夫。それに様はいらない。ここではクラレスでいい。」
「分かりました。」
「敬語も要らない。」
「うっ、……わ、分かったよ。」
そして残り二人はそんなことを話していた。
言い負かされて少し赤くなったフレデリックに向け、それでいい、とクラレス満足気に頷いたところで、
「おい、行くぞ。早くしろ。」
そう、テオに声をかけられ、二人は慌てて走っていく。
そんな様子を、俺は上空から胡座をかいて眺めている。
正直捕まえるのは後でも良いかなと思っている。
考えてみれば彼らはこの学園の成績優秀生の集まりだし、本当に魂片を見つけてくれるかもしれない。
だからしばらくは静観しておこうと判断したのである。
……面白そうだ、なんてことはこれっぽっちも思ってないぞ?
しかし、クラレスはお姫さま扱いされることが嫌いらしいな。俺は未だに彼女がお姫さまであることを知らないふりをしているけれども、変に緊張する必要はないのかもしれない。
と、見れば若き探索者達はフレデリックの飛行能力を使い、城の塔の立ち入り禁止の最上階へと向かう模様。
カイトが筋力強化系の支援魔法をフレデリックに使い、全員が一塊となって上昇していく。
よく考えるなぁ。
俺も彼らの真上へと、気付かれないように移動した。
5人が塔のベランダに着地し、しかしそこの一つしかない窓に手を掛けたところでオリヴィアが固まる。
「鍵が掛かっていますわ。」
小声で彼女が言うと、フレデリックが自身の胸を叩いた。
「任せて、魔法や魔術の錠じゃないし、僕がやるよ。」
彼が窓に手をかざすと、泥の様なものがその窓の隙間から入っていき、全部入るとそれは固形に固まった。
セメントみたいな物か?
フレデリックはその塊を器用に操作してフック式の窓の鍵を空ける。
あいつ、泥棒を目指せるんじゃないか?……それに、あれなら俺にも真似できそうだ。
『やめい。』
へいへい。
そうして5人はそそくさと塔の中への侵入に成功。そのまま中の探索をすぐにし終え、下の階へと降りていく。
手際は良い。いやしかし、詰めが甘いなぁ。
俺は鍵が開けっぱなしの窓から浸入、俺が侵したことがバレないよう、鍵は閉めずに彼らの後を追う。
全く、戸締まりは大切だぞ?
塔の中の部屋には何もないとすぐに見て取れた。外の景色を見る事自体がこの部屋の主な用途なのかもしれない。
さて、カイト達の降りていった階段は手すりつきの螺旋階段だった。
先に下へ行ったはずの5人の足音がまだ聞こえることからこの階段がかなり長くて音がよく響くことが分かる。
実際、手すりから頭を出して下を見ると、落ちたら死ぬんじゃないかと思うぐらいには長い。
さて、ここで空中に足場をつくって空を飛ぶ要領で降りることもできる。ただ、手すりと螺旋階段、この二つが揃うとどうしてもやってみたくなることがある。
耳を済ませ、足音が聞こえなくなったのを確認。
そこから少し時間を置き、俺は意を決して手すりに座ってスルスルとその上を尻で滑った。
ヒャッホー!(もちろん声には出さない。)
徐々にスピードも上がってきて、この楽しさもそれに比例する。手すりにある凹凸でたまに痛みが走るが、やめる気にはなれない。
ヒャッハー!(もちろん声には出さない。)
しかし、人生、どんなに楽しいことにも終わりがある。当然この手すり滑りにもだ。
段々と迫ってくる次の階の床。
手すりが無くなると同時に足場を作り、乗った瞬間、たわませることで着地の衝撃を吸収、静かに着地することに成功。
ああ、楽しかった。
『お主は本当にアホじゃのう。』
何事も楽しむのが一番だろ?
実際あの5人だってこの宝探しって状況を楽しんでると思うぞ?
俺も立ち寄ったことがない部屋だから結構ワクワクしてるし。
さて、次の部屋は物置小屋の役割を持っていたのか、大小様々なものが所狭しと置かれていた。
椅子、机、棚などに加え、バーナベルがよく生徒達に攻撃させる何十本ものカカシ、あと、何が入っているのかも分からない箱が幾つも転がっている。
タイムロスが少ないと言ったそばからこれか、精神的にくるものがあるだろうな。
「なぁテオ、何か良い魔法陣は無いのか?」
「無い。探知・探索の魔法陣は三年で習うんだとさ。」
カイトの質問にテオは肩をすくめて見せた。
「じゃあフレデリックは?」
「うーん、ないかな。ごめん。」
言って、謝るフレデリック。
それでも全員、諦めた様子は全く無い。
それならこちらももう少し様子を見るとしよう。