59 白の魂片
ユイを操り、ルーンを構えさせる。
「放せぇ!」
未だに喚いているものの、自分の状況が分かっていないのだろうか?
俺がヴリトラを放したら、十中八九ユイはアイに殺されて、どっちみっち魂片は取り出されて俺の物になるんだぞ?
「アイ、こいつがどうなってもいいのか!?」
まさか生きている間にこんなことを言うはめになるとは。それにこれってこういう場面で使うような言葉でもないよな。
だが小さな希望を期待してみる。
「駄目、」
おっ?
「私が、この手で、確実に殺す!」
……なんか期待してたのと違ーう。
「聖光……」
聖槍が光を放ち始める。
「おいヴリトラ!このままユイが死ねば、どのみちお前の魂は俺のものだ!これを凌いで俺を何とか出し抜くことでしか逃げられないぞ!」
「我に指図するな!」
やっと演技が通用しないことは分かったみたいだ。
「……一閃!」
聖槍が放たれ、その軌道の真下のリングまでをただの余波で削りながら飛んでくる。
「致し方か無い、助かりたいのなら放せ!」
ヴリトラに従い、サッと黒魔法を解く。
流石にこの距離なら聖槍を避ける事なんそできないだろう。
「灰塵と成せ……」
神の武器ほどでは無いが、強い力の波動がルーンを中心に広がる。
「ルーンッ!」
ヴリトラが言葉を紡ぐと同時にルーンは今までとは比較にならないほど激しく、真っ赤に燃え上がる。赤黒く燃える炎は足元のリングをも赤熱させた。
至近距離にいる俺の顔も火照っているのが自分で分かる。ヴリトラの様子から見て使用者に影響はないようだ。
「フン!」
ユイの体を乗っ取ったヴリトラは、一息でルーンを襲ってくる光条へと燃え盛る槍を突きだした。
おどろおどろしい業火が純白の極光とぶつかり、拮抗……いや、じわじわとだが確実にルーンは押されている。
流石、聖水で強化されてその上、愛の勇者によって放たれただけはある。
どうすれば……
『あー、お主、あと5分でヴリトラの魂片が完全に分離するぞ。』
このタイミングでか!?
最悪だ。ヴリトラが少しの間でも、不本意であっても役に立ってくれていたってのに。今は無いだろ!
『わしにはどうにもできんわい。』
くそぅ、聖槍ゲイ・ボルグに勝てる武器がいる。
ただ投げただけで俺の障壁を何枚も貫くことができる聖槍に勝てる物が。
ネルが持っているのは普通の短剣、ルナの持つ不死鳥は魔刀だがその能力はむしろ魔法使い寄りで、それ単体の強力な攻撃が存在するか分からない。
ユイの魔槍ルーンは使用中、可能性が一番大きいのは……カイトの聖剣、レーヴァテインか。
純白の剣をワイヤーで引き寄せる。
『やめい!勇者でないものに聖剣は使えんぞ!』
聖剣つっても剣だろう?
持つだけなら何とかなるさ、なに、剣の扱いはなかなかの物だと自分でも思うぞ?
『わしゃ知らんからな。』
へいへい。
取り寄せたレーヴァテインの柄を握る。
「くっ。」
途端、手の平から鋭い痛みが走る。それでも何とか耐える。時間がないのだ。
そのまま痛みに慣れようと握り込んでいると頭の奥から何人もの声が響いてきた。
『焼け。』
『燃やせ。』
『焼き尽くせ。』
『全てを灰にしてしまえ。』
『世界を聖なる炎で作り直すのだ!』
思うがままの、真っ白な世界を…………。
ヤバい!
咄嗟に拳で顔を打ち付ける。
「痛ぇっ!やりすぎた……。」
目を開けると俺の回りのリングは溶けかけていて、白い蛇がのたうち回っていた。
いや、蛇じゃない。これは聖剣の炎か?
「アタタタ、全く、これって本当に聖剣か?」
『何とか無事でいたようじゃの。異世界人の変な思考回路が役に立ったようじゃ。』
うるせぇ、誰が変な思考回路をしてるだこの野郎。
『一応言うておくが、事実じゃぞ?』
ぁあ!?
『この世界の人の念が通じにくいんじゃよ。あー、それと、残り3分切ったぞ。』
もういい!
「おいヴリトラ!」
「む?もう諦めろ。武器の差がありすぎた。」
「これを使え!」
聖剣を投げて寄越す。ユイは聖武具を持っていなくとも勇者だ。多少負担はあっても俺よりは使いこなせるだろう。
職業補正、聖武具使用可が伊達じゃないことを祈るのみだ。
「聖剣か。拒否反応はあるがこれならば……だが我に指図するなこの人間風情が!」
聖剣を受け取り、フムフムと確かめながら言うヴリトラ。ルーンは片手で支えている。どうやら同等以上の武器がありさえすれば余裕で打ち勝てるらしい。
「良いからやれ!」
「フン、解放の文言は何だ?この体の記憶には無い。」
「たしか天断とか言ってたぞ!」
「スキルか、だがそれでもやれなくもない。天断!」
槍から手を放し、ヴリトラは聖槍に今度は聖剣を叩きつけた。
流石は二人分の聖武具の魔素を肩代わりしていただけはある。天断を放っても全く負担を感じている様子がない。
武器から出たとは思えない爆発音。
辺りを砂煙が吹き荒れる。
聖剣に叩きつけられた聖槍はそのベクトルを曲げられ、リングに根もとまで突き刺さっていった。
「マジックハンド!」
聖槍の無力化を確認し、瞬時にユイの体を拘束。
「くっ、油断はしてくれぬか……。」
「当たり前だ。これ以上白髪を増やしたくない。」
「チッ、ここまで……か。」
と、ユイの体が急に脱力した。同時に魔法陣の線を彩っていた赤色の光が収縮し、ぐたりとした彼女の体を覆う。
「次こそ決める!」
砂煙を走って突破し、倒れているユイに向け、アイは手元に白い粒子が集まって形をなし始めた聖槍を振りかぶる。
「プレス!」
アイを真横から黒い板で強く押し、ユイへの攻撃を無理矢理中断させる。カイトはまだ起きないのか!?
「あんたも私の愛を邪魔するのね……あんたも殺してやる!」
アイは底冷えするような声色で言うと、姿勢を地面に這いつくばるほど低くし、槍を少し引いた位置で片手に持つ。
「疾駆……倍速……三倍速………」
スキルの重ねがけ。
どうしよう、俺はまだここから動けないぞ……。
『あと十秒じゃ。我慢せい。』
何を我慢しろと?死への恐怖か?死んだ方がましな程の痛みか!?
落ち着け、何か盾になるものを探さないと。
「怪力………剛、力ぃ…………」
俺が動けないことを見越してだろう。いくつものスキルを無理矢理重ねがけしている。そのせいで負担も大きくなっているのが見て取れる。
その間に俺はレーヴァテインをもう一度ワイヤーで取り寄せ、操作し、俺とアイの間でブラブラ待機させておく。
……何とも頼りない盾だこと。
「はぁはぁ、貫き穿て、ゲイ・ボルグ!」
聖槍が神々しい光の束と化す。
「ぐぐ、…………ハイジャンプ!」
一瞬にして眩い光が目の前に迫った。
片膝をついたまま、咄嗟に横に倒れ込むと、頬にチリッと電気が走る。
おそらく薄く切れたのだろう。まぁ避けられただけでも上出来だ。
アイを追って振り向くと、彼女はちょうど切り返してくるところだった。足元に円盤上の蒼白い物体が一瞬現れ、それを足場にしてこちらへ再び迫ってこよつとする。
あれがハイジャンプの真骨頂って奴かね?
即座に聖剣をアイの進行方向を妨げるようにリングに突き立てる。
ガンと鈍い音をさせ、聖剣が聖槍を受け止めた。かと思うとアイはまたもやハイジャンプを用い、即座に離れる。
ヒットアンドアウェイ……厄介な。
『終わったぞ。自由に動いて問題ない。』
やっとか!
爺さんからの連絡、すぐさま立ち上がり、ユイを遠くへ放り投げながらアイがいる方向とは逆方向に下がって距離を離す。
それと同時に余裕のできた魔力で数十枚の障壁を俺とアイの間に展開。それぞれの形は1辺約二メートルの正方形。
向きは相手に対して垂直に。
位置を調整し、アイの姿が障壁で完全に俺からは見えなくなくすれば、自然、俺の姿も向こうからは見えなくなる。
「こんな障壁、問題ない!」
前方からアイの声がしたかと思うと同時に何枚もの障壁が一直線に破られ始めたのが感じ取れた。
ガガガと砕ける音も次第に大きくなってくる。
さて、この軌道だと……。
槍の予想される軌道から身を少しだけずらすよう、自身の立つ位置を微調整。左脇を開け、右肘を軽く曲げて右拳を頭の上付近に構える。
「鉄塊。」
呟くと、俺の体がほんのりと一瞬だけ蒼白い光を纏う。
直後、目の前の障壁を真っ白な光の塊が突き破り、一瞬遅れてアイの頭が障壁から現れた。
軌道は予想通り、愚直に真っ直ぐ。
ああ!ありがたい!
ゲイ・ボルグの先端が俺の左の脇の下を通ったところで脇を閉め、その進行を無理矢理止める。
「そんな!」
アイの目が驚愕に見開かれる。
「寝てろ!」
構わず、俺は振りかぶった右の拳骨をアイの頭に振り下ろした。
「は、ハイ……あば!」
彼女はハイジャンプで逃げようとしたものの、それよりも早く蒼白く光る拳がその頭蓋に届いた。
鈍い音。
アイの顔はリングにめり込んだ。
「ふぅぅ。」
あれだけたくさんのスキルを発動させていたし、きっと命は大丈夫だろう……。
……あれ?ピクリとも動かないな。一応、後でツェネリのところへ連れて行くか。
ま、取り敢えず……。
「疲れたぁ……。」
もっと簡単にすませられる筈だったのに……ったくどこのどいつだ、勇者をつれてこいって言った奴は!?
『……お主じゃろ。』
まぁ、勇者達がいなければ魔法陣を発動させながらユイの動きを止めなくちゃいけなかったからな、うん、グッジョブだ。
『調子が良いの。』
終わりよければ全てよし!
「あの、ちょっと!」
「んあ?」
急に後ろから声をかけられ、変な声が出た。
振り返ってみれば、ユイが居心地悪そうに立っていた。
「えっと、その、今までありがとう。」
そう言って頭を下げ、彼女はなんと礼まで口にしてみせる。
「らしくないな。」
違和感が凄い。ヴリトラだなんてことは無いよな?
「うるさいわね。……それで、これ。」
俺の怪訝な目を睨み返し、彼女が片手を差し出す。そこに乗せられていたのは真っ白な珠。
これがユイの中にあった邪龍の魂片か。
「ああ、ありがとな。それでユイ、一つだけ聞きたいことがあるんだ。いいか?」
魂片を受け取りながら聞くと、彼女はきょとんとした表情になりながらも頷いた。
「ええ、いいわよ。」
「お前は今日、何があったのか覚えているか?」
聞いた途端、彼女は目を逸らした。
「うっ……ええ、もちろん。私の中の宝玉を取り出したんでしょう?」
「そうじゃない。お前がヴリトラに乗っ取られていたときの記憶はあるのかって聞いてるんだ。」
「……ええ、あるわ。本当にごめんなさい。すごい、迷惑をかけたわね。」
「はは、それは別に良いさ。そもそもお前のせいじゃない。……それより、アイのことは驚かないのか?」
「え?ええ、ヒイラギさんはアオバ君が近くにいなければ昔からああだったから。」
なんですと!?
「いつもあんなに殺気をバンバン放ってたのか!?」
日常生活に支障をきたすだろ。
「いいえ、私に対してだけよ。普段は、というよりカイトの近くだと本当に良い子なんだけど、私みたいに他の女の子がいると、ね。……まさかここまで嫌われていたとは思っていなかったけれど。」
「あ、コテツぅ、ねぇなに話してるのぉ?」
俺がユイと話しているのを見て、事が終わったことを察したのだろう、ネルもやってきて話に加わってきた。
なんだか声が間延びしている。
「ん?ああ、元の世界の思い出話みたいなやつだよ。……あ、そうだ。ルナ!もういいぞ、全部終わった。先に風呂に入ってゆっくりしていろ。お疲れさん!」
「はいぃ、分かりましたぁ。」
声を張り上げて言うと、ルナはネルに負けず劣らずの気の抜けた声で返事をし、ふらふらとリングから出ていく。
「ありゃどうしたんだ?酒でも飲んでたのか?」
「あははぁ、あれは魔力酔いだよぉ。魔力の使いすぎとかぁ、普段あまり魔力を使わないのに急にたくさん使い出すとああなるんだぁ。アハハ、ドジだねぇ、ルナは。」
呟くと、眠そうな目のままネルが笑い、そう言った。
俺の目の前にもドジが一人いるように見えるけどなぁ?
しっかし、この魔法陣がかなりの魔素を使うことは分かったけれども、普通はあそこまで消耗するものなのか?
俺は何ともないぞ?体に違和感だって少しも感じない。
『あり得ん魔力を持っておるくせに無色魔素を流しておった主が言ったらいかんじゃろう。』
あ、そすか。
「はぁ……ネル、取り合えずお前もルナと一緒に休みなさい。」
優しく言い、ネルの背をルナの歩いていった方へと押す。
「やぁだぁ、コテツと一緒が良いのぉ。」
しかし彼女は嫌がり、抗議して、俺の腕を掴んで揺らし、寄り掛かってくる。
「……こいつ、酔うと幼児退行するのかよ。なぁユイ、カイトを起こしてくれないか?」
「ごめんなさい、私ももう立っているのが限界。意識は乗っ取られていても戦ったのは私の体だったからかしら?」
「じゃあ座っても良いんだぞ?」
無理するなよ。
「一番苦労したあなたが立っているのにそんなことできないわ。」
「ここでぶっ倒れられたら俺の苦労がさらに増えるだけだ。」
「……そうね。……ふぅぅ。」
「アハハハハ、やーい、怒られたぁ!」
俺にしなだれながらユイを指差し、馬鹿にするネル。普段からは考えられないほどアホになってる。
こいつには今後一切酒類は飲ませないことにしよう。少なくとも俺の近くでは。
「ネル、おんぶしてやろうか?」
このままフラフラされるとこっちが心配になる。こんな状態で寮に一人で返す訳にも行くまい。
「うん!」
そんな俺の申し出に秒速で頷くと、ネルは早速俺にの背中に乗っかった。
「フフフ、子守りお疲れ様。」
目の前で座るユイが笑いながら言う。
「うっせ。はぁ、ったく、……おいカイト!起きろ!」
ネルをおぶったまま、カイトの元へ歩いていって叫ぶ。
ついでに苦労させられた恨みを込めて脇腹を蹴ってやる。
「んぐ!?ん、んー、ハッ、ユイ!」
覚醒するなり、カイトはバッと立ち上がりながら叫ぶ。
「おい、ユイ、お前を呼んでるぞ。赤くなってないでこっちに来い。」
「え、ええ。って赤くなってないわよ!」
言っておく、俺は色盲じゃない。
「たしかこの前鏡を買ったんだよな。いるか?」
「いらないわよ!」
「くはは、ネル、これを俺の世界では青春してるって言うんだ。」
「何を!?」
いやぁ、ユイさん焦ってますねぇ。ニヤニヤが止まらない。ってあれ?
「……寝てる。」
背中のネルはスヤスヤと熟睡されていた。
「はぁ、忘れているようだけど、私はもう一歩も動けないわ。」
「そこは愛の力で。」
「うるさい!」
叫ぶ力はあるのな。
「えっと、ユイは無事なの?」
戦闘が終わったことに気付いたか、カイトがおそらく痛むのであろう後頭部を擦りながら聞いてきた。
「ん?ああ、勿論だ。ったく、お前が安い芝居に引っ掛かるから……。」
「すみません。でもオレとアイを倒すなんて、コテツさんはやっぱり強いんですね。」
……どうやらアイに都合の悪い出来事は記憶から吹っ飛んでいるらしい。頭の後ろの鈍痛も十中八九俺がやったと思ってるに違いない。
……アイは何か特殊な技術でも身につけてるのかね?
ま、別に俺が言う必要は無いか。言ったらそれこそアイに殺されそうだ。
「まぁ、ここは俺の庭みたいな物だからな。トラップを駆使してなんとかってところだ。ほら、お前はユイを担いでやれ、かなり消耗しているみたいだ。アイは俺が運ぼう。」
「いや、悪いですよ。おじさんはネルさんもおぶっていますし。」
「みゃあ?」
と、ネルが寝ぼけた声を発した。自分の名前を呼ばれて反応したのかね?
「ネル、何でもないから、寝てていいぞ。」
「みゅう。」
優しく頭を撫でてやるとネルは再びまどろみの中に潜っていった。
「カイト、俺は大丈夫だから。とにかくさっさと二人をツェネリのところへ運ぶぞ。」
「わ、分かりました。」
さて、途中でアイが起き出しませんように。