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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第三章:不穏な職場
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34 入学試験

 「はぁ……、なんでこんなことに。」

 小さく呟く。

 足元にはファーレン城の敷地内にあるだだっ広い草原、目の前には紺色のケープを着た沢山の入学志望者達が座っている。

 俺の左手には上方に彼らのプロフィール、下方に彼らの評価をそれぞれ書く空欄のある紙の束。

 「……では魔法使いコース志望の皆さん、悔いを残さないよう、頑張ってください。」

 壇上で長々と話をしていたニーナは、最後にニコッと受験者達に笑いかけ、転移陣で消えていく。

 この人本当に転移陣が好きだな。

 まぁ、楽しいのは分かるけれども。

 壇上に上がる。

 と、アリシアが手を振ってきた。

 それに小さく手を振り返し、なるべく丁寧な声を心掛けて口を開く。

 「それではこれより入学試験を始めたいと思います。試験監督は私、コテツがさせていただきます。」

 まずは自己紹介から。

 おい、起きろよ。そんなに長く話してないぞ。特に男共!お前らはさっきまでニーナに熱い視線を送ってただろうが!

 そう、俺はニーナに入学試験の試験監督を押し付けられたのである。

 チクショウ、女性からの強い押しに負けないようになりたい。そうしないとニーナのことだ、雑用をどんどん押し付けてくるに違いない。

 ……あれ?フラグ?

 「えー、では整理番号一番の……「はい!ここですわ!」……方。」

 俺の言葉を遮るように張り切った声が上がり、同時に青い集合体の後方で突起が盛り上がった。

 立ち上がったのは、金髪の縦巻きロールを二本生やした女の子。

 ……あの髪型、実物は初めて見た気がする。

 「はい、では付いてきてください。」

 「分かりましたわ。」

 彼女が俺の元に胸を張って足早に歩いてくるのを確認し、俺は紺色の集団から少し離れた、地面に小さな八芒星が描かれた地点へと歩いていく。

 そしてやって来た受験者一番にその星を手で示して、

 「ではここに立ってあそこにあるカカシを狙って魔法を放ってください。」

 そう言って約20メートル先にあるカカシを指差した。

 これと、この後ちょっとした実技確認が魔法使いコース志願用の試験である。

 戦士コースと魔術師コースの志願者はまた他の先生が受け持っている。もしかすると魔術師コースの分は数万分の一の確率でニーナがやっているかも……無いな。

 ちなみに他の2つのコースはちゃんと複数人が試験監督を担っていて、魔法使いコース用の試験の監督だけ、新参の俺一人に任されている。

 どうも魔法使いコースの試験監督は教師全員に忌避されているらしい。

 というのも、戦士ならその体の動きを、魔術師なら魔法陣を描くスピードと正確性を見れば受験者の力量を判断できる一方で、魔法使いはそもそも使う魔法の種類が人によってまちまちな上、細かな技巧や工夫も見なければならず、公正に評価が難しいのだ。

 それでも、というかだからこそ、増員ぐらいしてくれよ。なんで500人近くを一人で捌かないといけないんだ!

 ったく、一人一人の判断基準が違うかもしれないからだなんて知ったことじゃない。

 いや、まぁ大切だろうけれども!

 「あの、トーナメントを拝見させていただきましたわ。強いですのね。」

 だからどうした!さっさと指示に従ってくれよ。すぐ終わるからさ。あと500人ぐらいいるんだから。

 「いやぁ、はは、ありがとう。嬉しいよ。」

 もちろんそんな感情はおくびにも出さない。

 「あら、良く見ると顔も悪くありませんわね。今度一緒にお茶でもいたしませんこと?」

 良く見るとってどういうことだゴラァ!ていうか、要らねぇんだよそういう御託は!さっさとしろ!

 「あはは、お世辞がうまいですね。」

 「お世辞などではありませんわ。」

 「ありがとう、優しいね。じゃあそろそろお願いできるかな?」

 「ええ、分かりましたわ。」

 そう言って、自信満々な受験者一番はようやく袖からタクトを取り出してくれた。

 「ウィンドカッター!」

 そして八芒星の中に立つなり、彼女はタクトの軽い一振りで不可視の刃を放つ。

 苦々しいことに、カカシは綺麗に真っ二つになった。

 「オホホホホホホ、こんなもの左手でもできますわ。」

 ……魔法に利き手も何も無いだろうが。

 「では次の試験で最後です。内容は私との戦闘。一発でも攻撃を命中させられたなら即合格ですよ。頑張ってください。」

 「そんな条件、私を侮り過ぎですわよ。」

 「それは期待できそうです。では、始めてください。」

 いざとなったら無色の魔法で全部消し飛ばそう。

 「その言葉、後悔させてあげますわ。エアカッター、ストーム!」

 直後、俺の周囲に風の刃が四方八方に作成され、乱舞した。

 小さな竜巻の中の様子は幾つもの刃で見えなくなったものの、土や草を削っては舞い上げるその威力はなかなかの物だと“傍から見ていても”よく分かる。。

 「ふふ、これで合格ですわ。」

 「確かに筋は良いですね。しかし、如何せん一人目ですので、結果はまだ分かりませんよ?」

 「なっ!後ろに!?エアカッター!」

 背後に立つ俺に声をあげて驚き、振り向きざまにタクトを振って攻撃する縦巻きロール。

 「発動速度も中々に素晴らしい。ええ、合格の可能性が大きいとは思います。その調子で頑張ってください。」

 「またっ!?エアカッター!」

 再び俺に風の刃が飛ばされるも、俺は余裕をもってそれをかわしながら相手の死角に入り、またその背中に声を掛けた。

 「さっきと全く同じ動きですね。対応力はそこまで無いんですかね?」

 「そんな!?」

 三たび、一番の背後を取る。

 そんなことを繰り返している内に彼女の顔は段々と焦りに満ちていき、それが最高潮に達したところで俺は震える手からタクトを取り上げた。

 「そこまでです。」

 言い、魔法発動体を、その取っ手部分を彼女へ向けて返す。

 「そん、な。こんな、こと…。」

 呆然とした顔でタクトを受け取り、今にも泣き出しそうに唇をわななかせる受験者一番。

 ああ、なんだろう。スッキリした。

 「これで試験は終わりです。お疲れさまでした。」

 「ひくっ、は、い。」

 あ、まずい。泣かせてしまった。ちょっとばかり煽り過ぎたかね?

 ……まぁ何にせよ、まずは一人だ。

 「整理番号2番の方、来てください。」

 言い、紺色の集団に目を向ける。

 ……見るんじゃなかった。

 魔法使いコース志望者の入学試験はまだまだ長引きそうだ。



 「あああああ、疲れたぁ!」

 ほとんどが半泣き状態になった受験者が皆立ち去った後、俺は草地に腰を落として空を見上げ、叫んだ。

 チクショウめ、結局試験は夕方まで長引いてしまった。

 一人一人やっていたんじゃ日が暮れると思い、二人一組に方針転換したんどけどな……遅かった。

 くそう、ニーナめ。

 「お疲れさま。」

 噂をすれば何とやら、ニーナが上から半笑いで覗き込んできた。

 「てい!」

 黒い固まりをその顔に素早く投げつけ、ベチャッと張り付ける。

 「キャッ!?ってなにこれ!え?待って、取れない!?」

 慌てふためいている間に立ち上がり、俺は両手で目を抑える彼女の足を払ってやれば、ニーナは、いとも簡単に草地に倒れ込んだ。

 「あだっ!いきなりなにするの!?」

 何がいきなりだ。当然のことをしたまでだろうに。

 「ところで、お前は何か仕事をしたのか?」

 「え?ちゃ、ちゃんと先生方の仕事を見守ったよ。裏切り者探しも平行して。」

 ただ見てただけじゃねぇーか!

 「じゃあ頑張ったご褒美を与えよう。」

 「いや、与えるも何も私の顔に引っ付けたものを取って欲しいんだけキャハハハハハハ!」

 俺は魔法で作った羽根を遠隔操作でニーナの身体中をくすぐった。

 うん、こういう繊細な動きも魔法の鍛練には欠かせないな。いい鍛錬になる。

 「や、やめ、アハハハハハハハハハ、ダ、ダメぇ、い、息がぁヒィ、ヒャハハハハハハハハハ!」

 「うん、喜んでくれたようで何より。」

 「ち、違っ!くる、じいッ!イヒヒヒヒヒヒ!」

 「どこが違うんだ?満面の笑みじゃないか。」

 俺もこれ以上にないほどの笑顔になっているだろうと思う。

 「しゅ、集、ちゅ、うがぁ、乱れ、るぅ、ヒャハハハハハハ、ニ、ヒィヒィ、ニ、ニナちゃん大好きぃ!」

 地面で幼い子どものように転がり回ってたニーナは、最後の部分だけそうまくし立て、転移陣で消えていった。

 チっ、まぁいいか。目隠し魔法は解除していないし。

 あいつはしばらく瞑想して日頃の行いを反省した方が良いだろう。

 「さて、合格者を選ばないとな。〈我、学徒の力量を測るものなり。〉」

 視界が白く染まる。


 コロシアム内はシンとしていて、観客席の段差にはオレンジと黒の縞模様ができていた。リング回りの海水面は光を反射し、観客席とリングとを隔てる壁が水面近くで泳ぐ魚の影まで映し出す。

 そしてリングの上に俺が現れると、その縁から波紋が広がり、回りの壁に当たって乱反射した。

 ……夕焼けに照らされた無人の観客席というのもなかなかに綺麗だな。

 さぁて、仕事仕事。

 っと、その前に気配察知、と。試験結果なんて、あまり人に見せちゃあいけないだろう。

 ……よし、誰もいないな。

 にしても俺の気配察知も成長したなぁ。まぁ、職業補正の索敵能力アップのおかげかも知れないけれども。

 黒魔法でちゃぶ台を作り、持っていた紙の束を上に置く。

 そして胡座をかいて座り込むと、イヤリングからネルの声が聞こえてきた。

 [コテツ、アリシアはどうだった?]

 「良くできていた方だと思うぞ。まぁ、結果はまだ分からん。教師として、知っていても言うわけにはいかないしな。数日後の発表を楽しみにしとけ。」

 [うわ、コテツが真面目だ。]

 失敬な。

 「締めるところはしっかり締めるからその分普段は楽にしているんだよ。」

 [そんなこと言う人に限って業務に普段の不真面目さが混ざるけどね。]

 「……お前の真面目って冒険者ギルドでやってた無理矢理なお色気のことか?」

 [無理矢理じゃない!]

 嘘つけ。あれ、普段のお前からはかけ離れているからな?

 俺と二言三言話しただけでメッキが剥がれ落ちたし。

 「はいはい、それでネルはどうだった?」

 [あ、聞いちゃうの?ふふん、合格だよ。試験監督が自分に攻撃を当てたら合格だって言ったからね、ボクは短剣を取り出すふりをして石を投げて額に当てたんだ。]

 考えることが同じ奴がこんな近くに……。

 「それで、認められたのか?」

 [そこはほら、男に二言は無いんじゃないのか、とか言ってね。]

 当然のように言うネルのコミュニケーションスキルが怖い。

 [あの、コテツさん。]

 と、アリシアが念話に加わってきた。

 「すまんな、結果は発表のときまで待っておいてくれ。」

 [あ、いえ、その事ではなくて、コテツさんはどこにいるんですか?一緒に帰ろうと思ったのに、なかなか見つけられなくて。]

 「ああ、仕事があって遅くなるから先に帰ってくれて良いぞ。」

 [大丈夫です。私はこのあと何もありませんから。]

 うーん、結果が見られてしまう可能性があるからなぁ。でもまぁ、アリシアなら大丈夫か。

 気配察知で誰も居ないことを確認しておけば咎められることはない。ニーナは来たとしてもまだ目隠し状態だし。

 「俺はコロシアムにいるぞ。」

 [もうですか?速いですね。今から向かいます。]

 転移陣のことは言わなくても良いか。教師の間だけの秘密になっているのかもしれないし。

 [あ、ボクも行く。]

 「待てネル、ルナは今どうしてるんだ?」

 [宿で待ってるよ。教師でも学生でも受験生でもないし、主人のコテツが一緒にいなかったから門を通れなかったみたい。……早く戻って上げた方が良い?]

 「ああ、じゃないとたぶんルナが拗ねる。変な所で子供っぽいからなぁ。」

 実際、この前のトーナメントの後、宿のベッドの中で寝たあとも震えていたし。

 [アハハ、はーい。]

 それを最後にネルの声は途切れた。

 さて、たしか合格候補者はコースごとに200人選び抜くんだったっけな。

 まずはカカシに魔法を当てられなかった、受験者の内の約四分の一を探し出す。彼らの評価用紙には角に折れ目を付けておいたのでそこまでの苦労はない。

 抜き取ったそれらを俺は左隣に下ろした。

 彼らは不合格だ。

 たとえ俺との戦闘で良い動きを見せていたとしても、基礎的な魔法がまともに扱えないのであれば戦士コース志望者として受験した方がいい。魔法使いコース生として入学されてもファーレンの方が迷惑だ。

 と、アリシアが観客席に入ってきたのが目の端で見えた。

 しかし入ってきたところで止まった彼女は何やらキョロキョロと周りを見回し始め、少しして俺のイヤリングが彼女の声を伝えてきた。

 [あの、コテツさんの所にはどうやって行けばいいですか?]

 なるほど、そういうことか。

 「観客席の一番下に来てくれれば良いぞ。」

 [はい。分かりました。]

 アリシアが最下段へと駆け下り、俺は立ち上がってそちらへと向かう。

 「神官服じゃないからってあまりはしゃぐと危ないぞー。」

 [ふふ、大丈夫です!えい!]

 俺の間延びした忠告に構わず、ぴょんと最後の2段を飛び降りて、アリシアがえへんと胸を張る。

 「ははは……。」

 思わず笑いが溢れた。

 そのままリングから観客席へと飛び移り、一度屈んで彼女を肩に担ぐ。

 「よいしょっと。」

 「コテツさん!?」

 「あまり暴れるなよ。」

 「……うぅ、これだと私が荷物みたいです。」

 「くはは、そりゃすまん。よっこら……せッ!」

 「きゃぁっ!」

 もう一度跳んでリングに戻る。

 悲鳴を上げ、ロングコートをぐっと掴んでいたアリシアは、俺がリングに着地した途端、担がれた体勢のまま背中をポカポカ叩いてきた。

 「あ、ああいうのは、一言言ってからにしてください!」

 「はいはい、すまんすまん。」

 そんな彼女を宥めながら石床に下ろし、ちゃぶ台の前に再び座る。

 「じゃあアリシアは好きなところでくつろいでてくれ。終わったら教えるから。」

 「はい!えっと、なら……お邪魔ならそう言ってくださいね。」

 そう言って、アリシアは座る俺の背中に背を預けてきた。

 まぁ、椅子なんかリングには置いてないし、石の床に寝ないなら、くつろげるのはそこしかないだろうな。

 「邪魔なんかじゃないさ。あ、でも肩から覗き込んだりするなよ。夕陽でも眺めていてくれ。」

 「ふふふ、大丈夫です。邪魔はしませんから。」

 アリシアが笑うのを背中で感じる。

 俺が真面目に働くのはそんなに意外か?

 ……さっさと終わらせるか。


 俺は今回の試験では俺との戦闘で見せた魔法の威力、発動速度、そして作戦というよりかは発想力、この三つに評価に絞って受験者の合格・不合格を判別している。

 理由は俺自身が日頃魔法を使って来た感覚から、それらが大事だと思ったから。あと、そうやって評価項目を絞りでもしないと遅々として作業を進められないからである。

 さて、優秀者を選んでいきますか。


 まずは1番の縦巻きロール。名前はオリヴィア。

 武器はタクト。

 魔色は青と黄と緑。

 能力は優秀だった。ただ、いかんせん経験が足りない。ま、仕方ないか。貴族らしいしな。ってこの子、姓がカイダルじゃないか!いやぁ、この子の父親か祖父かは知らないけれども、あのときはオークションを盛り上げてくれてありがたかったな。


 次は425番のクラレスだ。

 魔色は白と赤と青と茶。

 武器は魔導書。

 彼女は魔族で、鬼神族という種族らしい。ずっと黙ったまま、素直に言うことを聞いてくれたので俺はとてもやりやすかった。

 彼女の魔法は発動速度は人並みながら、とにかく威力が凄かった。アルベルトの爆炎より少し威力が少し弱いぐらいの炎を打ってきたときには驚いた。


 三人目は459番のフレデリックだ。

 魔色は白と青と黄と茶。

 武器は杖。

 彼は魔族で、その中でもアルベルトと同じ、悪魔族の一人だ。背中の翼は出し入れ出来るらしく、急に飛び上がって上空から魔法を乱射されたときは少し焦った。全部かわしたけれども。


 そして最後は言わずと知れた、アリシアだ。

 最初のカカシ試験のときは俺も物凄く緊張した。無事に命中したときは軽く小躍してしまいそうだった。戦闘のときはアリシアの動きを日頃から知っていたので気分的にも楽だった。

 彼女は炎の散弾を放ったり、花火系の魔法を放ったりと実用的な魔法が多く、優れていた。

 ま、多少の贔屓目は仕方ないだろう。何にせよ、良かった良かった。


 この四人は他に比べ、飛び抜けて優秀だったと思う。ネルにはああ言ったものの、俺としては合格である。

 彼らのプロフィール用紙を俺の右隣に下ろす。

 さて、後は頑張ってケチを付けていくか。



 結局選別し終わったのは月が出てしばらくしてからのことだった。

 幸い、今日は満月の一歩手前だったお陰でアリシアに灯りを出してもらう必要はなかった。

 「アリシア、終わったぞ。」

 座ったまま、背中にいるアリシアを呼ぶ。

 しかし返事がない。

 意識すれば、背中からアリシアの体の規則的な動きを感じられた。

 寝たな?

 そう思い、首だけで振り返ると、アリシアは幸せそうな、にへらっとした笑顔を浮かべて眠っていた。

 少し気が咎めるものの、このままでは風邪を引きそうだ。

 優しく揺すってやる。

 「おい、アリシア、終わったぞ。」

 「ふぇ、は、はい!お疲れさまです。」

 目を覚ますなり、慌てて起きたアリシアは、体を起こすだけに留まらず、シュバッと勢い良く立ち上がる。

 寝てたことを無かったことにしようとしているのがとても良く分かる。

 「良い夢見たか?」

 聞くと、立ったままの彼女は顔を赤らめ、

 「うぅ、はい。」

 そう言って俯いた。

 「はは、じゃあ帰り道で内容を聞かせてくれよ。」

 「ダメです!コテツさんにあんなこと……何でもないです!」

 アリシアは慌てて否定し、一瞬呆けたかと思うとまた何かを否定した。

 「なんだ、俺が夢の中に登場したの……」

 「そんなことよりも!コテツさん、教師の仕事はやっていけそうですか!」

 真っ赤な顔でアリシアが叫ぶ。

 うんうん、話題を転換させたいんだな。……させるか。

 「いやいや、夢ってのもなかなか大事だぞ。予知夢ってこともあるからな。」

 「あれが、予知夢……えへへ。って違います!コテツさんの仕事の方が重要なんです!」

 アリシアの表情筋が大活躍だ。よっぽど良い夢だったらしい。そんな夢に俺が少しでも参加できたのならうれしい限りだ。

 「分かった分かった。話しながら帰ろう、な?」

 「話しません!」

 「そりゃ残念。何か別の話題にしようか。」

 真っ赤な顔がコクリと小さく上下に動いたのを見て、俺はまた笑いそうになるのを必死で堪えた。

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