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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第九章:はっきりとは言えない職業
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プランB

あけましておめでとうございます

今年も緩りと頑張っていきます、よろしくお願いします

 揺れる影。響く足音。燃える松明の焦げる匂いに肌を突き刺すような冷気。

 地下牢に入ってから続く緊張感ある静寂は、普段であれば何でもないそれらをやけに強く際立たせていた。

 「っと。」

 そうしていつまでも続くか思われた静寂はしかし、ボクの爪先によって破られた。

 要はちょっと躓いた。

 盛大に転けることもなく済んだ、大したことのない出来事なのに、今だけは緊張も相まって心臓がバクバクと煩く鳴っている。

 「あら、どうかしましたか?」

 「ちょ、ちょっと、躓いちゃって……すみません。」

 「あら、そう緊張しなくても良いのですよ?貴女がファーレンから逃げ延びた一人であることやかつてあの大罪人クロダコテツとパーティーを組んでいたことは把握しておりますが、それだけで罪に問おうなどとは思っていません。ご安心ください。」

 「あはは、あ、ありがとうございます……。」

 緊張してるのは君のせいだよ!もう!

 叫びたい心の内を抑えつけて平静を装い、ボク“達”を先導するギルドマスター兼イベラム騎士団長様に何とか笑みを返す。

 受付嬢時代に培った接客術が功を奏したのか、ボクの返答にカミラは快く頷いて、昼間だというのに松明に照らされた暗い廊下の先へと向き直った。

 「大丈夫だよ。あいつが襲ってきても私がネルを守るから。」

 と、左から少し大きめの囁き声。

 前を歩く騎士の耳にも絶対届いてしまってると思う。

 「武器もなく魔法も満足に扱えない状態でよくそれだけの啖呵を切ることができますわね?」

 ほらやっぱり。

 実際、この地下牢へ入る際には身体検査があって、武器は見つけ次第預けさせられ、その上魔力を制限する腕輪を左手に着けさせられる。念話用のイヤリングも持ち込めないから、今のボクの装備はいつもの防具にマントだけ。

 コテツがいれば、何ならイヤリングで連絡さえ取れれば、好きな時に左手の手袋を遠隔で短剣に変えて貰えたかもしれないけど、今更嘆いても意味がない。

 マントで見えないけれどまず間違いなく武装している、魔法も自由に扱えるカミラに今襲われたらひとたまりもない。

 「ふん。」

 それでも強気な態度で鼻を鳴らすセシルの態度にはつい苦笑してしまう。

 「あはは……心強いよ。でもちょっと歩きにくいかなぁ?」

 「私がネルに合わせるから、ネルのペースで歩いて良いんだよ?」

 「えっと、ありがとう?」

 ボクの左腕を抱きしめるようにして歩くセシルはそうしてボクにピタリとくっついたまま、なかなか離れてくれそうにはない。

 さっき躓いた原因は明らかなんだけど、それぐらいで邪険にしようとは思えない。……ほんと、相変わらず甘えん坊だなんだから。

 さて、少し想定外の事態になってはいるけど、取り敢えず計画は順調に進んでる。

 ミヤさん、シーラさんに理事長、ついでにフェリルの乗った馬車が無事にイベラムを出たのは確認した。ボクのところに態々騎士団長が出向いているところを見ると、騎士団に潜入中のコテツとクレス先輩も待機しているユイも見つかってしまってはいないと見て良い。

 問題はボクだ。

 ボクの役割はどこと知れない独房に囚われた前ギルドマスター――レゴラスと接触して魔法陣を起動、今頃外で待機している馬車に転移させること。でもその一番の課題は獄中のレゴラスと直接会う必要があることだったけど、セシルがその突破口となってくれた。

 ……厳密には彼女に熱を上げている衛兵が、かな。

 というのも、ボク達がイベラムに来るより前から、レゴラスがちゃんと扱われているかが心配だからという理由で――その衛兵と同伴という条件付きで――セシルは彼との面会を許可して貰っていたのだ。

 だからレゴラスの元部下として、元同僚のセシルに付いて行くという形でボクはここにいる。むしろその形を保つためにボク一人でレゴラスに会う役を担ったまである。

 そこまでは良かった。だと言うのに、セシルと一緒に件の衛兵と会い、いよいよレゴラスとの面会に向かおうとしたその時、カミラが急に現れて代わりに同行すると言い出したのだ。

 勿論その場の誰にも拒否する権利なんてなかった。

 同行するのがセシルを気に入ってる衛兵のままなら、いくらでも隙を見つけて、もしくはセシルに気を引いて貰って役割を果たせただろうに、警戒を全く怠る様子のないカミラ相手じゃそれもかなり難しい。

 でもそもそもの話として、なんで今日に限って衛兵の仕事を代わったのかが分からない。

 ボクを罪に問うつもりがないのならレゴラスの脱獄を計画したことがバレたという訳でもないだろうし……。

 目の前を黙々と進んでいく騎士団長がただただ不気味に思えてくる。

 「あの、ボクに……「それで、何をしに来た?」」

 ついに我慢しきれず何か用かと尋ねる前に、セシルが先にそう聞いてくれた。

 「私がここにいては都合が悪かったですか?」

 「ネルと二人きりの時間は貴重。だからネルに用が無い奴はさっさとどっか行くべき。」

 チラと肩越しに向けられた視線に対し、セシルはそれをキツく睨み返してボクの腕にさらにひっついてくきた。

 ちょっと痛い。

 「あら、用ならありますわ。ネルさんのことを罪人だと思ってはいませんが、彼女とはかの“魔人”について、色々とお話ししたいと思っていますもの。」

 「えっと、あんまり詳しいことは知りませんよ?」

 ……魔人って呼ばれてるんだ、コテツ。

 「構いません。魔人に関する情報自体、現状では少な過ぎますから。良ければこの後お茶でもいかが?」

 「ネルは忙しい。」

 「あ、こら。もう……すみません、えっと、またの機会にお願いします。」

 「いえいえ、気にしていませんわ。セシルさんはどうも私のことが気に入らないようでして。」

 「あはは、根は良い子なんですけどね。」

 本当、なんでセシルはカミラに対してそんなに喧嘩腰なんだろ。

 「油断しないで。こいつはギルドマスターを騙して牢屋に入れた奴なんだよ。」

 「あらまぁ人聞きの悪い。私は誰も騙してなどいませんわ。そうでしょう、レゴラスさん?」

 「……そうですね。君が君の姉と同じように正しい選択を行ったと、私が勘違いした結果です。」

 カミラが横の鉄格子へ問うと、その奥から聞き覚えのある、でも記憶のそれと比べて明らかに覇気のない声が返ってきた。

 ついに目的の場所に着いたらしい。

 「ギルドマスター、無事?」

 「お久しぶりです。」

 「セシル君、それに今日はネル君も来たのですか。しばらくぶりですね。」

 牢の中を覗いてみれば、記憶よりも痩せこけ、肌寒いのに粗末な薄着一枚しか着ていない裸足姿のエルフが、石壁から突き出るように作られた簡素なベッドに腰掛けて力ない笑みを浮かべていた。

 幸い、コテツが四肢を繋がれていたという鎖は一つもない。……ラヴァル先生も何もつけられていなかったみたいだし、やっぱりコテツだけすごく危険視されてたってことかな?

 ともかく、目的の場所にはついた。

 想定外のことはあったけどやるしかない。

 「元気そうで何よりです。」

 言いながら、少し屈まなければ通れないぐらいの高さの牢の扉に手で触れる。鍵のかかったそれを開けてくれないかなぁ、と後ろにいるカミラヘ目で尋ねるも、腕組みした彼女は首を横に振った。

 うん、流石にそこまで甘くはないよね。

 カミラの無言の指示に頷き返しつつ、彼女に見えない方の手をポケットに入れ、その中にある、一見ただのゴミくずにしか見えないような大きさの黒い板きれを2つ、指で割る。 

 ……これでコテツに合図は伝えた。あとは早くコトを済ませてくれるのを祈るだけ。

 「はは、今の私が元気そうに見えますか?……しかし、確かに思っていた程酷い扱いは受けていないですね。」

 「当然でしょう。栄えあるスレイン王国の騎士団を他所の蛮族と同等に考えないで頂けますか?」

 「私が君の姉やその仲間の計画についてほとんど何も知らないことを審判の女神が証明してくださいましたからね。そうでなければ何をされていたことか。」

 肩を竦め、レゴラスが相手を小馬鹿にするような笑みをカミラへ向けると、彼女は僅かに表情を歪めて口を開いた。

 「罪人の好き勝手な憶測に付き合うつもりはありませんわ。それにあなたには聞きたいことがまだありますのよ?何故未だスクインへ送っていないのか考えたことはありませんでしたの?」

 「第二王子に協力すること自体私の本意はなかったことも、審判の女神様が認めてくださったからでしょう?」

 「あなたの家族が人質に取られた事には同情します。しかし最終的に王族殺しに協力したことは紛れもない事実。それがあなたの本意であったかどうかなど、微々たる違いですわ。」

 人質?ギルドマスターはミヤさんに説き伏せられたから協力してくれたってコテツが言ってたけど……。まぁギルドマスターなんて商人中の商人じゃないとやっていけないし、審判の女神の前でも何とか誤魔化してこじつけたのかな?

 新旧ギルドマスターによる挑発の応酬はまだ続く。

 「だとしても、私が話せるのは彼らがハイドン領へ向かったことぐらいですよ。ハイドン家が彼らに協力する気があるかどうかは私の預かり知るところではありませんが。」

 「ええ、それはお聞きしました。しかしあなたはまだ知っていること全てを話してはいないでしょう?テミス様の御力で分かるのは発言の真偽のみですもの。その点を見逃すあなたではないでしょう。」

 「なるほど、好き勝手な憶測に付き合うのは確かに大変ですね。先程迷惑をかけた件については謝罪します。」

 「ッ……ご理解いただけて何よりですわ。」

 組んだ両腕を強く握りしめ、もう言うことは無いと、カミラはカシャンと鎧を鳴らして牢から一歩下がってそっぽを向いた。

 ……コテツの方はまだ、と。

 もう少し時間を稼ごう。

 「えっと、二人の間に何かあったの?」

 腕にぶら下がったままのセシルに尋ねると、答えは鉄格子の向こうから返ってきた。

 「彼女の実家、ガート家が味方となり得るか調べていることを勘付かれましてね。姉に協力したい、と近付いてきた彼女の言葉を愚かにも信じた結果がこの様と言う訳です。」

 「ギルドマスターは悪くない。悪いのは全部あいつ。」

 「ふん、権力欲しさに兄殺しまで行ったベン王子こそ、全ての元凶と言うべきでは?正直、彼の逃亡を手伝う者や彼に付き従う姉の気が知れませんわ。」

 そっぽを向いたままでも話は耳に入っていたみたいで、騎士団長はこちらを向かないままそう吐き捨てる。

 対する返事は、さっきまでここにいなかった5人目の声でされた。

 「信じないでしょうけど、ベンさんは何もやってないわ。冤罪よ。」

 「っ!誰っ!?」

 「オーバーパワー!」

 問いへの答え代わりに勇者のスキルが発動される。

 しかし石の洞窟を響き渡ったのは鈍い金属音。カミラは完全な不意打ちに対し、腰から逆手で剣を抜き、防御を間に合わせた。

 「なっ!ユイ、様!?」

 「っ!?」

 そのまま押し合いになると思いきや、ユイはすぐに一歩後退。刀を低く構えた彼女の目は驚きで見開かれていた。

 でもボクもきっと同じ顔をしてると思う。

 カミラの騎士団長という肩書きに恥じぬ技術に、じゃない。彼女の手にある、反りのない純白の剣に見覚えがあったからだ。

 ユイが警戒する間にも鞘から抜き放たれ、順手に持ち直された直剣は、前にコテツが振るっていた者と酷似して……

 「呼べ、龍泉。」

 ……いや、そのものだった。

 現れた2本目の直剣を空いた手に握り、カミラがユイに対して半身になって構える。

 そうして互いに武器を突き合わせて油断無く睨み合いながら、まずユイが口を開いた。

 「聖武具、よね?」

 「ええ、かつて魔人が盗み出し、振るった二振りの剣に相違ありませんわ。しかし武器は武器、使い手は使い手、この刃に着せられた汚名は私の手で払拭します。……手始めに魔人の一味の脱獄の企てを阻止からといたしましょう。」

 「どうかしらね。私がどうやってここに来たか、少しは考えたらどうかしら?」

 「……どうやって?それはもちろん、どこかに潜んで……まさか、転移を!?」

 思考が答えに辿り着くと同時に、カミラの目が牢の中――誰もいない石の部屋を見て驚愕の色に染まる。

 その隙をユイが見逃す訳がない。

 「薙ぎ払え!」

 間合いの外から草薙ノ剣がすかさず大きく切り上げられ、不可視の斬撃が石の天井と床を削りつつ突き進む。

 「っ!「ハァッ!」ぐぅっ!?」

 それを咄嗟に交差させた双剣で斬撃を防いだ反射神経は――さっき視界の外からの不意打ちに反応したことも鑑みて――やはり腐っても騎士団長だと言うべきだろうけど、そこへさらに加えられたユイの飛び蹴りは、流石にカミラを吹き飛ばした。

 「ふぅ……、騒ぎを起こさないんじゃなかったんですか?」

 「うっ、今回は仕方なかったんだよ。」

 息を吐いて呼吸を整えたユイから向けられた不満気な目線に対し、決まりが悪くてつい目を逸らしてしまう。

 だってまさかカミラが来るなんて予想できる訳無いじゃん……。

 「……ネルさん、何だかあの人に似て来てませんか?」

 「似てないから!そんなこと言ったらユイだって、なんかコテツに似てきたんじゃない?戦い方とかさ。」

 剣を持ったまま殴る蹴るに戸惑いがないこともだけど、特に拮抗状態を口車で何とかしようとするところとか。

 「……。」

 なんか物凄く難しい顔をしちゃった……、自覚あるんだ。

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