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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第三章:不穏な職場
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45 新しい授業

 最近、ユイの様子がおかしい。

 毎日欠かさずにコロシアムに来てくれているものの、残り一か月で魂片が分離するとなってから浮かない顔を浮かべるようになった。

 そして残り二週間となる今日も例に漏れず浮かない顔である。

 ちなみにルナはいつものように白髪抜きに勤しんでいる。

 「はぁ。」

 ユイがため息を吐く。

 魂片の摘出を一日でもサボられれば、俺の頭髪が危機に陥ってしまう。なんとしても続けさせなければ。

 「なぁ、どうしたんだ?悩みごとか?」

 「大したことじゃないわ。」

 「話してみろ、時間はあるんだ。」

 首を振ったユイに、軽く笑いながら促す。

 「……この宝玉が無くなったら私はカイト達の足を引っ張ることにならないのかしらと思って……それだけよ。」

 「それはお前次第だろ。それにカイトがそんなことでお前を責める薄情な奴なら、「アオバ君はそんな人じゃないわ!」あ、うん、分かった。すまん。」

 お前の愛情は凄いよ。

 「でもこの宝玉を失った私がアオバ君のためにしてあげられることなんてあるかしら?」

 驚くほど献身的だな。

 「そりゃああるだろう。戦闘のときには一枚一枚の手札の強さは確かに大事だけどな、それよりもその数の方が重要だろ?索敵とか回復とか。」

 だからアリシアとネルの存在はとてもありがたい。もちろん彼らをただの手札とは思っていないけれども。

 「ご主人様、私は?」

 ルナが俺の頭に顎を乗せて聞いてきた。後頭部からうなじにかけて感じられる感触は理性で堪える。

 白髪を探し終わった、もしくは多すぎて飽きてしまったのだろう。

 前者だといいな。心から。

 「ルナは俺と同じ戦闘職だろう?」

 「そうでした、ふふ、お揃いですね。」

 「え?あ、ああ、そうだな。」

 お揃いって言うのか、それ?

 「ずっと思っていたのだけれど、その人、奴隷なんでしょう?」

 キッと俺を睨み、ユイが聞いてくる。

 元が整っているからなのか、彼女の怒る顔は結構怖い。

 「最初は何度か解放しよう説得してみたっていうか、今も絶賛説得中心なんだけどな、本人が断り続けてそのままだ。今は拙速案としてご覧の通り、奴隷って〝肩書き〟を持ってるって感じだよ。」

 思わず捲し立ててしまった。

 美人って得だなぁ。

 「そうね。言われるかその手の奴隷紋を見ないと奴隷だなんて分からないもの。」

 「ご主人様は優しいですから。」

 「ありがとな。」

 ポンポンと座ったまま、頭の上のルナの頭の辺りを撫でる。

 「それで、その、嫌なら良いのだけれど、えっと、耳を……。」

 すると、ユイはチラチラと俺の頭上を見ながらしどろもどろにそう言った。

 「なんだ?ルナの耳を触ってみたいのか?」

 「べ、別に嫌ならいいのよ!」

 「ルナ、どうだ?」

 「えっと、その、耳だけなら。」

 「本当!?」

 ガバッと立ち上がるユイ。

 「ストップだ、ユイ。あと15分ぐらい我慢してくれ。」

 「そ、そうね。」

 言うと、彼女は再び座り直してくれた。

 意外だ。まさかユイがケモナーだったとは。今まで触りたいのを我慢していたのが、不安も相まってついに限界に来たのかね?

 「そういえばルナ、耳だけなら良いって言ったよな?尻尾「あーっ!」は、やっぱり触ったらいけなかったのか?無理させてたか?」

 「そんなことありません!私はご主人様の物ですから、目茶苦茶に触っても大丈夫です!」

 「いや、目茶苦茶ってなんだよ?し「わーっ!」には何か変な意味でもあるのか?」

 ルナかさっきから度々奇声が上げている。なんなんだ一体?……まさか白髪が予想以上に多かったとかか!?

 「い、いえ?な、な、な、何もありません、よね?」

 「いや、俺に聞くな。」

 何かあったのか知りたいのは俺だ!

 「あら、そういうこと。」

 と、ここで何故かユイが訳知り顔で頷き始めた。

 「ん?何が分かったんだ?」

 「それはルナさんが……」

 「にゃっ、にゃんでもありましぇんご主人しゃま!」

 「いや、何だよ。」

 噛みまくってるし。

 「ふふふふふふふふ、ルナさん、頑張ってください。」

 心底楽しそうな笑顔でユイが笑う。

 ブルッ!

 後ろにファレリルが見えた気がした。

 「うぅ。」

 「はぁ、もういいや。それで……「良くありません!」あ、うん、良くないよな、うん、良くない良くない。」

 ルナが珍しく興奮している。その内戦闘口調に変わるんじゃないか?

 「それでユイ、何かやりたいことはあるか?少しは協力してやれると思うぞ。」

 「なんでそんなことを?あなたが欲しいのは宝玉でしょう?」

 「俺は教師だろ?……まぁこれでも一応。そんで、お前はここの学生だ。これ以上の理由が必要か?……ま、教師らしい仕事はしてないって言われたら反論できないけどな。」

 順番に自分とユイを指差しながら言う。

 「分かりやすい説明どうも。そうね、それなら私は回復魔法を覚えたいわ。」

 「分かった。何とかしてみる。」

 「あなた、白の魔色適性を持っていなかったはずじゃないの?」

 「別に俺が教えるとは言ってないだろう?」

 過大評価しないでくれい。

 「ならどうするのよ?」

 「一週間かそこらで分かるさ。お、時間だ。ユイ、触って良い、ぞ?」

 俺が言い切る前に、ユイの姿は忽然と消えていた。

 「はぁ、柔らかぁい。うふふふふ。」

 「あ、そ、そんな、激し……」

 見れば既にルナに背後から抱きつき、耳をこれでもかと揉みしだいていた。

 なぁるほど、これが滅茶苦茶に触るってことか。



 「……という訳だからニーナからツェネリに頼んでみてくれないか?」

 俺は理事長室でユイの要望を叶えるためにニーナに掛け合っている。具体的にはツェネリ主導の回復魔法の授業の開設をさせるために。

 「うーん、たしかに良い案だと思うけど、そういうのは生徒会の領分なんだよ。」

 「生徒会、ねぇ。具体的に何を管轄しているんだ、生徒会って?」

 大した接点がないから分からん。

 「えっと、たしかここらへんに説明書が……。」

 と、がさごそ理事長室の机やら本棚やらをまさぐリ始めるニーナ。

 それって大事な物じゃないのか?

 「あったあった。これこれ。はい。」

 ニーナが厚さ数ミリの冊子をフリスビーの要領で投げてきた。

 それを受け取って表紙を見ると、まんま「生徒会説明書」とある。

 「これってそんなに無造作に扱って良いものなのか?」

 「まぁ、毎年新入の学生達に配られてるしね。それ、欲しかったらあげるよ。」

 「おお、助かる。」

 説明書を折り曲げ、ポケットに突っ込んだ。

 「では私は一応ツェネリに話は通しておくので、コテツは生徒会の説得をお願いします。」

 何故か話の最後には敬語で話す暗黙の了解が俺とニーナとの間でいつの間にかできているなぁ。

 「了解です。」

 特段嫌じゃないからいっか。

 ……にしても、わざわざ生徒会とやらに話すのも面倒くさいしな。何とか抜け道を探してみるか。



 「前文、生徒会の主な目的は学園を先導し、学生全員が過ごしやすい、活気のある学園を作り上げることである。」

 俺は見回りをしながら生徒会の冊子を小さく声に出しながら読んでいる。その方が頭に入るのだ。

 それじゃあ、見回りなんてできないだろうって?気配察知があるから敵が隠密スキルを持っていない限り索敵に支障はないし、隠密スキルを持っている程熟達した相手は、索敵訓練を受けていない俺の目ではそもそも見付けることができない。

 したがって大して支障をきたすことはないのである。

 「一つ、生徒会の権限は以下の三つとする。学園の行事の追加と削除、行われる授業の必要の有無の決定、そして…… 」

 「そして不適任と判断される教師の罷免の申請であるっす!」

 背後から声と共に飛んできた拳をしゃがんで避け、その拳の主のみぞおちに肘を入れる。

 バタッと人の倒れる音。

 「ほぉ、凄いな、一言一句合ってるぞ。」

 立ち上がって背後を見ると、犬の耳を生やした学生――緑のケープを着ていたから分かった。――が踞っていた。

 「当たり、前っす。ゴホッゴホッ。」

 彼は腹を抑え、咳き込みながら立ち上がる。

 「それで?お前の攻撃をかわせたし、俺は十分に警戒しているだろ?」

 「でもそういう見回りしていないような態度は……。」

 「見回りをしていないように見せて敵の油断を誘う。これ以上にない見回りの方法だろう?」

 実際はしているように見せて侵入を躊躇させるという考え方もあるからどっちが正しいということはない。

 むしろ俺のやっていることは侵入を誘発するけれども、そんな事は言わぬが花だ。

 「あれ?言われてみればそうっすね。勘違いしてたっす。じゃ。あ、俺、生徒会の風紀委員のファングっていうっす。よろしくっすコテツ先生。」

 見た目と言動通り、バカで良かった。

 「ああ、仕事頑張れよ。」

 「うっす。」

 ファングは走り去っていった。

 風紀委員ってあれで大丈夫なのか?

 ま、いっか。

 「一つ、生徒会は選挙によって選ばれた生徒会長と生徒会長によって選ばれた三つの委員会、えーと、風紀委員会・保健委員会・図書委員会の委員長と、その委員長の選んだ副委員長の総勢7人で成り立つ。」

 注釈があり、風紀委員の役割はその名の通り学園の風紀を正すこと。要はちっちゃな学園警察ってところか。

 保健委員の役割は学生の健康の管理を主として、治療担当(今はツェネリだ)の手伝いや応急処置、そして学食の管理だ。結構活動範囲が広い。

 図書委員の役割は学園の図書館の管理ただ一つ。一つだけと言っても本の量が膨大なので貸し出し予約や未返却の本の特定、本の整理などはかなり大変だろうとは思う。

 これらを学生が教師の代わりにやってくれるんだから人件費の削減にもなる。俺の雑用も生徒会がなかったら割り増ししていたんだろう。

 ありがたやありがたや。

 「大体はこんなものか。後は細かい部分を見極めるだけかな。」

 「おはようございますコテツさん。」

 「コテツ先生、生徒会に興味ある?」

 横から聞き覚えのある声が掛けられた。見ればいつものフードを被ったクラレスと、相変わらず元気なアリシア。

 心なしかクラレスは普段よりも明るく見える。友達関係は良好のよう。

 「ああ、おはよう。生徒会に話をつけに行かないといけなくなるかも知れなくなってな。」

 「何をですか?」

 「今は魔法、魔術、戦士系技術、 魔法薬、歴史や地理とかの社会系、大雑把に6、7種類の授業がされているだろ?そこでツェネリの回復魔法の授業を別個に作ったらどうかってな。」

 「コテツさん、私、コテツさんの役に立つように頑張りますね。」

 「アリシアにはもう十分なくらい助かってるよ。それにまだ確定した訳じゃないんだ。あまり期待しすぎるな。」

 「クラレスも頑張る。」

 「え?クラレスの武器は魔導書だろう?難しくないか?」

 魔法における武器、魔法発動体はそれぞれに特性がある。

 タクトは発動が細かな操作をしやすいが威力が低く、魔導書は威力が高いが緻密な操作はかなり難しい。杖はバランス型だ。

 回復魔法は解毒など、用途に合わせて様々な構築をしないといけないからタクトや杖使いが殆どらしい。

 これらは全て聞きかじった授業の受け売りである。

 もちろん俺のような無手の魔法使いも数少ないが、いる。

 「ツェネリ先生は回復魔術もできる。」

 「ああ、なるほど。」

 魔法陣の方を習得するのか。

 「私は回復の魔法と魔術の両方を習得して見せます!」

 ぐっと拳を握るアリシア。

 「はは、頑張れよ。期待してる。」

 笑い、ポンポンとその頭を軽く叩いて別れ、俺は見回りに戻った。

 ……しかし、ということは、だ。もしかすれば俺も魔法陣を覚えられるかもしれないな!

 何としてでも抜け道を探し出してやる。



 「よっしゃ!これで行ける!」

 「ご主人様、何かありましたか?」

 一日かけて悩んだ末、夜にやっと生徒会を通さなくて良いかもしれない抜け道を見つけた。

 「ああ、やっと見つかったんだ。」

 「何がよ。」

 魔法陣の中心に座っているユイが聞いてきた。

 「生徒会に通さずに済む、回復魔法や魔術の授業の設立をする方法だよ。」

 「普通に生徒会を通せば良いじゃない。何もやましいことは無いのだし……もしかしてあるの?」

 「んなもんないわ!」

 思わず立ち上が……

 「アイタッ!」

 ……ろうとしたら白髪抜きをしていたルナの額に頭をぶつけてしまった。

 「すまん。ルナ、大丈夫か?」

 「痛いです。」

 そうとう痛かったらしく、赤くなった額を抑えている。たんこぶができそうだ。

 「石頭。」

 「うっせ。」

 ユイの嫌みに反論できなかった。

 「それで?なんで生徒会を通したくないのよ?」

 「だって生徒会長ってハイドンだろ?俺は自分の敬語に自信がないからな。貴族への不敬罪とかに問われたらたまらん。」

 オリヴィアは俺に先生として接してくれているから安心していつもの調子でいられるが、エリック・フォン・ハイドンもそうだとは限らないからな。

 「そう?貴族なら平民と自分達との差を知っているから、相手も貴族でない限りそこはかなり緩いと思うわよ?ここじゃああなたは先生だし。」

 「ま、余計な問題が起こるのを未然に防ぐためだと思えば良いだろ。」

 「生徒会を通さないことの方が問題を起こさないかしら?」

 「ま、その時はその時だな。」

 「……。」

 ユイ、そんなに残念な大人を見る目で見ないでくれ。駄々をこねるようなことだってことは自分でも分かっているから。

 「そのときはちゃんと生徒会を通すから、安心しろって。それで、カイト達には宝玉の分離のこととその影響は話してあるのか?本番で無いはずの負担に驚いてその隙を突かれるなんてアホなことにはなって欲しくない。」

 「……まだよ。」

 聞くと、ユイは顔を背けて返答した。

 やっぱり言いにくいのか?

 「ちなみに話す予定は?」

 「あるに決まっているでしょう。」

 「そう、か。そういうのはなるべく早めに済ましておけよ?事後承諾はなるべく避けた方がいい。」

 「ええ、分かっているわ。」

 目に見えてムッとするユイ。

 でもここは大事なところだからな。

 「だからって逆に説得されたりするなよな?今までの努力が水の泡になっちまう。」

 最近ふとリング周りの水面を見ると、自分の髪が灰色がかってきた気がして気が気じゃない。

 「ええ。」

 「絶対だぞ。」

 「分かっているわよ!」

 ついに怒鳴られた。

 流石に念を押しすぎたらしい。

 「なら良いさ。お、時間になったな、触るか?」

 すると、ケモナー勇者はうなずく時間も惜しいとばかりにルナに飛び付いた。

 おい、さっきまでの真剣な顔はどうした。よだれ垂れてるぞ。

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