後始末のために
宝石男ことジャエル率いる“ジャックポット”。鎧エルフのダリウス率いる“ヴィルタス”を始めとするB〜Aランクのパーティー約20組。そして筋肉女ことブレイのようなソロの冒険者達およそ30人。この総勢およそ150名が今回俺達の依頼によってティタに集結した戦力だ。
俺とラヴァルが対峙したスレイン軍と比べればその数は微々たるもの。しかし従来のティターニア奪還依頼の3倍に迫る規模だそう。
『スレイン王国の総戦力と比べることがそもそも間違っておるじゃろ。』
まぁ確かに。
ともあれレゴラス曰く、おかげでティタの長老達は――ティタに着いたその日に俺達が挨拶しに行ったのもあって――かなりの歓迎ムードだったらしい。……例の二人がやらかすまでは。
思い出すだけで頭にくる。
特に腹立たしいのが、この挨拶はもともと俺達イノセンツだけで行うつもりのもので、先にティタへ来ていた彼らはそのことをどこからか聞き付けて後から参加し、結果あの大惨事を引き起こしてくれたということだ。
実際のところなんで彼らがわざわざ参加したのかは分からないまま。少なくとも金払いのいい雇い主へのご機嫌取りのつもりなら大失敗だ。何ならもうびた一文払いたくない。
「はぁぁぁ……。」
「あはは、お疲れだね。無理もないけど。」
滑らかな木の天井まで届くんじゃないかというくらいに深いため息を吐いていると、隣のベッドに腰掛けたネルがこちらに背を向けたまま苦笑を漏らした。
彼女の方へ首をひねれば、ティタを東西に横切るセフ川が視界いっぱいに現れる。
ここはその北の岸に位置する宿、その2階だ。人一人が歩いて通り抜けられるぐらいに大きい南向きの丸窓からは静かに流れる夕焼け色の水面が見え、向こう岸には突付けば川に落ちるんじゃないかと不安になるほど崖際に建ち並ぶ建物、そして何より俺達が数十分前までいた、エルフの三長老とこれからしばらく付き合うことになる厄介極まりない仲間達と出会った土のドームがそびえている。
そんな景観に加え、街並や川に渡された橋を行き来する人々のほとんど、さらにはその下を潜る小舟に乗った人々が皆長い耳を持っていることには少し新鮮な感覚を味わわされる。
「あ、ほら、あの船の人、手振ってるよ!」
そんなリバーサイドビューに向かって大きく手を振るネルは完全に観光気分のようだ。
「楽しそうだな?」
「んー、まぁティタに来るのは初めてだからね。」
寝たまま尋ねた俺へ、はにかんだような笑顔が向けられる。
「なんだ、今までティターニア奪還戦には参加したことがなかったのか?」
「ないない。やっぱりイベラムからだと遠いしね。」
聞くと、彼女はひらひらと手を振って否定し、そのまま人差し指を立てて続けた。
「今回参加してる人達もほとんどは西側の領地から来てるんじゃないかな?お互い顔見知りって人も結構いるみたいだし。ほら、ジャエルとブレイなんかはあの場にいた他の冒険者達の間でも有名みたいだったでしょ?」
思い返すと、確かにあの2人を筆頭とした派閥が出来上がっていたような気がしないでもない。
それぞれの派閥のリーダー的な立ち位置にいるのだろうか?……そうなるとこれからも頻繁に関わることになるよなぁ。
「……頭が痛くなってきた。」
再び視線を天井へ向けてボヤく。
「あはは、名前を聞いただけで?重症だね。」
「ネルは何とも思わないのか?」
「まぁ、もっと凄いのもいたからね……。」
「くはは、流石は元受付嬢。」
ネルが誰を思い出したのか俺には知る由もない。そうして呑気に笑っていると、俺の右脇腹が軽く突付かれた。
「ちなみに今ボクのすぐ側で寝転がってる冒険者も良い勝負してるからね?人の話は聞かないし自分のことは話さないし、ほっとくと勝手に色んなことを進めようとするし。嘘つきだし。」
心当たりがあり過ぎて何も言い返せない。
「……以後気を付けます。」
突付いてくる指から逃げるように体をひねり、ティタの街並みへ背を向ける。
「よろしい。それで?これからどうするの?」
「そりゃあもう、人の話を聞いて、自分のことを話して……。」
「うんうん感心感心。……でもボクが聞きたいのはこのレイドのことなんだけど?分かって言ってるよね?」
適当な返事の途中でぐいと背中を強めにつねられ、俺は堪らずベッドから立ち上がった。
「イタタタタ……、どうするも何も明日の朝ティタの西門に集まればいいだけだろ?」
いじけたリーアが何とか気を持ち直して伝えてくれた予定によると、俺達はそこでエルフの一部隊と合流。彼らの先導の下、ティタ森林へ入るらしいのだ。
そこに俺が何かする余地はない。
「へぇ?ちゃんとそこは足並み揃えるんだ?」
「なんだ、俺が今夜宿を抜け出して一人ティターニアへ向かうとでも?」
「うん。」
「……少しは悩もうか。」
「でもどこかで抜け出すつもりではあるでしょ。」
「……。」
悪い方への信頼が痛い。
図星を突いたと分かっているのだろう、ニヤりとネルの口角が上がった。
「くく、その時はボクも一緒だからね。」
「へいへい。」
白旗代わりに両手を上げる。
それに満足した様子で頷いたネルは弾みをつけてベッドから立ち上がると、座りっぱなしだった体をほぐすようにぐいと大きく伸びをした。
「それじゃ、変な悪だくみもなくて暇そうなコテツにはちょっとボクの用事に付き合ってもらおっかな。」
「用事?」
「そ。コテツが冒険者達に挨拶してた時、ギルドマスターに頼まれたんだ。族長にもう一度直接会って欲しい、先に話は通しておくからって。」
返事を待たずに部屋を後にする彼女を追いながら聞き返せば、返ってきたのはとんでもない回答。
つまり各族長に謝罪して回れってことだよな?
「……やっぱり残っていいか?」
気が進まない。厄介なことになるのが見え透いている。
「だーめ。」
しかしネルはそう即答。玄関で二の足を踏んでいた俺の手を掴むや否や、ほそのまま強引に俺を引っ張って1階へと階段を降りていく。
「も、もう少し時間を置かないか?あの風の族長の様子は見ただろ?あの怒りが収まるのには一晩くらい、何なら一週間ぐらいは……。」
実際あれからまだ2時間も経ってない。
「そんな事言って、結局行かないつもりでしょ?それにボクも取り敢えず風の部族は後回しにして、今日はそれ以外の族長に会いに行くつもりだから。ね、それなら良いでしょ?」
「ちょっと考える時間が欲し「皆お待たせ!連れてきたよ!」……。」
「ネルちゃん!良かった!来ないんじゃないかと思ったよ!」
「フェルは無視して良いわよ。」
「分かってます。そんなことより時間かかっちゃってすみません。ボクもコテツもいつでも行けます。」
ネルにされるがまま、ちょっとした酒場になっている1階を横切り外へ出ると、待っていたのはフェリルとシーラ。後ろにはユイとニーナの姿もある。
「……その人、全く乗り気に見えないのだけれど。」
「そりゃまあ乗り気じゃないからなぁ!?」
「正直私も残りたいなぁ。なんて……えへ。」
ユイの鋭い指摘に大声で同意すると、ニーナがそう言って小さく手を上げた。
そもそもなんでこの二人はここにいるんだ?フェリルとシーラは案内のためだろうと予想はつくけれども。
そう頭を捻らせていたところ、シーラがニーナの前に屈み込み、ニーナを見上げるように見つめてその両手を取った。
「ふふ、緊張するのは分かるわ。でも安心して。部族なんてただの大きな家族みたいなものなの。歓迎されることはあっても邪険にされることはないわ。」
「あ、えっと……はい。」
「あ!もちろん無理にとは言わないわ。もし本当に嫌なら「い、行きます。自分のことはやっぱりちゃんと知っておきたい、ですから。」……そう。ええ、そうよね。」
「それにしてもニナちゃんはどの部族だろうね?木の部族だったら歓迎するよ。」
「あはは……ありがとうございます。」
と、シーラ達のシリアスな雰囲気を破るようにフェリルが明るい声音で声を掛けると、ニーナは顔を上げてぎこちない笑みを返した。
……取り敢えず、ニーナが同行する理由は分かった。
「なぁフェリル、部族によって何か違いとかあるのか?確かニーナってどの部族のエルフとも違う変な見た目と名前をしてるんだよな?」
師匠のところでフェリル達がそんなことを言っていたような覚えがある。……正直俺からすれぱ大差はないけれども。ただまぁエルフについてはエルフの言葉を信用するに越したことはないだろう。
そんな俺の言葉を耳聡く聞き取ったニーナからの抗議の視線は努めて無視。すると、フェリルは少し考えた素振りを見せて口を開いた。
「大きな違いはないさ。そうだね、基本的にはティターニアのどこでどうやって住んでいたかで分けられるのかな?水の部族は大体川辺に住んでて僕ら木の部族と風の部族は森の中で暮らしてたってこととか……あとは水と風の部族は森の魔物と協力して生活していたってことかな。見た目の違いは……まぁエルフ同士なら何となく分かるって程度さ。」
「そうね、同じ部族の中でも他の部族に見た目が似てたり間違われたりする人もいるし。ニナちゃんはファーレン育ちだからきっとそのどれとも違う雰囲気を持つようになったのよ。さ、皆揃ったんだし、早く行きましょう。こっちよ。」
フェリルの言葉にそう続けたシーラはそのまま先導して歩き出し、その場にいた皆が慌てて彼女を追いかける。
「あの、リーアさんを待たなくて良いんですか?」
「ええ、心配いらないわ。町並みは数十年前からそんなに変わってはいないみたいだから。」
訪ねたユイへ笑顔を向け、かなり心配になる答えを口にしたシーラはどんどん先へ進んでいく。
流石はエルフ……とそう思ってフェリルに目をやれば、肩をすくめて返された。恐らく道に迷うのは時間の問題だろう。
まぁその時はその時だ。そんなことより気になることがまだ一つ。
「それでユイ、お前はなんで一緒に行くんだ?徒歩みたいだぞ?」
馬で行くならまだ理解できたのに、と隣へ聞くと結構キツく睨まれた。
「私のことをなんだと思っているのよ。」
「ケモナー。」
「……とにかく、私はあなたに用があるの。」
「用?」
何が“とにかく”なのかは触れないでやろう。
「ええ、試したいことがあるの。」
「ティファニアでセラの妹相手に見せたっていうスキルを俺でも試したいとか言うなよ?」
剣術のスキルが急に発現して、そのおかげで勝ったとはネルから聞いた話だ。
「……。」
おいこら黙るな。そっぽを向くな!
明後日を見たままユイが口を開く。
「エルフにも強い剣士がいるらしいわ。そういう人達に今の私がどれだけ通用するか知っておきたいのよ。……いずれはアオバ君やヒイラギさんを相手にしないといけないもの。」
「カミラみたいに新しく勇者になった人達も敵側にいるようだしね。そして何よりコテツにいつまでも守る対象に思われるのは癪だもん。」
「ええ、もう本っ当に嫌になるわ。」
「あの時も絶対ボク達のいる方が安全だと思ってたよね?」
「間違いないわ。そもそも私が言わなかったら一人で勝手にやってたもの。」
「うんうん、ねぇ?」
ユイの言葉に同意したネルへさらに心の底から同意を返し、ユイは彼女と意気投合してあーだこーだ話し始める。もちろん8割は俺への悪口。
「別に守る対象とまでは……「「はいはい。」」……。」
俺が会話に入る余地は無いらしい。
……さて、シーラとフェリルは先頭で――おそらくどっちに行くかを――話していて、ユイとネルの話は未だ途切れる様子はない。
弾かれた先、列の後方でだらだらと集団に付いて行っているのは俺とニーナの二人だけ。
……気まずい。
何せレヴォルを離れてからニーナとは禄に話していないのだ。多少避けていたところは無きにしも非ずではあったものの、まさか互いと全く話さなくなるとは思っていなかった。
「……。」
「……。」
ただ、互いの出方を伺っている状況からして完全に嫌っている訳では無さそうだ。
「……あー、えっと、フェリル達のところには行かないのか?あの二人はお前のことをかなり気にかけてるみたいだぞ?」
行ってくれたら凄い助かる。
ただもしここで同意するようだったら聞かれる前にもう先頭へ移動している訳で……。
「まぁ、ちょっと苦手でさ。」
もちろん行ってくれる訳がない。
「コテツこそ、ユイとネルかシーラさん達のところに行けば?パーティーを組んでた仲なんでしょ?ネルとは付き合ってるらしいし?」
「見てたろ?ネル達は俺の悪口で忙しいみたいなんだ。フェリルとシーラは……ん?特に理由は無いな。よし、行ってく「あのさ、ファレリルのこと、もう怒ってないから。」……そうか。」
先頭へ逃げようとする足は、弱々しい呟きに押し留められた。
「だからさ、私を見る度に苦しそうな顔をするのはやめてよ。」
「そんなつもりは……。」
「そのつもりはなくてもやってるの。」
「はぁ……分かった、気をつける。」
「……。」
「……。」
「……えっと、それだけ。」
「そうか……。」
お互い会話しようと頑張った。うん、まぁ前進と言えば前進だろう。
「……ごめん嘘ついた。やっぱりまだ怒ってる、かも。」
「……ま、道理だな。」
とは言え進んだ距離は微々たるもののよう。
「……。」
「……。」
さて、族長に会うまで俺はこの沈黙に耐えられるのだろうか。




