54 正月休み③
「こーんにーちはー!」
「おじちゃん、ひさしぶりー」
木製の扉を開けると元気一杯な声で歓迎された。
正月休みの最終日である今日、バーナベルの家に招待された。正月の雑煮とかを作りすぎたらしく、増援に俺が呼ばれたのである。
どうもバーナベルの中では〝強い=よく食べる〟の方程式が成り立ってしまっているらしい。
迎えてくれた子供二人の名前はケニスとタレン。一卵性の双子で、揃って元気が有り余っているのは常日頃。
そんな元気が一人に纏まらず、二人に別れてくれて良かったというのはバーナベルの奥さん、ハイラさんの言だ。
ハイラさんは人間のため、子供二人は人間と獣人のハーフで、その影響なのか二人には虎耳があっても尻尾はない。
つまり一見すると獣人にしか見えないってことだ。
バーナベルは奥さんのハイラさん、そしてケニスとタレンの二人の四人家族を養っているものの、バーナベル自身は基本的に学園で寝泊まりするので普段は彼を抜いた三人で生活をしているらしい。
さて、俺が増援に選ばれた理由には、バーナベルの脳内方程式とは別に、子供たちに気に入れられてしまったからという理由もある。
「お、久しぶりだな二人とも。」
元気のいい子供二人に挨拶を返す。
すると、二人はいきなり俺のロングコートのポケットに手や頭を突っ込んだりし始めた。
「あれぇ?どこにもなーい。」
「おじちゃん、ね、ね、コインどこ?」
一通り俺のボディチェックが済むと、二人は揃って見上げてきた。
こうなることは大体予想していた。
「コインは良い子が持ってるぞぉ。さて、良い子は誰かなぁ?」
聞けば、ケニスはハイハイと手を上げて叫び、タレンは良い子という言葉に反応したのか、ピシッと気を付けの姿勢を取った。
心なしか顔つきもキリッとしているように見える。……微笑ましい。
「なぁ、俺におかえりは言わねぇのか?」
俺と同時に来ていながら自分の子供に見向きもされなかったバーナベルがぼやく。
が、しかし悲しいことに子供二人はコインの在処に興味が全部注がれている。
父親の方など見向きもしない。
仕方ない、俺がかまってやろう。
「コインは……あ、ここにあった!」
そう言ってバーナベルの頭の後ろから、銅貨――何故か俺の所持している中では数が一番少ない貨幣――を一枚取り出したように見せる。
俺が子供達に人気があるのはこういった簡単な手品を披露して見せたからである。
内心では二人がタネを考え付いてしまわないかかなりドキドキしている。なにせ俺には他に手品のレパートリーがない。まぁ、トランプが存在していれば別だが。
……いざとなったら黒魔法を使おうと思う。
しっかし、二人とも俺のポケットの中を散々探し回っていながら握られた拳の中を確認しようともしないとはな。将来が心配だ。
「おいコテツ、何を……「「あー!」」どうした!?」
「ズルーい!」
「パパ嫌ぁい!」
好き勝手言った二人はテテテと家の奥へ走って行き、バーナベルは愕然とした様子で膝から崩れ落ちる。
そして膝をついたままバッと顔を上げ、俺を睨み付けてきた。
「コテツ、てめぇ!イテェ!」
しかしいざ声を荒げ始めた直後、ハイラさんが出てきてバーナベルの頭をスパンとはたく。
わぁ、良い音。
「あんた、やかましいよ!……あ、コテツさん、お久しぶりです。いつも旦那がお世話になっております。」
ハイラさんはしかし隣に俺がいることに気付くと、今しがた夫をぶっ叩いた掌で口元を隠し、俺に気が付くとオホホと笑いながら挨拶をしてきた。
もしかしてこれで今さっきの旦那とのやり取りを無かったことにしようとしているのだろうか?
「え、ええ、お久しぶりですね。相変わらず元気のいいお子さん達で。」
指摘なんかはしない。
女性は皆、心までも美しい。そう信じよう、今だけは。
「いえいえ、いつも暴れまわって困っているだけです。……こら、二人ともちゃんとコテツさんに挨拶したの!?……「「したよー。」」うん、よろしい。」
家の奥からのやんちゃな声に、腰を手に当て、頷くハイラさん。
やっぱりバーナベルへの挨拶は確認されなかった。
「はぁ。」
しかし当の彼はどんよりとした雰囲気を背負ったまま、静かに家に入ろうとする。
反論さえもしないとは……本当に尻に敷かれているんだな。
「コラァ!靴をちゃんと脱いでっていつもいってるでしょ!?あんたが学園でいつもどんな風に生活してるか知んないけど、うちでは脱ぐの!汚いでしょうが!?」
バーナベル、頑張れよ。と思ったのも束の間、ハイラさんからの追撃がバーナベルを襲った。
「あ、ああ。」
それだけ言って、バーナベルは靴を脱ぎ、その巨体からは考えられないほど静かに家に入っていった。
「ささ、コテツさん、どうぞ入ってください。あ、ここではスレインと同じように靴は脱いでくださいね。」
一転、お客様の俺には優しく接し、軽い注意までしてくれた。
ここだけ見れば見た目は明るく、綺麗だし、優しい上に気配りもできる女性なんけどなぁ。
礼をして靴を脱ぎ、(靴は一応、ちゃんと揃えた。)おじゃましますと今さらだが一言言って、バーナベルの消えた方へと向かった。
「おうコテツ。さっきはよくもやってくれたな。」
テーブルが置かれた大きめの部屋。バーナベルはそのテーブルの椅子の一つに座っていた。
言葉とは裏腹に、つい先程叱られたことがかなり効いているのか声に覇気がない。
「いつもあんな感じなのか?」
聞きながらその向かいの椅子に座る。
「いや、お前がいたお陰であれくらいで済んだ。」
わぁ、普段はあれ以上なのか……。
「大変なんだな。反撃してしまうんじゃないかとヒヤヒヤしたぞ。」
「んなことしねぇよ。はぁ、昔は優しかったんだがなぁ。なんでああなっちまったのか……。はぁ。」
ため息を二度もつき、バーナベルは俯いて首を振る。
「ハイラさんは綺麗だし優しいと思うぞ?」
呟いた途端、バーナベルは顔を上げ、
「だろ?」
にへらっと気持ち悪いくらいいい笑みを浮かべた。
……こいつ、さては俺にこう言わせたかっただけだな?
「ハイラと出会ったのはファーレンに来たばかりの頃でな、俺もまだ他の種族とかに慣れてなかった。それで、まぁ、恥ずかしい話、少し荒れてた。ラダンの軍を除隊処分にされて、何となく流れてきただけだったからな。「除隊?」酒を飲み過ぎたんだ、思い出させるな。……まぁ正直何も覚えてねぇがな。」
おいおい。
苦笑するも、バーナベルの話は続く。
そして、俺は俺が招待された第三の理由を大体察することができた。
それは、招待に応じる奴が他にいないからだ。
理由は簡単、こいつの嫁自慢が長い!
かれこれ20分ばかり、だらだらと話し続けている。
……しかし、今ならそれを終わらせられる。
「おい、後ろを見ろ。」
「ああ?あ……。」
バーナベルの背後で真っ赤になってくねくねしている二児の母を指差す。
本人はバーナベルに自身のそんな姿を恥ずかしくて見せたくないのかもしれないけれども、ここは俺のために犠牲になってもらおう。
「ハ、ハイハイハイラぁ!?」
振り返ってハイラさんの姿を見ると、バーナベルは怒りとは違う感情で顔を紅潮させていった。
「コテツさん、ケニスとタレンの相手を少しの間任せても良いでしょうか?少し急用ができてしまって……。」
「ええ、もちろん。」
「ありがとうございます。ほら、ケニス、タレン、コテツさんが遊んでくれるわよ。」
「「はーい。」」
快諾すると、ハイラさんは子供二人を俺の方へ押し、どこかへ走っていった。
「こ、コテツ、ハイラは、いつから……。」
恐る恐る聞いてくるバーナベルにただ笑みだけを浮かべ、彼はドサッと椅子に座り込んだ。
「ねぇ、おじちゃん、パパどしたの?」
「ママもかおがあかくなってたぁ、ねつ?」
ケニスが不思議そうな、タレンが心配そうな顔をして俺、ハイラさんの行った方向、そしてバーナベル、そしてまた俺を順に見る。
説明か……難しいな。
「大丈夫、パパがママを大好きなだけだよ。」
取り合えず笑いながら言う。
「ママはいつもパパのことをすきっていってるよ?ね?」
「うん、パパがおうちにくるときとぼくたちがおしろにいくときもいつもパパにはやくあいたいっていってる。」
わぁ、とてつもない惚気話を暴露したよこの二人。
「そうかぁ。」
と笑いながら、恐る恐るバーナベルの方を見る。
バーナベルはテーブルにうつ伏せに覆い被さったままながら、両手で頭を抱えてプルプル震えていた。
「なぁ、このことを他の教師にも言って……。」
ついついいたずら心が働いてしまい、そう聞くと、バーナベルはファレリルでも怯むんじゃないかと思うくらい強くこちらを睨んだ。
おぉ、怖い。
「どうぞ。」
テーブルの真ん中にドドドン!と元の世界で言う金団、海老、黒豆などを始めとした様々な縁起物が並べられた。
勇者はこういう行事も抜かりなく広めたらしい。俺ならたぶん面倒臭くて広めようとも、いやむしろやろうともしなかっただろう。
俺とバーナベルの家族はそのテーブルを囲んで座っている。
「「「いただきます。」」」
手を合わせて食前の礼、早速食べ始めようとすると、バーナベルに声をかけられた。
「なぁ、その〝いただきます〟ってのはよう、本当にスレインじゃ誰もがやってんのか?」
ここら辺でハイラさんから「私の言葉を信じてなかったの!?」とか言われて叱られそうなところながら、そんな様子はない。
むしろ黙々と食事に集中している。
「まぁ、人それぞれじゃないか?俺の場合は親にしつけられて若干癖みたいになってるな。アリシアはアザゼル教徒としての礼をするし、ネルは言ったり言わなかったりと適当だし。」
ちなみにルナは出会った当初は何もしてなかったものの、俺と過ごすうちに真似してするようになった。
「へぇ、そうなのか。それでこの料理の意味ってのはあんのか?」
どんどんこっちに話を振ってくる。
ハイラさんも、お互いに視線を会わせないようにしているのが丸分かりだ。
まぁ、聞かれたからには答えてやろう。記憶はかなりおぼろげだけどな。
「たしか、金団は豊かな一年になるようにで……」
バーナベルがうんうんと頷いていることから通じているようである。
「かずのこは子宝に恵まれるように、だったはずだ。海老は長寿で黒豆はたしか一年の健康を願ってだ。俺の場合、黒豆は自分の年の数だけ食べるってことになってたな。……さすがに25個はキツいだろうなぁ。あはは。」
笑いながらテーブルの中心に向き直り、他の人に少し遅れて食べ始めようとしたところで異変に気がついた。
バーナベルやケニスとタレン達は獣人の血によるものなのかは分からんが山のように料理を取って食べているし、人間のハイラさんも少し多目に食べているように見える。
だがしかし、真ん中の料理は半分も減っていない。
「なぁ、バーナベル、お前ら獣人ってものすごく食うんだな。」
半分呆れながらしみじみと言うと、バーナベルは頬張っていた物を呑み込み、苦笑いを向けてきた。
「いや、流石にこの量は多すぎる。だからコテツ、お前を呼んだんだ。」
それは分かっていたけどな、ちょっと……いや、かなり予想以上だった。
「何でこんなことになったんだ?」
たしかおせち料理って食べる数カ月前から作り始める物だよな?わざわざこんなに多く作ることなんてあるのかね?
「あ、おいはん、ぼふひっへうよー!」
タレンが口に物を入れたまま言った。
「こら、呑み込みなさい!」
「んくっ、ぼくなんでたくさんあるのかしってるよー!」
ハイラさんに注意に従ったあと、タレンはもう一度言い直した。
「よ、余計なことは言わないの!コテツさん、遠慮せずに食べてくださいね。」
ハイラさんが慌ててタレンの口を塞ぎ、俺に食べるよう進める。
が、しかし、双子の力なのかは知らないが、ケニスがタレンの思いをどうやってか汲み取って、話し出した。
「ママがパパにたくさんたべてほしいっていいながらつくってたぁ。だからパパもたくさんたべてね!」
「あぁぁ。」
ハイラは口を開けたままバーナベルの方を見、バーナベルは照れ臭そうに頭を掻く。
「あー、ハイラ、いつもありがとな。これに限らず、お前の作ってくれる物は全部凄く美味いからな。いくらでも食べられそうだ。」
と、ここで自分の皿をバーナベルの方へと押しやる子供二人。
できた子達だ。
そんな惚気を聞きながら、俺は黙々とおせち料理の山に挑み続けた。