43 合宿二日目
「はぁ……、いないなぁ。」
久々のスキーを楽しみながら、しかし食べ物になりそうな物が見つからずため息が漏れる。
そう、学生達と同様、この合宿では俺ら教師も自分達で食料調達をしなければならないのである。
教師だけが楽をしてはいけない、率先して行動し、手本を学生達に見せるべきだ、というのはあのニーナの弁。……納得なんてできる訳がない。
しかしだからと言って何かを変えられる訳でもなく、俺は今夜の飯を絶賛捜索中。
あちこちをショートスキーで滑りながら取り敢えず遭遇した魔物を手当り次第に狩ろうと思っていたところ、しかしなかなかどうしてこういうときに限って魔物一匹見つからない。
ま、ルナの方でも食べられる植物を探してくれているので大して緊急性がある訳ではない。
……しばらくは精進料理かな。
何にせよ食うに困ることは無さそうなので、こうして爺さんに頼らず自分で探してみようと思う余裕があるのだ。
しかしそれでも、このまま手ぶらで帰るというのは格好が悪い。
「よし、もっと奥に入ってみるか。」
今までは森に少し入ったところまでにしておいたけれども、こうもいないようだと仕方がない。
スルスル木の間を滑りながら散策を続け、遠くからのかすかな金属音に気付いた。
まさか昨日のヴリトラ教徒と学生が接触したか!?
半ば焦り、俺は滑るスピードを上げた。
そこには熊がいた。
普通、というか元の世界の熊と違うのは、その頭に角が生えていて、大きさは約10メートルぐらいと巨大で、長く太い尻尾を持っているというところか。
……はたして熊って言っていいのかね?
そんな熊もどきに相対しているのはあのモテ男三人組のいる班。ていうか、モテ男三人組だ。他の三人は気絶してしまっている。
もちろん俺は加勢に出ていこうと初めは思ってはいた。しかし三人が切羽詰まったような顔というよりは揃って好戦的な笑みを浮かべているのに気付き、様子見に予定を変更した。
そんな3人の戦いは驚くほど連携が取れており、カイトが熊の攻撃を剣で弾き、フレデリックとテオが上手く撹乱させながら、気絶してしまっている学生達から熊をじわじわと離している。
「グォォォォォォォォォォン!」
と、遂に鬱憤が溜まったのか、熊もどきが吠えた。瞬間、至近距離にいたカイトが怯み、その動きが止まる。
同時に熊の両手が炎を纏う。
この世界において、火は人の特権では無いらしい。
カイトはなんとか平静を取り戻して迎え撃つも、さっきの硬直による動き出しの遅れもあって、いきなり変わった攻撃のリズムに合わせきれず、その体勢が崩れる。
「カイト、代われ!」
「ごめん!」
テオが前に出、カイトはその場を彼に任せて後ろへ下がる。
対する熊はそんなことお構いなしに前に出てきたテオに炎の掌を降り下ろす。
「疾駆!」
が、テオは臆することなくスキルを発動。素早く熊の懐に潜り込み、両手の平をその腹に宛てがった。
「ハイドン家の魔術を舐めるな!スパーク!」
バチッ!と彼の手元で電撃が弾け、熊の動きが一瞬鈍る。
すかさず連撃を加えていくテオ。
炎の拳と雷を発す肘が熊に強く打ち込まれ、その巨体を押し、鎌風を纏った足がその腹を薄く切り裂く。
……どうやら体の各所に魔法陣を仕込んでいるよう。体に刻むなんて相当な痛みが伴うと思うものの、それが“ハイドン家の魔術”って奴なのか?
まぁ何にせよ、無茶するなぁ。
ていうか、テオってエリックと同じハイドン家の奴だったのか。すっかり忘れていた。
「グルォォォ!」
熊はたまらず苦し紛れに腕を振り回すも、テオはそれをことごとくかわしながら絶え間ない攻撃を続ける。
「フレデリック!」
そして一通り連撃を打ち終わると、テオは下がって距離を取り、そこにフレデリックが文字通り“飛び”込んだ。
「分かってる!次は僕の番だ!ストーンプリズン!」
テオの猛攻により弱った熊の四方八方の地面から、石柱が斜めにそそり立ち、その動きを阻害。
熊は即座に腕を振り上げ、石柱の内の1本を壊しにかかる。
フレデリックはすぐに杖を掲げた。
「ダブルマジック、レイン!」
氷と風の矢が熊の頭上で作られ、それぞれ一斉に凶獣を襲う。
それでも熊は体に矢が刺さるのを無視、あるいは耐えながら、両腕を頭上に振り上げ、全体重を乗せた一撃を石柱に叩き付けた。
石柱はそこからあっさりと折れ、地面にぶつって粉となる。
「グォォォォン!」
のっそりと魔法の矢の雨から抜け出したそいつは怒りの雄叫びを上げ、体のあちこちに矢を刺したまま、フレデリックに向かって走り出した。
「ウォール!」
その目の前に石の壁が出現。しかしそれは薄い紙切れの如く、容易く突破されてしまう。
体から白い魔素を煙のように放ち始めるフレデリック。アルベルトのような身体強化をして耐えるつもりだろうか。
……これは流石に危ないな。そろそろ俺が出るか。
そう思い、出ていこうとしたとき、
「二人ともオレから離れてくれ!」
ここで劣勢にも関わらず、カイトが二人に離れるよう指示を出した。
「何を!?」
「俺はまだ行けるぞ!」
フレデリックとテオが反論。
「良いから!」
しかしカイトは断固として叫び返し、その片手を熊に向ける。
残り二人は訳がわからないままカイトから離れた。
「召喚ッ!カリプソ!」
片手を前に掲げ、その手の平を熊へと突き出すカイト。すると、彼と彼へ突進する熊との間に突如、巨大な魔法陣が現れた。
次の瞬間、そこから蒼白い極光が放たれ、森の中の影という影を消滅させる。
あまりの光量に目が眩む。
そして再び視界が戻ったとき、透き通った青色の、巨大な、しかし女性の物を思わせるスラッとした拳が熊を吹き飛ばしていた。
「むやみやたらに神を呼ぶでないぞ、カイトよ。」
魔法陣から頭に響くような、しかし優しげな女性の声が聞こえたかと思うと、腕はスルスルと魔法陣へと戻っていき、それが完全に引っ込むと、宙に浮かんだ魔法陣は燐光を発して消滅した。
……え?
「す、凄いな!どうやったんだ!?」
「くそっ、魔法陣が一瞬しか見えなかった。後で教えてくれないか?」
一瞬呆けたあと、フレデリックとテオがカイトに駆け寄る。
「あ、いや、ごめん、教えられないんだ。それと、えっとこのことは秘密にしてくれないかな?」
「まあ仕方ないか。」
「そうだよな、あんなに凄い魔術なんておいそれと教えられないか。」
「ごめん……ほら、早くあの熊を持って帰ろう。」
ま、無事で何よりだ。
俺はそっとその場から離れた。
「で、どうしますか?」
「うむ、私は治療をしなければならないので除外させてもらうのである。」
「おい、逃げんな。」
「じゃあツェネリには女性用の看護服を着てもらえばどう?ずいぶん怖いと思うわよ。」
ファレリルの言葉にゾッと背筋に寒気が走る。
周りを見ると他の先生も同じ感想を抱いた模様。ていうかファレリルの示した地獄絵図を思い浮かべて同じ感想を持たない筈がない。
合宿二日目の夜、もう少しで肝試しをすることになっているので、学生を怖がらせるため、俺達教師は今こうして話し合っている。
会議場所は怪我人を寝かせるためにかなり広めに作られている、ツェネリに宛がわれたログハウス。
こういう行事は普通は事前に話しておく筈なのだが、あの理事長のせいで……いや、今更か。
まぁ、とにかく。今、学生達が採ってきた物を料理している間に決める必要があるのだ。
ちなみに俺はあの熊戦の後、ホーンラビットを何匹か見付けて捕獲した。
今はルナが調理してくれている。
爺さんのせいでその命乞いや断末魔を聞く羽目になったときは涙が出たものの、やはり肉は食べたかった。
「ツェネリはそれで良いのか?」
「それしか方法がないというのならばやるのである。」
……否定の意志が聞きたかったなぁ。
こうなったらあとには引けない。仕方ない。
「よし、じゃあ進行は女装したツェネリで行こうか。」
一同が頷く。笑いが引き攣っているけれども、頷いたには頷いた。
ツェネリも覚悟はしてしまったらしい。
「よし、今夜は長丁場だ、しっかり食べておけよ。じゃあ解散!」
後は遭難者さえ出なければ万々歳だ。
日が沈み、辺りが闇に包まれた。
俺は学生達が通ることになっている道の横、そこに生えた木の上で待機中。
課された役目は、木を軽く揺らしたり学生をこけさせたりして学生達の心拍数をできるだけ上げること。
この辺りの木の上部には俺を中心にワイヤーが何本も張ってあり、勿論それらのどのワイヤーがどの木を揺らすかはちゃんと頭に入れてある。
準備は万全、あとは哀れな学生達が班ごとに歩いてくるのを待つだけだ。
「来ませんね。」
隣でルナが呟く。
この前ヴリトラ教徒に全く気付くことができなかったので、一人よりは良いだろうと念のためにルナとの二人態勢を敷いている。
「ま、最初の事前説明を兼ねた怖い話って奴が長いからな。」
というのもこの肝試しは、学生達を一同に集めてこの山にまつわる怖い話をし、好きな相手と数人で班を組ませ、指定のコースを歩かせるというものだからだ。
「ご主人様、その話を教えてくれませんか?」
「ルナ、やめておけ。そこまで怖い話じゃないけどな、お前はただでさえ雷が怖いんだから。」
「私が怖いのは雷だけです!」
そう堂々と言われてもな。
「はぁ……、知らんぞ?」
「ありがとうございます。」
もう、なるようになれだ。
あるところに三人の兄弟がいました。
長男は体格が良く、優秀な戦士として有名で、次男は生まれつきの魔力の強さで天才魔法使いと呼ばれていました。三男はその勤勉な性格で若くして魔術師として大成し、『三兄弟が合わさればこの世に敵なし。』と言われるほどでした。
そんな彼らはその才能を鼻にかけることはなく、周りからの評判もすこぶる良いものでした。
しかしある日、長男の様子が一変しました。
今まで誰よりも優しかった長男が毎日街で暴力を振るうようになったのです。親は悲しみ、やめさせようと説得を試みました。が、何度も説得をしにくることが煩わしかったのか、遂に長男はその手で自分の親を殺してしまいました。
親の血でできた池の中、はっと我に帰った長男は自責の念に駆られ、山へと逃げました。
次男と三男は長男の行いを知ると、共に長男を山へと追いかけました。
次男と三男は持てる技術と知識を使って山の中を探し続け、一晩明けた次の日の夜、二人が野営していると、不自然に揺れる木を見つけました。彼らは揺れる木の場所が移動していることに気づき、その方向へと向かいました。
はたして、そこには最近買った漆黒の鎧と兜を着て、ゆらぁ〜りゆらぁ〜りと左右に揺れながら、歩く長男の姿がありました。
二人が彼に声をかけると、長男はゆっくりと振り向き、二人を目にした途端、その場に膝から崩れ落ちてしまいました。
二人は驚き、長男に駆け寄ろうとしましたが、長男はそれを手で制し、二人に早く帰るよう言いました。
もちろん、はいそうですかと帰るわけには行きません。二人が理由を訪ねると、長男はそれで帰ってくれるのなら、と身の上を話し出しました。
長男の話では、彼が着ている鎧兜は呪われていて、そのせいで今まで気が狂ってしまっていた、さっき二人を殺そうとする直前に呪いから意識を取り戻し、なんとかこうして話しているが、次はないだろうから帰って欲しいということでした。
これを聞き、次男は激怒し、長男に罵声を浴びせながら攻撃魔法を放ちました。
彼には長男の言葉がただの醜い命乞いにしか聞こえなかったのです。
魔法が当たると、長男はこの世のものとは思えない、だが確かに長男の物である声を上げ、次男に襲い掛かりました。
しかし次男も天才と呼ばれた程の魔法使い、そう簡単には負けません。
次男と長男の戦いは長く続き、しかし遂に長男は次男を殺してしまいます。
三男は一連の流れをただ見ることしかできず、次男の顔が破裂するのを見るまでただただ呆然としていました。
そして長男が三男を見ると、三男は恐れをなして、逃げようとしました。が、足がすくんでしまい、動けません。
ゆらり、ゆらりと近付いてくる、親兄弟を手に掛けた長男。
三男は逃げられないのならば、と反撃しようとしたとき、その勇気が体に自由を取り戻させました。三男は魔法陣を描いた紙を取り出し、長男の顔へ直接魔術を叩き込もうと、油断している長男の兜の覆いを上げます。
しかし、上げた漆黒の覆いの下は空洞でした。
長男だと思われた鎧の怪物は、驚愕した三男をその圧倒的な力で腹を殴り付けました。
殴られた三男は地面に打ち付けられます。
二度、三度と地面を弾みながら転がり、それでも三男はなんとか立ち上がって逃げ出しました。
が、すぐに足をもつれさせてこけてしまいます。
直後、真っ黒で巨大な剣が三男の腹を貫き、地面に串刺しにしてしまいまいました。長男だった物が、背負っていた剣を投げたのです。
だんだんと霞がかっていく視界の中で、地に縫い付けられた三男が最後に見たのは、その膂力で次男の骨を叩いて粉々に折り、持っていた別の剣で何度も突き刺し、肉の形を崩し、そうしてこね上げた赤い肉団子を兜の覆いから取り込みながら、長男と次男、両方合わさったような声で嗤う、真っ黒な化け物の姿でしたとさ。
「化け物はその山にずっと籠り、登山者を夜に襲っては喰らい続けています。皆さんその嗤い声の一部とならないよう、くれぐれも気を付けるように……。とまあ、こんな感じだ。」
ふぅ、長かった。
「ご、ご主人様、そ、そのや、山は……」
「ん?ああ、当然ここのことだぞ。ぬおっ!」
ルナは俺に抱きついてきた。
幸せな感触を楽しみたいところ、しかしここは割と高い木の枝の上。一歩間違えると落ちそうで、そんな余裕は俺にはない。
「ルナ、これは作り話だからな?作り話だから!」
慌ててルナを落ち着かせにかかる。
「つくりばなし?」
「当たり前だろう?あの話には三兄弟とその親、そして化け物しか出てこない。話自体を伝える奴がいなかったじゃないか。いたとしてもあの場にいて生きて帰って来られたはずがない。」
それに、たとえ本当だとしてもそんなところに学生を連れていくアホな教師なんてまずいない。
たとえニーナであっても……あれ?いや、たとえニーナであってもだ。たぶん
「そ、そうですよね。化け物なんて、い、いませんよね。」
「そうそう。」
ルナはやっと落ち着きを取り戻してくれた。
「さ、最初から分かってたんですよ?ただ、全然反応しないとご、ご主人様が可哀想だと思っただけです。」
嘘つけ。
「そうか、ならそろそろ離してくれないか?」
「うっ、も、もう少しだけ、お願いします。」
「……誰かがここに来るまでだぞ?」
コクッと頷くルナ。
俺は彼女の震える背中を優しく撫で続けた。
いやぁ、他人を怖がらせるのって楽しいなぁ。
何かこう、凄い達成感を得られる。
「ご主人様、次の班が来ます。」
「了解。」
気を引き締め、隠密スキルを発動する。
さっきは油断していて、危うくネルに俺の場所がばれるところだったのだ。流石は元トップランクの斥候ってところか。
フッ、勿論最終的にはその班の他の奴らも含め、悲鳴を上げて逃げ出させたけどな。
と、遠くから話し声が聞こえてきた。
「よっしゃ。」
自身に気合を入れ、手元のワイヤーを確認する。
遂に話し声の発生源が現れた。
現れたのは、オリヴィアとその他数人の女学生達。
「大したことありませんわね。オホホホホ。」
オリヴィアがそう言うと、それに続いて他の学生もウンウン、と頷いたり、その通りですわと賛同の意を示したりしている。どうもオリヴィアは根が真面目であることを普段は隠しているようだ。真面目はなんら悪いことじゃないと思うんだけどなぁ。
まあ、女性の交友関係って難しいからな、俺には分からん。
さて、始めますか。
まずは集団の少し離れた所の木を揺らす。
「今、木がゆ、揺れませんでしたか?」
「そうですか?何もありませんわよ?」
女学生の一人が気付いて怯え始め、しかし他の学生は気付かなかったよう。
今度は少し近めの木をさっきより少し激しく揺らす。
「お、オリヴィア様、い、い、今。」
「気のせいですわ、人喰いのば、化け物などいませんわ。」
オ~リヴィ~アちゃ~ん、足が振るえてるよぉ?
さらに集団に近いところをもっと激しく揺らし、ついでにファーレンの教師達の嗤い声を録音したレコーダーをリモコン魔法陣で起動する。
ちなみに録音したとき一番怖かったのは以外や以外、カダの哄笑。あれ程邪悪な笑い声はなかなか類を見ないものだと思う。
仕掛けとして、レコーダーは彼らの背後の方にいくつか設置してあるので後ろのたくさんの方向から笑い声が聞こえてくるのである。
種を知っている俺でも薄気味悪く思うんだから、オリヴィア達の寿命がどれだけ縮むか想像の仕様もない。
「だ、誰かそこにいらっしゃいますの!?」
ほら、オリヴィアは恐怖を誤魔化しきれなくなった。呼応して他の全員も揃って震え始める。
怖いか?怖いかぁ?
「ご主人様……楽しそうですね。」
いかんな、ニヤニヤが止まらん。
ルナに向けて肯定の意を込めて笑いかけ、集団の真横の木を纏めて一斉に大きく揺らす。
「「「「「「キャー!!」」」」」」
叫び声がこだまする。
「ああ、生きててよかった。」
「……そこまでですか。」
ルナの目が据わってらっしゃる。が、しかし楽しいものは楽しいのである。
女学生達は全員肩を寄せ合い、キョロキョロと周りを警戒しながらゆっくりと進んでいる。
最初の怖い話が多少なりとも効果を表しているようだ。
「キャッ!」
「え、何?ヒャッ!」
フッ、周りに気を取られすぎだ。
足元に張ってあるワイヤーに女学生の一人が引っ掛かり、肩を寄せあっていたばかさっかりにそれに釣られて全員がこけたのだ。
引っかけたワイヤーを四散させる。
少々危ないのは分かっているけれども、若いんだ、ちょっとコケるくらい何じゃないだろう。
「いきなりこけないでくださいません?」
「そんな、確かに何かに引っかかって……」
「とにかく!早くこの森を抜けましょう。」
残念、そう簡単には行かせませんよ〜っと。
今度は周りの木を全て揺らす。
「い、行きますわよ!ほら、早く!」
さて、これでおしまいかな。
黒い大剣を作り、彼らの背後に投げ落とす。
ズンッと大剣は深々と地面に突き刺さった。場所はちょうど彼らがコケたあたり。
「「「「「「ヒィッ!」」」」」」
結果、オリヴィア達は慌てふためいて一目散に逃げていった。
彼らがいなくなったことを確認し、大剣を四散させ、足元のワイヤーを再度張る。
さぁ、次の獲物はだぁ〜れだ?
今のところ、まだアリシアとクラレスが通っていない。どんな反応をするのか、楽しみで仕方がない。
「ご主人様。」
意気込んでいるとルナが真剣な顔をして小さな声で話しかけてきた。
「なんだ?」
自然、俺の声も小さくなる。
「あれを。」
ルナが俺らのいる木から道を挟んで向こう側を指差した。そこにはこの前のヴリトラ教徒特有の黒装束がいた。
やはりルナに来てもらって良かった。魔眼による索敵は気配察知で感じられないほど微弱な気配も感知できるからな。
「よくやったルナ。じゃあ俺の話を良く聞いてくれ。」
「はい。」
言うと、ルナが真剣な顔で頷く。
そして俺はワイヤーの使い方をルナに――何故か急に困惑した表情になったけれど――一通り教え、ヴリトラ教徒の背後へ回り込みに行った。
もちろん足元のワイヤーはルナでは解除できないので取り除いた。
俺は今ヴリトラ教徒の背後の木の上にいる。背格好や服から除く凶悪な爪からして、昨日のあいつで間違い無さそうだ。
……相手はまだこちらに気付いた様子はない。
そっと忍び寄りながら、肩からナイフを取り出し、逆手に持つ。
と、ヴリトラ教徒はいきなり俺の方を向いて飛びかかってきた。くそ!バレたか。
黒爪の攻撃を弾くと、そいつは俺を覚えていたのだろう、踵を返して昨日のように木を伝って逃げ出した。
俺は木から飛び降りる。
あの速さには驚愕すべき物があり、木の上での動きに慣れていない俺では追い付けない。だからと言って地面を走っても木の上で逃げ回る相手には分が悪い。
だから昨日はやむ無く見逃してしまったが、今回は絶対に逃がさない。
ならばどうするか。
魔装備1を身に纏う。
分の悪さは上回るスピードとパワーを持って捩じ伏せればいい。くはは、我ながらなんとも脳筋な発想だこと。
筋力と魔力の両方を用いて、俺は全力で走り出す。
邪魔な岩や木は鎧の頑丈さをもって吹き飛ばす。頭にも幾つか当たりそうになったので兜も作って被った。
ヴリトラ教徒は追う俺を見るといきなり方向転換をし、ジグザグに軌道を変えはじめる。
さすがにここで見失うのは許容できないので、龍眼を発動。
俺の姿から小回りがきかないとでも思ったのだろう。
大間違いだ。
相手の変則的な動きに追随し、方向転換。俺は敵のタイミングを完全に把握した上で、地面から木の上のそいつへ向けて思い切り跳躍。
跳んだ勢いのままに肩からぶつかれば、鈍い音と共にそいつは吹っ飛び、森の上空に吹き飛んでいった。
俺も勢い余って同じ軌道を描いて飛んでいく。魔装1の力は予想以上だった。
そして何の偶然か、飛んだ先はちょうど俺が担当していた、胆試しの順路。ワイヤーを四散させ、それらがヴリトラ教徒のクッションとなるのを防ぐ。
そして黒ずくめは地面に叩き付けられ、少し遅れて俺はその上に轟音を轟かせて着地。
「はわわわわわ!?」
すぐ側から聞き覚えのある声がし、そちらを見ると、そこにはクラレスがブルブル震えながら立っていた。
足下で何かがズルッと抜けていく感覚。見るとヴリトラ教徒がまたもや脱皮をして逃走を図っていた。
足の裏にスパイクを作り、軽く跳んでそいつを再び踏みつけ直す。
「グァァ!」
断末魔のくぐもった声。
しかしまだ抵抗を止めないので手元にロングソードを作り上げ、逆手に持ち、俺はそいつを地面に縫い止めた。
「ぎゃぁぁぁっ!」
醜い断末魔。
「「「キャァァァァァァ!」」」
ヴリトラ教徒が動かなくなり、一安心したところで、今度は学生達の方から甲高い悲鳴が上がる。
驚き、慌ててそちらを見ると、数歩先で学生達が固まってしまっていた。
なんだ、てっきり新手が出てきたのかと思った。驚かせるなよな、まったく。
「くはは……。」
安心して少し笑い声が漏れる。
学生達の先頭に立ったクラレスの方に目を向ける。すると彼女はピシッと固まり、かと思うと静かに後ろへと倒れてしまった。
「あ、おい!?」
クラレスへ一歩踏み出すと、学生達は慌ててクラレスを担ぎ上げ、もと来た道をダッシュで引き返していく。
どうもクラレスは気絶してしまったらしい。
いったい何があったんだ?たしかに魔装1は黒い鎧姿でも、気絶するほど驚く必要はないだろうに。
まぁいいか。
ルナのいる位置へと踏み出す。
ヌチャッ
……あ。
はたして、答えは足元にあった。
……うん…………グロいな。
俺が魔装を解き、木の上に戻ったときのルナの様子は、まぁ、想像できるだろう。