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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第十章:人に追われる職業
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顔合わせ2回目

 ミヤさんも言っていたように、要塞都市ティタの起源は避難民の集落にまで遡る。そこに住むエルフ達は、避難民の数が増え街も大きくなっていくに連れ、故郷と同じように部族ごとに分かれて暮らすようになったそう。別に互いと仲が悪い訳ではないので柵で隔てたり縄張りを警備したりなんてことはしていない。ただなんとなく自然とそうなったんだとか。

 そんな部族ごとの居住区にはそれぞれ小さい集会場のようなものがあり、各部族の長が部族の中の偉い人達と毎日のように今後について話し合っているらしい。

 「ああ、レゴラスから話は聞いている。」

 「お前達が殊勝にも謝罪にきたことは私達から族長に伝えておこう。」

 その一つ、木の部族の集会場に辿り着くなり、入り口を守っていた鎧姿の男女――もちろん二人ともエルフだ――に用件を伝えると、返ってきたのは穏やかな笑顔。

 文句の1つや2つぐらい言われてもおかしくないと覚悟していた分、肩透かしを喰らった気分だ。

 「え?あー、はい。ありがとう、ございます?」

 戸惑いつつも感謝を告げ、沈黙。

 ……あれ?これでもう帰っていいのか?

 チラリと隣のネルを見ても、彼女の困った顔がこちらを見つめ返すだけ。

 そうしてなかなか去らない俺達に痺れを切らし、少し面倒くさそうに門番が口を開く。

 「なんだ、まだ何かあるのか?」

 「あーその、自分達から直接言わなくても良いんですか?」

 「フ、その心意気は評価するが、族長は忙しい身なのだ。そうだな……ボルク様は明日の義勇軍の出発に立ち会う予定のはずだ、その時にお前達から伝えたら良いんじゃないか?」

 だからもう行った行った、と軽くあしらわれ、それに従って退こうとしたところで俺の前にニーナが進み出た。

 「あ、あの!私は別の件でも用があるんですけど、どうにか族長、ボルク……族長さん?にお会いできませんか?」

 「ああ、それなら……ん?君は本当に私達の部族の者か?」

 「え?」

 「他所の部族の集会場に入れないことは分かっているはずだろう?見たところ他所からの連絡係でもないようだし、何のつもりだ?」

 「それが、えと、いなくて、親が、その、分からなくて……。」

 向けられた二対の不審な目に対し、彼女な口にできたのは尻すぼみな声でのしどろもどろな返答。

 ていうかどの部族なのかそんなすぐに分かるものなのか?正直俺にはニーナも門番達も――加えてフェリルとシーラも――全員エルフだなとしか思わないぞ。

 「分からない?」

 「まず聞かせてくれ、君はどこの部族の者だ?」

 「あ、いや、その……。」

 「ジータ、ラルク、そのあたりにしてあげて。この子にはちょっと事情があるの。」

 その自信の無さで余計に怪しまれ、ついにニーナはフリーズ。助け舟はどうやら門番達と知り合いだったらしいシーラから出た。

 「シーラ!本当に帰って来てたのか、意外と早かったな!ここを出てから10年ぐらいか?」

 「ええ、そんなところね。」

 「あ、やっぱりフェリルも一緒なのね。……相変わらず?」

 「相変わらずよ……はぁ。」

 「やぁ二人とも、久し振り。」

 重いため息をつくシーラの横に、どうやら何も聞こえてなかったらしいフェリルが並ぶ。

 「おう!久し振りだな、部族一の弓使い様。」

 「あはは……30年前の話を急に持ち出さないでくれるかい?」

 「あの時のお前の最後の一射はそう簡単に忘れられねぇよ。」

 「ふふ、そうね。でも、正直フェリルはしばらく帰って来ないものと思っていたわ。人間の女の子と楽しむんだってあんなに息巻いて出て行ったから。」

 「そうだね、僕もそのつもりだったさ。でも……」

 「言わなくても分かるわ。お目付け役がちゃんと仕事してたのね?」

 「本当よ。そろそろ少しは自重してくれれば助かるんだけど?」

 「え?自重ならして……。」

 「ならもっとしなさい!」

 「……あなた達、その調子のままずっとこれまでやって来たのね。」

 「ま、10年程度じゃ人はそこまで変わらないってことだろるそういやお前ら、今回のレイドを率いてるんだってな?普通は2~30年掛けて今回の半分の規模を揃えられるようになるってのに、そんなにすぐに稼げたのか?」

 「それはまぁ、運が良かっただけさ。」

 「ええ、出会いに恵まれただけよ。」

 昔話や近況報告に花が咲いていたかと思うと、そんな言葉とともにこちらへ視線を向けるシーラとフェリル。

 どう返せばいいか分からず、取り敢えず肩をすくめてみせれば、二人は浮かべていた笑みを深めてまたもや旧友と何やら話し出した。

 「照れてる?」

 つんつん脇腹がつつかれる。

 「……ていうか聞いたか?“部族一の弓使い”らしいぞ?フェリルってそんな凄い奴だったって知ってたか?」

 「あ、本当に照れてるんだ?」

 「ユイ!暇だろ?今なら相手してやるぞ!」

 うるさいネルは努めて無視した。


 そうしてフェリル達経由でニーナの大まかな事情を知り、涙までしてくれた門番達は――どうやら族長が忙しくしてても優先すべき案件だと判断したようで――急いで集会場の中にいる族長に話を通し、俺達全員の入場の許しを取って来てくれた。

 

 門番二人の守っていた扉1枚隔てた先にあった木の部族の集会場は、言ってしまえば大きな長机が中央に置かれたただの部屋だった。外に面した窓はなく、その閉塞感を少しでも和らげるためか天井は割と高めに作られ、壁際には高価そうな彫刻や花瓶、絵などがいくつか置かれている。

 「義勇軍諸君、ようこそ木の部族へ。」 

 そんな広々とした部屋で一人、長机の一番入り口に近い端の席に座っていた木の部族の長――ボルクは、横の扉から俺達が入ってくるのを見るなり立ち上がって笑顔で迎えてくれた。

 「失礼します。昨日は本当に……」

 「ん?ああ良い良い、あの程度気にしておらんわ。それより、家族を探しているという子は……その娘か。ほら、ここに座りなさい。」

 その柔らかな態度に安堵しつつ、先手必勝と謝罪するも、ボルクはあっさりそれを遮り、ニーナを自分の隣の席に招き寄せる。

 「ああ、他の皆も好きに座ってくれ。」

 ついでに俺達も座らせて、そのままニーナの身の上話に、一言も聞き逃すまいとするかのように真剣に耳を傾けた彼は、

 「そうか、あの惨劇の最中両親とはぐれ、これまでずっと一人で……よくぞ、よくぞこれまで生きてきた!」

 さめざめと泣き始めた。

 「あの、一人じゃ……。」

 「うむ!両親、そうでなくても血縁を探しておるんだったの。儂に任せい、すぐにでも探させよう。そのために儂が最も信頼を置いている者をあらかじめ呼んでおいた。……フェリル。」

 涙を拭い、バン、と老人とは思えない力でニーナの肩を叩いてぐらつかせ、彼は一番近くにいた――同じく涙ぐんでいた――エルフへ目を向けた。

 「え?」

 「そろそろダビドが来た頃だ。外へ呼びに行ってくれ。」

 「ダビドが?「早うせんか!」は、はい!」

 そうしてフェリルが慌ただしく退室したのを確認し、木の族長は柔らかい目線をニーナへ戻す。

 「ありがとうございます。」

 「なぁに気にするでない。そもそもあの厄災で散り散りになった家族と再び会うために儂らは3部族の長はこのティタを興したのだ。くく、1000年を生きたエンシェントエルフと呼ばれ敬われ、皆を率いる立場にはいるがの、少し長く生きたぐらいで身内への情を排することなぞできるはずもなかろ?……む、来たか。」

 おどけた様子で話していたボルクがふとフェリルの出ていった扉へ目を向ける。するとその扉からついさっき出て行ったフェリルが後ろに小柄な男、いや、少年、いや、美少年を連れて入ってきた。

 「失礼します。族長、話は伺っています。家族を探している者とはその娘のことですね?」

 「うむ、話が早うて助かるわ。」

 弓使いなのか左右非対称の防具を身に付けた彼は族長に確認を取るや否やニーナの前へ進み、慌てて立ち上がろうとした彼女を手で制したかと思うと素早くその場に片膝をついた。

 「始めまして。私はダビド、弓士隊の隊長をしている……そうだね、フェリルの弟弟子にあたる者です。」

 「あ、はい。始めまして……。」

 ニーナの手を取って話す姿はまるで絵画をそのまま切り取ったかの様。

 実際、「あの子可愛くない?」「うんうん!」とユイとネルが小声で騒ぐぐらいには端正な顔立ちをしている。まぁでも確かに、美男美女揃いのエルフとは言え、彼は別格だとは俺も思う。妬ましいという感情さえ起きない程だ。

 気のせいかニーナの顔も赤くなっているように見える。

 「はは、緊張しなくても良いですよ。族長も私もあなたの助けになりたいだけですから。ご家族の行方については必ず私が突き止めてみせます。何せ私以上にここ、ティタについて知っている者は族長達を除けばそうはいません。どうか安心してお任せください。」

 「ありがとう、ございます。」

 ニーナが恥ずかしそうに頭を下げるとダビドは頷いて立ち上がり、その綺麗な顔を今度は俺に向けた。

 「あなたが義勇軍の指揮官ですよね?案内を務める隊の隊長、ダビドと申します。明日はどうぞよろしくお願いします。」

 「あ、ああ、コ……ドレイクだ。こちらこそよろしく。」

 そうして手を差し出され、弾かれた様に立ち上がった俺が両手でその籠手ごと包んだところでボルクは何やら満足気に頷いた。

 「うむ、では頼んだぞダビド。義勇軍の諸君も、明日の健闘を祈っておる。お主らが謝罪に来たことは水と風の族長にも伝えておこう。儂が謝罪に行かんで良いと言ったともの。わざわざ謝罪するためだけにティタを一周することもあるまいて。」

 「承知しました。私達としても助かります。」

 何なら正直とても助かる。風の族長に会わなくて良いという部分が特に。

 「謝罪?ああ、長の集い場であったという無礼な振る舞いの件ですか。」

 「……やっぱりもう広まってます?」

 握った手を離しながら相手に恐る恐る尋ねると、困ったような笑みが返された。

 それだけでも一瞬目を奪われるからすごい。

 「ええ、まぁ。でも人間のやる事ですからそこまで気にしている人はいませんよ。前にも何度か同じようなことはありましたからね。……はは、少なくとも今回は義勇軍を率いるあなたが礼節を弁えていると分かって安心しました。」

 「そう……ですか。」

 俺が礼節を弁えてる?今までは人間と偽ったクソザルでもやって来てたのか?

 「ええ、シーラさん達が認める程の方ですから、心配する必要なんてなかったんでしょうけどね。」

 「ふふ、そうね。」

 「うん、変な奴だけどね。」

 おいこら。

 睨むもフェリルはどこ吹く風。

 「お前こそエルフの中じゃ変人の部類だろ。」

 「かもしれないね。それで?リーダーが変な奴じゃない理由にはなってないんじゃないかい?」

 ……この野郎、あとで覚えてろ。

 「へぇ、本当に仲が良いんですね。……あれ?フェリルさんって人間なら男でも良かったんでしたっけ?」

 と、絶世の美少年の口から急に飛び出た問い掛け対し、俺はその質問の意味を咀嚼し理解するまで少し、いや、体感ではかなりの間を要した。

 そして俺とフェリルはほぼ同時に、吐き気を催したかのような顔でお互いを指差し叫んだ。

 「「……冗談じゃない!誰があんな奴と!」」

 ていうかエルフの人間好きってそんな疑問を抱かれるくらい特殊なのかよ!?



 その日の晩、俺は明日に向けて――あと今日一日で疲れて――しっかりと休息を取……る予定だったというのに、一日中図々しく挑戦状を叩きつけ続けてきていたユイに根負けし、彼女の訓練――というか手合わせ――に付き合わされていた。

 場所は対岸に土のドームが臨めるセフ川の河川敷。

 初めはこれまでとは見間違える程の動きのキレに翻弄されたものの、黒魔法を使いズルをして何とか最初の勝利をもぎ取ってからは俺の連勝記録が更新されていっている。

 「なぁ、そろそろ辞めにしないか?」

 「ぜぇ、はぁ……まだ、まだ!」

 俺に地面を転がされ過ぎて泥だらけになり、息を切らしたユイはしかし、その目から闘志を消してくれない。

 「あのな、明日が本番なんだからな?今日はあまり疲れないように……」

 「私は気持ちよく寝たいの!」

 本音それかよ。

 「はぁ……。」

 「馬鹿者!何の為に貴様らを迎え入れたと思っている!」

 呆れてため息を付き、「川に投げ入れたら流石に降参してくれるかな?」なんて考え始めた直後、横から大声で一喝された。

 思わず背が伸びる。

 見れば、火の玉を脇に浮かべた男が肩を怒らせて歩いてきているところ。俺とユイが急な事態にポカンとしている間にも男との距離は縮まり、それに連れて男がかなり年の行った老人であること、そして今一番会うのを避けたい人物であることが判明し、俺は自分の血の気が引くのが分かった。

 「こ、こんばんは。今朝は本当にすみませんでした。」

 まずは挨拶。次いで謝罪。

 「ふん、口だけの謝罪に意味などないわ。そこの、疾く戻って休め。何度やったところでその男にはまだ敵わん。」

 「っ……はい。」

 もちろん相手――風の部族の長ハイロの機嫌が良くなる様子はない。

 彼はまずユイに帰るよう顎で促し、

 「貴様には話がある。良いな?」

 「……もちろんです。」

 そしてこれ幸いと彼女に付いて行こうとした俺を鋭い眼光でしっかりと引き留めた。

 何か適当な理由をつけてこの場から逃げたいのを堪え、顔に笑みを貼り付ける俺。対し、風の族長は険しい顔のまま腕組みして沈黙。その緑の双眸が俺を頭から爪先まで睨みつけたかと思うと、その口からは俺が全く予想していなかった言葉が彼の発された。

 「まずは、見事だった。」

 「………………へ?」

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