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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第十章:人に追われる職業
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顔合わせ

 ティタの町並みの中で一際異様を放つ建造物は、街の中心にある巨大なドームで間違いない。

 今でこそ立派な街を形作っているものの、ティタは当初一時的な避難先に過ぎなかったため、200年前当時の建物は皆、茶色の魔法で作り上げた簡素な物だったのだそう。

 そして伝統か怠慢か故郷への思いを忘れないためか、その200年前の名残を強く残すこのドームは今ではティタの重要な会議が開かれる場となっているらしい。

 卓越した魔法で形成されたのであろう滑らかな流線型を描くその土の壁は、壇上から掛けられた声をとても良く響き渡らせた。

 「冒険者諸君、遠路はるばる良くぞ我らエルフの仮の里、ティタへ来られた。私の名はハイロ。三大部族の一つ、風の部族の族長を任されている者だ。」

 骨張った両手で杖を付き、石の玉座から立ち上がって話すのは緑のローブに身を包んだ白髪白髭の老エルフ。

 彼の左右にも同じような玉座が鎮座し、それぞれに年老いたエルフが腰掛けている。察するに三大部族の残り二つの部族の族長だろう。

 「今から約240年前、我々エルフは魔物の襲撃により故郷ティターニアからの撤退を余儀なくされた。ティターニアの奪還は、240年間一時も忘れられたことのない、我々エルフの悲願だ。その助力のために集まっていただいた諸君には心よりの感謝を……」

 話を続けるハイロの前――というより下――に立つのは100人あまりの冒険者達。彼らはそれぞれパーティー単位で集まって思い思いの姿勢で立っており、俺達イノセンツはその先頭で言葉を聞いている。何なら俺が一番前だ。

 おかげで俺の顔は常に壇上を見上げっぱなし。だんだんと首が痛くなってきた。しかしティタでおそらく一番偉い三人の目の前で首を回し、伸びをするなんて度胸は残念ながら俺にはない。何なら俺は今この部屋で一番姿勢良く立っている自信まである。

 そうして背中に広がってきた痛みと静かに格闘しながら演説に耳を傾けていると、後ろの方から気の抜けた声が上がった。

 「あのぉ、そろそろイイっすか?俺達はただ金が欲しいだけなんで、そんな長ったらしい話をされても困るんすけど。」

 「……なんだと?」

 それを聞いたハイロの声音が一段落ちたと思いきや、続いて今度は別の方向から生真面目な声が上がる。

 「珍しく気が合ったな宝石野郎。私も報酬が良いから参加したまでだ。エルフの過去には興味ないね。ただ受けた依頼は必ず果たす。それだけさ。」

 「……なるほど。」

 老エルフの声が静かな怒りを帯びる。

 そろそろ色々不味そうだから――痛む首を回す隙を作ってくれたのには感謝するけれども――後ろの誰かさん達にはもういい加減に黙っていただきたい。

 「カッコつけんな筋肉女。依頼を達成すんのは当たり前だろ?本当に優秀な冒険者ならそんなこと、わざわざ口に出して言わねぇよ。仕事をこなしたその上でさらに先を目指すだけだ。なぁお前ら?」

 「「「おうよ!」」」

 「「「やっぱカッコイイぜ兄貴!」」」

 宝石野郎に同調する、野太い男達の声。

 しかし筋肉女は生憎とそれで押し黙るようなタマではなかったらしい。……黙ってくれていたらどんなに良かったか。

 「お前程度が冒険者を語るな着飾ることしか能のないクズめ。装備にばかり金をかけて自分の技を磨かない奴に冒険者としての先なんてあるかよ!」

 「「「そうだそうだ!」」」

 「「ボンボンはお呼びじゃねぇんだよ!」」

 「ああ!?あんまり調子に乗るんじゃねぇぞ?」

 「間違いがあるなら実力を示せば良いだろう?そんなものがあるというのならな。」

 「そこまでだッ!」

 喧嘩へ発展しかけた口論に毅然とした声で割って入った風の族長。数分前までの歓迎ムードはどこへやら、彼は怒りと侮蔑を込めた眼差しを目の前の群衆へ向けながら続けた。

 「お前達の考えは分かった。よく、分かった。……そうだな、我々エルフがどう思っていようと、これもまた人間に取ってはただの取るに足らない依頼の一つであろう。ならば貴様等の望み通り、雇用主として話を「雇用主はあんたじゃないぜ?金を払うのは貴方の目の前にいる“イノセンツ”だろぉ?」……。」

 やめろ馬鹿!

 心の内の叫びも虚しく、宝石野郎の言葉のせいで怒れる老エルフの眼光が俺を貫く。

 「あ……えと、ども。」

 気まずさに頭を掻きつつ取り敢えず笑顔。

 しかしそれで彼の機嫌が良くなる様子はなし。刻み込まれていた眉間のしわがさらに深くなった辺り、むしろ悪くなったまである。

 「チッ。」

 何なら舌打ちまでされた。……解せぬ。

 『本当に解せぬか?』

 いやまぁ正直、大いに理解できる。でも俺のせいじゃないよなぁ!?

 「ええいこれだから人間は!レゴラス!何をしている!?我らの前に立つべきは貴様を置いて他におらぬだろう!」

 と、猛る老エルフは長い髭を震わせ、今度は俺の左後ろに立つレゴラスへと矛先を向けた。

 その隙にそっと後ろに一歩下がり、右後ろにいたフェリルの背中を、“ほらエルフだろ?前に行け。”とついでに軽く押す。

 押された彼はすると慌てたように首を振って隣りにいたシーラの背を無言で押し始め、それに気付いたシーラはこれまた首を振って逆にフェリルの背を押し、フェリルの手は今度は俺を前へ押し始めた。

 我ながら醜い争い。向けられる周りの視線で凍死しそうだ。でも死活問題なのだ、許してほしい。

 「いえ、彼は今回の作戦を率いるパーティーのリーダーです。長老の皆様の前に立つべきは彼を置いて他におりません。」

 そんな三人の不安定な均衡を、俺を前へ押すことで崩しながらレゴラスがそう言い、再び前へ出させられた俺は再び愛想笑いを顔に貼り付けた。

 あからさまにホッと息をついた二人のエルフは後で絶対ぶっ飛ばす。

 「何をっ……「風の。」……!」

 もちろんそれで相手の怒りが収まる訳がない。そうして額に青筋を立てたハイロがさらなる剣幕で怒鳴り散らそうとしたところで、彼の左から制止が掛かった。

 「もうそこらで良かろうて、あんたのせいでさっきから話が進まぬわ。」

 声を掛けたのは青いローブを着たエルフの老婆。怒れるエルフと同じく年を重ねてはいるものの、対象的に穏やかで落ち着いた印象を受ける。

 そんな彼女の言葉に頷いたのは彼女の反対側、俺達の向かって左に座る筋肉質なこれまた年老いたエルフ。ローブの色は茶色。

 「うむ、儂らの悲願の成就に力を貸してくれると言うのならそれで良かろ。その点では少なくともスレイン王家よりは多少でもマシな人間であることは間違いない。のう?」

 「え?あ、はい。」

 急に聞かれ、首肯を二回。

 「……ふん、好きにせい。」

 するとさっきまで激昂していた老エルフは鼻を鳴らして黙り込み、不機嫌を隠そうともせず玉座に深く腰掛け直した。

 「では改めて。この度は我らが故郷の奪還への力添えを決意してくださったこと、水の部族を代表して感謝申しあげます。」

 「木の部族も同じく、感謝致す。」

 それを尻目に、向かって右に座っていた水の族長と左の木の族長は座ったままそう言って頭を下げ、

 「……風もだ。」

 最後に風の族長が俺を睨み付けたままボソリと呟いた。

 嘘つけ。

 と、漏れそうになった言葉は何とかこらえる。

 これからしばらく世話になるんだ。ハナから悪印象を与える必要はない。

 『もう遅いじゃろ。』

 ……だよなぁ。

 「はぁ……痛ッ!?」

 こっそりため息をついた直後、脇腹に走った痛みに思わず悲鳴が漏れた。

 「あ、あーいや、えー、ティターニアの奪還を果たせるよう、私達も精一杯やらせていただきます。」

 それを誤魔化すよう、続けて急いで言葉を紡ぐ。痛みの原因――俺に肘鉄を入れてくれたネルへ抗議の視線を送るも彼女がこちらを見る様子はなし。

 「ええ、期待しております。」

 と、俺達――主に俺――の一連の無礼に気付かず、もしくは気付かないふりをして、水の族長が優しげな笑みを浮かべて言い、パンとその手が一つ叩かれた。

 「さて、ここまでの道中で皆様お疲れでしょうから、挨拶はここまでと致します。案内の者を付けますので、知りたいことや必要な物があればその者へ何でもお申し付けくだされ。……木の、今回は貴方の部族が担当でしたね?」

 「言われずとも分かっておるわい。……入って良いぞ!」

 水の族長からの視線に頷き、木の族長が声を張り上げる。

 すると、族長達の左手にあるこじんまりした扉がゆっくりと開かれた。

 そこから現れたのは、軽鎧を着たエルフの女性。

 「失礼致します。この度案内役を拝命しました、「リーア!?」……ええ、久しぶりシーラ。」

 入ってくるなり一礼した彼女が胸に手を当て背筋を伸ばし、顔を上げた瞬間、シーラが驚きの声を上げる。対し、案内役のエルフ――リーアは嬉しそうに顔を綻ばせた。

 「ではリーア、後は任せたぞ。」

 「はい!」

 そのやり取りを見て満足気に頷く木の族長へ、リーアが畏まった態度でハキハキと返事をする。すると族長達は同時に立ち上がり、まるで俺達への関心が完全に消えたかのようにこちらを一瞥することなく壇上脇の扉から去っていった。

 ……いや、案の定というか何というか、風の族長だけはちゃんと最後に俺を一睨みしてから退室した。

 「ふぅ……さて、それじゃあまずは約束を、果たして貰おう、かしら?」

 「くはは、あいよ。」

 目上の者がいなくなるや否や肩の力を抜き、正していた姿勢を楽にしたリーアがそう言って俺へ目を向ける。

 待ちに待ったこの瞬間を前に、余裕を保とうという努力は見える。しかしその言葉ははやる気持ちを抑え切れていない。

 その様子につい笑みをこぼしながら指輪を通じてリーアからの借り物を手にした次の瞬間、彼女は我慢し切れなかったように駆け出し、俺の手からエルフィーンを奪い取っていた。

 そうして突然発揮された速さに呆気に取られた俺を他所に、リーアは両手で大事そうに抱えた神弓を、抱える角度を変えや高さを変え、隅から隅までなめ回すように見始める。

 「……壊してないぞ?」

 「それはこれから分かるわ。」

 「あ、はい。」

 「リーア、あなたも参加するの?」

 話しかけられてもエルフィーンに目を向けたままのリーアへシーラが尋ねると、検品を済ませた神弓使いは得物を背負いながら頷いた。

 「もちろん。コテツさんと取引をした時からシーラ達と同じ作戦に参加するって決めてたもの。貴女が依頼を出すってことはコテツさんの神器を持ってくるってことだからね。あ、そうそう取引と言えば、コテツさん、他の神器は貸してもらわなくて大丈夫よ。」

 「え、いらないのか?」

 正直双剣と体術しか使えない俺なんかよりちゃんと神器ごとの武器種を扱える、加えて信用できる奴に使って欲しい。

 そう思って聞き返すも、リーアは視線を何もない空間へ向け、虚ろな目を浮かべた。

 「ええ、貸すつもりだった仲間に捨てられたから……。」

 ……そういやこいつの当時のパーティーメンバー、実はヴリトラ教徒で、俺達を襲ってきたのを返り討ちにしたんだっけ。

 俺以外に唯一事情を知るフェリルと思わず目を見合わせる。

 「それは……あ、向こうも惜しい事をしたね?神器を使う機会なんて僕達エルフからしても一生に一度もないことなのに。」

 責任を感じてか、フェリルが優しい嘘を口にする。途端、パァッとリーアの瞳が輝いた。

 「そう!そうよね、ざまぁ見ろだわ!私がエルフィーン以外の神器をなかなか見つけられないからって馬鹿にして!私だって……私だって頑張ってたの!神の手で生み出された武器なのに、そんな簡単にぽんぽん見つかって溜まるかって話よ!いつもいつも……」

 次から次へと溢れ出して止まらない愚痴。

 その様子に苦笑いを浮かべるシーラとフェリルが同意を示しながらリーアを宥め、しかし俺には一つ、どうしても気になることがあった。

 「ていうか、新しくパーティーを組まなかったのか?」

 神器を貸す奴がいないってことは、今もソロだってことだよな?

 すると、再びリーアの瞳が光を失った。

 「私のSランクはエルフィーンあってのものだから……。」

 「あー。」

 うん、しまった。余計な事言わなきゃ良かった。

 頑張ってリーアの心のケアをしていたシーラ達からの視線が痛い。

 「あのぉ、無駄話はそれぐらいにして貰っていいすか?これからの動きを決めてほしいんすけど。」

 どうリーアを励まそうかと悩んでいたところ、気怠そうな声が横から掛けられた。

 「ん?」

 「オレはジャエル。Aランクパーティー“ジャックポット”のリーダーだ。あんたが今回俺達を率いる“イノセンツ”のリーダーってことで合ってるよな?」

 振り向いた俺にそう言って握手を求めてきたのは冒険者という仕事には似合わない、仕立ての良い服を着た細身の若い男。

 聞き覚えのある腹立つ声と腰に吊った剣の柄とその鞘に並ぶ色とりどりの宝石達から、彼がさっき滅茶苦茶やってくれていた“宝石野郎”でほぼ間違いないだろう。

 「あ、ああ、イノセンツのコッ!?……ドレイク、だ。よろしく。」

 込み上げる怒りを鎮めるのに忙しく、握手しながらつい本名を口にしかけたところで突然背中に突き刺すような痛み。見ればその発生源にはネルの――未だ小さく火花を散らす――指先が添えてある。

 もっと他に方法はなかったのかね?できれば痛くない方法とか。

 ちなみに偽名は今思い付いた。

 「……それで、これからの事だったよな?」

 頭を掻きながらそう言って、リーアの方へ視線を向ける。

 というのもこれから俺達がどのように動くかは案内役から教えてもらうことになっているとレゴラスから聞いているのだ。

 「こほん、えーと……。」

 「そう「そうだ。私達は貴方方イノセンツの指揮下に入ると聞いている。……それと、ブレイだ。ランクはBだが、そこの男よりは力になるはずだ。」……あ?なに、喧嘩売ってんの?」

 しかし俺の視線に頷いて喉を整えたリーアが何か言う前に、ボロボロのマントを羽織った大柄な女性が俺とジャエルの間に割って入ってきた。

 マントの下からこちらに差し出された腕は鍛え抜かれた戦士のものと一目で分かり、握手もかなり強め。そして何よりこいつの声もやはり聞き覚えがある。……お前が筋肉女か。

 「なんだ、証明してやろうか?」

 「ハッ、良いぜ。その安っぽい装備を負けた言い訳にするなよ?」

 「そのぐらいにしてはどうだ。ドレイク殿が話せず困っているだろう。」

 族長の演説中に勃発した喧嘩の続きが再開し掛け、他の冒険者達も無駄に盛り上がってきたところで、よく磨かれた騎士鎧がそう言いながら二人の間に入ってその場の熱を沈めてくれた。

 それを確認し、彼は兜を外してその美貌と何より長い耳を晒すと、俺に握手を求めてきた。

 「失礼、私はダリウス。Aランクパーティー“ヴィルタス”のリーダーをしている者だ。まずは我らの故郷奪還への助力に心からの感謝の意を表したい。……本当にありがとう。」

 「え?あ、いや、そんな、気にしないでくれ。うん。……じゃあリーア!頼む!」

 まともな奴の急な登場に面食らいつつも慌てて彼の手を握り、彼が作り出してくれた静けさを逃すまいと声を張る。

 「……あんたがやれば?私の話なんて誰も聞きたくないみたいだし?」

 しかし散々無視されたリーアの心は既に限界に達していたよう。いつの間にかシーラの背に隠れていた彼女は完全に不貞腐れてしまっていた。

 ぽん、と肩に手。見ればネルがとても優しい笑みを浮かべている。

 ……泣きたい。

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