46 発見
「というわけで回復の魔法と魔術の授業を組み込んでほしい。どうだろうか。」
親より授かった二本の足で床を踏みしめて、自分なりに堂々と立った俺の目の前に居並ぶファーレン生徒会構成員7人に向けて言う。
ここ、生徒会室は学園の方針を決めるだけあってファーレン城の中心に位置している。
構成員が7人もいるからか部屋は理事長室よりも一回り大きく、机椅子がU字形に7組と、壁際には何かの資料で埋まった本棚が。
さて、俺がここにいる理由は何か?そんなもの1つしかないだろう。俺の案はニーナに却下されたのだ。
そういう前例を作ると生徒会の権利の1つを実質無効なものにしてしまうからだそうな。
そして、その俺の案というのは、授業を作るのが駄目なのならば、それを特別補習として希望者だけの参加型にすることだ。なかなか言い訳めいた物ながら、なんとかなりそうな気がしたのである。
「コテツ先生、その担当の教員はいったい誰が?」
と、俺の右に座っている風紀委員長、クレスが口を開いた。ちなみにエルフ。
彼はあのギルドマスターのレゴラスを思わせる、シャープな顔立ちをしている。エルフの男性の特徴なのだろうか。
「ツェネリ先生に了承はしてもらってある。」
端的に答えると、クレスは納得してくれたようで頷いた。
こういう発言は各委員の副委員長が書記として記録しているからなかなか緊張する。
ちなみにファングも副委員長だったらしく、カリカリと用紙に書き込んでいる。
誤字脱字が多そうだ。いや、偏見はいけないか。
「ツェネリ先生は普段の仕事で忙しいと思いますが?」
次に口を開いたのは俺の左にいる保健委員長、アグネスだ。
彼女は人間で、ややつり目がち、この話し合いが始まってから、ずっとこちらを睨めつけている。
「だから臨時の補習、課外の活動という形を取ってはどうかと言っている。」
ただ、俺の言い訳じみた案自体は、それはそれで良かったらしく、ニーナに言われ、そのまま生徒会に提案することにした。
と、アグネスはキッとさらに睨み効かせた。少し強く言い過ぎたかな?
「先生がこの授業をして欲しい理由は何ですか?」
発言した三人目は図書委員長、イザベラだ。
彼女はドワーフなので背が低く、体付きはがっしりしている。しかし、怖いということはなく、むしろ柔和な印象を受ける。
宿屋のおかみさん、と言ったら分かりやすいだろうか。
「戦闘面で伸び悩んでいる学生を何人か見かけたからな、どうにかできないものかと思ったんだ。」
今の質問は想定していたから前準備してきた嘘が流れるように口から出た。
実際のところ、俺に実戦訓練を申込む学生に戦闘面での不安を持つ奴はほとんどいない。それにいたとしても、俺の所に来る時点で回復職になろうとは思っていないだろう。
そんな俺の答えに静寂が辺りを包んだ。
何か間違えたか?
と、質疑応答を傍観していた生徒会長、エリック・ハイドンが口を開いた。
「他に質問を持つ者はいないか?」
誰も手を上げない。
「では回復の魔法と魔術の授業をしても良いと思う者は挙手を。」
アグネス以外全員が手を挙げた。
なんだ、心配は杞憂か。変に拗れなくて良かった良かった。
「残念ながら満場一致とはならなかったが、多数は多数だ。コテツ先生、回復の魔法と魔術の授業を許可します。」
「分かった。後のことは理事長の仕事だよな?」
「ええ。」
確認の意を込めて聞くと、エリックは頷いた。
ふぅ、やっと終わった。
「で、なんでこうなった。」
俺は新しく始まったツェネリの授業の助手として魔法陣を描くためのチョークや魔法の練習用の器具などの持ち運びをやらされている。
「理事長の命令って言ってるでしょ。」
助手は二人いて、もう一人はアグネスだ。何でも自分から志願したらしい。
「はい、二人とも仲良くしなさい。」
「はーい。」
ツェネリが割って入ると、アグネスはさっさと仕事に戻った。
「へいへい。」
俺も荷物を再び運びはじめる。
しかし、ツェネリの授業か。どんなものになるんだろうな。
「ハッ!」
「「「「「「「はぁぁ!」」」」」」」
「違う!はぁぁではありません。ハッと腹から空気を一気に押し出す感じである!もう一回!ハッ!」
「「「「「「「はぁ!」」」」」」」
「違ぁう!」
おう……これは……予想外だ。
ツェネリは今、学生達の前で正拳突きを左右交互に繰り返している。
場所はファーレン城の外、青空の下だ。
まだ最近発足したばかりだから教室が割り当てられるのはまだ先のことになっているらしい。
何でも彼が言うには「まずは体力から。」とのこと。
それに白魔法には身体強化もあるので回復職はそれを用いた防衛手段を持っておくことがメジャーらしい。なんでも、それにより魔素の集め直しの手間も省けるそう。
学生達の中にはアリシアとクラレスの、揃って汗を掻き、気の抜けた声を出しながら正拳突きを放っている姿もある。……魔法使い志望というのもあって、相当に疲れているのだろう。
翻ってユイはと言うと、元々こういうのに慣れているのか、もしくはそれだけ真剣なのか、しっかりと腹から声を出せている。
ここはどこかの拳法の道場かと傍目から見れば思うだろう。各言う俺もそう思った。
いや、思っている。
「はっ!はっ!はっ!はっ!」
アグネスも俺の隣で正拳突きを繰り返している。
彼女も保健委員長として真剣であるらしい。
「コテツ先生。最後には一つ、見本を見せてくれませんか。」
と、急に振り返ったツェネリに声をかけられた。
え、俺を呼びますか。
まぁ、俺は体術のスキル持ちだし、やってみるか。
「チッ。」
隣から保健委員長にはあるまじき音が発せられた気がしたものの、無視。
ツェネリが一歩下がり、俺は既にその疲労が目に見えている学生達の前に出て、彼らに見やすいように真横を向く。
足を開き、腰を落とす。
そのまま左手を前、右手の平を上に向けて後ろに引きながら腰を捻る。
「……鉄塊。」
スキル名が魔素式格闘術なんだし、たまにはこの状態でやってみるか。
右手袋をギリッと握り込む。
すぅぅ。
「ハッ!」
気合いの声と共に、俺は蒼白く発光する拳を虚空へと突き出した。ん?蒼白く発光?
ズパァン!
少し遅れて、乾いた炸裂音が辺りに響き渡る。
あれ?俺って何か殴ったっけ?それに今光が……
おそるおそる学生達の方を見れば、案の定、彼らは例外なくぽかぁーんと間抜け面をさらしていた。
そっと構えを解き、取り敢えず一礼。
すると学生達は揃ってツェネリの方を見た。俺も釣られてそちらを見る。
学生達と同じようなアホ面をしているアグネスの隣で、ツェネリは困ったように苦笑いを浮かべていた。
「い、今のは達人の物であるからして、えー、良き参考とするように。もちろん、ここまでは求めん。ありがとう、コテツ先生。」
「ど、どうも。」
さっさと元の位置に戻る。
「で、ではこれより回復魔法や魔術で具体的に何が起こっているのかの講義に移る。皆楽にして座りなさい。」
気を取り直すように手を叩き、ツェネリは座学の授業をはじめた。
しかし、体術も意識すればスキルとして発動、ていうか補助を受けられるのか……良い発見だ。
もう一度、スキルを意識して腕を軽く振ってみる。
何の変化もなかった。
あれ?
少し速度を上げてみる。……しかし、何も起きやしない。
何だろう、攻撃しようとする意識か?
地面から小石を拾ってそれに向かってデコピンしてみる。
「いつっ!?」
結果は痛みだけ。ちなみに小石は彼方へ旅立った。
「何してんの?」
「え?いや、何でもない。」
アグネスが変人を見る目でこちらを見ているけれども、これから重要になることかもしれないので検証を続ける。
スキルは魔素式格闘術だから……、そうだ!
「鉄塊。」
呟き、無色の魔素を体に通して、さっきと同じように少し腕を振ってみる。
拳がほんの少しだけ光った。
まだ完全な正解ではない模様、しかし着実に近付いているようでちょいと小躍りしたくなった。
次に、拾った小石へ向けて、鉄塊を維持したままデコピンしてみる。
すると、やはりというか何というか、指先が蒼白く光り、そして小石は真っ二つに割れた。
……どうやらこっちは攻撃する意思も必要になるらしいな。
「っしゃ。」
「ねぇ、まさかとは思うけど、遊んでんの?」
思わずガッツポーズを決めた俺は、それを見咎め、怒りを含めた声で聞いてきたアグネスに割れた小石を見せてやる。
「いや、ちょっとした鍛練だ。ほらこの通り。」
「ふーん。」
なんだその疑わしげな目は。
『それで伝わる訳ないじゃろ。』
そりゃそうか。
しかし補足説明をしようにも、元より興味はなかったのだろうアグネスは既にツェネリへ体を向けていた。
俺も視線を戻すと、授業は回復魔術の説明へと移っているのが分かった。
っと危ない、聞き逃すところだった!
「まずは基本をおさらいである。円を描き、その中に発動因子の……」
白魔法の使えない俺も、回復魔術なら習得できるかもしれない!
そう意気込んで最初はきちんと聞いていたものの、ツェネリの説明する手順の初っ端から、俺には理解不能な単語が出てきたので早々に諦めた。
それに対し、学生達は全員うんうんと頷きながら、アグネスは地面に、学生達は手元の紙に魔法陣を描いていく。
君達凄いなぁ。こんな難しいことを毎日習っているのか……。
暇になってしまった俺は一人、魔素式格闘術の更なる検証を続けた。
「コテツ先生、あとこれもお願い。アタシはツェネリ先生と話をしないといけないんで。じゃ。」
アグネスはツェネリが使った移動式黒板を俺のいる保健準備室の中に置いて、さっさと歩き去っていった。
手伝おうとは思わないのかね?
「はぁ。ま、これはこれで好都合か。黒銀。」
体全体が黒く染まる。
俺はその状態で後片付けを再開した。
しかしその間中、体がスキルの光を纏う事はない。
どうもこうして鉄塊系の技を使用した状態でも普段と変わらない動きができるようにならないとスキルが発動しないらしい。
よってまだ動きがぎこちない黒銀を鍛練することにしたのである。
「おっと。あ!」
と、慣れない体のせいでよろめいた拍子に棚にぶつかり、その上にあった入れ物が落ちてきて、中に入っていた土砂をぶちまけた。
よく見るとその土砂はコロシアムのタイルと同じ材質だ。俺もタイルをわざと砕いたことがあるから分かる。
何に使うんだろう?
取り敢えず全て拾おうか。
落ちた物が重すぎるとか足の裏に刺さってしまうとかということはないけれども、何にせよ体の動きが遅い。
しかも落ちたのが割れた石なんだから数が多い多い。
苦労してそれらを拾い上げ、砂を箒ではいていると、誰かが近づいてくる気配を感じた。
黒銀を解除。
何事もなかったように床を箒ではき続ける。
「コテツ?何を……ああ、落としてしまったか。」
そして入ってきたのは黒肌の大男、ツェネリだった。
「すまん。」
「いや、安置していなかった我輩も悪い。我輩も片付けよう。」
言って、彼も箒を取ってはき始める。
「なぁ、これってコロシアムのタイルの欠片だよな?」
「うむ。あの無限の再生能力を回復に役立てられないかと思い、その研究をしているのだ。」
「へぇ、熱心だな。何か成果はあったのか?」
聞くと、ツェネリは首を横に振り、ため息をついた。
「それが、全く無いのだ。どういう魔道具であるのか以前に、あれが魔法であるのか魔術であるのかさえも分からんのである。」
オーパーツって奴か?
「我輩はむしろあれが何らかの生き物ではないかと言われた方が納得するであろうな。」
「案外巨大な亀だったりしてな。」
「困ったことにその可能性も捨てられないからこそ、我輩はこの研究という物が面白くてやめられんのだ。」
ツェネリの熱血は仕事にも反映されているよう。
そう話している内に床はきれいに片付いた。
「よし、こんなものか。」
「うむ、コテツ、今日は助かった。また機会があれば頼む。」
「おう、またな。」
……あ、つい安請け合いしてしまった。
「はぁ……。」
白い吐息が夜闇の中へ消えていく。
最近は特に冷え込んできた。
しかし俺のコートの材質は魔法製であるため、イメージすれば今までの通気性を無くし、ある程度の防寒機能を付与できるので、寒く感じるのは剥き出しの顔ぐらい。
ちなみに獣人族は種族的に環境への対応を体がしてくれるらしく、ルナは見るからに寒そうな着物姿で平然としている。
……この世界では人間って割りと冷遇されている気がする。
『人間の繁殖力は魔族や獣人族以上じゃぞ!』
前から思ってたけどな爺さん、あんたが人間を褒めるのは個体数とか繁殖力とかそういうところばっかりだよな?
『そ、そんなことないわい。』
そんなことあるんだよ。
そういや魔族は寒暖にどう対応してるんだろう。クラレスは毎日フードを被りっぱなしで、しかしフレデリックは人間と大して変わらない服装をしている。
やはり人それぞれなのだろうか?
『じゃろうのう。例えばお主が人間代表じゃったら批判が殺到するわい。』
うるさいので気晴らしに空を眺める。
空って偉大だとよく思う。晴天の時はもちろん、たとえ曇りであってもその色んな雲の形め気を晴らせてくれる。
あれ?
考えてみれば俺の気を滅入らせる爺さんって……。
「そこにいるんだよな……。」
あんな爺さんも天上の神なんだよな……はぁ。
『崇めよ。』
「チッ。」
くそったれ。
どうにもならないし、このことを考えるのはもうやめよう。さらに気が滅入る。
「しっかしまぁ、面倒だな。」
ツェネリの授業はかなり体育会系部活動に近いものにだから、必然的にそれを手伝うことになった奴も大変になるのは容易に想像できる。
あの様子だと数日後には学生達の前でツェネリと組み手をして見せないといけなくなる可能性もある。
「ま、組み手ぐらいならできないこともない、か。」
うじうじ言っていても仕方ない。
「それは、随分と舐められた物ですね。」
と、突然後ろからくぐもった声がかけられた。
肩が跳ねた。それでも焦りを見せないよう、ゆっくりと振り向くと、もうかなり見慣れてきた黒装束が目に入った。
背は中くらい、くぐもった声は鼻から下を布で覆っていることによるものだろう。
「はぁ、また侵入者かよ……。」
最近多いな。
「まぁいい、ほら、さっさと終わらせてやるからかかってこい。」
「どうやったのかは知りませんけど、私に気づいた途端に面倒だ、組み手だ、などと!随分と自信があるようですけれど、その自信がいつまで持つか見ものですね?」
どうも俺の独り言が功を奏したらしい。
今回は運が良かったけれども、こいつに全く気付けなかったのは問題だ。
……今度ネルから簡単な索敵の指導を頼もうかな。
「御託はいい、さっさとこ……鉄塊!」
相手の手首が小さくしなった事に気付き、咄嗟に体を強化した直後、何かが俺の頬で音もなく弾かれた。
これは、ダーツ?
……なるほど、こういう戦い方をする奴は大抵決まっていると師匠に教えられた。
「暗殺者の類か?」
初めての相手だからどう立ち回れば良いのかが頭に浮かばない。
前に来た奴等よりも強そうだし、できれば生け捕りが良さそうだ。情報を持っているかもしれない。
「ええ、ご名答。……死ね。」
相手はいつの間にか目の前に迫っていた。
右手のナイフが俺の脳天に向かって突き出される。
その腕を手刀で左にはたき、相手の足元に右の蹴たぐりを繰り出すも、暗殺者は軽く飛びずさってそれを回避。
半身のまま左足で地を蹴り、その着地地点へ一気に接近して鳩尾に右拳を叩き込むも、そいつはタイミングよく後ろに下がって衝撃をいなしてしまった。
「目的は?」
「言うとでも?」
「言いたくなるさ。」
右腕を思いっきり後ろに振る。
「何を、くぅ!?」
すると、ワイヤーで繋がった相手の腹部がこちらへ無理やり引き寄せられ、ついでに相手自身も俺の前に倒れ込む。
黒い線が見にくい夜で良かった。
状況がつかめていないのだろう、暗殺者は、すぐに起き上がることができていない。
その後頭部を掴んで地面に押し付ける。
「言いたくなったか?」
「ククク、言うと、でも?ゴフッ!」
聞いた直後、顔から血が大量に流れ出始めた。
なんだ?
そいつの顔を持ち上げると、血は口と鼻から出ていたのが分かった。暗殺者自身の意識はなく、白目を剥いて血の混じった泡を吹き、ついでに痙攣まで起こしている。
捕まったと理解してすぐに毒を飲んだらしい。
「くそっ!」
悪態をつき、掴んだ頭を投げ捨てる。
……もしかしたら他にも侵入者がいるかもしれない。
俺は一度誘拐されかけたクラレスのいる女子寮へと走った。