57 摘出
「どうだ、見つけたか!?」
ネルへ念話。
[寮の外に走っていくのを見たって人はいたけど、門番さんは何も見てないって。]
チクショウめ。
「ルナはどうだ?」
「すみません、ここにいる皆さんの輝きは一様に強くて……。」
次に俺と並走しながらファーレン城を魔眼で見回しているルナに聞くも、返事は芳しくない。
爺さん!
『うーむ、おかしいのう、異世界人として探してもそこには三人しか見つけられんわい。……個人の特定はできぬしのう。』
じゃあファーレン城の敷地から出るやつに限ってだけ確かめてくれ。それぐらいなら何とかなるんじゃないか?
『うむ分かった。良いじゃろう。』
本当に、ユイはどこに行ったんだ!?
ユイがいなくなったとアイから連絡があったのは宝玉を取り出す当日の朝だった。
ちなみに連絡手段はアイの聖槍。矢文の要領で槍文を送って来やがった。
オリヴィアを見送ったところでリングの中心に飛んできたとき、アイの投擲能力がずば抜けているのが分かって背筋が凍ったのは置いておく。
すぐに事情をニーナに伝え、今は手の空いている教師陣による大捜索が行われている。
ネルはバーナベルに許可を取って借りてきた。彼女がかなりの優等生だったことが幸いした。
そしてアリシアの場合はファレリルが許すはずもなく、むしろ俺はそれを言ったことでファレリルの怒りを買ってしまった。
どうしたら許してくれるだろう。取り合えず祈っておくか。……くわばらくわばら。
こうして内心でふざけ、余裕を見せてはいるものの、俺はけっこう焦っている。
何せユイの失踪した理由が全く分からないのだ。極端な話、もしかしたら俺が彼女の説得の際に何らかの地雷を踏んで自殺に乗り切った可能性だってある。……いや、これは流石にない、よね?
「ルナ、やっぱり駄目か?」
「すみません……。」
「チクショウ、何か、人を探すための魔法か魔術が……はぁぁぁ。」
探知魔法陣を使えば良いじゃないか。
思わず脱力してしまう。
何でこれを早く思い付かなかったんだ。アホか俺は。
「ルナ、戻っていいぞ。」
立ち止まり、ルナに言う。
「え?」
「大丈夫だ。見つける方法を思い付いた。」
「お役にたてず、申し訳ありません。」
「なに、俺とネルも見つけられなかったんだ。気にすんな。先に戻ってて、なんなら俺が戻るまでケーキを食べてても……速いなおい。」
もう遠くまで走っていったルナに呆れて笑い、理事長室へ転移する。
「いたよ。」
ニーナに探知魔法陣を使わせたら案の定、ユイはさっさと見つかった。
「何で探知魔法陣を使える奴がそのことを忘れてたんだよ。」
俺の文句に、魔法陣に手を置いて目を閉じたままの彼女は、
「これ、私は普段あまり使わないからね。」
そう言って小さく舌を出した。
相変わらずのポンコツだな。爺さんといい勝負だ。
『わしの方がマシじゃ!』
どうだか。
「はぁ……それで、どこだ?」
「コロシアムだね。外から君の部屋に侵入しようとしてる。ロックをかけているお陰で手間取って……あ。」
「おいどうした。」
もしかして壁を壊されたか?
ニーナは苦笑いを浮かべ、
「今は君の奴隷のルナちゃんと交戦中だよ。」
とんでもない事実を述べた。
「ネル、コロシアムへ向かってくれ。」
[了解。]
俺もコロシアムへ転移する。
リングに着くと早速爆発音が耳に入ってきた。
観客席へと跳び、その最上段まで駆け上がれば、ルナとユイが刀で激しく切り結んでいるのが見えた。
「探したぞユイ!何やってんだ!」
叫ぶもユイは俺をチラと一瞥しただけで、一言も返さず再び目の前のルナに意識を戻す。
仕方ないので飛び降りる。
「ご主人様、危ない!」
と、いきなり俺に向かって炎の槍が飛んできた。どうやらユイは手でおおよその照準を合わせなくても魔法を使えるようになったらしい。
すかさず障壁を作り、炎を防ぐ。
ったく、これを飛ばしてきたのがアリシアだったら歓喜したのになぁ。
「おいユイ、どうしたんだ?」
着地するなり、ルナと鍔迫り合いをするユイに取り合えずもう一度聞いてみる。
「分からないわ、でもこの部屋中に私の欲しいものがあるって感じるのよ。ねぇ、お願い、中に入れさせて!ハァァッ!」
「くっ!ご主人様ごめんなさい、止められないわ。力が、強すぎる。」
そう言いたがら彼女は刀を振り抜き、、ルナは悔しそうな顔で後ろへ飛びずさった。
獣人族のルナに単純な力で押し勝った?スキルじゃないな……魔法か?
「フゥ、ねぇ、お願い。私は今本当に気持ちがいいの。誰にも負ける気がしないのよ。身体強化の白魔法だってほら、こんなに!」
短く息を吐いて刀を中段に構えると、ユイは扉の前に立つ俺へ猛スピードで突撃してきた。
黒龍を作り、振り下ろされた一太刀を受け止めれば、ズザザと足が地面を抉る。
「どう?通してくれる気になった?」
「ハッ、出会い頭に炎の槍を飛ばすのが人様にお願いする態度なのか?」
「黙って大人しく通しなさい!私にはそれが必要なのよ!」
戯けて返すと、とユイは激しい怒りを顕にし、俺にぶつける力をさらに増した。
……もしかして魂片の影響か?
『ま、他には考えられぬの。大方、魂片が分離の直前でヴリトラがユイの表層意識に現れたのじゃろう。その狙いは無色の魂片でおそらく間違いないわい。』
「ったく、面倒だな。」
黒龍を少し傾け、なおも増す力を俺の左に流す。
そしてつんのめった彼女の足を払おうした直前、ユイは左手一本で刀を俺の顎へ振り上げた。
二歩引き、それをかわしながら距離をとる。
中華刀と刀ではリーチの差が大きすぎる。
「ああああ!」
無理な攻撃で姿勢を崩しそうになったユイは、しかし足を踏み込んで姿勢を保ち、振り上げた刀を大上段に構え直して再び攻勢へと転じた。
まだ来るか。
「オーバー……」
そういえばまだ使っていなかったなチクショウめ!
「……パワー!」
スキルの光を纏い、ユイの動きが先程までとは比べ物にならないほど速くなる。
二歩の距離が一歩に満たない速さで詰められた。
「龍眼!黒銀!」
咄嗟に自分の知る限り防御面で最も頼りがいのあるスキルを発動。
「一ノ太刀!」
上段に構えられた刀が蒼白い光を放ち、凄まじい速さで振り下ろされる。
「だらァッ!」
その一撃を、俺は右の回し蹴りで迎え撃った。
「ご主人様!?」
ルナの驚愕の声。
俺も傍から見てたら目を見開いたに違いない。
さぁズボンよ、その効果を発揮するときだ!
ガン!と鈍い音がした後、俺の足は振り抜かれ、刀の軌道は検討違いな方向へずらされる。
ズボンは無傷。
……ゲイル、良いものをありがとう。
軸の左足で跳んで膝を曲げ、振り抜いた足で地面に着地。その回転の勢いを乗せ、俺は左足でユイの胸を思い切り蹴飛ばした。
女性を足蹴にするのはかなり気が引けるものの、そうも言ってはいられない。今回はユイの強化魔法を信じよう。
俺の渾身の蹴りをまともに受けたユイは、大きな弧を描いて地面に激突。
しばらく待っても動く気配はない。どうやら頭を強打か何かして気絶した模様。
そうしてようやく落ち着いた所で、足がまだジンジンと鈍い痛みを訴えているのに気付いた。
そういえばこのズボン、衝撃は通すんだったな……。
黒銀を使っていなかったらどんな痛みが襲ってきたのかは想像すらしたくない。
刀を迎え撃った場所は弁慶の泣き所だし……。
「ご主人様、大丈夫!?」
ユイの沈黙を確認して、ルナが俺の元へ駆け寄ってくる。
「ああ、問題ない。それより、早くユイを運び込むぞ。」
さっさと魂片を分離させればこの問題も解決するだろう。
「どうやってですか?」
「ユイを拘束するんだ。こうやって、な?」
言いながらユイを包帯のような黒魔法で繭のように包む。勿論刀は取り上げた。
「ごめん、遅かった?コテツ、何か手伝えることはない?」
と、ここでネルが到着。
「あー、来たばっかりのところ悪い。残り二人の勇者を呼んできてくれないか?」
「良いけど……ボクが行ってもコテツがいないと勝手に退出する許可はくれないと思うよ?」
「あー、そうだな……いや、ネルに関しての承諾は今朝貰っているんだし、たぶん大丈夫だろ。取り合えず伝えるだけは伝えておいてくれ。」
「そう?じゃあ行ってくる!」
頷き、彼女はその俊足を活かしてファーレン城へと向かってくれた。
「ルナ、俺は今からユイを運ぶから、コロシアムリングに邪龍の魂片を持ってきてくれないか?あの透明な宝石みたいな奴だ。」
「はい、分かりました。」
ぐるぐる巻きになったユイの肩を掴んでルナにそう頼み、俺はリングへと転移した。
ユイをリングの中央に横たえ、両手をリングの石タイルにつけて毎夜のように黒色魔素を集める。
爺さん、指示は頼んだ。
『うむ。さて、最後の魔法陣じゃ。心して掛かれ。』
ああ、分かってる。
俺は、願わくば最後となって欲しい、魂片摘出の魔法陣を描き始めた。
「ふぅ……完成、と。」
立ち上がり、パンパンと手を叩いてそこについた砂を払う。
『うむ、ずいぶん早くなったのう。』
ああ、やっぱり俺には才能があるんじゃないか?
『成長率50倍のスキルを持ちながら半年かけてやっと一つの魔法陣を修得した者が何を言っておる。』
あー、うん。確かに。……くそぅ。
「よし!始めるぞ。」
屈みっぱなしでいたみ始めた腰を伸ばし、もう一度足元の魔法陣に手で触れる。
「ご主人様!これで合っていますか?」
と、ルナがリングに上がってきて片手に持った魂片を高く掲げて見せてきた。
「おう、合ってるよ!じゃあルナ、ここに来てユイが暴れ出さないか見ていてくれないか?。」
「分かりました!」
指示しながらリングの端へと歩き、ルナとすれ違いざまに魂片を受け取る。
そして魔法陣の端に座ったところでネルから念話が送られてきた。
[コテツ、勇者達を二人とも連れ出せたよ。]
「そうか。なら二人を連れてコロシアムに向かってくれ。」
了解の意を示してネルとの念話を切り、早速魔法陣に無色の魔素を通していく。
すると、外側の円が赤く輝き、その光が中心へと、魔法陣の線に沿ってゆっくりと延び始めた。
何だ?
『神の力、神威じゃよ。この魔法陣はわしが作ったものじゃからな。わしがこの世界を支えるために使っておる神威の余剰分を活用するようになっておる。』
……そんなことして良いのか?故意に協力しちゃいけないんだろ?
『なに、あの神の作った武器にも多少なりとも神威は込められておる。この魔法陣もそういうものの1つじゃと考えれば良い。わしの力を直接引き出している訳ではないからの。』
へぇ?じゃあこの魔法陣を覚えれば俺はいつでも神の力を引き出せる、と。
『アホかお主は。これまでは一度もこの魔法陣を使って神威が発生したことはないじゃろう?わしが伝えたやり方を行うならばいざ知らず、いつでもどこでもなんてことはないわい。』
やり方?……ああ、あの一週間飲まず食わずって奴か。
『うむ、神威は元は神の物じゃからな。人間に慣れさせるのに時間が必要なんじゃ。飲まず食わずは神と似た状態になることじゃから、扱えるようになるまでが少し早くなる。』
そうかい。ま、そこまでしようとは思わんな。
「コテツ!連れてきたよ!」
勇者達二人とネルがコロシアムに入ってきた。
「うわ、何よこれ!」
「何でユイがこんなことに!?」
勇者達が口々に説明を求める中、ネルはさっさと観客席から俺のそばにやって来て、魔法陣に手の平を置いた。
「次はこの魔法陣に魔素を流せば良いの?」
「ん?ああ、頼む。あーあと、ありがとなネル。お疲れさん。」
理解が早くて非常に助かる。
「大袈裟だなぁ、これぐらいどうってことないよ。」
「おじさん!」
焦れたように叫ぶカイト。
チクショウ、うるせぇよ!25はまだお兄さんだろ!?
「ユイがヴリトラの魂に影響を受け始めたから早めに始めた!本人は暴れるから拘束させてもらったんだ!」
端的に伝える。
「そんな!?」
「カイト、この前歴史の先生にヴリトラがどんな奴か聞いたでしょ。ここは静観しないと。ね?」
アイが珍しく冷静だ。
「う、うん、そうだね。」
諌められ、カイトはアイと一緒にリングに飛び移った。
「この前先生に聞いたって……ねぇコテツ、まさかと思うけど、そのヴリトラってさ、たくさんの国々を滅ぼして、数々の天変地異を巻き起こした邪龍ヴリトラじゃないよね?」
あれ、言ってなかったっけ?
そういやルナにはずっと一緒に生活していたから伝えて、ネルやアリシアには不安を抱え込ませたくなくて黙っていたんだったな。
「そうだぞ。」
ま、知らない幸せなんてあまり良いものじゃないか。
「え……封印されたんじゃ……。」
「復活したらしい。そして今は散らばった魂の欠片を集めているんだと。あ、これ、秘密だからな。今ここにいる奴以外に話したりはするなよ?」
「……知らなきゃ良かった。」
「俺もたまにそう思う。」
と、ここで魔法陣が神威で完全に赤色に染まった。
にしても、不気味な色だな。
神様といえば金とか、もうちょっと豪華な色をイメージしてたのに……いや、爺さんだしそれはそれで変か。
『なんじゃと!?文句を言うでないわい!使えるだけありがたいと思わんか!』
はいよー。
「ご主人様!もがき始めています!」
緊張したルナの声が上がったのに反応して繭を見ると、沸騰でもしているかのようにボコボコと蠢いていた。
内側から攻撃されているらしい。
「ルナ、こっちに戻れ!」
「は、はい!」
言った瞬間、勇者達が慌てだす。
「おじさん!ユイに何が起こってるんだよ!」
「あれ、大丈夫なの?」
特にカイトの方はまるで自分のことのように焦っているのが分かる。
ユイの奴、割りと脈アリなんじゃないか?
「ああ、大丈夫だ、問題ない。」
「え!?それって……」
まだ幾分か落ち着いたアイの質問に答えると、カイトが怪訝な顔をする。
やっぱりこういうネタが通じるのは嬉しいな。おじさんと言われてなければもっと嬉しかったな……。
「お前ら全員この魔法陣に魔素を通し続けておいてくれ。ユイが脱出するのは俺が食い止め……「ここはオレに任せてください。」いや、でもな……。」
魔法陣に魔素を流しながら周りの4人に指示していくのをカイトが途中で遮った。
「ユイは大切な仲間なんだ。今まで負担をかけた分には足りないかもしれないけど、オレも頑張らないと。」
「……カイトがやるなら私もやるよ。」
触発され、アイも続いて立ち上がる。
「駄目だ。」
決意表明してくれたところ悪いと思うものの、今回はリスクが高すぎる。
「何で!?」
「ユイはルナに力押しで勝てるくらい強くなってるんだ。まぁ、お前ら二人が戦えば負けることはないだろうさ。ただな……。」
「なら!」
「良いから聞け。負けることはなくても、ユイを傷付けずに魔法陣の中に留めることは難しいんじゃないか?だからここは俺がやる。……なに、火力はお前らに負けるけどな、搦め手はかなりのものだぞ?」
加え、今のカイトは余裕を完全に失っていて、ことに当たらせるには不安が過ぎる。
俺に意思を変えるつもりがないことが伝わったか、勇者達は渋々その場に座り、魔法陣に手を置いてくれた。
「コテツ、ボクに手伝える事はない?ユイとなら何度も手合わせしてたから少しは……。」
「ネル。」
同じことを言わせないでくれ。
「でも……。」
「ユイはもう半分別人なんだ、だからそのまま他の皆と一緒に魔法陣に魔素を流してくれないか?それだけでも凄く助かる。」
「……分かった。」
「すまんな、ありがとう。」
彼女に笑いかけ、俺は赤く輝く魔法陣の中に踏み入る。
と、繭の動きが急に収まった。
そして、なんだろうかと思う間もなく、そこから突然炎が吹き出し、縦に裂けるようにしてゆっくりと開かれた。