48 龍人
「それで、何か言いたいことはあるかな龍人さん?」
「何のことだか。」
顔を握り潰した数日後、俺は職員室に呼び出され、円卓の真ん中に立たされた。
周りには真剣な顔の主要五人メンバーとツェネリ。
怒りに刈られて一人を故意に殺したことはさすがに不味かった。
「おい!おまえは学生を誘拐しようとした奴とはいえ、人をその手で殺したんだぞ!」
バーナベルが叫び、
「貴方なら捕縛ぐらいできたでしょ!」
ファレリルが糾弾し、
「や、や、やり過ぎだ。」
カダはどもり、
「うむ、それも惨殺だったと言うではないか、回復術師として承認できないのである。」
ツェネリが批判して、
「まぁ、皆落ち着け。コテツ、私は君の責任を追求したりはしない。ファーレンの警備騎士団に引き渡すなどということもしないと約束しよう。」
ラヴァルが場を収めた。
ちなみに警備騎士団とはこの世界における警察みたいなものだ。
「はぁ、その龍人ってのは金色の眼をしていたそうじゃないか。ほら、見てみろよ。これが金色に見えるか?俺の眼は生まれつき濃い目の茶色だ。」
言うと、全員が一斉にため息を付いた。
「コテツ、私達は全員、君の就任トーナメントを見ていたんだ。君の目が金色に変わることぐらい知ってるよ。」
ちぇっ。
「それでもだ。俺には鋭い爪なんてないぞ。ほら、ただの人間の指だ。」
手袋を取って見せる。
「そこなんだよねぇ。」
「だ、だが、そ、そ、そこ以外は全てのと、特徴がい、い、い、一致している。」
「アリシアとクラレスの両方と接点があるってところもね。」
「黒髪で黒いロングコートを羽織り、金の眼と鋭い真っ黒な爪を持つ。爪のことがなければ確定なんだがなぁ。」
「フフフ、違うぞバーナベル。爪以外の三つの特徴を持っている上、アリシアやクラレスと縁のある人は一人だけだろう、観念するんだコテツ。」
まぁ、そうだよな。
やっぱり無理だったか。まぁ、隠せるとは始めから思ってはいなかった。
「はいはいお見事、名推理だよ。」
自白するした途端に五人全員が脱力した。
「だぁ、良かったぁ!」
「こ、こ、これで何とかな、なる。」
「さっさと吐いちまえば良かったのに。」
「本当、全くよ。」
「良いではないか。これでこの学園も大丈夫だ。」
「うむ。」
……え、どうなってるんだ?
「お、おいニーナ、話が見えないぞ?」
「ああ、ごめんごめん、クラレスの誘拐未遂を聞いてお父さんが飛んできたんだ。それで助けてくれた人にお礼を言いたいから会わせてくれって。」
「へ?クラレスって魔族のお姫様だったよな。そのお父さんってことは……」
ニーナは明後日の方向を向いた。
他の教師に視線を移していく。
バーナベルは家族サービスの方法を考え始めた。
カダはその場で薬の調合を始めた。
ツェネリとラヴァルは魔法陣談義に花を咲かせ始めた。
そしてファレリルには逆に睨まれた。怖ッ。
……おい!
「はぁ、で?なんであんなに詰問口調で聞いてきたんだ?警備騎士団とかの話もしてたし。」
「えっとねー……」
「間違っても別人を会わせてしまうと大変だからである!では我輩は治療を必要とする学生を探してくるのである!」
ツェネリは転移した。何だよ探すって。
「わ、私もじ、授業の準備が。」
「俺もだ!」
バーナベルとカダもあとに続いて転移した。バーナベル、お前の授業に準備はほとんど必要ないだろ。
「う、裏切り者ぉ!誰か私と一緒に王様に会ってよぉ!ファレ……ゴメンナサイ何でもありません。」
ファレリルは一睨みでニーナの思惑を砕いた。
「ラ、ラヴァルは?」
泣きそうな眼でラヴァルの方を見るニーナ。
「まぁ、良いだろう。」
ラヴァルは頷いた。
こいつが甘やかすからニーナはこうなんじゃないだろうか?
「コテツ、カイジン様に今から会いに行く。くれぐれも言葉遣いには気を付けるようにしたまえ。いつもの調子だと首を跳ねられかねん。」
どうやらヘカルトの王はカイジンと言うらしい。
「問題ない。堅苦しい会話もある程度は大丈夫だ。」
何回も落ちた職業面接でな!くそったれぇ……。
「それで、ニーナは……」
「分かっています、理事長モードですね。」
「くれぐれも気を付けるように。」
「分かっています。」
もう完全にニーナの保護者と化してるな。
それに俺はむしろラヴァルの口調の方が心配だ。
「では行こうか、コテツ、こっちだ。」
ラヴァルが言うと魔法陣が足元に展開され、俺達は職員室から転移した。
「お待たせして申し訳ありません。」
目の前の男にニーナは頭を垂れて謝った。
立場上、ラヴァルは応接室の隅に立っている。王の護衛としてか、三人の騎士風の人達もいる。
俺も取り敢えずニーナと一緒に頭を下げた。
「全くだ。畏れ多くも王である私を待たせたのだから、連れてきたのであろうな?」
魔族の国、ヘカルトの王、カイジンは、センスの良い装飾の施された青いマントの下にうっすらと発光している銀(恐らくミスリル)の鎧を着た、短い金髪を持ち、立派な角が二本生やした見た目好青年だった。
そう、見た目、だ。
彼は客だとしてもあんまりな態度で座っていて、その口からでた言葉もかなり上から目線。
まぁ王だから当然と言われればそれまでだけれども。
「はい、こちらに。」
ニーナに腕を叩かれ、顔をあげる。
「コテツと申します。」
「コテツ、か。妙な名前だ。」
「おかげて名前を覚えられやすく、助かっております。」
なんか前もこんなことを言った気がする。
「ふん、そうか、して、間違いはないのだろうな?」
興味が失せたように俺から目を外し、ニーナを再び睨み付けるカイジン。
「はい!それはもう。」
彼女ははっきりと返答したものの、彼は俺を訝しげな目付きで観察し始めた。
「ふむ、余の目には人間にしか見えぬが?」
「そ、それは。」
「カイジン様、噂という物をあまり信用してしまってはいけません。」
返答に詰まったニーナをラヴァルがフォロー。
ていうか、ラヴァルもちゃんと口調は変えるのか。
「黙れ!余は理事長と話している!下の者が口を挟むな!」
しかし安心したのもつかの間、魔族の王は激昂した。
「申し訳ありません、カイジン様。どうかお許しください。」
「フン、まぁ良いだろう。で、お前……コテツだったな?」
すぐに謝ったラヴァルを鼻で笑い、彼はいきなり俺を指差した。
「は、はい!」
「娘を救ったのはお前で間違いないのだろうな。」
「はい!間違いありません!」
権力怖い。
言葉通り、かつ落語的な意味でも。
「……誠か?」
顔を俺に寄せ、至近距離から睨みつけてくる。
「はい。」
それにしっかと首肯して返すと彼は顔を引き、周囲を見渡して口を開いた。
「そうか、ならば皆の者、即刻退出せよ。」
「「「はっ!」」」
途端、護衛達は駆け足で退室した。
こういうことはよくあるのだろうか?
さて、何をするのだろう。何にしてもこちらは複数だし、ニーナとラヴァルは一流の魔術師だ。
何とかできるだろう。
「何をしている、お前達もだ。さっさとしないか。」
と、カイジンはその魔術師二人にもそう指示した。
あれぇ?
「しかし……」
「娘を誘拐させておいて、なにか言いたいことでもあるのか?」
「いえ、そんなことは……行きましょうラヴァル。」
「……分かりました。」
おい二人とも、そんな困ったような、哀れむような苦笑いを俺に向けるんじゃない。
そのまま彼らは退室し、俺のはかない希望は打ち砕かれた。
「ではコテツ。一度しか余は言わぬから心して聞くように。」
完全に二人きりになったところで、カイジンが俺の方へ一歩歩み寄る。
「……はい。」
返事と同時に、後ろ手にナイフを作成。
……地中奥深くに埋めてしまえばしばらくはバレないんじゃないだろうか?いや、海に沈めるって手もある。一応ここに入る前にカイジンの護衛にボディチェックを入念にされてるし、案外俺の犯行だとはバレないかもしれない。
遠くから矢が窓を割って飛んできたってことにすれば……。
「ありがとう。」
そこまで物騒な計画を立てたとき、カイジンは俺の目の前で頭を深く下げた。
さっきまでの様子からは想像もできない行動に呆気にとられてしまう。
そしてスッとヘカルトの王は顔を起こし、今の行動が幻覚だったかのように再び気位の高そうな顔になる。
「い、今のは?」
「一度しか言わぬと言ったであろう。全く、余が人間風情に頭を下げることになろうとは。だがクラレスのためではやむを得まい。」
聞くと、彼は今度はつらつらと自分に言い訳を始めた。
「ゴホン、それでは余は帰ったと他の者には言っておけ。」
「へ?護衛には何と?」
「明後日までに王城に戻ってこいと伝えておけば良い。では。」
途端、カイジンの胸元のペンダントが光り、床に魔法陣が響く投影されたかと思うと、へカルトの王は消え去った。
教師証と同じ仕組みだろうか?
……護衛って大変なんだな。
[コテツさん!助けてください!]
[どうした!?]
急なアリシアから念話に肩を跳ねさせながら問い返す。この前なにか起こったらすぐに連絡するようにと言っていて良かった。
いや、助けが必要になること自体は全く良くないか。
[授業中に男の人が転移して入ってきたんです!クラレスさんに執拗に話しかけていて、どうすれば良いか。]
このタイミングで転移……。
[えっとアリシア、そいつの容姿は?]
[は、はい、銀色の鎧と青いマントを身に付けていて、あと角が二本あります!あ!クラレスさんに抱きつきました!あれ?知り合い、でしょうか?クラレスさんも大して慌てていませんし。あ、むしろ蹴り返しています……。]
[アリシア。]
[はい。]
[そっとしておいてあげなさい。]
[……分かりました。]
授業中に殴り込みをかけるとは、あの王様、重度の親バカだな。
まぁ、アリシアをさらった誘拐犯にキレてしまった俺が言えた義理じゃないか。
案の定というかなんというか、一連の騒動の噂は当然学生達の間でも広まった。
そのせいでクラレスとアリシアは質問されっぱなしになっている。
もちろん俺も例外ではない。合宿のときは一学年だけだったものの、今回は全学年の集団が俺に事の是非を確かめようとして来た。
ええ、逃げましたとも。
そんな訳で俺は騒動の次の日から昼の食事場所を泣く泣く食堂から職員室へと変えた。
やり方は簡単。
隠密スキルを併用して少し早めに食堂で目当ての食べ物を受け取り、職員室へと転移するだけだ。
ただ、カレーなどの匂いが強い物は食べられなくなった。
一度したことがあるものの、そのときはダイエット中だったらしい女性教師にさんざん怒られた。この世界でもカレーの臭いというのは食欲をそそられるらしい。
その人もその人で泣きながら怒っていたので俺は割りと心から反省した。女性の涙には勝てん。
さて、そんな訳で今日も俺は職員室の円卓でざる蕎麦を食べようとしている。
周りには何人かの教師がデスクワークをしているので少し気まずいが、食事のためだ。仕方ない。
じゃ、いただきます。
ざる、というよりはすだれに似た底の容器に乾いた蕎麦が乗っていて、その上に刻んだ海苔がふりかけられている。
流石にそれだけでは後で腹が減ってしまうので、定番のかき揚げももらった。
このざる蕎麦、学生達にはあまり知られていないが、頼めば蕎麦がきももらえるのだ。蕎麦ぼうろももしかしたらあるかもしれない。あとで聞いてみよう。
つゆは何のだしから取ったのかは知らないけれども、鰹だしと大して変わらない香りがする。唯一残念なことはワサビが白い洋わさびであることぐらいか。
何故だ歴代勇者達よ。代わりになるものが見つからなかったのか!?
……まぁ、無い物ねだりをしても仕方がないか。
蕎麦を箸ですくい、つゆに入れる。
さて、ここからどうしたものかね。
日本人らしく音を立てて食べて良いのだろうか。それともパスタのように音をたてない方が良いのだろうか。
悩みどころだ。
『お主、相変わらずアホなことで悩んでおるのう。他にも考えることはあるじゃろうに。』
何が相変わらずだ。今までこんなことで悩んだことはねぇよ。
ぞぞぞと音を立てて食べる。うん、こっちの方が慣れ親しんでいて食べやすい。
『恋慕した相手に夫かおったと分かった瞬間の顔を見せてやりたいわ。』
「フグォッフグッ!」
吹き出しそうになるのを慌てて押さえる。周りにいた教師達が何事かとこっちを見た。
だぁ!もう、おかげで蕎麦が鼻に上ったじゃねぇか。
何でその話を蒸し返すかなぁ!?
『お主の考えたくだらんことの例えじゃよ。』
くだらなくない!
『はぁ、まだ引きずっておったのか。』
うるせぇよ。畜生……。
『人間は忘れる生き物なんじゃぞ。』
もう、俺が食い終わるまで少し黙ってろ!
ちり紙を取り出し、鼻をかんで鼻から違和感の原因を取り去る。
『それはやけ食いとか言うやつかの?』
うっさい!
箸でかき揚げを半分に割り、片方をつゆに一瞬浸けてかじる。
あまり長く浸けすぎるとふやけてしまって天ぷらの食感が失われてしまう。まぁ、それはそれで美味いけどな。
蕎麦を浸し、食べる。
薬味のネギを入れ、味に変化を与える。蕎麦の味に飽きたと思ってしまう前にこうして切り替えることが肝心だ。
蕎麦をつゆに浸け、もう半分のかき揚げと一緒に食べる。蕎麦にはない、天ぷら独特のサクサクとした食感が心地良い。
蕎麦とかき揚げ、全く違う二つの食べ物の味が混ざり合い、全く新しい味となって口内を駆け巡った。
最後に一口分だけ残しておいた蕎麦を食べ、口内を落ち着かせる。
ああ、美味かった。誰かさんが黙っていればもっと美味しかったろうに。
ごちそうさまでした。
「コテツ、聞いてる?」
「ああ、聞いてる聞いてる。」
俺の目の前でファレリルがヒラヒラ飛び回っている。
羽から散る光の粒が、円卓に落ちる頃には虚空に消え去っているのが何となく不思議だ。
彼女は俺がデザートの蕎麦がきを楽しんでいるといきなり現れたのだ。
ここの蕎麦がきは砂糖が入れてあるのか割りと甘く、ドンと置かれたその蕎麦がきの上にあんこがたくさんかけられている。
こういう甘い物を食べるときはしっかりと味わいたいってのに……。
もうこうなったらコロシアムでルナと一緒に食べようかな。
ん、美味い。
「聞いてる!?」
「だから聞いてるって。それで?何だっけ。」
「はぁ、今ファーレンの街で起こってる連続殺人事件のことよ。」
「そんなもん警備騎士団に任せておけば良いだろう。学園内に入ってきたら教師総出で対応した方がいい。何で俺に言うんだ?」
「あなた、本当になにも聞いていなかったのね。その殺人の犯人が龍人だと噂されているのよ。」
「そりゃまたどうして。」
「被害者は全員顔を抉られて死んでいるのよ。龍人さんが握り潰したようにね。」
「おい、食事中だぞ。」
「ならさっさと食べればいいじゃない。」
この野郎……今度から絶対コロシアムで食べてやる。
「それで、捕まえに行ったらどう?」
「面倒くさい。」
教師の仕事で忙しいんだ。探偵なんてやってられるか。
「あら、あなたが元凶なのよ?責任を感じないのかしら?」
「警備騎士団の仕事を取るわけにはいかないだろ。」
そして俺は現況じゃない。模倣犯の罪は模倣犯一人の物だろうに。
「ふーん?」
ファレリルはバカにしたような笑いをして去っていった。俺はそんなにお人好しじゃねぇよ。
そう思っていると、性悪妖精は少し離れたところにいる別の教師に話しかけ出した。
「そういえば、別に警備騎士団に誰が龍人かを告げ口してはいけないとは言われてはいないわよね?」
「え!?ええ、まあ。」
話しかけられた教師は質問の内容に驚き、こちらをチラチラと見ながら受け答えをした。
人間も救難信号を出せることを始めて知った瞬間だった。
「容疑者として騎士団に引き渡されるのと本当の犯人を捕まえて事無きを得るのとではどちらが大変なのでしょうねぇ。」
「え?え?」
巻き込まれた教師もしどろもどろになってしまっている。
「だぁーもう!行けばいいんだろう!行けば!」
叫んだ俺はやけくそだった。