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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第三章:不穏な職場
42/346

42 合宿一日目

 「ご主人様、早く行きましょう!」

 合宿初日、張り切ったルナによって叩き起こされた。

 外を見れば日が登りかけているところ。要はまだ起きる時間ではないということである。

 「早すぎるだろ……。もう少し寝かせてくれ……。」

 二度寝を決め込もうとするも、ルナは引き下がらない。これでもかと激しく揺すってくる。

 「ご主人様、今日は合宿に行く日ですよ!忘れてしまったのですか!?」

 「はぁ、忘れられる訳ないだろ……。」

 何せルナ本人が1ヶ月前から毎日「合宿まであと~日ですね!」と伝えてきていたのだから。昨日だっていよいよ明日ですって騒いでたし。

 「とにかく早すぎる。安全な登山のためにはしっかりとした睡眠が必要なんだよ。」

 「ご主人様、早起きも大事ですよ。」

 ルナが俺をさらに激しく揺する。

 しかしそれでも……まだ眠い。

 「頼むから、もう少しだけで良い、寝させてくれ。な?」

 「駄目です。」

 聞き分けのない子にはこうだ!

 「ていっ!」

 「きゃっ!?」

 目隠し効果のある黒い塊をルナの目に張り付ける。かつてローズとゲイルのデートを邪魔しようとした奴等に放った矢の先端にくっ付けていたのと同じ代物だ。

 「しばらく静かにしていなさい。」

 俺はルナから少し離れた場所に移動し、再び目を閉じた。

 少しだけドタバタする音が聞こえ、すぐに収まる。慌てて目隠しを剥がそうとして失敗し、諦めたよう。

 これならゆっくりと寝られる、とそう思ったのも束の間、

 「コテツ先生!今日は合宿ですので早めに来ましたわ!」

 オリヴィアのよく通る声が聞こえてきた。

 今日ぐらい休んで良いだろうに。頑張りすぎだろ……。

 もう少し寝たい。

 「でも仕事なら仕方ないか。」

 起き上がり、諸々の準備を開始。

 「ご主人様!?」

 その物音に気がつき、ルナが縋るように呼び掛けてきた。良い耳だ。おおよその方向は判別できるらしい。

 「ルナ、そのまま反省しなさい。」

 「そんな!?」

 口をパクパクさせながら目元を押さえている彼女を部屋に残し、俺はリングへと向かった。



 「先生、まだですかぁ?」

 「もうキツいよぉ。」

 「ぜぇぜぇ、このぐらいで根をあげるとは情けないですわね。」

 学生達は今、各教師に先導されてキャンピング場へと向かっている。ログハウスは山の中腹、約標高2000メートル(爺さんに聞いた。)にあり、学生達はちょうど目的地まで道半ばだ。(by爺さん)

 「もう少しだから、皆頑張って。」

 「あと少しなんだ。登りきったらいくらでも休憩していいよ。」

 「登っていればそのうち付きますよ。」

 先導している教師達はそれぞれの言葉で学生達を励ましている。

 「「「……ですよね?」」」

 そしてそんな彼らは前を向き直ると、先頭を歩いている俺に向かって聞いてきた。

 すまないな。嘘はつきたくないんだ。

 俺はしっかりと首を横に振る。

 瞬間、さっきまで学生達を励ましていたときの笑顔はどこへやら、皆絶望の表情を浮かべた。

 教師も教師で疲れているらしい。

 仕方ないだろう、山に着いてからずっと急な斜面だし、その上うっすらと積もっている雪のせいなのか地面がぬかるんでいて余計に体力を奪われる。

 さらに全員が三日分の着替えやら何やらを入れた鞄を持ってきているので体力自慢の戦士コース生でさえも疲労困憊といった様子だ。

 唯一の救いは山に生えている木のお陰で日陰になっているということか。……ま、そのせいで登山道が乾かずぬかるんでいると言うのもある。

 そんな中、俺は荷物をほとんど横にいるルナに預けている。が、しかし、周りの誰もそれを咎めようとはしない。

 ルナが奴隷だから、ではない。

 それは俺が鉄製の巨大な釜を単身で背負っているからである。

 なかなか聞かないルナの我儘だ。叶えてやらない訳にはいくまい。

 他の人に気兼ねすることなく、落ち着いて、リラックスしたい。奴隷だからそういう思いが強かったのだろうとも思う。

 この見るからに重そうな物を、見るからに山登りに適さないような格好で持ってきたときには、学生を含め全員から可哀想な人を見るような目で見られたけれども、今やそんな奴は誰もいない。

 むしろ主人にそんなものを持たせている奴隷に怒りの目を向ける奴が何人かいるぐらいだ。

 「ご主人様、私が持ちますから。」

 ルナ自身もその視線には気がついていて、俺にまた何度目かの声を掛けてきた。

 「ルナ、無理なことを言うんじゃない。」

 しかし彼女は俺のその一言に何も返せず沈黙してしまう。

 ちなみに俺は大釜を背中に背負っているように見えるものの、疲れたら黒魔法で釜の下に薄い板を作り、大釜を支えている。

 ずっと魔法で支えっぱなしにしないのは鍛練のためだ。

 「コテツ先生、重くない?」

 そして俺の隣にはルナの他にクラレスもいる。

 「大丈夫だ。そういやクラレスは結構体力あるんだな?」

 大きな鞄は他の学生達と同じでも、いつものフードを被っているので暑いと思う。

 「ん。鬼神族は強い。」

 対し、クラレスは力強く頷いた。

 少し無口なだけで、案外話しやすいけどな。ま、その話しかけるまでが難しいのだろう。

 「コテツ先生、鬼神族の意味、やっぱり知らない?」

 と、クラレスが少し真剣な顔で聞いてきた。王族だってことかな?

 オレハナニモシリマセン。

 「なんだ?固有魔法のことか?それなら知らないぞ。」

 爺さんに聞けば一発だろうけどな。

 「違う。でも分かった。」

 「あの、ご主人様、その子は?」

 そういえば紹介してなかった。

 「ん?ああ、クラレスだ。クラレス、こいつはルナだ。お互い仲良くな。」

 言うと、お姫様はコクッと頷いてくれ、しかし、険しい目をルナに注ぎ始める。

 「奴隷?」

 「見ての通り奴隷扱いはしてないけどな。」

 隠す程のことではないので俺の背負っている釜を目で示しながら言うと、クラレスのルナを見る目が更に険しくなった。

 「それはご主人様が私に渡さないからです!」

 慌てて弁解するルナ。

 “そうなの?”とこちらを見上げたクラレスに頷き返せば、彼女も了承したように頷いてくれた。

 「ん、分かった。」

 が、目はまだ険しい。

 頼むから二人とも仲良くしてくれ。



 森を抜けると、そこは雪国だった。

 まあ、抜けると言うよりは空き地に出たという方が正しいか。

 ログハウスがズラッと規則正しく並ぶそこには、雪が積もって一面を覆っているのを見て、俺は背中の荷物を下ろし、内心ワクワクしながら新雪へと踏み出した。

 一歩踏み出すごとにギシッ、ギシッ、と積もった雪から音が……ズボォッ!

 ……当然、圧雪などされていない。

 体をよじり、何とか天然の落とし穴から這い出し、黒魔法でショートスキーを一組作って両足に取り付ける。

 スキーなんていつぶりだろうか。

 「はぁ、はぁ、ご主人様、速い、です。」

 スキーに慣れるためにログハウス群の間を縫うように軽く滑っていたら、ルナが遅れて到着した。

 「おつかれさん。」

 「ご主人様は全く疲れたように見えません。情けないです。」

 「いや、そんなことないさ。」

 実は最後の方では鉄釜をずっと魔法で支えっぱなしだったのだ。鍛錬と自分に言い聞かせていたとはいえ、楽をできると思うとどうしても我慢しきれなかった。

 「それよりルナ、少しこっちに来てくれないか?」

 ワクワクしながら言う。

 「?はい、分かりました。」

 しかし、ルナはかんじきを取り出し、難なくこっちまで来た。

 チッ。

 「それで、何ですか?」

 「いや、何でもない。そのかんじきはどこで?」

 「雪山に行くのならとニーナさんにもらいました。その様子ではどうやらご主人様にもちゃんと渡されたようですね。」

 いえ、初耳ですが?

 「はぁ……、まあいいや。他はまだか?」

 「ええ、でももう少しだと思います。ふふ、ご主人様がどれだけ化物染みているかについて教師を含めた全員が意気投合して話していました。」

 ほう、これは職員会議をすべきかもしれん。

 「やっと着いたぁーっ!」

 「わぁ!何かこう、達成感がありますね。」

 「(コクコク)」

 ネル、アリシア、クラレスの三人が到着した。少しは仲良くなれたのかな。

 「おう、お疲れさん。」

 「あ、化物だぁ、アハハ……ふぎゅっ。」

 「駄目ですよネルさん。コテツさんはあれでも割とそういうことを気にするんですから」

 俺が声をかけるとネルの失言が漏れ、遅れてアリシアの静止が入る。

 どうやらアリシアは俺を先生と呼ぶのはもう諦めたよう。

 「アリシア、化物と思わない?」

 「いえ、それは……。」

 そしてそんな彼女は、クラレスの問いに言葉を詰まらせた。

 おーい、そこは反論してくれ。

 「ぜぇぜぇ、やっと、着いた。」

 「すぅ、皆さーんここですよ!もう目の前ですよぉー!」

 そうこうしているうちに他の教師達が到着した。教師の声の後にウォー!と続く声がしたかと思うと、続々と学生達がラストスパートで走ってくる。

 さて、仕事の続きだ。

 ちなみに圧雪された雪に慣れていた勇者三人組のみがかんじきを履き忘れて落とし穴に落ちた。

 良かった、俺だけじゃなくて。

 


 班分けが終わった。

 班は6人ずつである。

 その際、阿鼻叫喚ということはなく、学生達は新しいルームメイトと軽く握手なり会釈なりをしてそれぞれの割り当てられたログハウスに向かっていった。

 教師はそれぞれのログハウス群に一人から二人ずつで学生達のより数段小さい物に泊まる。

 俺は教師達とはまた違い、キャンプ場の中心に位置する物の一つにルナと共に泊まることになっていて、近くにはツェネリも泊まることになっている。

 班分けの結果、アリシア、ネル、クラレスは別々となった。

 俺は何の手も加えていない。むしろ加えるなら三人とも同じ部屋にする。

 神に誓って良い。

 『まあ、実際何もやっておらんしの。』

 ほらな。

 これであの三人を仲良くさせるという俺の試みは随分と難しくなってしまった訳だけれども、それでもネルからは頑張るよと言ってくれた。

 一方でフレデリック、テオ、カイトのモテ男三人は全員同じ班だ。その他の三人はどんな気持ちなのだろうか。

 ちなみに、皆が泊まることになっているログハウスは、中に二段ベッドが置いてあるというだけの部屋だ。

 実際、ここでは寝泊まりしかしないからこれで十分なのである。



 「はいそこ止まれー。」

 「きゃっ!」

 仕事をさっさとを終わらせた俺は持ってきた弁当を片手に辺りの見回りをしている。

 気になる異性のところに忍び込もうとする奴が男女問わずいるのでそれを阻止するためだ。

 ったく、今日ぐらいは新しいルームメイトと親交を深めておいてくれよ。

 「自分のところに戻りなさい。」

 「は、はい。バ、コテツ先生。」

 おーい、今バって聞こえたぞ。化物か?おい、化物ってことなのか?

 「ひっ!」

 思わず睨んでいたのだろうか、女学生は涙目になってしまっていた。

 「はぁ。」

 泣きたいのはこっちだ。

 「す、すみませんでしたぁ!」

 激しく大袈裟な一礼を見せ、女学生はブルブル震えだす。

 そんなに恐いか!?

 なんだか罰則を与えるのが可哀想になってきて、俺はそのまま彼女を彼女のログハウスまでエスコートし、警告だけするに留めた。

 「あなた、何してるの?」

 自分が異常に怖がられたことへの涙を堪えながら見回りを続けていると、背後から声を掛けられた。

 振り返れば、見知った顔がこちらへ歩いてきていた。

 「ん?なんだユイか。お仕事お仕事。」

 「覗きがお仕事なんて人は初めて見るわ」

 「見回りだ!それにそっちから来たってことはお前が覗いていたんだろ!」

 お前の来た先には男用のログハウスしかないんだぞ!?

 「そ、そんなことないわ!私はあなたに用があったのよ!中からあんな美人の人が出てきて驚いたわ、この、変態!」

 「俺はルナに手を出したことはない!」

 「……ヘタレ。」

 このやろう、ませてやがる。

 「ほっとけ。それで、何のようだったんだ?」

 「宝玉のことよ。」

 「ああ、分かった。後で呼びに行くから戻っておいてくれ。」

 「分かったわ。」

 ユイはさっさと小走りで女学生の逃げて行った方向へ走り去った。

 あの様子、やっぱりカイトを覗き、ないしは会いに来てたに違いない。

 ったく、普通は逆だろうに。

 そう思っていたら遠くに緑色のケープが幾つか見えた。

 うん、あれが普通だろう。

 俺は隠密を発動して緑の集団に近づいていった。



 「あなた達、何か最後に言い残すことは?」

 「「「最後!?」」」

 ファレリルが怒りで顔を歪めながら学生達を見下ろす。

 俺はその様子を森に少し入ったところにある木の上から観察している。

 俺が見つけた男共はなんとファレリルを覗いていたらしい。流石は妖精、種族問わず可愛いと思われているのだろう、まぁ少なくとも外見は。

 そしてそんな彼らは今ファレリルにめでたく発見され、今現在は正座で説教を食らっている。

 その様子を見、俺は見つかったら巻き添えを食らいそうだったので少し森の中に入ったところへ逃げた。

 「当たり前でしょう?私みたいなか弱い存在を辱しめたのだから。万死に値するわ。」

 覗いただけだろうに。大袈裟な。あと、誰がか弱いだって?

 「「ハッ。」」

 鼻で笑う声は二人分した。

 横を見れば、隣の木の枝の上に全身黒ずくめの奴がいた。

 まるでヴリトラ教徒みたいな格好だなぁ……。

 そいつはサッと手を口に当てて周りを見回し、俺と目を合わせた。

 しばらくの沈黙。

 「……こんにちは~。」

 取りあえず小声で挨拶。

 「うす。」

 向こうも会釈を返してきた。

 再び沈黙。

 「こんにちは~。」

 「うす。」

 三たび沈黙。

 よし、次で攻撃しよう。

 「こんに……のわっ!」

 ヴリトラ教徒が自分の乗っている木から飛びかかってきた。

 考えることは同じだったか!

 素手で襲ってきたので黒龍を作って真横に薙ぐ。丸腰だと油断したのが運の尽きだ!

 しかし、予想に反してガキンッと硬い音が鳴り、俺の攻撃は敵の攻撃を弾くだけに留まった。

 よく見ると爪が黒く変色している。

 黒魔法かい。

 これが従来の黒魔法の扱い方だ。黒色魔素はほんの少し流しただけで対象をかなり硬化させられる。まぁ必要な魔力はそれでも他の魔法とは桁違いだけれども。

 弾かれた黒ずくめは再び飛びかかってきた。

 「スラッシュ!」

 爪でもスキルが使えるのかよ!

 蒼白い軌跡を描いて俺の右上から迫ってくる爪を黒龍を横に寝かせたまま下から押し付けることで俺の左に流す。

 腕を振り切った隙だらけの体勢になったところで相手の腕を掴み、ハンマーロックを極めにいったものの、ズルッと変な感触がしたかと思うとそいつは俺の拘束からあっさりと逃げ出した。

 脱皮のような事をしたらしく、俺の手には生暖かい脱け殻が残る。どうも特殊な人種だったらしい。

 そうして手元の奇天烈な残骸に呆気に取られている間も、黒ずくめは木を伝ってとんでもない速さで逃げ、姿を消した。

 あいつ、木の上での動きに随分と慣れてやがる。

 たしかここのログハウス郡の中にはクラレスが泊まっている物もあったはずだ。

 やっぱり狙いは城の侵入者達と同じか。

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