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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第三章:不穏な職場
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41 合宿企画

 侵入者を始末した数日後の早朝、俺はホログラムのニーナから彼らについてのことを横になったまま聞いた。

 彼女はカダに特別な薬を作ってもらい、それを使用することで刺客の尋問に成功したらしい。

 もちろんカダはその薬が何に使われたのかは知らない。あいつはどうも魔法薬を作ることが好きで、その利用目的とかはあまり考えないのだそう。

 危なっかしいったらない。

 さて、話の内容はというと……

 まず、彼らの目的はとある学生の誘拐、そしてあわよくば邪龍の魂片の奪取。目標の具体的な名前は知らされておらず、内通者に誘導される算段だったらしい。

 あそこですぐ殲滅なんかせずに待っていれば内通者が誰なのかはっきりしたかもしれん。惜しいことをしたとは思うものの、後の祭りだ。

 ニーナの予想では魔族の王女様がその誘拐対象だろうとのこと。そしてその魔族のお姫様というのはなんとクラレスであることを暴露した。

 それを知った瞬間から、ヤバイ、と俺は心の中で大いに焦り続けている。

 今まで1度も敬語を使ったことがない。知らなかったんだし、処罰とかはされないよな?されないだろう。されないといいなぁ。

 ……で、次は彼らに命令した奴は、まぁ当然と言えば当然ながら、ヴリトラ教内の上司にあたる奴だ。名前は内通者同様、知らされていないらしい。

 何をするつもりだったのだろうか?

 魔族の王、つまりはクラレスの親を手駒にしてしまうことやファーレンの信用を失墜させるなど色々考えられる。しかし全て憶測の域を出てくれない。

 出てほしいな。いや、出たらもうダメか。

 「コテツ先生!今日もよろしくお願いしますわ!」

 滑らかな石天井を眺めたまま思考を巡らせていると、朝の訓練をお願いするオリヴィアの声が聞こえてきた。

 ということはつまり、そろそろ起きる時間ってことか。

 最近ではこれが一日の始まりになっている。かつての予想通り、彼女は朝の鶏の声扱いになった訳だ。

 上半身だけ起き上がれば、隣で寝ていたルナも俺とシンクロした動きをする。

 「ご主人様、おはようございます。」

 「おはよう、ルナ。もうオリヴィアの声で目が覚めるようになったな?」

 「ふふ、ご主人様もですね。では私は朝食の用意をしますので、ご主人様はオリヴィアのところへ。」

 「そうだな。よいしょっと。」

 立ち上がり、魔装2を纏う。

 ルナもサッと立ち上がった。

 「行ってらっしゃいませ、ご主人様。」

 「はは、はいよ。」

 行くとは言ってもすぐそこなんだけどな。



 「はい、これがコテツの分。」

 朝の見回りが終わり、職員室の円卓でくつろいでいると、ドンッと膨大な量の紙の束が俺の前に置かれた。

 置いたのはニーナだ。

 「これは?」

 顔だけ動かして彼女に聞くと、彼女は一仕事やり終えたような顔で、端的に答えた。

 「1ヶ月後の、毎年恒例『ファーレンの学生達よお互いに仲良くなれ、ついでに冬山で強くなろう合宿』、通称『最初の難関合宿』の資料と各教師の役割分担表。」

 なんだその酷いネーミングと恐ろしい通称は。

 取り敢えず資料を手に取り、ざっと目を通す。

 どうやらファーレン島にある山に一年目の学生達と数人の教師だけで合宿、要はテントで泊まるらしい。

 なるほど、確かに難関だ。

 正式名称ではついでと言いながら、実際は強くなろうのところこそがメインだと言っても過言ではないだろう。

 その内容を説明する前に、今更ながらファーレン学園の大まかなカリキュラムを言っておこう。幸い、前も言ったが暦の数えかたは似ているので説明しやすい。

 まず、ファーレン学園の入学式は日本の九月ぐらいだと考えて良い。

 そのまま12月まで授業があって、元旦から数週間の休暇がある。それが終わってから7月中旬ぐらいまで授業があり、そこから9月までは休みとなっている。そして、9月から新学期のスタートだ。

 ちなみに俺の教師としての契約期間は7月一杯までである。

 そしてファーレンにはしっかりと四季がある。

 つまり合宿が行われるのはただの山ではない。真冬の雪山で、だ。

 そこで三日間生活をしろというのだから危険が多いのは楽に想像できる。ていうか合宿なんてしたら駄目だろう。

 「遭難しないのか?」

 「それを防ぐのが教師の仕事。いざというときは探知魔法陣を使えば良いし。ね、ラヴァル。」

 何故かここで何か別の仕事をしていたラヴァルに話が飛んだ。

 本人は急に呼ばれたにも関わらず、ゆったりとした動作で顔を上げ、

 「ニーナも探知魔法陣ぐらい使えるだろう?」

 これまたゆったりとした、余裕を感じさせる声音でそう言った。

 「そ、だから遭難とかは安心して良いよ。」

 そうか、なら良い……ん?

 「なぁ、この役割分担表にはお前らのどちらも載って無いぞ?」

 「ん?私は授業のために行けぬぞ?ニーナが行くのではないのか?」

 「え?私も他に仕事がたくさんあるし。」

 「これ、作ったのだれなんだ?」

 ヒラヒラと紙の束を振る。

 「えっと、私、だね。……へへ。」

 するとニーナが恐る恐る名乗り出た。

 「解決策をお願いしたい。」

 「ラヴァルゥ、お願い助けてぇ。」

 俺の言葉にニーナは即、ラヴァルに飛びつく。

 おい。

 「……なんとかしてみよう。」

 「やった。もうコテツも少しは見習って自分で考えてよ。」

 そしてニーナは早口で一方的にそう言い、転移した。

 開いた口が塞がらないとはまさにこの事。完全に人任せじゃねぇか。

 「コテツ、まぁいつものことだからそう怒ってやるな。見逃してやれ。」

 それで良いのか理事長!?

 「はぁ……、それで?具体的にどうする?」

 「フッ、頑張ってくれ。」

 「おい!?」

 「冗談だ。なあに、誰かがいなくなった際はお前が学園に転移してくれば良い話だろう?」 

 「そこから山に走ったら時間がかかるだろ。」

 「私は既に転移魔法陣を山に描いて置いてある。すぐに向かえる。」

 「へぇ、なら良いか。」

 「ああしかし、君は徒歩だ。あの魔法陣は私的な物であってな。なに、遭難者など出さぬのが一番だ。頑張りたまえ。フッ。」

 ラヴァルは転移していった。最後絶対笑いやがったよな?私的な物って何だよ。

 はぁ……、もう成るようになれだ。

 俺は再び手元の資料に目を落とす。

 期間は前述した通り、三日。

 泊まるのは山に常備してあるログハウス。学生達を班を作ってそれぞれのログハウスに宛がうのだ。

 そして食事は全て狩猟&採集で賄わなければならないそう。もちろん食べられるかどうかの判断や解体・調理法などは1ヶ月後まで、学生に頭に叩き込んでもらうらしい。

 もう分かったと思うけれども、これは要は集団サバイバル訓練だ。

 ファーレン卒業生はカダみたいに研究を中心にしていく者や貴族の長子以外は基本的に兵士や冒険者などの戦闘職に就く。

 そのために強い精神力とその上での基本的技能を得させるためだと思う。覚えないと死ぬから皆文字通り必死で覚えるだろうしな。

 次に取り出したのは教師の役割分担表。

 俺の他に合宿へ行くのは各クラスの連絡や統率を行う担任の教師は当然として、治療担当のツェネリや非常時に備え、大抵の魔法を高いレベルで扱えるファレリルも来る。

 さて、俺の役職は…………!



 「こんにちは、今回の合宿の主任となった、実戦担当のコテツです。」

 恨むぞニーナ。どうりで資料の量が異様に多かったわけだ。

 主任というのは学生と教師全ての統率や管理を一手に担うという、仕事量がただでさえ多いのに責任もかなり重い役職だ。

 俺は今入学式のあった講堂で一年目の学生達全員の前で合宿の説明をしている。

 この合宿の主任の役職は毎年の実戦担当が任ぜられるらしい。一年生と同じように実戦担当を学園の様々な種族に慣れさせるのが主な理由だろうけれど、他の奴でも良いだろうと思う。

 しかし仕事だ。文句は言えない。ただ、何よりもまず、事前の説明は欲しかった。

 「まず、合宿の予定ですが……」

  合宿のおおまかな日程を伝える。

 「おいネル、笑うんじゃない。アリシアも、笑いをこらえてるのは見えてるんだからな?」

 言葉の合間に耳元のイヤリングを触り、一番後ろで笑っているネルと真ん中辺りでうつむいているアリシアに念話を飛ばした。

 [コテツ、普段との落差が酷すぎるよ。ククク]

 [こ、これでも頑張っているんですよ、コテツさん。]

 「アリシア、肩が震えてるぞ?」

 [はぁ、ふぅ、よし。これで大丈夫で……プッ。]

 ……もういい。無視だ無視。

 「……合宿は基本、ログハウスを利用することになりますが、数に限りがあるので班に別れてもらいます。3日間一緒になる班員とは仲良くするように。どんな班になるかはお楽しみに。」

 おっと、戦士コースのほとんどの男学生達はネルの方を、その他は思い思いの女学生を見たぞ?そして全コースの女学生は――他の男に見られている者も含めて――フレデリック、カイト、そしてあれは……魔術師コースのテオだったかな、を一斉に見てるな。

 うんうん、素直でよろしい。

 でもごめんな。

 「当然、男女は別れてもらいます。」

 サッと皆がうつ向く。変な期待をしていたことが恥ずかしかったのだろう。

 この様子を端から見れるのは役得としか言いようがない。

 「最後に合宿における注意点です。まず第一に、山で教師を撒かないこと。そして……」

 俺はニヤけるのを必死でこらえ、淡々と合宿の注意点を羅列し、集会は解散となった。



 「だから班員は俺が決めるんじゃないんだって。」

 「そこを何とか。」

 「無理だ。」

 俺の昼食の平穏は今何人もの学生に脅かされている。

 男女は分けると言ったのに一緒にしてくれと言う奴もいれば、その上でログハウスの位置を気になる相手に近い場所にさせてくれと言う奴もいる。

 そんなもん相手と内緒で夜の密会の約束でもすれば良いだろうが。

 そしてもし断られたら潔く諦めるかもっと気に入られる努力でもしてろ。

 他人の恋愛は見るのは楽しくてもそれに巻き込まれるのはただの迷惑でしかない。

 「ごめんな、騒がせて。」

 向かいに座っているお姫さま、クラレスに謝罪する。

 彼女も恐らく俺と同じように静かな食事を好んでいるのだと思う。それを妨害してしまったのは申し訳ない。首が飛ぶかもしれないと思うと更に申し訳ない。

 ちなみに彼女が物凄く高い身分だってことは魔族以外の学生にも知れ渡っているのだろう。

 その証拠に俺に頼み事をしてきている学生達は全員彼女から一歩離れたところに立っており、その上俺が彼女に声をかけたことに驚いている学生もいるのだから相当なものだ。

 「ん。大丈夫。」

 そして彼らはクラレスが俺に返答したことにさらに驚いた様子を見せた。

 あと、かく言う俺は彼女が魔族のお姫さまだということは知らないふりをしている。今敬語を使うよりはずっと砕けた話し方のまま、罪に問われそうになったときには知らなかったとしらばっくれようと思う。

  「ありがとな。ほら、お前らとっとと離れろ。本当、すまなかったな。」

 立ち上がって群衆を払い、そのまま去ろうとするも、服が何かに引っかかった。見てみればクラレスに俺のロングコートの端を掴んで引き留められていた。

 「……私、合宿で一人にならない?」

 小さな声と共にコートを握る手に力が入る。彼女も彼女で自分に友達が少ないことを気にしていたのだろうか?

 「ああ、ならないさ。心配するな。」

 そのフードを被った頭をポンポンと軽く叩き、俺は安心させるようそう言った。

 この合宿を期にたくさんの友達ができると良いな、クラレス。



 「コテツさんはクラレスさんと仲が良いですよね。」

 「うん、いつも二人で食べてるし。」

 食堂から出るとアリシアとネルに出会い頭にそう言われた。ネルには何故か不満そうな顔で。

 「あそこは静かな場所だからな。クラレスもそこを気に入っているんだろ、たぶん。」

 お、そういえばこの二人は打ってつけじゃないか。

 「そうだ、なぁ二人とも、クラレスと仲良くしてやってくれないか?あいつだって友達が欲しいとは思っているんだ。」

 「え、彼女は凄く地位が高いところの生まれだってボクは聞いたけど?」

 「ええ、私もそう聞きました。何かの拍子に首が飛ぶこともあるとも。」

 「ここでは同じ学生なんだ。友達になるには何の問題もないだろう?」

 しばらくの沈黙。

 やっぱり難しいかな。

 と、ネルが口を開いた。

 「まあ友達は多い方が楽しいしね。頑張ってみるよ。……コテツの頼みだし。」

 「わ、私も頑張って話しかけてみます。」

 アリシアがネルに続き、そう言ってくれた。

 ありがたい。

 しかし、頑張って、か。

 やっぱり王族っていうのは話しかけるのにも恐縮してしまうよな。

 「ありがとな。」

 礼を言うと、二人は顔を見合わせた。

 「……クラレスさんが羨ましいです。」

 「ホント、コテツはあの子を相当気にかけてるみたいだね。」

 「ああ、どうも心配でな。それに彼女をファーレンに入学させたのは俺だ。できればそれが楽しいものであって欲しい。」

 「ふふ、任せてください。」

 「ま、ボクが協力するから心配なんてしなくて良いよ。」

 頼もしいこって。

 あとはクラレスがこの二人に心を開ければ新たな友達となれるかな?ま、ここから先はもう本人次第である。俺には手が出せない。



 「フンフンフフ〜ン。」

 コロシアムに戻るとルナが風呂用の釜、タイルや石を一つに纏めていた。

 「何をしてるんだ?」

 「あ、ご主人様。山へ泊まりに行くと聞いたのでその用意をしようと思いまして。」

 「ルナはわざわざ雪山なんて危ない場所にいかなくても良いんだぞ?」

 「駄目です!」

 即答された。

 「私はご主人様に一生、どんなところまででも付いて行きますので。」

 その上、すごい宣言をされた。

 でもな、ルナ。

 「張り切っているところ悪いけどな、合宿に行くと言っても1ヶ月後だぞ。」

 「え?」

 流石に張り切りすぎだろう。

 「それにわざわざ風呂道具も持っていくのか?」

 いくら獣人であるとはいえ、ルナがこんな重い鉄の塊を持って山を登ることはできないと断言できる。

 「大丈夫です。私は獣人族なので。それにこの服も力の補助をしてくれます、し!」

 軽々と鉄釜を持ち上げて見せようとしたのだろう。しかしルナは釜を持ち上げるので精一杯だった。持ち上げたは良いものの、一歩も動けそうにない。

 体がプルプル震えてる。

 しかしまぁ、持ち上げられるだけ凄いもんだ。一歩間違えればギックリ腰案件だろうに。

 しばらく奮闘した後、ルナはついに鉄釜を下ろし、荒い息をしながら座り込んだ。

 「はぁはぁ……。」

 「ルナ、どうしても持っていきたいのか?」

 「ふぅ、無理なら、仕方ありません。」

 「持っていきたいんだな?」

 再度聞けば、彼女は恥ずかしそうに小さく頷いた。

 駄々をこねているようで恥ずかしいのだろう。だがしかし、逆に考えるとそうまでしても持っていきたいと思っているってこと。

 ……持っていくか。

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