60 企画
「あら、コテツ、良い所にいたわ。武器庫ってどこにあったかしら?」
日々の見回りをしているとファレリルが聞いてきた。かなり焦っている様子で、はぁはぁと息を漏らしている。
……またか。
「お前の方が俺よりもずっと長くここに勤めてるんだからな?」
これは決して珍しいことではない。
ファレリルは言ってしまえば方向音痴なのだ。全く持って演技とかでもなく、ファレリルは本当に良く迷う。
本人が言うには、妖精は森みたいに木がたくさんある場所でその木々に逐一道を訪ねながら森を動き回るため、方向感覚が退化しているそう。
だがしかし、何と言おうと要は方向音痴なのである。
自分の職場への転移って方法が無かったらこいつはここで教師をしていられなかっただろう、とはラヴァルの言だ。
まぁ、口に出しては誰も言わないけどな。言ってしまったが最後、何をされるのか怖くて仕方ない。
「いいから教えなさい!」
「武器庫で何をするんだ?」
「……バーナベルが自分の剣を練習用の剣と間違えたのよ。」
うわ、アホだなぁ。
「って、お前、バーナベルの言うことを聞いたのか!?」
ありえないだろ……。ファレリルがパシられてるのもそうが、バーナベルがファレリルをパシらせるなんて想像もつかんわ。
それよりも何でこの方向音痴にわざわざ頼んだんだよ……。
「うるさいわね!それぐらいの親切はするわよ。黙って案内しなさい!」
それは人に道を尋ねるときの態度じゃない。それにいつの間にか要求が教えなさいから案内しなさいになってるし。
「はぁ、分かったよ。こっちだ。」
ま、反論なんかしやしない……ていうかできない。
「あと、ニーナがあなたを呼んでいたわよ。」
あー、ユイから何とか魂片を回収できて完全に達成感に浸っていたから忘れてた。
報告しとかないとな。
ていうかそれを先に言え!
「……という訳で、これが現物だ。」
ユイに関しての事の顛末を話し終え、左右の端に紙のタワーが乗る机の上に純白の珠を置く。
俺が今いるのは理事長室。
当然、机に座っているニーナ以外、周りには誰もいない。
「へぇ、これが……。」
「ああ、やっとのことで二つ目だ。そしてこの学園の敷地内にはまだ最低でもあと一つある、と。」
「それでもたった半年で二つも集まるとはね……正直驚いたよ。」
「給料を上げても良いんだぞ?こいつの保管はどうする?」
「日頃からお金なんて大して使っていないくせに……。あー、無色の珠は君に預けてるからね。今度は私が預かるよ。」
「了解。で?裏切り者っていうか、内通者は誰なのか目星はついたか?」
いつまでもヴリトラ対策を行えるのが二人だけと言うのは流石にキツいだろう。
「いや、それが全然。皆怪しいと思えば怪しく見えるし、怪しくないと思えば怪しくなく見えてしまってねー。」
「……一応聞くぞ。お前は本当にちゃんと探しているんだよな?」
日頃のようすからはそれが微塵にも感じられない。あれで探しているんだとしたら大した役者だ。
「探しているに決まってるじゃん。ヴリトラのことを知っているのは私と君を含めて六人しかいないの。その内君と私は違うから、調べないといけないのはたったの四人。それぐらいは私にもできるよ。」
本人が言うには大した役者であるそう。
「最悪の場合、全員を疑ったまま対ヴリトラ戦に突入、か。」
「信じられる人が一人もいないよりはマシだけどね。」
「なぁ、カダの作ったあの自白剤を全員に飲ませて一人ずつ問い詰めたらいけないのか?」
カダ本人はもしかしたら対抗薬を持っているかも知れないが、他の三人に関しては信頼することができるかどうかを確認できるだろう。
「あはは、私もそう思ったんだけどね、使った後の信頼関係の回復が難しいし、その副作用がねぇ……。知りたい?」
物凄く嫌そうな顔をするニーナ。
「いや、いい。」
この世には知らなくて良いものもある。そう俺に思わせるのに十分なほど、彼女の顔は雄弁だった。
「あ、そうだ、副作用なら時を戻す魔術を使えば良いんじゃないか?記憶だって消してしまうんだから信頼関係の問題だって解決できる。」
ユイが 魔槍の毒で死にそうになったときの魔術がたしかそういう効果だったはずだ。
「その魔術を使うにはカダ、ファレリル、そしてラヴァルの力がいるんだよ?調べられるのはバーナベルだけだし、三人に内通者がいたらこっちが裏切り者を洗い出そうとしていることを知らせる事になる。」
「はぁ……駄目か。あの四人以外だったら信用できるって訳でもないしな。」
もしかしたら息がかかっている奴がいるかもしれない。
しかし三人よれば文殊の知恵というくらいだ、信頼できる仲間があと一人だけでも欲しい。
「カダの作った魔法薬の副作用があそこまで酷くなければねぇ。」
言い、彼女はブルルと体を震わせる。
もちろん気温のせいではない。理事長室はもちろん空調管理がなされているし、それがなくとも外では冬が終わり、ぽかぽかと暖かい陽気が降り注いでいる。
……カダの奴、本当に何を作ったんだよ。
「まぁ、こう考えていてもしかたがないね。」
「そうだな。三つ目の珠を探しだすのが先決か。」
「そうそう、それも他の誰よりも早くね。ヴリトラ教徒の手には絶対に渡らせたらいけないし、どの国に渡ってもユイと同じ使い方をする可能性だってあるんだから。」
え?
「他の国って……。」
「まぁ、流石に各国で“黒ずくめの集団”による被害が出始めているみたいでね。正月休みが開けて数日後にスレイン王国から手紙も届いたんだ。読む?」
頷くと、ニーナは机の引き出しから封筒を取り出し、中身を渡してきた。
「えっと、何々?……国内の治安が不安定になっているので、勇者の一人であるユイを一度国に帰して欲しい!?」
これって明らかにユイの中にあった白の魂片目当てだよな?
「舐められたもんだよね。私達が何にも知らないと思っているんだ。相変わらずスレインはファーレンを馬鹿にしてる。」
「いや、舐めるも何もユイが魂片を取り込んでいることに気付いたのは俺だろ。」
『わしの手柄じゃな。』
無視で行こう。
「ファーレンの教師の力は私の力でもある!」
うわ、なんて横暴な。
『お主が言うな!』
「ん?ってことは自分の力に裏切られているってことだよな?」
「うぐっ、君を抜擢したのは私でしょ!?」
「へいへい、そうでしたね。」
本当にそこに関しては感謝している。ニーナが声をかけてくれなければもしかしたら清掃員になっていたかもしれないんだから。
そうなったら日々こきつかわれて、雑用だらけの毎日を過ごさないといけなくなるところ……あれ?今と大して変わらない……。
……きっと気のせいだ。
「とにかく、相手がへまをするまではこのまま二人で頑張るしかないね。他の国もそれぞれの国の学生を焚き付けているかもしれないよ。大変だろうけど、頑張ろうね。」
「やらないわけには行かないだろうしな。それでユイのことはどうするんだ?」
ここで帰してしまったらスレインが珠を返せってうるさくなることは明白だ。面倒くさいのでそれは何とか避けてほしい。
「この学期が終わるまでは待つように頼むつもりだよ。最低一年は通学してもらわないといけないし。」
「へぇ、そりゃ初耳だ。」
「まぁ、1年以内にやめようとする学生なんてまずいないからね。話題に上ることもそうないよ。ま、そういう訳だから安心していいよ。」
「そうかい。じゃあ俺は見回りを徹底して、学生が変な動きをしたら学園の風紀の名の許に……どうすればいいんだ?」
勢いよく言ったが捕まえたあとのことは全く考えていない。
「風紀委員に引き渡せば問題ないよ。」
「ちなみに、どういう罰を受けるんだ?」
体罰ってのはあるのかね?
「君が捕まえるのは勝手に授業をサボったり、真夜中に徘徊したりする学生だから、反省文ぐらいが妥当かな?」
「ちなみに何枚ぐらい?」
ファーレンで使用される紙は一枚八百文字詰めである。勇者が関わったのか原稿用紙のようになっていて、文字を間違えたら横の小さい隙間に書く仕様だ。
「授業をサボったのならその授業の担当教師のさじ加減だね。真夜中の徘徊の場合はうーん、八枚ぐらいが妥当かな?」
うーわ。
「それなら拳骨1~3発ぐらいでいいんじゃないか?」
「あはは、忘れているようだけど、ここに通っているのは大成功した冒険者を除いたら貴族や王族の子供ばかりだよ?あ、エリックはもう貴族だけど、それはそれで尚更拳骨なんてできないね。君がしたいのなら止めはしないけど?」
「絶対しねぇよ。あとが怖い。」
「よろしい。じゃ、まずはこれを持って。」
うんうんと頷き、ニーナは立ち上がって紙の束の山を指し示した。
「おまえは?」
「私はこれを持つよ。」
別の紙の束の山が指し示された。
なら文句は言えないか。
白い山を落とさないように黒魔法で要所々々を小さい板で支え、持ち上げる。
「どこへ?」
「職員室だよ。〈我は学徒の道を守り、導くものなり〉」
「了解。」
俺も文言を唱え、ニーナの後を追って転移した。
職員室では珍しいことに教師全員が勢揃いしていて、大きな円卓の周りに座っていた。
理事長席の前に紙を置いたニーナに俺も倣う。
「理事長遅いぞぉ。」
「本人が召集をかけたことを忘れたのかねぇ?」
「全く、一体何をしていたのよ!」
「ファ、ファレリル先生、お、お、落ち着いて。」
「そうですよ。だからファレリル先生、両手の雷を消してください。」
「我輩は理事長が遅れることはもう分かっていたのである。」
「お、そうか?俺もだ!わっはっは。」
「ニーナ、君が何故コテツと一緒に来たのか、しっかりと私に教えてくれるのだろうな?」
教師達は他にもワアワアガヤガヤと、俺達を見るなり全員が好き勝手に喋りだした。
ラヴァルの視線が怖い。めっちゃ睨んでいる。それも何故か俺を。
横にいるニーナはワナワナと震えているが気にしない。実際、日頃の行いのせいだし。
「うるさーい!さっさと会議を始めるよ!そのために集めたんだから!」
遂にニーナが叫んだ。
「ニーナ、説明はするのだろうな?」
ラヴァルは尚も俺を睨み付けている。俺、何かした?
「コテツは昼寝してたから私が起こしに行ったの!ね、コテツ?」
嘘八百を並べながら俺の肩に手を置く。ラヴァルの視線がさらに鋭くなる。そりゃあ疑うわ。
「いや……っ!」
慌てて訂正しようとしたら首に鋭い刃物が突き付けられたのを感じた。
「……エルフの矢はいつでも作れるんだよ、ちゃんと話を合わせなさい。」
コソッと耳打ちされる。
お前は事前に話をする癖をつけろ!
「いや、何なんだ?コテツ。」
ラヴァルが俺を睨みながら聞いてくる。
「こいつが俺にだけ召集の連絡をし忘れて慌てて俺を呼びに来たんだ!寝坊なんか断じてしてない!」
「この!……え?」
エルフの矢をニーナは俺の首に押し付け、小さく驚きの声を漏らす。
当然だろう、矢は俺を傷つけることはなく、弾かれたのだから……黒く変色した俺の肌に。
ていうか本当に刺そうとするんじゃない、物騒な。
ま、とにかく、ざまぁ。
「ふむ、そうか、ならば良いだろう。」
ラヴァルはやっと俺を睨むのを止めてくれた。相変わらずニーナに甘い。他の教師陣もならしょうがないとか、平常運転だな、とか言っている。ファレリルだけはかなり怒っていたけれども。
「それで何のために呼んだんだ?」
こっちを恨ましげに睨んでいるニーナに聞く。
ラヴァルの眼光と比べれば彼女の眼なんかどうってことはない。
ふん、と鼻で笑ってやると、ニーナは最後にもう一睨みしてから他の教師たちの方を向いた。
「……コテツ以外は皆分かってると思うけど、学生の闘技大会の企画、運営の話だよ。まずは各教師の係だけど……まずコテツは免除だね。」
「それ、本当なんだろうな?」
ここで釘を指しておかないと絶対に後悔する気がした。
「うん、本当。」
「チッ。」
おーい、舌打ちが聞こえたぞ!完全に俺に仕事を押し付ける気満々だった奴がいるな!?
その後、ニーナは俺以外の教師全員に係を割り当てていき、それぞれに必要な資料を配っていった。
俺にも説明書のような物が渡された。
表紙裏には、この大会の意義は学生の互いへの競争心を向上させると共に他の学生の技を見て盗む機会を与えることにある、とかいう内容の文章がだらだらと書かれていて、そのあとに大会の治療担当はツェネリ先生等々と各教師の役割が書かれている。
そして次のページから大会の説明が述べられていた。
大会自体は各学年・コースから選手として男女1人ずつを選抜し、その計18人で行われる。要は各年度の学生の中で最強は誰かを決める行事だ。
まずは同じ学年ごとにリーグ戦を行い、それぞれのリーグの上位三人でトーナメントを行う。表彰されるのは3位までで、順に金銀銅のバッジが送られるそう。
あとから聞いた話だけれども大体の場合は三年生が1位2位3位を独占するところ、近年はかなり変動していて、一年生が優勝したことだってあるらしい。
そしてその一年生とは他でもないエリック・フォン・ハイドンのこと。ちなみに去年も彼が優勝していて、史上初めての三連覇を達成するのではないかとファーレンの教師陣もかなり注目しているそうだ。
さて、俺に何らかの係が割り当てられていない理由は、これからの準備期間中、各学年・コースを代表して出場する学生を決めるために予選がそれぞれで行われ、その際の審判が俺に任されているから。
そしてそれぞれのクラスの担当教師はその間、大会の下準備をすることになっている。
ちなみに本番も俺が審判のようなので、そのための練習も兼ねているのかもしれない。
「ほっ、審判か。」
それだけなら簡単だな。
「フッ、安心しているところ悪いが、これから大会当日まで一番忙しくなるのは君だぞコテツ。」
はい?
「どういう……」
「おいラヴァル、そいつは今言ったって分からねぇだろうよ、実際に経験しないと。」
バーナベルが余計な口を挟んできた。
「私がここで言っても大した意味はない、か。フフ、良いだろう。どうせすぐに分かる。」
良い訳あるか!物凄く気になるわこのやろう!
ったく、余計なこと言いやがって。ってあれ?俺ってヴリトラの魂片の捜索とそれを探し回る学生の取り締まりもしないといけないんだよな。
過労死なんて有り得るか?
『それぐらいで大袈裟じゃのう……それに、回復魔法を使えば無理矢理働けるわい。』
……過労はあるのね。