38 実戦担当教師の一日 午前
「エアブレード!」
鎌風を纏い、不可視の刃を纏ったタクトが降り下ろされる。
その危険極まりない棒切れを持った手の甲を素早く右手ではたくことで刃の軌道を逸らしてしまい、俺は左手の指先を相手の首に添えた。
「くっ、負けましたわ。……はぁはぁ。」
そう悔しそうに言って、オリヴィアは俺が手を下ろすなりぺたりとその場に座り込んだ。
「ま、良くなってはいるぞ?前よりも攻撃のバリエーションが増えているのも合わせて読み辛くなった。ただまぁ、前にも言ったと思うけどな、戦士に魔法使いが接近戦を仕掛けるのはよほどのことがない限り止めろ。やるとしたら奇襲狙いのときだけにするように。俺はお前に接近されたときの対処法としてその魔法を教え……ていうか提案したんだからな?」
人に教える事は未経験なので、取り敢えず戦ってみた感想を伝えれば、
「ありがとう、ございます。接近戦は避ける、ですわね。」
彼女は俺の言葉を反芻してうんうんと、頷いてくれた。
時間は早朝、澄んだ青空のもと、俺は金髪縦巻きロールもといオリヴィアと、もう毎日のこととなった訓練を行っている。
彼女は俺の予想に反してとても真面目だ。考えてみれば入学試験で整理番号が一番だったってことからもそれがうかがえる。
ただ、真面目過ぎるという感じがしないでもない。
何せ入学式の日からずっとこの子なのである。
「なぁ、朝から毎日だと疲れないか?少しは休みを入れた方がいいと思うぞ?」
何せ彼女が毎朝早くからコロシアムに通っているため、そのうち朝の鶏の声代わりになるかもしれないとルナと二人で予想までしているくらいだ。
無理されて体調を崩しでもしたらこっちが困る。
「いえ、お構い無く。私は何ともありませんわ。」
「そうか?それなら……まぁ、くれぐれも無理せずにな。」
「オリヴィア、どうぞ。お疲れさまでした。」
と、リングの端で観戦していたルナが駆け寄ってきて、肩で息をするオリヴィアに水入りのコップを差し出した。
「感謝しますわ、ルナ。」
ニコリと笑ってそれを受け取り、貴族の少女は感謝の言葉を口にした。
毎日来ているからか、彼女はルナともすっかり打ち解けている。
最初は俺の奴隷だと知って、かなり上から接していたものの、それも俺のルナへの態度を見て随分収まってくれた。
実に良くできた子だと思う。
「では、また明日もお願いしますわ。」
水を飲んで一息ついたところで立ち上がり、俺へと礼儀正しく頭を下げるオリヴィア。
「おう、またな。体には気を付けろよ?」
「またいらしてくださいね。」
「ええ、そうしますわ。」
俺とルナの返しに彼女はもう一度一礼して、女子寮へと歩き去っていった。
「……ご主人様、朝食の用意ができていますよ。」
そして彼女が去ったのを確認するなり、ルナは俺の最も恐れていたことを口にした。
「なぁルナ、朝はそこまで食べないんだ。少なくでいいからな?少なくで。」
「ふふふ、はい、分かりました。先に用意しておきますね。」
「本当に少なくでいいからな!」
「ええ、分かっていますよ。」
タタタと走り去り、見えなくなる和装の獣人。
……あれは絶対に分かっていない。
いや、別に彼女の作る料理が不味いって訳じゃない。むしろ美味い方だと言っても良いだろう。
ただ、量が多いのだ。
獣人族の特性なのかは知らないけれども、作る料理の量がとにかく多い。ルナはかなりスタイルを気にしていて、いつもかなり抑えて食べているらしい。
実際その効果は良く出ていると思う。あのスタイルの良さは努力の賜物であったということだ。うん。
が、しかし、俺は男だからそんな言い訳は通用しない。ていうかさせてくれない。ニコニコと本当に幸せそうな顔で作るものだからどうしても残せない。食べ物が少しでも残っていると泣きそうな顔になるし。
だからオリヴィアとの実戦訓練は俺としても腹を空かせるための一つの手段としてとてもありがたいのである。
ちなみに食材はニーナが城の調理室から調達してくれている。
あいつはあいつで結構暇らしい。
理事長なのにおかしくないか?……まぁきっと誰かがその負担を肩代わりしているのだろう。
ファレリルやラヴァル辺りかな?……ご愁傷さまです。
くれぐれも俺にお鉢が回ってくることのないように気を付けよう。祈っても置こう。
あれ?フラグ?
……何はともあれ、はてさて、今日も全部食べきれるかな?
「平和はいいな。実にいい。」
実戦担当としていつもの見回り。
前にも述べたように、俺の主な仕事は学生の挑戦を受けることである。
しかしそれだと隠れていれば仕事しない給料泥棒になってしまうため、それに加えて朝と夜の見回りも義務付けられている。
前にバーナベルが見回りをしていたのは俺の前の実戦担当が任期を終えて、俺の任期が始まる入学式までそれをするやつがいなかったから、だと思う。
「とぼけん、な!」
と、アイが俺の脛目掛けてローキックを放った。
後ろに飛んでそれを避ければ、俺のいたところの芝生が抉れ、黒い土が扇状に掘り起こされた。
「危なッ!」
骨が折れるわ!
「それで、説明してくれるかしら?」
その様子を脇で、腕組みをして見ているユイが俺を鋭く睨み付けてくる。
「な、何を?」
「あんたがなんであんなに強いかに決まっているっしょ!」
アイが強く言い、俺は思わず身構える。
「まあまあアイもユイも落ち着いて。それでおじさん、オレ達に説明してくれますよね?」
するとカイトが二人に声を掛けた事で、彼らはようやく落ち着いてくれた。
この三人は俺のあのトーナメントを見ていたらしく、俺の一般人離れした戦いに驚いたそう。
しかし、だからと言って急に襲ってくる理由にはならないと思う。授業の合間の貴重な休み時間を外で過ごして太陽に当たることは確かにとてもいい事だろう。
ただ、元気にも程がある。
「いや、修行の成果としか言え……。」
「あなたのスキルを教えて。」
言い訳を遮り、ユイは単刀直入に聞いてきた。
「えーと、完全鑑定と気配察知を持ってるな。」
一番使えないスキルと一番無難そうなスキルを選び、教える。
何も教えないと逆に怪しまれるに違いない。
『何が使えないじゃ!お主は今まで何回も鑑定を使ってきおったじゃろうに!』
ああもう、うるさいなぁ。
鑑定のオーブで代用できるだろう、こんなもの。生き物に対してはむしろオーブの方が使いやすいし。
ちなみに鑑定のオーブは一つ1ゴールドと割高で使い捨てだから、それこそ王族とかでないと使おうとは思わない。
だから金の節約としては有効だ。
ま、利点はそれだけだ。
『完全鑑定はどんな阻害をもはね除ける、鑑定系技能の最上位バージョンなんじゃぞ!』
でも効果は変わらんだろう?
『ぐっ。』
反論できないんかい!
「どうカイト、嘘ついてる?」
「どうだい、テミス?」
テミス?
「嘘はついておりません。」
捻った頭のすぐ上から、鈴のような声が聞こえててきた。
見上げれば、見知らぬ女性が宙に立っていた。片手には天秤、もう片方の手には細身の剣。
え、なに?嘘ついてたらまさか死んでたのか!?
うなじを冷や汗が流れる。
「ありがとうテミス。」
しかしカイトがそう言うと、テミスと呼ばれた彼女は一礼して眩い光となり、だんだん小さくなって消えていった。
「だってさ。テミスが言うんだから間違いないよ。」
「……そうね。」
「ふーん、じゃ、仕方ないね。」
なにやら納得してくれた模様。
テミス……どこかで聞き覚えがあるような……無いような。
「じゃ、じゃあ納得してくれたようだし、俺はそろそろ見回りに戻るからな。頑張れよ三人共。」
何はともあれ、三十六計逃げるに如かず。
「カイト、アイ、先に行って。私はまだ少し話があるから。」
しかしユイはまだ諦めてくれていなかった。
「りょーかーい!」
「分かった。次は魔法薬の授業だったよね?」
「そうだよ、行こっか。」
相変わらず元気な少女に戻ったアイは、カイトの手を引いて楽しそうに走って行く。
彼らは戦士コース生ではあるものの、ちゃんと魔法や魔術の授業も義務付けられている。
というのも、ファーレンの学生はコースごとに別れて入学試験を受けはしても、習う事柄は変わらないのである。ただその比重が違うというだけ。
何でも、他の事も知っておかないと、例えば“ファーレン出身の戦士は戦士に対しては強くても魔法使いに対してはからっきし”なんてことになりかねないからだそう。
「で、どうした?」
「私の事を教えるからあなたの事を教えて。大丈夫、他言はしないわ。」
お!ユイの好奇心を刺激できたか!
「えーと、邪龍の魂片のことだよな?」
取り敢えず確認。糠喜びはしたくない。
「え、なによそれ?」
あれ、違う?いや、知らないのか?
「あー……何でもない。後でコロシアムに来てくれ。俺はそこにいるから。」
「あなたには女性に合わせるっていう考えはないのかしら?」
「俺に女子寮へ行けと?ふざけるな、クビになるわ。」
「あ、そ。」
それだけ言って、ユイはカイト達を追いかけていった。
さてと、彼女にはどこまで話そうか。
まず爺さん、魂片の取り出し方は?
『手術をすれば確実じゃな。』
俺にそんな能力はないし、設備も無いだろうが。
『別に死んでも構わんのなら行けるぞ。』
それは手術じゃなくて解体だ……。
ったく、お前にとっては単なる手段でも俺にとってはそれで仕事が無くなる可能性もあるんだよ。
『言うと普通は怒鳴り返すものなんじゃが……。お主、案外冷めとるの。』
神様と人の価値観が違うのは百も承知だ。同じだったらまずトラックやら剣やらで人をああも簡単に殺しはしないだろうよ。
それで、他に方法は?
『時間はかかるが、わしの言う通りの魔法陣を描いてそこに丸一週間飲まず食わずで座らせておけば分離するぞ。』
一週間は無理じゃないか?たしか飲まず食わずは人間には三日ぐらいが限度だったはずだろ?
『じゃから時間がかかると言っておる。一日二時間、陣の中で座らせることを2ヶ月間毎日続ければ同じ効果を得られるわい。』
他には?
『そうじゃのう……あと一つ、わしの魔法陣を描いた槍で的確な部分を刺せば無傷で取り出せるの。』
お、良いじゃないか。その的確な部分は?
『さぁ?まあ、運試しということじゃ。……間違えたら死ぬがの。』
却下だ!
ったく、となると2ヶ月間継続のやつでいくしかないな。
それで、あのテミスってどっかで……。
『裁きの神じゃな。あのテミスコードは彼女が暇潰しに作った者じゃ。』
ああ、あの!
テミスって下級の神なのか?妙に威厳があったような気が……。
『いや、割と高位に位置するはずなんじゃがのう。』
おい爺さん、話が違うぞ。
『まあ、神なんて退屈な仕事じゃからのう。気晴らしに協力してるんじゃろ。わしもお主に協力してるんじゃし。』
じゃあ高位のなんか雷とかバシバシ落としたりする神も?
『否定はしきれんのう。ふぉっふぉっふぉっ。』
笑い事じゃねぇよ。
下手に挑発できないじゃないか。
例えばの話、お前の母ちゃんでべそって軽口を言っただけで神の力を振るわれたらたまらない。
くだらない事を考えたところで、誰かにぶつかってしまった。
ながら念話はいかんな、危ない危ない。
「おっと、すまん。」
「あなた!この方を誰だと思っているのですか!」
手刀で謝り、通り過ぎようとすると、いきなり横から怒鳴られた。
心臓を跳ねさせながら振り返って見れば、いつの間にか女学生に取り囲まれていた。
内数人は俺とぶつかった男を支えて……いや、支えようと争っている。
皆口々に大丈夫ですか、とかなんとか言っている。
これが俗に言うキャットファイトって奴なのだろうか?
襟元を見る限り、彼らは二〜三年目の学生達だ。
しかしあれだな。どの世界でも制服を改造するのは流行っているらしい、女学生達は普通は腰まであるケープを畳むことで短くしたり、独自の刺繍を入れたりしている。
ニーナによるとケープはその色とファーレン生であることを表す八芒星の模様が規定通りならば許されるらしいから、ほとんどやりたい放題なのだろう。
だから目の前のたくさんの赤いケープはそれぞれ個性があってなかなか面白い。
中には手縫いの刺繍なんて物まであるから可愛い物だ。
「早く返事なさい!」
イライラしていることを全く隠さずに怒鳴る女学生。
これでも一応、教師だぞ?
そりぁまぁ、らしくないのは承知してるさ……。たった一年の勤務だし。
あ、ちなみに彼女のケープは背中の中ほどまでのミニケープとなっている。
「いや、えーと、どちらさんでしょうか?」
言いながら、女学生達に支えられすぎて俺から隠れてしまった相手の顔を見ようとするも、なかなか見えない。
「知らないでは済まされないわ、このお方はエリック・ハイドン様よ。よく覚えておきなさい。」
「まぁそう怒るなレジーナ、美しい顔が台無しだ。」
言って、周りを制してすっくと立ち上がったのはあの生徒会長のハイドンだった。そういえばエリックって名前だったな。
彼は女学生達とは逆に――布を継ぎ足したのかもしくは特注でもしたのか分からないが――ケープは足元までの長さがあった。歩きに支障が出そうである。
「そ、そんな、美しいだなんて。」
おっとメロメロですな。
俺もその言葉を使ってみたいな。……やめとこう、変人だと思われるに違いない。
「すみません、先生。不注意でした。」
と、意外な事にエリックの方から謝罪してきた。レジーナと同調して怒ると思っていたのに、なかなかどうして、中身までイケメンじゃないか。
ただ、女学生達の目が怖い。
「い、いえ、問題ありませんよ。私も少し考え事をしていましたから。では。」
苦笑いしながら言い、ジリジリと後ろ向きに歩き出す。
「ありがとうございます。」
対するエリックははっきりとした低めの声でそう言うと、長いケープをバッと翻して去っていった。
ケープの八芒星の中には六芒星。あいつは魔術コースか。是非ともラヴァルとのやり取りを見てみたいものだ。
回りの女学生達は俺なんか忘れたかのようにキャッキャ言いながらそれを追いかける。
はぁ、台風みたいだな。
もちろん台風の目はエリックである。
「ははは、はぁ……。」
これからは厄介なことに巻き込まれないよう、気を付けよう。
「あの、コテツさ、先生、大丈夫ですか?」
と、背後から聞き覚えのある、心配そうな声がかけられた。見ればそこには予想通り、心配そうな表情のアリシア。
「おお、アリシアか。大丈夫大丈夫。それよりどうだ、友達はできたか?」
笑顔を浮かべて見せて言うと、釣られて彼女もパッと顔を輝かせた。
「あ、はい!あそこにいます。お名前は右からフレデリック君とオリヴィアさんです。とても魔法が上手なんですよ!」
アリシアが指し示したところには俺が入学試験で優秀だと判断した二人。
ファレリルとのマンツーマンの会話ですっかり大人しくなったかと思えば、フレデリックの奴、両手に花じゃないか。羨ましい奴め。
ただし、万が一アリシアに手を出しでもしたらぶん殴る。
「そうかぁ、良かったな。ほら、俺なんかと話してないで行ってやれ、二人とも待ってるみたいだぞ?次の授業はなんなんだ?」
「たしか、魔術です。コテツさ、先生もお仕事頑張ってくださいね。」
「おう。」
最後にもう一度手を振って、アリシアが待っていた二人の元に走っていく。
ああ、新しい環境でつまづいてなくて良かった。楽しい学園生活を送れますように。
と、そのうち歩いている学生が少なくなってきて、走る学生が数人出てきた。そろそろ二時間目が始まるか。
ふぅ、朝の見回りはこれで終わり、と。
この城の食堂はでかい。
元々は数十人が入れる程度の大きさだったらしいところ、いくつかの壁を魔法でぶち抜いて作ったらしく、千を越える数の学生全員が入ってもまだ余裕があるくらいの広さになっている。
方法は多分ファレリルが俺の居住部屋にしたのと同じだろう。
ちなみに食事自体は食券制であり、各料理ごとに色分けされた札を持って城の厨房に直結しているカウンターに並ぶという、かなり非魔法的な手段が適応されている。
そして俺は、その札が束になって置かれている区画で真剣に頭を悩ませていた。
というのも、朝たくさん食べ過ぎたせいであまり腹が減っていないのである。しかし一方で腹が全く空いていないというわけではない。
ここで食べなければならないというわけではない。ただ、夜はルナの料理が待ち構えているのであまり遅く食べることはできない。
食うべきか、食わざるべきか。
「あ、コテツどうしたの?変な顔をして。」
と、ネルが不思議そうな顔をして隣にやってきた。
俺が真剣なのはそんなに意外か?
「いや、実はな…………。」
事情を話すとネルは遠い目をして苦笑い。
「あはは……それは本人に直接言った方がいいと思うよ?だってそうしないとこれから少なくとも一年間、そういう生活を送ることになりかねないんだから。」
……それもそうか。
「そうだよなぁ。」
「うん、ボクならコテツに言われたらすぐに希望通りに変えるよ。」
それ以前にネルに料理ができることが結構意外だ。
「何?」
「い、いや何も?じゃあ、そうするか。……よし、今日はこれにしよう。」
俺は黄色の札を取る。
「うわ、カツ丼かぁ。ボクはハンバーグにしよう。」
ネルはそう言って赤の札を取った。
ハンバーグという元の世界の食べ物とこの世界の女性の組み合わせはなかなかにシュール。
歴代勇者の為せる技だな。
「そういやお前、友達はできたか?」
「もちろん、ほら、あそこにたくさんいるよ。」
指し示したところにはたくさんの学生達が集まっていた。同じ色でありながら、様々な種類のケープ全ての八芒星の中心に剣描かれていることから、全員戦士コースだと分かる。
一年目の学生には珍しく種族関係なく一緒に座っているな。前にバーナベルに対して共に戦った仲間という意識があるのだろうか。
と、その中の男共の何人かがこちらにチラチラと視線を向けているのが分かった。
ネルは既に人気のよう。流石は美人さん。
「楽しそうだな?」
「まぁね。じゃ、コテツはお仕事頑張って。」
手をヒラヒラと振って、ネルはカウンターに向かっていった。
カウンターでカツ丼、大根おろし、味噌汁をもらい、誰も座っていない、カウンターから見て一番奥の隅、窓際の席に座る。
悲しいことに、俺はここが一番落ち着くのだ。
他の教師達は食堂を学生が食べ終わったあとに利用するし、学生はわざわざカウンターから遠いこの場所を利用したりはしない。
「ここ、良い?」
まぁ、例外はどこにでもいる。
その例外である彼女は、白目の部分が黒く、真っ赤な瞳の眼を持ち、いつも被っているフード付きのケープが印象的な魔族の学生、クラレスである。
「ああ、いいぞ。」
彼女は入学初日からここで俺と食べている。
最初はあまり気にしていなかったものの、最近は結構心配になりつつある。
ただまだ1ヶ月と経っていないんだから、助けを必要としてると決めつけるのはまだ早いだろう。
いただきます。
まずは金に輝くトンカツから。
一口目、卵のかかっていない部分をかじってみる。流石はバカ高い入学料を払わないと入れない学校、シンプルな肉の味からして美味い。咀嚼するとジュワッと味が口内染み渡り、次の一口をせがませる。
それに抵抗せず一口。
卵が高級肉の味をこれでもかと引き立てる。プルプルな白身も共存しているのが尚いい。
半熟卵の文化が伝えられていて良かった。
カツの下のご飯。
味が染み込み、金色に輝くそれよりもさらに下の部分を口に入れれば、濃いカツの味とさっぱりしたご飯の味が混ざりあい、口のなかで調和した。
繰り返す数回、最後の二切れには大根おろしをドバッと乗せれば、濃い味から急にさっぱりした物へと変貌する。そんな味の変化を楽しみながら、飽きることなくカツをたいらげ、その勢いでご飯の白い部分を食べきる。
後は丼の締め技を使うのみ。
金色に染まり、早く食べろと自己主張してくる、カツの味が染み込んでお互いの結合が緩んだご飯を掻き込む!
流れるように口の中へ入り、カツの味をかすかにさせながらも、やはりどこかご飯独特の味を舌に残していく。
全て食べ終わり、一息。
次に味噌汁の入ったお椀を持上げて、中の具材を食べ、口の中で暴れるカツ丼の味を一新。
最後にそのお椀を呷る。
くふぅぅ、落ち着くなぁ。
お椀を置き、その上に箸を乗せ、口の中で昼の公演をしてくれた役者達に感謝の意を込めて手を合わせる。
ご馳走さまでした。