53 正月休み②
「そういえばアリシア、お前は親元に帰らなくて良いのか?」
ぶらぶら歩いてアリシアと共に学園へ向かいながら、ふと気になって聞いてみた。
「いえ、私の親は亡くなってしまっているんです。」
oh…………。
「そ、そうなのか。すまん。」
やってしまった。
「い、いえ、コテツさんは悪くありませんよ。私、両親の顔を知らないんです。生まれたときからずっと教会の神父さんに育てられていたので。」
「辛いこと、思い出させたか?」
どういう対応をすれば良いのかが全く分からない。
「いえ、そんなことはありませんよ。教会での暮らしは楽しかったですし。あ、コテツさん、私の子供の頃の話を少ししても良いですか?」
そういえば一度も聞いたことがなかったな。
本人も嬉々として話そうとしているし、話してくれるのなら喜んで聞かせてもらおう。
「ああ、聞いてみたい。」
すると彼女はそうですか!と言ってにっこりと笑い、深呼吸を一つして、では、と話し始めた。
「私の生まれ育ったのは大陸の端の方にある田舎の村なんです。そして育ててくれた神父さんからきいた話ですけれど、私の父は早くに亡くなってしまって、母は私を教会で産んですぐに死んでしまったそうです。」
いきなり重いな。
「そうして生まれた私は体が弱くて、ずっと神父さんと一緒に教会の中で生活していました。でも私が六歳になったとき、急に体調もよくなったんです。きっと病気に体が打ち勝ったんだと神父さんはおっしゃっていました。それからは外で他の子供達と遊んだり、神父さんから魔法を教えてもらったりして楽しく過ごしていたんですよ。」
ファーレンを卒業したら、報告のためにも、アリシアをその神父さんのところに顔を見せに行かせないといけないな。
「へぇ、冒険者になろうと思ったきっかけはあったのか?」
「恥ずかしい話ですけど、たまに教会にやってくる冒険者の皆さんの話を聞いて、その、子供心に格好いいな、と思ったんです。」
「まだ子供だろうに。」
インクタンクの入った袋を持っていない方の手でアリシアの頭に手を置く。
「もう、子供扱いしないでください。」
前に少し歩いて俺の手の下から逃れ、アリシアはそう言った。
「すまんすまん。」
手をヒラヒラさせて謝る。
「むぅ、本当に分かっているんですか?」
「分かってるって。」
不機嫌なのを表すためか、膨らませた頬からぷふぅと息を吐くと、アリシアは気を取り直して過去の話を続けた。
「えっと、私が冒険者になりたいと言ったとき、神父さんは勿論、他の子供達やその親も反対しました。」
そりゃあ、そうだろう。冒険者になるなんて言うのは私の夢はフリーターになることですって言うようなものだからな。
それに危険も伴う。
超のつく程の親不孝者だって言われてもおかしくないレベルだ。
「よく説得できたな。小さい頃は今と違って案外弁が立ったのか?」
「うぅ、一言余計ですよ……。それにそんなことはありません。ある日、村に立ち寄ったカイルさんが私の話を聞いて、ファーレンに通うためならどうだろうか、と進言してくれたんです。ファーレンに入学できる年齢を越えてしまったら必ず村に帰ってくるという条件付きでですけど、許しは得られました。カイルさんは私が16歳になったらイベラムに連れていってくれると約束してくれたので私はそれからは魔法の練習を重点的に頑張ったんです。」
カイル様々だな。
「そして私がイベラムに向けて出発するとき、神父さんが紹介状と一緒にお菓子をくれたんです。教会は贅沢なんてしてはいけませんからそれは初めてのことでした。他の子供達が毎年の始めにクッキーを食べていたのを見てずっと羨ましく思っていたんですけど、神父さんがくれたのはケーキでした。私のためにずっとお金を貯めていてくれたんです。だからあのお菓子屋さんでこの大きなケーキの値段を見たときには本当に驚きました。もっと高いものかと思っていたのですけど、まさか自分で買えるとは思わず、つい。」
これをわざわざ言うために身の上話をしたのかよ……。
それに〝つい〟じゃねぇよ。
「こら、確かに買えるっちゃ買えるけどな、実際高いんだぞ。ネルに一度通して買うようにと言ってあったはずだろ?」
ちなみにアリシアの持っているホールケーキは500シルバー、(日本円で約五十万円)する。
決して安い買い物ではないはずなのに、桁がシルバーってだけで案外安いと思ってしまった俺も大概だろう。
逐一日本円に換算しないとこの先すぐに破産しそうだ。
誰か駄菓子っぽい物を早く作ってくれ。
俺の駄菓子レパートリーはカルメ焼が精一杯だ。あ、砂糖も高いのか……。
「ちゃんと言いましたよ?ネルさんは私の話を聞いて承諾してくれました。いくらでも買って良いよ、と。」
あいつ、甘すぎだろう。
「だとしても籠が溢れる程は買いすぎだろうに。」
「えへへ、つい目移りしてしまって。」
「やっぱりまだ子供だな。」
ニヤリと笑ってアリシアの頭をワシャワシャと撫でる。
「こ、今度からは気を付けます。」
「はいはい、それで?イベラムまでの道中はどうだった?」
「コテツさん、全然信じていませんね。……それでイベラムまでの話ですけど、私は故郷を出発したあとカイルさんとカイルさんに雇われた数人の冒険者の方々と一緒に旅しました。これと言って事件は起きませんでしたよ。イベラムに着く前にサイレスという街で何故か馬車の中に一人ぼっちされたことくらいでしょうか。あとは……あ、サイレスからイベラムに向かう途中でゲイルさんが行き倒れていたのを私がカイルさんに頼んで助けてもらいました。」
何してんだよゲイル。
「あいつが行き倒れているところなんて想像できないな。」
「ふふ、最初は金属の山かと思ったんですけど、よく見たら上下に動いていたのでびっくりしました。」
金属の山があるって信じているのならそれはそれでビックリだな。
「ゲイルは冒険者家業をしている最中は動く金属塊だからなぁ。はは、なかなか見れない光景だぞそれは。」
「ふふ、ええ、そうですね。……でもやっぱり一番良かったのはコテツさんと出会えたことです。」
アリシア、そこで満面の笑みを浮かべられると正直照れる。
「ははは、そいつは嬉しいな。俺はあのときはこれと言った目的は無かったから、俺もアリシアに出合えて良かったと思ってるよ。」
「それだけ、ですか?」
「ん?何がだ?」
「私と出会えて良かったと思う理由です。」
アリシアは急に真剣な顔になって聞いてきた。
「も、もちろん優秀な回復魔法使いとして評価しているぞ。攻撃魔法も随分と上手くなったしな。それにほら、ツェネリに身体強化も習っただろ?」
つい気圧されてしまう。
「……そう、ですか。」
反応が悪いな。俺は何か間違えたのか?
「じゃあアリシアは俺に出会えて良かったと思うことはあるのか?」
「ひゃい!?いや、その、えーと、な、なんというか……あ!コテツさんに出会えていなければこんなに早くファーレンに入学することはできませんでした!」
俺が質問を返すとアリシアはしどろもどろになってなり、何とか答えを捲し立てた。
どう見ても言うことを探して慌てたという様子だ。それに、必死に考えたことが赤く染まった顔からも察せられる。
そこまで動揺するもんかね。
まぁ、俺なんかいなくてもアリシアならファーレンに入学することはできただろうしな。俺はただその時期を早めただけのようなものだ。
「アリシア、無理してお世辞なんか言わなくて良いぞ。」
「お世辞なんかじゃありません!」
「そうか、ありがとうな。」
優しさが染みる。
それからもあれやこれやと話している内にファーレンの城門に着いた。
門番のドワーフに挨拶をして中に入る。
その際俺はファーレンの教師の証であるメダルを、アリシアはくるりとターンして、ケープが本物であること(何らかの仕掛けがあるらしい。)を彼に見せた。
今の二、三年目の学生達のようにアリシアも来年、再来年になったらケープを短くしたり刺繍を入れたりするのだろうか?
「あの、コテツさん。」
「ん?何だ?」
城に入るとアリシアがモジモジとしだし、ついに声をかけてきた。
そして意を決したようにホールケーキを俺に手渡してきた。
「おいおい、食べ過ぎはたしかに良くないけどな、だからと言って食べたらいけないって訳じゃあないんだぞ。」
せっかく試行錯誤の末に買った物だろうに。
「いえ、買ったお菓子の一つは絶対にコテツさんにあげようと思っていたので大丈夫です。それで、その、受け取ってくれませんか?」
「はぁ、……流石にこの量はな。」
正直、俺は洋菓子はあまり好んで食べない。高級な洋菓子は食べたことがないのでどうなのかわからないが、甘ったるくて食べようとは思えないのだ。
「駄目、ですか?」
途端に泣きそうな顔になるアリシア。
慌てて弁解。
「いや、そうは言わないさ。そうだな、取り合えず受け取っておくよ、うん。アリシア、ケーキが食べたくなったらコロシアムに来い、どうせ俺一人じゃあ食べきれないしな。……まぁ、もしかしたらルナが全部食べるかもしれないな。」
「やったぁ!」
「え?」
何故そこでガッツポーズ?
「い、いえ、何でもありません!毎日行きますね!」
「ん?あ、ああ、分かった。待っとく。」
「はい!」
アリシアは小走りで寮に戻っていった。
一体どうしたんだ?ケーキなら一週間かそこらで食べきれるんじゃないか?
ま、取り敢えずコロシアムに戻ったらケーキはラヴァルに作ってもらった冷蔵庫の中に入れるか。
冷蔵庫と言っても底に溶けない氷が常時張っているだけの箱だ。魔術ならではの発想だと思う。
インクはその後職員室に持っていけば良いだろう。
俺はコロシアムへ転移した。
「おお、コテツ、良いところに。」
アリシアのケーキを保管し、職員室でインクタンクを指定の位置に一つ一つ袋から取り出しながら置いているとツェネリに声をかけられた。
面倒くさそうな臭いがプンプンする。
「我輩も回復科のテストを休み明けにしてみようと思うのだが、我輩は学園の治療担当として他の仕事もあるのでな、コテツにやってほしいのである!」
じゃあしないで良いだろ!?学生達だって進んでテストをしたいなんて奴はほとんどいないだろうに。
だがここで断ったら他の教師の申し出を断れなくなってしまうのは容易に想像できる。
チクショウ、できたばっかりの回復科は安全牌だと思ったのに。
「あいよ、分かった。で?具体的に何をするんだ?」
「それぞれの学生の扱える回復魔法の種類、規模、効果の三つを計ってもらいたいのである。回復魔術に関してはそれに加えて魔法陣を描く速さも評価するように。」
「その種類ってのは肉体強化みたいな物も含めるのか?」
肉体強化とは言葉通りの意味だが、スキルや鉄塊系の技と違って肉体の負担が大きいが、白色魔素の適正があれば誰だって習得できる汎用的な技だ。
「うむ、当然であろう。」
「だとしても俺は回復は専門外だ。そういう判断なんかできっこない。」
見ただけではキュアーなのかエスナなのかも判別できないんだぞ俺は。効果の強弱なんて尚更分かるわけもない。
怪我人を量産しろと言うのなら話は別だがやりたくはないな。
「そこはこちらで考えてあるから問題はないのである。」
ツェネリはそう言って分厚い白紙の束をどこからともなく取り出し、そこから一枚の紙切れを抜き出した。
「我輩が今からキュアー、エスナ、ハイキュアーの順にこの紙に魔法をかける。良く見ておくのである。そうすればこの紙の特性が分かる。ではまず、キュアー!」
ツェネリがつまんでいる部分を中心に半径3センチぐらいの円が青色に染まる。
「次、エスナ!」
今度はその円が青色の円を上書きでもするかのように緑色に染まった。
「次、ハイキュアー!」
ツェネリの指から半径5センチ程の円状に青く染めなおされた。
なんかリトマス試験紙っぽいな。懐かしい。
久々に鑑定!
name:回復魔法判別紙
info:回復魔法使いを騙っていた人々を裁くために開発された紙。回復魔法の影響で色を変える性質を持つ。白魔法判別紙と呼ばれていたが、肉体強化魔法が開発され、回復魔法判別紙へと呼称が変わった。
開発された理由がなんか暗い。
開発者の親か恋人か何かが騙されて死んでしまったのだろうか?
「このように魔法の種類によって紙の色が変わる。肉体強化系は実際にコテツが手合わせをして評価し、それをまとめて私に渡してくれれば良い。ではよろしく頼んだのである。」
では、じゃねぇよ!
しかし、ツェネリは俺の返事も聞かずにさっさと転移していった。
あー、なんか他の教師の手伝いをしていた方が良かったような気がしてきたぞ?