37 入学式
[コテツ、起きて!]
ハッ!
イヤリング越しのネルの声で目が覚めた。
「それではこれで新入生歓迎の言葉とさせてもらいます。次に、皆さんを導く各先生方の紹介です。」
バレないように伸びを一つしながら周りを見れば、寝る前に目の前で話していたニーナの声がまだ城の講堂に響き渡っていた。
今日はファーレン学園の入学式。
会場であるこの講堂はイベラムのオークション会場をさらに大きくしたようなもの。俺達教師陣はステージ上の椅子に座っていて、ニーナは一歩前にある演台で長ったらしい挨拶をちょうど終わらせたところらしい。
危ない危ない、ニーナに寝ているところを見られるところだった。
「ナイスだネル、助かった。」
[もう、しっかりしてよ。……って、アリシアも寝てるし。]
「……カダ先生、ありがとうございました。次は今年度の実戦担当のコテツ先生です。」
と、俺の番だ。
立ち上がり、一歩前に出る。
うわっ、オリヴィアを始めとして魔法コース受験生の目が一気に険しくなった。
俺に一発も攻撃を当てられなかった事がよっぽど悔しかったらしい。 まあ、俺もその間ずっと挑発まがいのことをしていたからなぁ。
「はい、これから一年間、至らぬこともあるとは思いますが、どうぞよろしくお願いします。」
定型文を口にして丁寧に一礼し、もとの場所に座る。
そして待つこと数分、教師全員の紹介が終わった。
「以上、この一年間あなた達を教える先生方です。では諸注意に移ります。」
ニーナが普段を知っていれば想像も付かないような声で続ける。
いやはや二重人格者じゃないかと疑いたくなるな。
ま、俺も人のことは言えないか。
「まず、立ち入り禁止と書いてある貼り紙や看板のあるところには当然ですが入らないこと。」
職員室や理事長室などもその一つ。
教師は転移を主に使用するため、設置してある古めかしい大きな扉は職員室の外から見るとかなり昔の物に見える。そのせいで学生の間では何らかの化け物が中にいるとかの噂もあるとのこと。
その化物に該当するところの教師達は、それを聞く度に笑いや怒りを堪えるのに苦労するらしい。
「次に城内での魔法は許可がない限り禁止です。ただし正当防衛は認めます。魔法や魔術の使用は城外の草原では常識の範囲内でなら使用しても構いません。」
ま、そりゃそうだ。
職場が破壊されたらたまらないからな。
ああ、しかし眠い。あと少しだけ寝て大丈夫かな?
そう思って目を閉じる。
「最後に、各担当の先生方からなにかあります、か!」
痛ぁッ!
脛に走った激痛に目を見開く。
弁慶の泣き所を蹴りやがったニーナは顔では笑っているものの、その内心の怒り雰囲気で伝わってきた。
まだ寝てないのに!
「で、では、これで入学式を終わります。学生諸君、日々精進してください。」
なんとか平静を保ってニーナはそう言いきり、
「では解散。」
彼女の号令を合図に俺達教師は職員室へと転移した。
「寝ないでよ!」
「いや、すまん。でももう少し話し方に抑揚をつけるとか、短くまとめるとかできないのか?」
「あれはそういうものなの!」
「はぁ、もう良いではないか。実際、長いのは本当なのだから。」
「うっ。」
「そうよ。それにその方が無駄な時間の浪費も避けられるわ。」
「そんな、ファレリルまで。」
ニーナが悲壮な顔を浮かべる。
「理事長、諦めてください。」
「いつものことじゃないですか。」
「ついに新入りにも負けてしまいましたか。」
そんな彼女に他の職員も追撃してきた。
ていうか、いつものことなのか。同情はしないが。
四面楚歌な理事長はふるふると震え、顔を真っ赤にしたかと思うと、
「ふんだ!もう知らない!」
そんな捨てぜりふを残して転移していった。
「お、おい、あれ大丈夫なのか?」
隣にいたラヴァルに聞く。
あいつは一応、雇用主だろ?
「大丈夫よ、いつものことだから。」
「フフフ、あれで正常なのだよ。」
……それで良いのか、理事長。
「じゃ、じゃあ恒例のことはお、終わったからそ、それぞれ担任のクラスにい、行きましょう。」
「たしか俺は見回りだったよな?」
「おう、任せたぞ。まあ、頑張れ。」
確認すると、バーナベルにバシッと背中を叩かれた。
「はいはい、皆さん、そろそろ行きましょうか。」
「「「「「「「「はい!」」」」」」」」
と、決して大きくはない声を響かせたファレリルに元気に返事をして、教師達全員がそれぞれの持ち場に転移していく。
妖精さんの発言力がすごい。
「では、まず魔法の使い方は皆ご存じだと思いますが、魔素を集めて何らかの形を成して目標に当てるということです。そこで……」
見回りの途中、通り掛かった教室でのファレリルの授業風景を覗いてみた。
まず目に付いたのは、規則正しく並べられた長机に、学生達が人間とエルフ、獣人とドワーフ、そして魔族という具合に3つのグループに別れて座っていること。
これがラヴァルの言っていた「普通」なのだろう。
そしてさらに興味深いのはエルフやドワーフ、そして魔族等の長命な種族が幼い外見ではなく、人間や獣人などと似たような外見であることだ。
この世界では18歳かそこらになるまでは種族は違っていても同じような成長スピードであるらしい。まぁ、妖精などの例外もいるにはいるそう。
そしてそんな彼らもあの小さな可愛らしい妖精から何らかのオーラを感じているのか、それとも入学したてで緊張しているのか、しっかりと真面目に話を聞いている。
「では皆さん、魔法を使っても良いので試しに……。」
「フロストランス!」
いや、やんちゃな奴はやっぱりいるようだ。
氷の槍がファレリルを襲う。
そのやんちゃな奴は、俺が首席だと判断したフレデリックだった。試験の時は何も言っていなかったから、ここまで好戦的なのは全くの予想外である。
余程緊張していたのかな?
「僕は簡単にこんなこともできるんだ!こんな簡単でつまらないクソ授業、受けなくても良いのさ。早くあいつと戦わせろ!許せないんだよ!僕をバカにしやがって!あのときは他の奴等に気を使って力を温存していたけど、今はそんなことはしない!力の差を見せ付けてやる!幸い魔法の許可だって出たしな!」
そう言って、彼はこちらをびしっと指差してくる。入学試験での煽りを相当根に持っていたよう。
「ま、まだ始まったばかりなんですから、もう少し大人しく……。」
するとなんとここでアリシアが気丈にも立ち上がった。
「僕になにか文句あるのか!」
まぁ一喝されて再び座ってしまったけれども。
やはり人と話すのにはまだ苦手意識があるのかもしれない。
でもよく頑張ったぞ。一人でも立ち上がるなんて数ヵ月前のときには予想できないぐらいの成長だ。
[すみません、コテツさん。]
そんなアリシアから謝罪の念話が来た。
「いやいや、よく頑張ったな。」
[でも……。]
[まあ、大丈夫だろ。ファレリルが全部やってくれる。前を見てみろ。]
[え?ひぃっ!]
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふ、威勢が良いわねぇ、フレデリックくぅん?」
前ではちっちゃな可愛い妖精さんがその本性を垣間見せていた。具体的に言うと薄気味悪い笑みを浮かべて目を爛々と輝かせている。
「なっ!?僕のフロストランスは確かに直撃して……。」
「コテツ先生、あなたが入学試験を行ったんですよねぇ?」
フレデリックの言葉を完全に無視し、ファレリルがこちらにゆっくりと目を向ける。
怖っ!
横から見てるだけでも怖そうだなぁとは思っていた。しかし真正面から見ると感じる恐怖は予想の数段上。
「あ、あれは学生の能力を測るものであって、その内面とかは……。」
「そんなことは聞いてないの。ねぇ、あの子を責任持って拘束してくれる?くれるわよね?」
「イェス!マム!」
敬礼し、フレデリックの方へ走る。
「やる気になったか。行くぞ!フリーズ……!?」
形成され始めた魔法を無色魔素をぶつけてかき消し肉薄し、彼の喉を軽く指で押す。
「ぐえっ!」
そうして集中を途切れさせたフレデリックの片腕を背中に回し、ハンマーロックを掛けて机に伏せさせた。
「この、離せ!あがっ!」
暴れようとするも、俺が少し力を入れれば、激痛で静かになる。
「さてフレデリック君、悪い子にはお仕置きをしないと、ね?」
ゆっくりと近づいてきた妖……いや、鬼は、問題児の目の前で凄まじい笑みを浮かべた。
近くにいるだけの俺まで体が震えた。
抑え込んでいるこいつをいち早く手放して逃げ出したい。
「ひぃ!い、いえ、さっきのはう、嘘です、冗談です!」
気持ちは分かるぞフレデリック。
だってあれ、どう見ても般若にしか見えないもんな。
「質の悪い冗談もあったものね。あなたのファーレンへの入学もその一つにしても良いのよ?」
「すみません!二度とこんなことはしませんからそれだけは許してください!」
「本当?」
「か、神に誓います!」
フレデリックが涙ながらに叫んだ瞬間、フッとファレリルの顔は和らいだ。
「そう、ならいいわ。コテツ先生、ご苦労様。」
神に誓うことで許されるのはこの世界独特の物だなと本当に思う。
「じゃ、じゃあ俺は見回りに戻るから。」
「ええ、分かったわ。フレデリック君、授業のあと少し時間があるわよね?」
「は、はいぃ。」
俺はそそくさと教室から出た。
ファレリルは怒らせないように気をつけよう。
「さて、魔法陣が円に囲まれているのはなぜだか分かる者はいるか?それではパーシー君、答えてみたまえ。」
次にお邪魔したのは堂々とした佇まいの吸血鬼、ラヴァルによる魔術の授業。
見回りをしていて光量の結構少ない部屋から話し声がしたので怪しいと思って覗いたら彼の授業が行われていたのだ。
「は、はい!えっと、その方がみ、見やすくなって整理しやすいから、ですか?」
呼ばれ、気弱そうな男の子――名前はパーシーらしい――が立ち上がって気丈に答える。
彼がカダの薦めていた学生か。
「なるほど、確かにそのような事もあろう。しかしそれは間違いだ。」
「すみません!」
「謝ることはない。これはよく蔑ろにされる事柄でもある。諸君、よく聞け。忘れぬように。魔法陣における円は空間固定の意味を持つ。魔法陣を描くときにはまず円から描くだろう?それは空間を固定させ、その上に様々な陣を描くためだ。パーシー君、前に出て試しに円無しで魔法陣を描き、魔素を流してみなさい。」
「はい!分かりました。」
パーシーがラヴァルのところまで来て前の黒板にチョークで幾何学模様を描いた。
「ふむ、氷か。」
「はい、好きなんです。ふぅ、行きます!……あれ?」
意気込んだ割りにはなにも起こらない。
「フフフ、分かったか?空間を固定しなければ魔素を流してもあらぬ方向へ流れていき、陣はただの模様に成り下がる。ああ、パーシー君、戻って良い。」
「はい!ありがとうございました!」
丁寧に頭を下げ、フレデリックと違って完璧な優等生風の彼は自身の席に座り直す。
「次に、魔法と魔術の違いについて話そう。知っての通り、魔術は魔法陣を描いてそこに魔素を通し、魔法と似た現象を起こすものだ。しかし、魔術は魔法にはできない現象を引き起こすこともできる。例としては、転移などだな。では何故魔法使いが存在するのか。それは魔法がより実戦的だからだ。魔術で炎の槍を敵に飛ばすとしよう。すると、魔法陣には炎の発生、形状の指定、それを飛ばすための推進力など、複数の意味を持つ、より複雑な陣を描かなければならない。しかし、魔法はこれをイメージのみで行える。また、発生した魔法の槍は魔術と違い、ある程度は軌道の修正ができる。つまり、どちらが上ということはない。一長一短がそれぞれにある、ということだ。魔法に劣等感を抱く必要はないが、それ以上に慢心することは許しはしない。さて、ここまでの話で何か質問は?」
学生達は真剣に話を聞き、中には手元の教科書やノートに書き込んでいる奴もいる。
しかし、あれだな。コースごとに種族の偏りというものはあるらしい。
魔法の授業には種族的に魔力の強い魔族やエルフが多かったし、この魔術の授業では人間やドワーフの比率が大きい。
バーナベルが担当の戦士の授業は獣人が多いだろうことは予想できる。もしかしたらドワーフも多いのかもしれない。
「……ふむ、そろそろ時間か。コテツ、どうだった?」
ラヴァルがそう言ってこちらを見てきた。
学生の全員の視線がサッとこちらに向けられる。
「ああ、初心者の俺でも分かりやすかったよ。」
俺はそう言ってさっさとその場を離れた。
「フフフ、学生諸君、授業は終わりだ。コテツは強いぞ。自信のある者は挑むと良い。」
後ろからそんな声が聞こえ、俺はさっさと転移した。
見回りは最初の授業の時間までなのでコロシアムを目指す。
「おお、コテツか。コロシアムを使わせてもらったぞ。」
転移した先、コロシアムのリング上にはバーナベルが腰に手を当て、仁王立ちしていた。
回りには倒れてしまっていたりフラフラした様子で立っていたりしている学生達の姿があり、うーとかあーとか呻き声を上げている。
予想通り獣人やドワーフが多い。
「何をしたんだ?」
「俺との模擬戦を。」
「それって俺の仕事じゃないか?」
楽はしたいけど職務ぐらいは果たすぞ。
「お前には見回りの役目があったからな。それにコイツらの力量を見ておきたかった。入学試験のときは時間がなかったから流しちまったからな。今度からはお前に頼む。」
「そうかい。で、どうだった?」
「そうだなぁ、まずあの三人、あいつらは抜きん出て強かったな。人間なのに身体能力は獣人に引けを取らなかった。それに一通りの素養はあるみてぇだな。」
バーナベルの指差す方には勇者三人組がフラフラとだが立っていた。あいつらは戦士コースなのか。
「次はそいつだな。俺に小石をぶつけて合格した奴だ。身体能力は人間のものだが、俺の呼吸を読んだ奇襲が上手かった。まぁ、俺はそこをさらに読んで倒したがな!わっはっは!」
俺の足元で倒れているネルを指差し、馬鹿笑いするバーナベル。
にしても、ネル、いつもの動き易そうな防具のせいで色々際どい。目に毒だ。
取り敢えずしゃがみこみ、その服装を直してやりながら背中を支えて座らせる。
「大丈夫か?」
「ぅう?あ、コテツ。あと少しだったんだよ。はぁ……はぁ、あと少しで、ボクの短剣が届いたんだ。」
「ん?知り合いか?」
「ああ、少しの間俺が教え……鍛えてたんだ。」
「ほう、そうかそうか。どおりでな。俺が教えちまっても良いのか?悔しいが、トーナメントを見た限りじゃあ、俺の方が弱いぞ。」
「いやいや、俺は教えることに関しては何も知らないからな。ネルともずっと模擬戦をしながら体に覚えさせていただけだし。」
「そうか、なら卒業する頃にはお前を唸らせる程強くしてやるか!わっはっは!」
「はは、楽しみだ。頑張れよ、ネル。」
「……うん。」
相当疲労が溜まっているのか、ネルの目が虚ろだ。
「あ、ご主人様、お帰りなさいませ。それとバーナベル様、お疲れさまでした。」
と、ルナがリングに上がってきた。
「おう!しっかしコテツ、お前の周りは奴隷まで美人揃いだな?ははは!羨ましいなぁおい。」
「後でお前の奥さんにお前がそう言ってたって言いつけてやる。」
バーナベルは人間の奥さんと結婚していて、彼らはファーレンの町に住んでいる。ファーレンの教師なので危ないから別居になっているけれども、暇があれば必ず顔を出しているらしい。
別居中の仲良い家族というのはなかなか無い関係だと思う。
奥さんは2人の子供の子育てをしていて、どうしても外せない用事があるときはファーレン城に彼らをバーナベルに預けに来るそうで、厳しいことで有名なバーナベルのその日の授業は優しいものになるのだとか。
おかげでバーナベルの子供達は学生達にも大人気のよう。
「やめてくれ。あいつは怒ると怖いんだ。」
本人はしっかりと尻に敷かれているようで。
と、ロングコートの裾がチョイチョイと引かれた。
見ると眠そうな目をしたネルが少し口を尖らせていた。
「なんだ?」
「ボクはコテツは強いだけじゃないと思うよ?」
「わ、私もそう思います、ご主人様。」
ルナがネルに合わせ、慌てたように言ってくる。
考えてみれば本当、俺には勿体ない二人だよな。神様ありがとう。
『うむ。』
お前は何もしてないだろうが!
『わしがお主を転移させたのじゃぞ!スキルも与えた!』
殺してくれてありがとうございましたってか?アホか。スキルを与えるように仕向けたのは俺だろ!?感謝はテミスコードを作ってくれたやつに言うね。
「おいおいコテツ、なにボーッとしてるんだ?そんなに嬉しかったか?」
「ははは、ああ、嬉しいよ。思わず面食らった。でも二人とも、そんなに気を使わないで良いぞ?本当のこと言われたって気分を悪くしたりはしないから。」
「ボクは気なんか使ってないよ?わぷっ!」
「ハイハイ、ありがとな。」
眠そうであっても、目をまっすぐ見てその言葉を言われると正直照れくさい。
俺は顔を見られないよう、ワシワシと強めにネルの頭を撫でた。