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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第十章:人に追われる職業
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ティタ到着

 エルフの故郷――ティターニアはどんなエルフよりも長く生きてきたという大木を中心に、自然と寄り添うように存在していた。

 人間や他の多くの種族のように住処の周りに木や石で壁を作り全ての魔物の侵入を防ぐということはせず、強力な知性ある魔物と互いの縄張りを尊重し、守り、時には交流を楽しむことで自然との共存関係を築いていたのだ。

 そしてその維持に不可欠な森の均衡を保つべく、ティターニアに生きるエルフ達は常に細心の注意をもって森全体を監視し、管理していた。具体的な方法は魔物の縄張り争いに介入して双方を鎮めたり森を破壊する魔物を退治したり、果ては動植物の病の治療までと様々だ。

 だというのに、ティターニアの崩壊は全く予想されていなかった。その原因も200年以上経った今でさえ謎に包まれたまま。

 しかし事実として、ある日突然今まで良好な関係にあった筈の魔物達がティターニアへ攻め入り、結果全てのエルフがティターニアの外へと追いやられたのだ。

 そうして住処を失ったエルフ達は北の山地から流れ込み森の南東へと抜けるティタ森林最大の河川――セフ川を伝って逃げた。

 理由は当時の混乱の最中でも迷わず森を抜け出すために分かりやすい目印だったから。そして何より、強大な魔物の縄張りを避けるように流れる“安全な川”だとエルフの間では知られていたから。

 「……今考えると甘い考えでした。知らぬ間に魔物の縄張りが変化したからティターニアが襲われた可能性もあるというのに……。ともかく、そうして逃げ延びた先で、セフ川沿いに作り上げられた小さな村がここ、ティタの始まりです。」

 そう締めくくり、ミヤさんは――話しているうちに当時の事を思い出したのか――そっと眼を伏せた。

 「辛い事を思い出させたね。やはり私から話すべきだった。」

 「いいえ、実際に経験した私が話すべきことよ。」

 「そう、だね。ありがとう。」

 そうして隣に座っていたレゴラスは妻の背を優しく撫で、姿勢を正して話を聞いていた二人の聴衆へ目を向けた。

 「ティタについてはこんな所だよ。クレスは来るのは初めてだったね?ニーナさんも。」

 「「はい。」」

 「何か聞きたいこと、気になることはあるかな?」

 「「……。」」

 パッと思い浮かぶ疑問もなく、しかし質問をしないことも申し訳なく、問いを何とか捻り出そうとクレスとニーナが言葉少なに考え込む。

 荷台で気まずそうにする若いエルフ達の様子につい笑いそうになったところで顔が前を向いた。

 にしても小さな村、ね。……その小さかった村とやらも今や立派な要塞だな。

 『スタンピードが起こるのは何もラダン方面だけではないからの。それに初めは小さな村じゃったとしても、魔法に長けたエルフが200年かければこうもなるわい。』

 イベラムやティファニアに勝るとも劣らない重厚な城壁や武器防具を身に着けた物々しい風貌の人々が行き交う通りを御者台から眺めていると、爺さんからそんな説明が入った。

 ……200年、どんな思いでこんな立派な都市を作ったんだか。

 そう思い、もう一度荷台の方を振り返……ろうとするも、首は頑として動いてはくれなかった。

 「えっと、ネル?」

 原因は明らか。俺の頭に顎を乗せ、首に腕を回し、背中へもたれ掛かって来ている恋人だ。さっきから俺の視線は彼女の意のまま。軽く首を回す自由さえ今の俺には許されていないよう。

 「見過ぎ。」

 「え?」

 何を?

 「はぁ……。それより、上手く行ったね?」

 と、何故か不満気なため息を吐かれ、かと思うと頭上から囁き声は急に話題を変えてきた。

 話題の選択の自由さえ俺には許されていないらしい。

 ただ、ネルの言葉は確かに俺が心の内で思っていたことではあった。

 「くはは、そうだな。無事に入れて良かった良かった。なぁ?」

 「そう、ね。ふぅ……。」

 だから彼女にそう笑って返し、同意を求めて隣を見れば、未だ青い顔をしていたユイが手綱を握る手を僅かに緩めた。

 城壁の中に入り切るまで気が気じゃなかったのはやはり俺だけじゃないらしい。

 実際、元々はこれまで同様犯罪者組――俺とユイとレゴラス――だけ先に潜入するつもりだったのだ。しかしそんな必要はないと諭され、当たって砕ける覚悟で衛兵と対面すると、なんとビックリ冒険者証を一瞥されただけでほぼ素通りできてしまったのだ。

 「だから言ったじゃないか。ここはスレインであってスレインじゃない。ここにいる人達、特にエルフの関心はティターニアへしか向けられてないって。」

 そういやここを守る衛兵もエルフだったか。

 「だとしても犯罪者を街に入れてるんだぞ?」

 と、俺を諭した本人――馬で並走するフェリルへ聞き返すも、彼はただ肩をすくめるだけ。

 「戦力になってくれるのならどうだって良いんじゃないかい?」

 いや駄目だろ。

 「と言うより、人間の法律なんて気にしていないんじゃない?あとはまぁ、ただの人間に脅かされるなんて全く考えてないだけだと思うよ。」

 「あはは……。」

 「……そうね、ここのエルフは特にそうかもしれないわね。」

 ネルの言葉にフェリルは苦笑い。その横で話を聞いていたシーラは申し訳なさそうに同意した。

 「まぁ何にせよ、俺達にとってありがたい話なのは間違いない。おかげで堂々と良い宿を探せるしな。」

 「それなら心配いらないさ。ティターニア奪還を指揮する者はティタを挙げての待遇を受けられるんだよ。」

 「お、そうなのか?」

 「ええ、大勢を率いる立場になる人が舐められてしまわないためにもね。ただ……」

 「ただ?」

 「そのためにはまず、長達に会わなければいけません。」

 言い淀んだシーラの言葉の続きは、俺の後ろ、幌馬車の中から聞こえてきた。

 視線を背後へ向けると――今度はちゃんと首が動いた。――荷台の端にただ一人、疲れた表情を浮かべたレゴラスが片膝を立てて座っている。

 ん?一人?

 「他の三人なら観光に行かせましたよ。ミヤが付いていますから心配はいりません。」

 疑問が顔に出たか、俺が聞く前に答えが来た。

 いつの間に……ていうか学園の理事長と生徒が同列で子供扱いなのな。もうエルフの年齢感が分からない。

 まぁ精神年齢を考えたら正直同意するけれども。何ならニーナが一番幼いまである。観光したいとか言い出したのはあいつで間違いない。

 「ギルドマス……レゴラス、さんは一緒に行かなくて良いんですか?せっかく家族と再会できたのに。」

 と、俺の頭に乗っかったままネルが尋ねると、レゴラスの口元に小さな笑みが浮かんだ。

 「長達との間を取り持つ役はいた方が良いでしょう?それに、ティターニア奪還のためにギルドを運営して来たというのに、私はこれまでギルドマスターという立場のせいで前線に立つことが叶いませんでした。私情ですが、歯痒い思いを強いられてきた分、今は一人のエルフとしてできることをしたい。」

 ……冒険者ギルドってそのためにあったのか。

 「え、冒険者ギルドってそのためにあったんですか?」

 「いや知らなかったんかい。」

 元受付嬢のとぼけた言葉に突っ込みが口を突いて出る。

 働いてたんだろ?とか考えていたら首を軽く締められた。

 「知らないものは知らないの。ギルドの花だなんだって言っても受付嬢なんて下っ端も下っ端なんだからね?」

 「はは、知っている者などほとんどいませんよ。ただ私が勝手にそういう思いでギルドマスターをしていたというだけです。その甲斐あってティタ森林の攻略も着実に進んで来ました。今すぐにとは行きませんが、いずれティターニアの奪還が成ることは間違いありません。……ですから、」

 あ、まずい。

 「ですからコテツさん、そしてユイさんも、今からでも遅くありません、転移陣でレヴォルへ戻ってください。」

 ……また始まった。

 「叛逆者、大罪人としてスレインに追われている今、あなた方はハイドン領で力を蓄えるべきです。ティターニアの奪還なんてことをしている場合ではありません。……私があの時、何のためにあなた方に協力したと思っているんですか?」

 騎士団拠点からほうほうのていイベラムの牢獄から救い出されたレゴラスと顔を合わせたその瞬間から、今まで事あるごとに耳にタコができるくらい言われ続けてきたことだ。

 「何度も言ってますけどね、力ならエリック達が蓄えてくれてますよ。俺があそこで果たすべき役目は何もありません。」

 そしていつもはこれで話は終わる。

 しかし今回、レゴラスはいつものように納得の行かない顔で黙り込む事はしなかった。

 「……古龍を単独で撃破する程の者を遊ばせておくような余裕がレヴォルにある筈がない。」

 「ヴリトラには単独で勝った訳じゃない。それに神器は数本預けてあるし、最悪転移でいつでも助けには向かえますよ。」

 「何を馬鹿な。戦場において転移の遮断が定石であることは知っているでしょう。」

 いや知らんわ。ていうかスレインに包囲された時はファーレンからは無事に転移で逃げられたぞ?

 『スレインにとっても予定外の奇襲じゃったからの。その用意も時間も無かったんじゃろ。』

 まぁまさか一学園にヴリトラが倒されるとは思っても見なかったんだろうな。

 世界の違いを噛み締めている間もレゴラスの弁は続く。

 「それに戦争は戦場のみで完結しません。ハイドン家は今、おそらくヘカルトに援助を求めてある筈です。大きいとは言えただの一領土が国を相手に交渉するのは容易ではない。ドラゴンスレイヤーであるあなたの影響力は捨て置いて良いものではありません。」

 「神器を数本預けてあるんですよ?神をも殺せる武器を、それも一つだけでなく複数所持していることは交渉材料に十分……「そんな訳ないでしょう!」……あ、そですか。」

 「繰り返しますがヘカルトは国です。国の端の小さな領土じゃない。そんなものと渡り合うというのに力の出し惜しみなどしている場合だと思いますか?ヘカルト側にだって国として威厳を保たなければならない筈です。対等な関係を少しは演出できなければ、万が一協力を得られたとしても、ハイドン領、最悪の場合スレイン全土がヘカルトに飲み込まれかねませんよ?その時ベン様の扱いがどうなるかは想像に難くありません。」

 倒れた国の偉い奴は処刑かいわゆる島流し。これは流石に世界が違っても変わらないよなぁ……。

 「ま、まぁそこはベンとエリックの腕の見せ所……「巫山戯てます?」……ハイスミマセン。」

 追求をいなせず玉砕。

 そんな俺のフォローは頭上から来た。

 「でも、交渉するのがベン様なら、国と国同士の対等な関係で話を進められるんじゃない?そりゃ多少は譲歩しないといけない部分は出てくるだろうけど……。それに今はラダンを攻めてる勇者カイトの矛先が次にヘカルトへ向くのは時間の問題だろうし、ヘカルト側からしても悪い話じゃないんじゃないですか?」

 「……だとしても、交渉でコテツさんを使わない手は無い。」

 ネルの言葉に詰まりながらも、レゴラスは考えを曲げはしない。

 「コテツの存在は確かに交渉材料になるかもしれませんけど、実際コテツなんかが交渉の場にいたって何もできないと思いますよ?「おい?」ねぇユイ?」

 「ふふ、はい。」

 「うん、間違いないね。」

 同意を求められたユイが笑い、求められてもいないのにフェリルが笑いながらネルに同意。

 二人をそれぞれ睨むも意見を覆す様子はなし。一縷の希望からシーラを見たら、彼女は笑いを堪えているだけだった。

 解せぬ。

 『お主の交渉は大抵、武力行使で終わっておろう。』

 ……まぁ確かに。

 「むしろティターニアを取り返して、エルフの支持を得た方が良いんじゃないですか?」

 「もちろん今回でティターニアの奪還が完了するのならそれが最上でしょう。しかし不可能です。勿論コテツさんなら魔物など恐るに足りないとは思います。が、問題はまだ2つも残っています。」

 指を2本立て、レゴラスは続ける。

 「まずティターニアの陥落以降200年の間でエルフの手から離れた森は大きく変化し、今も激しく変化し続けています。かつてのエルフの知識はまるで役に立たず、今回のように人員を集めては少しずつ森の探索を進めているのが実態です。幸運の女神に微笑まれ、何とかティターニアに辿り着いたとしても、200年前に起こったことの原因を調査しそれを排除しなければ奪還したことにはなりません。」

 目を閉じ、もう一方の手で立てた指を一つずつつまみながら説明したレゴラスは、目を開けると訝しげな表情を浮かべた。

 「……今回のこの一回でそれら全てを成し得るとは流石に思えません、よ?……どうかしましたか?」

 十中八九俺とユイとネルの狐につままれたような顔に戸惑ったのだろう。

 「少なくとも幸運の女神は微笑んだみたいだな。」

 超高性能ナビゲーションシステムKAMIよ、出番みたいだぞ。

 『……やれやれじゃわい。』

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