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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第三章:不穏な職場
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35 愉快な教師達①

 「俺の判断が間違ってるとでも言うのか!?」

 「い、いえ、そ、そうではなくて、」

 「じゃあなんだってんだ!ぁあっ!?」

 職員室にて、こんな会話が円卓の上で繰り広げられていた。

 「そ、その学生がご、合格で、わ、私のところの学生が落ちていてはな、納得がい、い、行きません。」

 普段もどもり、緊張するとさらにどもる。そう、どもりながら自己紹介をしてくれたこの先生の名前はカダ。

 種族は天狗族。

 長い鼻は魔法薬の種類やその効果のほどをかぎ分けられる程優秀らしい。

 魔法薬学の担当で、怒らせるとそのヒョロッとした体つきからは想像できないぐらい怖いそう。顔が真っ赤になるのかね?

 「俺が責任をもって言った言葉に応えた優秀な生徒を落とすつもりか!」

 さっきから怒鳴っているこの先生はバーナベルだ。

 種族は虎人族。

 担当は武術指南で、怒らせると怖いというか、日々の授業が凄く厳しくなるらしい。怒らせた学生は他の学生達のひんしゅくを買ってしまうそうな。

 「はぁ……、言ってしまったことは仕方ないでしょう。その、ネル、だったかしら?は合格にするしかありませんね。ニーナ、それで良いわね?」

 「んあ?あ、ああうん、良いよ。」

 ニーナ、お前絶対寝てただろ。

 そう、この論争はネルが石を教師に当てるという反則に近いことをしたから起こったもの。

 ったく、まともにやれば良かったものを。それでも合格はしていただろうし。

 そして二人の間に入ってスパッと結果を決めて問題を解決したのはファレリルである。

 種族は妖精族。

 担当は魔法で、その小さな体に似わず肝が据わっており、傍から見ても堂々としている。ちなみに一番怒らせてはいけない教師であり、一番短気な教師でもあるらしい。

 「で、ですが。」

 「他の各コースごとに一人ずつ合格者を出せば良いでしょう。」

 「は、はい。」

 「ああ、そう来なくっちゃな。」

 「バーナベル先生、あなたは自分の言動にもっと注意を払いなさい。良いわね?」

 「わ、分かった。以後気を付ける。」

 妖精に睨まれて怯む虎人の大男。

 なかなかに面白い絵だ。

 「じゃあ俺からはこいつ、フレデリックを合格にしてくれ。」

 フレデリックのプロフィール用紙を円卓の中心へ押し出す。こいつが一番優秀だったと言って良いだろう。

 「あなた、たしか魔法使いコース志望者の担当だったわね。見せなさい。」

 可愛らしい姿形なのに理事長のニーナよりも威厳を感じる。

 あいつの普段からして、威厳もなにもなくて当たり前か。

 「どうぞ。」

 「どれどれ、悪魔族の子ね。うんうん、優秀優秀。これは合格で決まりでしょう。それにしてもこれ、綺麗に纏めてあるわね。分かりやすいわ。」

 「ありがとうございます。あと3人ほど優秀なのを揃えたのですが、どうでしょうか?」

 「ふむふむ、あら、素晴らしいわ。ふふ、今年の入学生はは教えがいが有りそうね。全員合格よ。」

 アリシアは無事合格した。

 「おい、俺の出した合格者は!?」

 「ファレリル先生、さ、流石にお、横暴では?」

 「……何か?」

 「「いえ、何も。」」

 妖精さん強いな。

 見た目からは想像もつかなかった。

 「で、では、私からはパ、パーシーさんをひ、一人目の魔術師コースしゅ、主席合格者とし、します。」

 「ほう、では1度私に見せたまえ。」

 厳かな低い声でそう言いながら、カダ先生が提出しようとした用紙を取り上げたのは暗い赤の外套を着た男。

 名前はラヴァル。

 種族はヴャンパイアで、担当は魔術師コース。

 血を飲みさえすれば半永久的に生きられる彼は、実はこの場の誰よりも年上らしい。

 ちなみにその血は外の街で買っているそう。

 あと、種族の特徴として日光に弱く、彼は日焼けしやすいらしい。ただ、本来ヴァンパイアというのは日に当たれば灰になってしまうそうで、つまり彼は日光を克服してしまったのだ。

 それを聞いたときは素直に感心したものの、やはり暗いところの方が落ち着くとは言っていた。

 あと加えて、バトルロイヤルの後、救助活動を行ってくれていたのも彼だ。

 ここにいるのは俺を含めてこの6人だけ。

 もちろん他にも先生は何人かいるものの、ここにいるのが学園運営の主要メンバーらしい。俺の参加はニーナが何とかして認めさせてくれたそう。

 「ふむ、まあまあだな。良いだろう。合格だ。」

 ファレリルもそうだけれども、ラヴァルもそうやって首を突っ込んでくるのなら自分で試験監督をやれよ。

 まぁ、ファレリルやラヴァルに進言は……しにくいだろうな。

 そうこうしながら俺達教師団は合格者の認定と却下を繰り返し、入学者、総勢457名が決定された。

 魔法使いコースの入学試験を受けたのが500人ぐらい、コースが3つあるから合格者は単純計算で1500人中の約460人、しかもその前提として全員が大金持ちであるという条件がある。つまり教育はある程度行き届いている筈なのだ。

 卒業生がエリートって言われるだけはある。

 「よし、じゃあカダ、コテツを案内してやって。魔術師用の寮だったでしよ。コテツもそこに泊まるから。」

 「はい、わ、分かりました。」

 「いや、俺には奴隷がいるので外の宿でいいですよ。」

 実はファーレン学園は、学生の奴隷持ち込みは禁止となっている。

 それを教師がやぶっちゃあ不味いだろうと思い、しかしだからと言ってルナをたった一人で宿に止まらせるのは気が引け、俺は一晩考えてこの提案しようと決めたのだ。

 しかしニーナは首を横に振った。

 「却下。ファーレンの教師っていうのは刺客に狙われやすい立ち位置なの。学園の秘密を持ってるかもしれないからね。」

 秘密?そんなもの……あ、魂片か。知ってるどころか持ってるな。

 「で、では、こ、コロシアムの控え室はどうでしょう。」

 「いや、あそこは狭いだろ。」

 「お気遣いありがとうございますバーナベル先生。でも大丈夫ですよ。」

 「おう!あと敬語はいいぞ。お前の強さはしっかり見たからな。他の奴等もそうだろう?」

 バーナベルが回りを見回すと、全員が頷いてくれた。

 「ありがとうござ……ごほん、ありがとう。たった一年の付き合いになるけどな、よろしく。」

 これからは他の面々の前だからってニーナに敬語を使わずに済むな。

 「じゃあ、申し訳ないけど君はコロシアムの控え室で寝泊まりしてね。」

 「ああ、分かった。」

 ごめん、と小さく謝ってくれたものの、俺は内心手を上げて喜んでいた。

 というのも、実戦担当教師という役職は学生が自身の力量を確認するためにあり、仕事内容はいつでもどこでも勝負をお願いされたら断らずに必ず受ける(時間の変更や場所の指定はして良い)こと。

 他にもいくつかあるけれども、基本的にはそれだけだ。

 つまり、俺が寮に寝泊まりをしていないということだけで仕事量がぐっと減る可能性があるのである。

 いやぁ、申し訳ないのはこっちの方だ。



 「……て訳だ。」

 [分かりました。ルナさんに伝えておきます。あと、お金っていくら要りますか?]

 今後の俺の予定を念話で伝えると、我がパーティーのお金担当のアリシアが聞いてきた。

 任期は一年で、学園内での食事は無料だから……

 「ま、2ゴールドあれば事足りるだろ。」

 [駄目ですよ!たった2ゴールドなんて!]

 おいおい。

 思わず苦笑してしまう。

 「ネル、アリシアの金銭感覚を直しといてくれ。」

 [アハハハ、りょーかーい。]

 ネルも呆れたように笑った。

 「アリシアは物を買うときには必ず念話でネルに値段を伝えて確認を取ること。例外は認めない。」

 [えぇ!?私は大丈夫ですよ。]

 「[大丈夫じゃない。]」

 [……分かりました。]

 ったく、約二百万円を「たった」と言うことのどこが大丈夫なんだかねぇ……。

 呆れて苦笑しつつ、これから寝泊まりすることになる部屋を見回す。

 広さは八畳間ぐらい。

 この部屋はコロシアムの外壁付近に位置していて、東向き(太陽の方向で判断した)の窓があり、そこからはファーレン城と敷地内の平原、そして周りを取り囲んでいる壁が見える。

 コロシアムの控え室の1つだと聞いて薄暗い場所を想像していたものの、窓おかげで結構明るい。

 俺はその控え室を快適にすべく、掃除の真っ最中。

 「……フッ、こんなものか。」

 ラヴァルと一緒に。

 「お、これで全部か?」

 彼は掃除を手伝うとともに、俺に逐一確認を取りながら、剣で魔法陣を部屋のあちこちに刻んでいっている。

 魔法陣の内容は直接の転移の阻止や音漏れ防止などの防犯的な物から気温や湿度の調節のようなエアコン機能までと様々だ。

 しかも防犯対策の魔法陣は空気中の魔素を自動的に取り込んで働くという、超ハイテクかつ省エネなもの。

 魔術って魔法より便利な気がする。

 「悪いな、手伝ってもらって。」

 「なぁに、気にすることはない。ここは窓を閉じれば日があまり当たらない、私がよく休憩しに来ていた場所だからな。お前が辞めて出た後も快適に過ごせるようにしたい故に手伝っているだけだ。」

 「それでも助かっていることに変わりはないさ。」

 「……お前は不思議な男だ。」

 「そうか?結構短絡的で分かりやすいと思うぞ?」

 自分で言ってて悲しくなって来た。

 「フッ、そうではない。お前はファーレンの外から来た口だろう?」

 「ああ。」

 「普通は他種族に対して悪い感情しか持てない筈だ。お前にはそんな様子はない。それがお前を不思議な男だと思わせるのだよ。」

 「人それぞれだってことじゃないか?」

 「ふむ、そういうものか。」

 そうそう、人間と言っても色々いるんだ。勇者だったり、勇者を間違えて辞めちゃった奴だったりとか色々。


 「ふぅ、終わった。」

 「掃除をすると部屋が広く感じられるな。それに気分も良い。他の場所も一度掃除するか……。」

 満足気に辺りを見回し、ラヴァルがぶつぶつと呟く。

 他の休憩場所って何処なんだろう?

 ま、別に良いか。

 さて、ラヴァルが手伝ってくれるという事となり、考えていたことがある。

 「なあ、風呂って作れるか?」

 この世界の風呂は銭湯が基本だ。

 文化の発達の仕方は知らないけれども、おそらく何代目かの勇者が広めたのだろう。しかし、不思議と個人の風呂と言う物は、巨大な家を持つ余程の金持ちか近場で温泉の出る家しか持っていない。

 もちろん、風呂があるだけで快適ではある。ただ、たまには一人風呂も楽しみたい。

 そう思ってした質問は、しかし首を振って返された。

 「無理だ。各寮に大浴場がある、それを使うと良い。」

 「無理?どうして?」

 「風呂に使う、湯の出る魔法陣が巨大なためだ。複数の効果を組み合わせた魔法陣はどうしても大きくなってしまう。」

 『わしに聞けば良かろうに。』

 別にどうしても知りたいって訳じゃなかったからな。

 「納得できたか?」

 少しボーッとしていたからか、心配になってラヴァルがそう聞いてくれた。一般の人ならそのまま流すだろうに。

 流石は教師だと思う。

 「ああ、丁寧に教えてくれてありがとう。まあ、何か思い付くかもしれないから取りあえずこの2つの石板に火と水を出す魔法陣それぞれ彫ってくれないか?」

 「それは、コロシアムリングのタイルではないのか?」

 ラヴァルの視線が少し厳しくなった。

 「まぁまぁ、どうせ元に戻るんだし、良いじゃないか。」

 「フッ、あまりやり過ぎるな。日の出と共に修復されるからと言ってもやるなら一度にやる量は少しだけにしておくことだ。」

 「へいへい。」

 「はぁ……、まあいい、タイルを貸したまえ、彫ってやろう。」

 「お、ありがとう。」

 タイルを渡すと、サラサラっと魔法陣が彫られた。裏にはちゃんと「火」「水」という意味の文字まで。

 なんで一瞬でこんな模様が描けるのかは全く分からん。

 「ふむ、これも必要になるかもしれないか……。」

 と、そう言ってラヴァルは魔法陣から手のひら大の石を取りだし、それに魔法陣を描いて俺に投げて寄越してきた。

 「それに魔素を流せばあの石板から火が発生する。」

 なるほど、リモコンか。

 「おお、助かる。」

 確かに発動させる度に火傷してたら馬鹿みたいだしな。この手袋があれば何とかなるかもしれないけれども。

 おっと、念話が来た。

 [ルナが出発したよ。]

 「すぐに引き留めてくれ。宿まで迎えにいく。」

 こっちには転移っていう便利で快適な手段があるからな。

 「あーすまん、急用ができた。本当、何から何まで助かったよラヴァル。」

 「フッ、お安いご用だ。ではまた。」

 ラヴァルの方を見て手刀で謝り、笑顔で感謝を伝えると、彼は首肯し、部屋から悠然と歩み出でるなりパッと転移していった。

 俺も後から部屋を出て、扉を閉じる。もう一度引いてみても開かないのを確認。

 「ヒュゥ、便利だな、これ。」

 そう、この扉は何の工具も使わないまま、オートロックに生まれ変わったのだ。魔術って素晴らしい。

 ちなみにこれ、呼応する魔法陣の描かれた鍵でないと開けられない。一応、3つ程作ってもらった。俺とルナ用の物、そしてスペアだ。

 「ネル、ルナは捕まえたか?」

 [うん。コテツからの指示だって伝えたらおとなしくなったよ。]

 ……暴れたのかよ。

 「よくやった。今からそっちに向かう。」

 俺はそう返し、走った。



 「これからはここで寝泊まりするのですね。」

 控え室のあちこちを見ながらルナが言う。

 「ああ、そうだ。すまんな、部屋が狭いからベッドをあえて入れなかった。」

 「いえ、私は気にしていませんよ。その他の家事も私にお任せください。」

 「いや、俺も手伝うぞ?」

 「ご主人様は奴隷に優しすぎます。全部私に任せてもっと甘えてください。」

 「ありがとう。でも自分のことは自分でできるから大丈夫だ。」

 「……そうですか。あ、誰かいらっしゃいましたよ?」

 と、耳をピクピク動かしながらルナが言うと、すぐにトントン、とドアがノックされた。

 獣人って凄いなぁ。

 再び、ただし今度は強めにノックされ、慌ててドアを開けると、ファレリルが俺の顔の高さで飛んでいた。

 「えっと……?」

 「話は聞かせてもらったわ!」

 言うなり、彼女は部屋の横の壁まで移動し、そこに手を付けた。

 「おい、何を……。」

 見る間にその手に茶色の魔素が集まり、

 「コラプス!」

 ファレリルが唱えた途端、ドドドッと音をたてて壁が崩れ、隣の控え室(控え室は外壁付近にたくさん並んでいる。光を取り入れるための工夫だろう。)が現れた。

 落ちた土砂は何らかの魔法の効果か、地面へと吸い込まれていった。

 「さぁ、これで広くなったでしょう。」

 胸を張った妖精さんがふふんと得意げに笑う。

 実際、おかげでこの部屋は二十畳間くらいの広さになった。

 「なぁ、そんなことして、天井が崩れたりしないのか?」

 落ちてきたら洒落にならんぞ?

 「土魔法で構造の把握をしながら、崩壊を調整したから大丈夫、心配ご無用よ。それに崩した土砂はコロシアムの補強に回したからむしろもっと安全になったくらいだわ。他に何かして欲しいことは?」

 「じゃ、じゃあついでにファーレン城向きのドアを1つ作ってくれないか?」

 コロシアムを一々経由しないと窓のすぐ外に出られないのは不便だと少し思っていたのだ。

 「石造りのドアになって重くなるわよ?」

 「あれをそのまま移動させたりとかは?」

 繋がったもう1つの部屋の方のドアを指差す。

 「それなら出来るわ。リキッドアース!」

 ドアの周囲の壁が液体状になり、ドアはそこにのみ込まれた。

 しばらくすると2つに増えた東向きの窓の間の壁が液体化して、そこからさっきのドアが現れる。

 「ソリッド!」

 ファレリルが唱えれば、まるで初めからそこにあったかのようにドアが固定され、新しい玄関口となる。

 「どう?」

 自慢気にこちらを見るファレリル。

 「素晴らしいな。魔法ってこんなこともできるのか。」

 「うふふ、そうでしょう、凄いでしょう?他に何かすることはある?」

 なんとまだ己の力を見せつけたいよう。まぁ、こちらとしても大助かりだから大歓迎だ。

 他に何の要求が思い付かないので、ルナの背中を軽く叩いて何かリクエストをするように促す。

 「え、わ、私ですか? で、では、壁を綺麗に滑らかにできませんか? あと、色も、もう少し明るい物に……」

 「あら、あなたがコテツの奴隷?ふむふむ、大事にされているのね。」

 「は、はい、日々感謝しています。」

 「奴隷の状態はその主人を表すって言うわ。これからも大事にしなさい。」

 きっ、と少し険しい目が俺を睨む。

 「了解。それに、元からぞんざいに扱おうとは思ってない。」

 奴隷としても扱いたくないしな。

 そんな俺の答えにファレリルの目が険しさを失った。

 「なら良いわ。それで、整地だったわね。リキッドアース!」

 一瞬で、壁と天井が液状になる。

 滴り落ちてこないのは魔法の成果だろう。

 「あ、ファレリル、ラヴァルの描いてくれた魔法陣を……「残すんでしょう?それぐらい分かってるわ。馬鹿にしているのかしら?」……いや、一応、確認にな?」

 「ソリッド!」

 そして、ゴツゴツした岩壁は、ルナの要請通り、滑らかな物となった。

 色もなんとなく明るくなったような気がする。

 「流石に床の素材の違いはどうしようもないわ。なるべく段差がないようにはしたけれど。」

 確かに控え室の木製の床と壁のあった石造りの部分との違いが目立つ。しかしそれぐらいは模様として考えれば良いだろう。

 「どうだルナ?……って聞くまでもないな。」

 明るい配色のつるつるの壁に触れて感嘆の息を漏らす彼女の心に不満は無いだろう。

 「助かった。ありがとう。」

 「いいのよ。私の凄さが分かれば。」

 「ああ、素晴らしい魔法だった。」

 俺も茶の魔色が欲しかったなぁ。

 「うんうん、分かれば良いのよ。奴隷ちゃんもじゃあね。」

 「はい。ありがとうございました。」

 そして、ファレリルは自分の移動させたドアから出ていった。

 開放感のある内装へと変貌した部屋をルナと共に呆けたように眺め、ふと気付いた。

 「……まだそこにいてくれよ!」

 すぐに部屋から飛び出し、既に光源にしか見えなくなったファレリルに向かって叫ぶ。

 「ファレリルー!巨大な釜を作ってくれ!」

 と、光源が近づいてきた。

 どうやら声は聞こえたよう。

 「釜?」

 俺の前まで来て、ファレリルが聞き直す。

 「ああ、このぐらいの釜を頼む。」

 対して俺は腕を目一杯使って何となくの大きさと形を伝えた。

 「……こんなものでどうかしら。鉄製で良かった?」

 妖精さんの小さな片手がヒョイと振り上げられると、すぐ横の地面から人一人余裕で入るくらいの大きな釜が生えてきた。

 ……こりゃ滅多に見られる光景じゃないな。

 「あ、ああ、ありがとう。なぁ、茶色の魔法使いって誰でもこんなことができるのか?」

 聞く俺の隠しきれない感動を察してか、ファレリルは上機嫌な笑みを深めた。

 「そんなわけ無いじゃない。普通は土を塗り固めたようなものしか作れないわ。私の場合、釜の中に泥とかも残していないからこれに入れた水は今からでも安心して飲めるわよ。どう、凄いでしょう?」

 「素晴らしいな。」

 心からそう思う。

 「ふふ、もう何もないかしら?」

 「ああ、ありがとう。本当に助かった。」

 「お安いご用よ。」

 満足気にそう言って、ファレリルはふわふわと飛び去っていった。

 ……さて、風呂を作ろう。

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