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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第三章:不穏な職場
40/346

40 憂鬱

 「……って訳だ。」

 「はぁ、まさかそんなことがあったなんてね。」

 理事長用の机に座るニーナにユイのことを説明すると、彼女は嘆息して背もたれに体重を預けた。

 もちろん俺のスキルについては話していない。魔法陣の存在は俺の元の世界からの知識だということにしておいた。

 「それで、今度の夜から必ずコロシアムへ来るようユイに言っておいてくれないか?」

 「あの槍は……。」

 「本人に返すさ。」

 槍がどんなものだったのかはもう調べ終わっている。

 鑑定結果はこれだ。



 name:魔槍ルーン

 info:穂先から火を噴く灼熱の槍。その火は対象を完全に燃やすまで尽きることはなく、その穂先は猛毒に浸けていなければ自然と発火する。



 つまりあの透明な液体の正体は猛毒で、それが毒槍として機能、ユイを苦しめたということらしい。

 どうもスレイン王国は初めからユイが宝玉を取り出そうとしたら殺すつもりだったよう。

 ったく、一見すると自殺したようにしか見えないから質が悪い。

 ちなみに、時間溯行魔法は対象者の全ての時間をもとに戻すらしいため、俺はまたユイを説得し直さないといけないかと思ったけれども、幸い、ユイの記憶の消去は槍で傷つく直前までで済んだ。

 見事なもんだ。

 「全部君に任せてしまって申し訳ないね。」

 「それはしょうがないさ。」

 「ありがと、そう言ってくれると助かるよ。」

 長い間共に仕事してきた仲間に裏切り者がいるんだ。その精神的な苦労は計り知れない。

 「ゴホン、ではコテツ先生、見回りへ行ってください。」

 「了解です、理事長。」



 「では今から実技の練習をする!ファーレン生として最後のトーナメント戦じゃあ全員、優勝しろよ!」

 コロシアムリングにて、三年目の戦士コース生達の前に立ったバーナベルが実現不可能な目標を掲げた。

 「バーナベル先生、全員優勝は無理では?」

 学生達の中からごもっともな意見が出る。

 対してバーナベルはすぅっと息を吸い込み……

 「「「「「「「気合いだぁ!」」」」」」」

 どうやらこう言うことは何度もあるらしく、バーナベルが叫ぶと同時に他の学生達も合わせて大声を出した。

 「わっはっは!分かってるじゃねぇか!まずは基本のスキルの総復習だ!全員、武器は構えたか?」

 この場にいる学生の武器は統一されていない。剣、槍、斧、槌中には弓を使うやつまでと様々だ。

 バーナベルの教育方針で、効率のために無理矢理全員に同じ武器を使わせず、それぞれが自分に合った武器を用いるようにしているらしい。

 「いくぞ!スラッシュ!」

 そんな賢明なのか大雑把なのか分からない彼の手には片手剣形の木剣が収まっていて、掛け声と共に蒼白い軌跡を残して降り下ろされた。

 「「「「「「「スラッシュ!」」」」」」」

 彼に続き、学生達もそれぞれの武器を降り下ろす。

 矢を持って発動させている者までいることには素直に驚いた。

 その後、二十種類ぐらいのスキルを演習し、バーナベルは学生達にお互いと模擬戦を始めさせた。

 コロシアムリングには俺のトーナメント戦のときと同様の、魔術による結界が張られているので怪我の心配はない。

 ……まぁ、水に落ちる分、風邪の心配はあるけれども。

 「で、釣果はどうだ?」

 そんな様子を眺めながら観客席とリングを隔てる壁に座り、釣りをしていると、バーナベルはそう言って俺の隣に腰を下ろした。

 「全然駄目だ。……ここの魚、食える奴は旨いのに、毒持ちが多すぎやしないか?」

 釣った魚が食べられるかどうかは爺さんに逐一確かめて貰っている。

 鑑定でも確かめられるには確かめられるものの、そのためには一々殺さないといけないのでキャッチアンドリリースができないのだ。

 相も変わらず、全く持って使えないスキルである。

 「何故かは俺にも分からねぇな。ラヴァルかファレリルなら分かるんじゃねぇか?で、どうだ?俺が三年間育てた戦士達は。」

 「ランクC冒険者には確実になれると思うぞ。そこから先はモンスターとの戦いだから、正直分からん。チームワークの要素もあるし。」

 肩をすくめ、自慢気なバーナベルに答える。

 まぁ、俺はランクBになるのに大して苦労していないからあまり信憑性はないかもしれない。

 とは言え、貴族の子が殆どだから冒険者には……いや、子沢山なところの末っ子とかならそういう選択もあ有り得るか。

 「そうか、本当はあいつらには冒険者になんてなって欲しくはねぇんだがな。折角の才能をただ魔物退治に費やすのは惜しい。……すまねぇ、気を悪くしたか?」

 「いや、気にしてない。でも冒険者だって必要な職業だろう?」

 「成功するのは一握りだろうが。んなことなら兵士になるのが一番堅実だ。だがそうなるとお互いに殺し合うことになるからな。見ろ、三年間共に生活してきたあいつらを。俺はこの関係を壊して欲しくねぇ。あいつらの将来が不安で仕方ねぇんだ。」

 このお互いに笑いあい、競いあっていた関係が国に帰った途端に否定、再教育されて、数年後の戦争、今度はお互いに対しての憎しみに燃え上がるのか。

 「難しい、よな。」

 「……ああ、全くだ。」

 バーナベルのため息にはいくつの思いが込められたのだろうか。

 俺も兵士になっていたらエルフ以外の異種族を見るだけで殺意が沸いてきたりしていたのかね?

 「戦争、か……のわっ!」

 言いかけると、バーナベルが突然、俺の体をリングへと投げ飛ばした。

 「お前ら!今度は対モンスターの集団戦の練習だ!協力な個にどうやって立ち回るか考えろよ。敵はコテツだ!」

 バーナベルが湿っぽい空気を壊そうとしてくれたことは分かった。だがしかし納得行かないことが一つ。

 誰がモンスターだ!

 「「「「「「うおおおおお!!」」」」」」

 はぁ、殺る気満々かよ。

 「バーナベル、覚えてろよ!」

 「これはお前の仕事だろうが。」

 「ぐっ、はぁ、それもそうだな。……掛かって来いやァッ!」



 夕方、約束通りユイはコロシアムにやって来た。今は俺の指示通りに魔法陣の中心に座っている。

 魔槍ルーンはその危険性をしっかり言い聞かせた上で返した。本人はかなりショックを受けていたものの、何とか納得はしてくれ、ついでにスレイン王国に逆らい、魂片を俺に渡す事に乗り気にもなってくれた。

 魔法陣の作成過程は前回より短くはなった。しかしやはり前回同様、ストレスが溜まる溜まる。

 その証拠に白髪が増えたらしく、今はルナがウキウキしながら俺の白髪抜きに勤しんでいる。

 分かるぞ、楽しいもんな、間違い探しみたいで。

 「あ、ありました!ご主人様、これで六本目です。」

 マジかよ。

 はぁ、これを2ヶ月間毎日続けるのか、そのうちこれが白髪探しから黒髪探しにシフトするかもしれん。

 「それで、いつまでこうして座っていればいいのかしら?」

 ユイから声がかかる。

 「あと30分ぐらいだ。」

 「長いわね。」

 「これを2ヶ月間毎日するんだから早めに慣れておいた方がいいぞ。」

 「そう、ね。……それにしても暇ね。あなた、話し相手になってくれない?何か話題を振ってくれるとありがたいのだけれど。」

 「いいぞ。そうだなぁ……じゃあお前がカイトのどこが好きなのかとか、どうして好きになったのかとか色々頼む。」

 「ひゃわっ!な、何を。」

 「大丈夫だ時間は30分もある。ああ、すまない、短すぎたか?カイトの魅力を語り尽くせないよな。なんなら今日は俺の話を少しして、明日みっちりお前の話を聞かせてもらおうか。」

 「私から話せばいいんでしょう!」

 お、やった。

 「じゃあまずは二人の馴れ初めから。」

 「はぁ、図々しいわね、……分かったわ。えっと、青葉君と私が初めて会ったのは彼が私と同じ高校に入学してきたときよ。」

 「それは一目惚れってやつか?良いなぁ、青春してるなぁ。」

 開始早々、既にニヤニヤが止まらん。

 「うるさい!あなたはいちいち茶々を入れないと気がすまないの?」

 「おっとすまん、悪かった悪かった、続けてくれ。」

 今のは本当に怒ってたな。

 まぁ想い人との馴れ初めをからかわれたらそりゃ怒るか。

 「一目惚れどころか、青葉君は入学してきたその日のうちに私に向かって勝負してくれって言ってきたのよ。信じられる?彼、私が剣道部の主将だと知って自分自身がどれだけ強いのか試したかったらしいの。ふふ、まあ、そのときはちゃんと倒したけれどね。こう見えても私は剣道三段を持っているの。それにあと少しで四段の資格を取れる所だったのよ。」

 こう見えてもって……いえいえ、立ち居振る舞いから十分強そうに見えますよ。

 「青葉君は私に倒された後、すぐに剣道部に入ったわ。そして練習に他のどの男子部員よりも熱心で真面目に取り組んでいた。それに……」

 話すに連れて段々顔が紅潮していく。心ここにあらずといった感じだ。

 「……ふふ、それにあの日なんか、もう、子供っぽくって、それも普段からは予想もできないくらいに。あと……」

 既に俺のことは頭から吹き飛んでいるよう。どこまで独白してくれることやら。

 ワクワク。

 「……そして夏休みのある日に……駄目、これ以上は秘密よ。私と青葉君だけの思い出にしておきたいもの。」

 夢中になって話してくれていたユイはしかし、一番面白くなりそうなところで急に現実に帰還してしまった。

 うーわそこで切りますか。あと少しだったのに。

 ま、理由は微笑ましいことこの上ないけどな。

 「強制はしないさ。それにお前のその顔を見ればあいつのことをどれぐらい好きなのかは聞かずとも分かる。」

 「そ、それで、あと何分残っているのかしら?」

 「ん?もう時間はとっくの昔に過ぎたぞ?くはは、おつかれさん。人生一度の青春だ。頑張れよ、高校生!」

 「なっ!?このっ、絶対にあなたのことを明日教えなさいよ!」

 「へいへい。」

 「もう!」

 怒ろうとしながらも思い出し笑いを隠せていない、真っ赤な顔でユイは寮へ帰っていった。

 「あの、ご主人様、コウコウセイとはなんでしょう?」

 あ、しまった。ルナが近くにいることを完全に忘れてしまっていた。

 ついついユイの話に聞き入ってしまったのだ。

 「えっと、あれだ。人間の多感な時期のことだよ。」

 頭の上を見上げて答える。

 本当は思春期だけどな。

 「ファーレンに通っている学生達のようなところでしょうか?」

 「おお、その通りだ。頭が良いなぁ、ルナは。」

 色々ごまかすために狐耳をモフる。

 「きゃん!もう、ご主人様、いきなり耳を揉まないでください。あ、二十本目です!」

 「嘘だろ!?」



 夜、俺は頭を押さえながら夜の見回りをしている。

 「ったく、計三十本とか冗談じゃないぞ。」

 その内抜けていくのだろうか?この世界に育毛剤とかはないからな。いや、カダが何らかの薬を作ってるかもしれない。ここは魔法の存在する世界だ。百パーセント効く育毛剤が、何なら死滅した毛根に効く毛根復活剤があってもおかしくはない!

 いざとなったら頼もう。

 ……いざというときが来ませんように。

 そんなことを考えていると、複数の気配が壁を越えて入ってきたのを感じた。

 暗視双眼鏡代わりに龍眼を発動し、視線を気配のした方へ向ける。

 いたいた、総数は俺の白髪と大体同じ数。色は真逆で黒一色。

 全員まとまってファーレン城に向かっているな。ただ、彼らの種族は黒い外套を被っているので分からない。

 厄介な。

 隠密スキルを発動し、彼らが獣人である可能性を考えて風下の方向へに回り込むように大回りで接近。

 黒弓を作り、矢をつがえると、風に乗って話し声が聞こえてきた。

 「おい、全員いるか?」

 「「「おう。」」」

 「よし、では行くぞ。ヴリトラ様の御ために。」

 なるほどヴリトラ教徒か。これは捕縛の必要があるかもな。

 ……狙いを定める。

 人殺しに抵抗はない。正直、魔物を殺すときと心持ちは変わらない。……爺さんが一々入れてきた茶々のせいで言葉の通じる生き物を殺すことにいい加減慣れてきたんだろうなぁ。

 黒ずくめ達が解散する直前、最後に喋っていた奴の頭を射抜く。

 途端、彼らは焦り始めたものの、真っ黒な魔装2と隠密スキルのおかげか、俺の位置は特定できなかったよう。

 「くっ、感づかれたか。」

 「敵はどこだ?探せ!」

 黒ずくめ達はパッと散り散りになり、それぞれで辺りを警戒し始めた。

 ただ、それは俺の龍眼の前では意味はない。むしろ悪手だ。

 何せ散り散りになると他の奴が殺されても気づきにくくなるからな。

 「くそ、潜入は成功したのに。ふごっ……。」

 よって他の仲間が口を塞いだ上でナイフで首もとに刺突をされても、そのことに気付けるはずもない。

 外側から一人ずつ、落ち着いて確実に仕留めて行く。

 「ぐむぅ……。」

 ……今殺した奴の首には鱗があった。その前の奴は羽を体のあいこちに持っていた。

 どうもこいつらは様々な種族のいる混成部隊のよう。

 そのまま黙々と始末していき、最後の二人は顎への強打で気絶させた。

 捕縛はこの二人で十分だろう。



 「それで、なんで侵入したんだ?目的はなんだ?誰かの命令か?趣味か?」

 気絶させた二人の刺客は普通のロープで縛り上げ、コロシアム内の別々の部屋に入れた。

 その片方、クラレスのような目をした、一本角の魔族の前に俺はしゃがんで話している。

 「俺は何も話さん、さっさと殺せ。」

 「どうせ死ぬなら話していいだろ。」

 「ふん、ヴリトラ様に不利益なことをするわけがないだろう。虫けらが。」

 しかしなかなか話が進まない。

 「あのな、詳しい事情はもう分かってるんだよ。もう一人が口を割った。これはただの確認だ。そんなことのために死んでいいのか?」

 もちろんハッタリだ。

 どっかでこの方法を読んだことがある。

 「あいつはヴリトラ様に心酔している。まあ、我等も同様だがな。だから裏切りはあり得ん。……フン、残念だったな、虫けらの知恵なんぞこんなものか。」

 イライラするなぁ!

 「さっきから虫けら虫けらうるさいわ。そんな虫けら一匹に大人数で負けたお前らはそれ以下だぞ。」

 「だから殺せといっている!負けることなど、ヴリトラ様の顔に泥を塗るに等しい。さあ殺せ!」

 明日の朝、理事長室にでも放り込むか。後はなんとかやってくれるだろ。

 「おい、どこへ行く!さっさと殺せぇ!」

 捕まった瞬間からあいつは殺せ殺せとしか言っていない。

 部屋の外に出て後ろ手にドアを閉める。

 「はぁ……。」

 ったく、少しは生きようとあがいて見せろよ。気持ち悪い。

 まだかすかに叫ぶ声が聞こえる。あの様子からして、二人目も似たようなものなのだろう。

 「ご主人様、大丈夫ですか?」

 俺が出てきたのを見てルナが駆け寄ってきた。

 しまった、顔に出てしまっていたか。

 「大丈夫大丈夫、問題ない。」

 「そう……ですか?」

 これじゃあ駄目だな、周りを不安にさせてしまう。

 「えーとそれで?夕食は出来てるのか?」

 話題を変えるためにそう聞くと、ルナはまだ浮かない顔のまま、俺の釣った数少ない毒なし魚の天ぷらだと教えてくれた。

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