56 説得
「コテツさん、あの、えっと、その、ケーキを食べても良いですか?」
学園の授業が全て終わったあと、俺がいつものようにリング上で胡座をかき、魔法陣を作成していると、アリシアがコロシアムへやって来てそう言った。
「ルナ、アリシアは魔法の造形ができるようになったか?」
何が楽しいのか、隣で俺の手元をただじっと見ていたルナにそう聞けば、彼女はアリシアと目と目を合わせ、
「(コクッ)」
アリシアへと頷いた。
「(コクッ)ウィンドカッター!」
そしてそれに頷き返したアリシアがタクトを振るい、少し先の石タイルに浅い切れ込みが入る。
風の刃を放ったのだ。
キラキラと目を輝かせてこちらを見るアリシアとルナ。
「アリシア、ファイアランスを作ってみろ。」
が、しかし、俺のこの一言で泣きそうな顔になる二人。
おいこら、アリシアが前からウィンドカッターを使えるのは知っているんだよ。
「うぐっ、ふぁ、ファイアランス!」
案の定、アリシアはひとつなぎの火球を作ってみせた。
はぁ……バーナベルの話は本当だったのか。
「二人とも、正座しなさい。」
項垂れながら俺の言葉に従う二人。
「さて、言い訳はあるか?」
「……ケーキが食べたかったんです。」
思わずこめかみに指を当て、深ぁいため息が漏れる。
「はぁぁ……ルナは?」
「そのどうしても上手く行かなくて……。」
「魔法はイメージだろ?槍をイメージしたらいけるんじゃないのか?」
「その、槍と言われても長細い物としか考えられなくて……。」
「何度も私のファイアランスを見せたのですが、進歩が全然ありません。」
「アリシア、このままだとファレリルと一対一の補修を受けることになるが、良いのか?」
「ファ、ファレリル、先生と、ですか?」
しっかりと頷いてみせる。
「こうしてはいられません!ルナさん、あっちで練習しましょう!」
「わ、分かりました!アイタッ!」
どさくさに紛れて立ち上がろうとする二人の肩に手を乗せてそれを阻む。
随分とずる賢くなったものだ。一体誰の影響を受けたのか……。
「なぁ、魔法陣を作る間はかなり暇なんだ。なんなら話し相手になってくれても良いんだぞ?魔法の練習もここでできるだろう?」
少しずつ肩に込める力を大きくしていく。
「コテツさん……。」
「ご主人様ぁ……。」
二人して涙目になって懇願してきたが無視、というよりむしろ込める力を一段強くする。
「今日はこのまま練習しなさい。二人ともしっかりと反省するように。」
俺は再び魔法陣作成に集中した。
「あれ、足の感覚がなくなってきました。ルナさん、これなら耐えられそうですね。」
「そう、ですか?」
「はい。あっ!ダメ、うぅ、痛いです。」
魔法陣を作り終え、正座をしている二人がそんな会話をしていた頃、強い気配を持つ三人組がコロシアムに入ってきた。
まぁ、勇者達に間違いないだろう。
こうして来たところを見るとユイはちゃんと話を切り出すことができたようだ。
話が拗れていないといいんだけどなぁ。……拗れてるんだろうなぁ。
一応、いきなり勇者(特にアイに)攻撃されることを警戒して立ち上がる。
「コ、コテツさん、私は邪魔になるので先に戻って……。」
それを見て、アリシアがそう切り出した。もちろん何が目的かは見え透いている。
相当足が痛いようだ。
「ルナ、アリシアが火の魔法で球以外の形状を作れたら合格とする。いいな?」
「アリシア、頑張りましょう。」
「は、はい!」
そうこうしている内に上空から一筋の白い光が俺に向かって落ちてくるのが見えた。
はぁ、予想通りか。
光に向かって手の平をかざし、黒い壁を何重にも渡って、光に対して少し角度をつけながら作り上げる。
直後、何度も響き渡る破砕音。
輝く槍がいくつもの壁を破壊して突破して来ているのが魔法の感覚でも分かる。
そして俺の目の前にある壁の端の部分にヒビが入り、純白の槍が俺の一歩手前に刺さった。かと思いきや、その槍はリングにその痕跡を残したまま白い粒子となって消えていく。
……聖槍って恐ろしい。
「あー、アリシア、ルナ、やっぱり今日は解散だ。」
聖槍の破壊した魔法陣の一部を直しながら二人に呼び掛ける。
「敵ですか!?私も頑張ります!」
「私も戦えるわ。」
言っていることは頼もしいことこの上ない。しかし二人とも足がフラフラだ。正座が思った以上に効いたらしい。
「やめなさい。そんなことしたらアリシアがスレインを追われる身になってしまう。」
一応勇者だからな。
「どういう……?」
「ほら、二人ともさっさと戻れ。俺は大丈夫だから。な?」
有無を言わせず二人の背中をリングの出口へ押す。
二人はこちらをなんども見返しながら、多少よろけながらも出ていった。
「何であれが防げるのよ!」
そして入れ替わりにアイ、ユイ、カイトの順に勇者一行が観客席に現れ、リングに直接跳んで来たる。
取り合えずユイは魔法陣の中に入れさせた。
「大丈夫?」
その際恐る恐るといった様子でユイは俺に聞いてきて、
「その、ごめんなさいおじさん、止めようとしたんだけど。」
カイトは真面目に謝ってくれた。
もう、おじさんでいいや。名前まで教えたのに呼び方がおじさんだってことはもうカイトの中で俺はおじさん認定でもされているのだろう。
くそぅ。
「いいよいいよ。何ともなかったし、ユイも心配ご無用だ。」
「ただ投げただけとはいっても、一応聖槍の筈なんだけど?」
尚も睨み付けてくるアイ。
さっさと本題を進めた方が良さそうだ。
「ユイ、ちゃんと話したか?」
「ええ。話したわ。その、説得は……。」
段々申し訳なさそうに縮こまっていくユイ。
「まぁ、できてたらここに連れてこないわな。」
「ごめんなさい。」
「いや、話せただけで十分だ。おかげで話は早い。それでカイト、お前はユイがこのまま苦しんでいたまま良いって思っているのか?」
「いや……。」
「そんなことカイトが思うわけがないじゃない!それでも戦争に勝つためには必要だから仕方なくこうしているの!」
カイトを遮り、アイが捲し立てて槍の石突でリングを叩く。
「だからと言って本人が了承していないことを強制させるのはどうかと思うぞ。それに、正直必要なんかじゃないだろう?」
「どういう……」
「例えお前らが聖武具を自由自在にこなすことができるようになっても戦争に百パーセント勝利できる訳じゃないだろう?」
「そんなの分からないじゃない!」
「いや、分かる。もしそうなら王国は軍備を整える必要なんかない。お前ら三人を前線に送れば済む話だ。それをしないってことはそれだけでは勝てないことを表しているんじゃないのか?」
「あんたがこの前言ったんじゃない!戦争を生き延びろって。力はなるべくあった方が生き残る可能性も高いっしょ!」
さっきまでの話の路線では反論できなくなったのか、アイは別の話にすり替えてきた。
「なぁ、ユイ。」
「え、な、何よ?」
いきなり声をかけられ、驚きながらも聞き返すユイ。
「お前が白色魔素を二人に送るときの距離の制限はどのくらいだ?」
距離の制限は絶対にあるはずだ。もしも無いなら彼女はわざわざ首都を出る必要がない。
「えっと、大体50メートルぐらいね。」
「それじゃあ戦争中もカイトやアイからそこまで離れているわけにはいかないよな。」
「え、ええ。当然でしょう?」
なぜそんなことを聞くのか分からないといった様子だ。
「ちょっと、無視しないでよ!」
ダンダン!とリングを石突でつつくアイ。
お前は駄々っ子か!?
「あのなぁアイ、聞いただろう?お前らが戦争に参加して戦うってことはユイも随行しなくちゃいけなくなる。戦争の真っ最中に急に苦しみだした敵を心配して見逃してくれる心優しい敵兵なんている訳がないだろ?お前らが聖武具を使おうとした瞬間、ユイは確実に殺されてしまう。だからお前ら〝全員〟が生き残るには宝玉はむしろ妨げになるんだ。分かるか?」
ヴリトラのことは前にも話したが、彼らには目前の戦争にしか関心を示していないようなのでその方面の話で説得をしにかかる。
「で、でも……か、カイトはそれで良いの?勝てなくなるかもしれないよ?」
「オレ達が聖武具で確実に敵を全滅させれば……」
「それがどんなに難しいことか分かってるのか?ここはゲームの世界じゃない。例え全ての敵に致命傷を負わせることに成功したとしても、敵はそれですぐに息絶えたり消滅するわけじゃないんだ。……最後の力を振り絞って一矢報いようとする奴だっているんだよ。ユイが殺される確率は無くすことはできない。」
話しながら、かつてゴブリンに刺されたふくらはぎをもう片方の足でさする。
……あのときは焦ったなぁ。
「……分かりました。ユイがそれに納得しているのならオレはそれで構いません。」
「ちょっとカイト!?」
「アオバ君!」
と、ここでアイの声を無視してユイがカイトに抱きついた。
ウォッホウ、大胆に攻めたな。
「本当に、ありがとう。」
「い、いやぁ、ユイだけに負担をかけるわけにはいかないからね。あはははは。」
「なっ!?ちょっと、離れなさいよ!あなた、宝玉を取り出したら単なる足手まといにしかならないんでしょう!?」
「私は宝玉を取り出すけど足手まといなんかにならないわ。それに今は回復の魔法と魔術を習っているの。絶対にアオバ君の役に立つわよ。」
ここでユイがグッと親指を立ててこちらを向いた。
えっと、回復魔法を習えってアドバイスしたのは俺だから、かな?
取り敢えず、俺は親指を立てて返した。
何にせよ、頑張れ高校生。
とにもかくにもユイの宝玉を取り出すことになって良かった。アイはまだゴタゴタ言っているけれども、カイトに反対することはまずないだろう。
それからしばらくの間、魔法陣の中にいる必要がもう無くなっても、三人は俺の前でイチャイチャして続けた。
ああ、甘いなぁ。
今日はケーキは食べないでいいや。
「コテツさん。説明してください。」
三人を帰し、リングから出たところでアリシアに捕まった。どうやらずっとスタンバっていたらしい。
勇者三人に気をとられていて全く気付かなかったため、俺は内心かなり驚いている。
急に目の前にたち塞がられた瞬間には危うく変な声が出そうになった。
「えーと、何を?」
「コテツさんの古い知人であるあの三人は今回の勇者様方ですよね?」
「そ、そんなことは……。」
「あの会話からして勇者様であることに間違いはありません。私はこれでも高位の神官ですから勇者様方の情報は知っているんですよ?一人は聖武具を使う代わりに宝玉を自らに宿らせたこととか。」
うわ、よく知っていらっしゃる。
「まぁ、人にはいろいろ事情があるんだ。本人達は勇者だってことを隠しているようだし、俺からは何も言わないでおくよ。」
そのまま居住部屋に向かって歩いていこうとするとルナが行く手を遮った。
「わ、私も、その、ご主人様のことをもっと知りたいわ。」
ルナがはにかみながら、何故か戦闘時の口調で言う。
どうしよう、俺の過去って言っても召喚されてからは、勇者を間違って辞めて困って、日銭を稼ぐために冒険者になったってだけだぞ。
こんなこと言ったら絶対に愛想を尽かれてしまう。今まで作ってきたできる大人ってイメージがぁ!
『そんなイメージ誰も持っとらんわ!』
あー、うん、まぁそうだよな。
「はぁ、そうだな、さてどこから話そうか。」
取り合えず勿体をつけてみる。
「あ、コテツさんちょっと待ってください。ネルさんも聞きたいそうなので。こちらに向かっているそうです。」
「俺が後でイヤリングを使って話せば済む話だろう?一応聞いておくが女子寮に門限って無いのか?」
「有って無いようなものだよ。」
ネルがやって来た。
バチバチと彼女の足元や通ってきた跡が鳴っている。まさか雷光を使ってきたのか?
「はぁ、二人とも帰りなさい。さっきも言ったように後でイヤリングで話すから。」
「ご主人様、私には話してくれないのですか?」
「ルナは俺のそばで聞いていれば良いだろう?話ながら尻尾を……ふむっ!」
いきなり口を塞がれた。ルナに。
「ご主人様、は、早く中に入りましょう!」
言い、彼女がそのまま俺を部屋へ引っ張っていこうとする。
これは好都合。さっさと中に入ろう。
「ズルい!ボクも直に聞きたい!」
「わ、私もです!」
しかし、ネルとアリシアに両腕をそれぞれ捕まれた。
そんなに聞きたいのか?
「別にそう波瀾万丈なものでも何でもないぞ。それで良いのか?」
「そこを面白おかしく話すのが話し手のテクニックってやつでしょ?」
おいネル、惚れ惚れするほどの笑顔で勝手にハードルを上げるんじゃない。
「コテツさん、聞いたら駄目ですか?」
アリシア、その目はやめてくれ。断れなくなるから。
はぁ、娘につまらない本を読み聞かせさせられる父親ってこんな気持ちなのかね?
正直眠たい。
さっさと済ませよう。
話したあと、ネル以外の二人は寝てしまっていた。
そのネルも半目だった。
彼女は俺が話終わったのに気付くと、
「コテツ、面白かったよ?」
心優しくも微笑んでそう言い、他の二人と同じように夢の世界へと旅立った。
……つまらなくて悪かったな!