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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第九章:はっきりとは言えない職業
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手続き

 「異常なし!」

 「通していいぞ!」

 貨物検査を終えて降りてきた二人の衛兵が大声で指示を出す。エルフ5人と人間1人の身分証の確認や身体検査を終えた後も一切気を抜かずに城門に立ち塞がっていた物々しい雰囲気の衛兵達は、そうしてようやく中への道を開けてくれた。

 国に反旗を翻した領地から来た馬車とは言え、流石に厳重過ぎ盛やしないだろうか?……いや、そんなこともなくはないの、か?

 「お手数をお掛けしました。」

 「いいえ。お仕事お疲れ様です。」

 「ご理解感謝いたします。ようこそ、イベラムヘ。」

 何はともあれ、街に入れさえすれば問題はない。

 馬車の少し前を進むミヤさんの可憐な笑顔に悪感情を抱く輩などいる訳もなく、笑顔で歓迎された馬車はそのまま真っ直ぐ街道を進み、城門から少し離れた位置で待機していた俺とユイに合流した。

 というのも、俺とユイは昨夜の内に街に侵入しておいたのである。理由はもちろん、俺達二人が騎士や兵士等、治安維持方面の仕事をされる方々の間ではかなりの有名人であるため。ちなみに方法は黒魔法エレベーターで城壁を登っただけだ。城壁を巡回する衛兵の位置は爺さんの案内があれば把握できるので、そこまで難しいことじゃない。

 強いて言うなら緊張はするから少し心臓に悪かったぐらいか。

 とは言え、指名手配犯である俺達二人は例えベン派の領地内であっても、大事を取って街に堂々とは入らず、秘密裏に潜入していたため、もう手慣れたものだ。

 「ああ良かった。お二人ともご無事で。」

 「ありがとうございます。でも、街に潜り込むのにはもう慣れましたから。もう心配いりません。……本当は慣れちゃ駄目なんでしょうけど。」

 それでも心配してくれていたのかミヤさんはホッとした表情を浮かべ、それに曖昧な笑みで答えながらユイは早速御者台に登っていく。よっぽど馬達が恋しかったらしい。

 「でも、今までと違ってここは完全に敵地よ。用心してね、ユイちゃん。」

 「はい、分かっています。」

 御者台の横からのシーラの忠告にしっかりと頷き返すユイ。対して俺は心配し過ぎだと笑って見せた。

 「顔が割れているとは言え、そこらを歩いてる奴らにまで覚えられてるって訳じゃないんだ。まぁたぶん大丈夫だろ。」

 写真のある元の世界でさえ、交番前に貼りだされた指名手配犯の顔を普段の生活の中で見つけ出せるような奴なんざ、関連する職に就いていない限りまずいない。

 「そうね、前に誰かさんの正体がバレたのもあの変な格好のせいだったものね?」

 「変言うな。」

 格好良かっただろうが。

 『そのような評価を下した者は後にも先にもお主だけじゃがの。』

 先はまだ分からないだろ!?

 『この先お主が太陽の下、黒一色の出で立ちで出歩くことはまずもって無いじゃろうがの。』

 「それでクレス君、これからオークション会場に行くって事でいいのかい?」

 「は、はい!まずは積み荷をそこで下ろして、値段を付けてもらいます。」

 俺とユイが言い合ってるのを尻目にフェリルがそう尋ねるとクレスは慌てたように何度も頷いた。

 「それじゃあ僕はギルドの方に行くよ。何か連絡することがあったらシーラを通してしてくれれば問題ないから。」

 「ギルドに?ああ、ティタ森林開放の依頼を出すんですね。分かりました。そちらはお任せします。」

 突然の別行動に一度は面食らうも、クレスはすぐにフェリルの目的を理解して頷いた。

 そう、一度は騎士団に追われて逃げ出したこの街――イベラムにわざわざ舞い戻ってきた大きな理由の一つはエルフの故郷奪還のために戦力を集めることである。もちろん、依頼を出すこと自体はどこのギルド支部からもすることができるものの、レイド等の大規模なものの依頼はイベラムの本部と王都支部でしか出せないのだとか。

 実のところ、エルフによるティタ森林への遠征は不定期に、十数年に一度ぐらいの頻度で行われているらしい。その都度発起人であるどこかの誰かがギルドを通して依頼を出し、スレイン各地から我こそはという冒険者達をティタ森林の入り口にあるティタという街に招集。そうして戦力を整えた上でいざ長年の悲願の達成へと出陣するそう。

 とは言え、遠征の発起人やティタに集まる冒険者達が皆エルフである必要はない。有志の人間が声を上げてもエルフ達は手を上げて歓迎するだろうとは、共に旅しているエルフ達の言だ。しかしやはりどちらも大抵はエルフが中心であり、フェリルとシーラもこれまでに何度か遠征に参加したことがあるらしい。……まぁ、結果は言わずもがなだけれども。

 「そういやシーラ、もしも故郷を取り戻せたら協力の報酬ってどれぐらい出るんだ?」

 ふと気になって尋ねると、割とキツめに睨まれた。

 悪い悪いと手刀を切って謝ると、シーラは仕方ないわね、と深くため息を吐いた。

 「はぁ……、集まった人に応じて配られる金額は変わるでしょうけど、いつもは全体で20ゴールド程ね。」

 「……少なくないか?」

 人間の集まりが悪い理由が何となく分かった気がする。

 前にアリシアとゴブリンの集落を潰した時はそれだけで50ゴールドぐらい稼いだ覚えがあるぞ?

 「個人が依頼を出すのだからそれぐらいが限界なのよ。報酬もギルドに先払いしないといけないし……。ギルドや国が人を集めるために大々的に出す依頼みたいな真似はできないのよ。」

 「ああ……。」

 そういや20ゴールドも約2千万円、つまりは大金か。なんか久々に金銭感覚の狂いを実感した気がする。

 「そんなことより貴方、フェルについて行ってくれない?」

 「え?俺が?」

 しっかりしろ、と自分自身に静かな喝を入れていたところ、シーラが急にしてきた頼みに思わず目を見開く。

 何でまた?

 「ええ、フェルがまたいつもみたいに迷惑を掛けないようにね。私は連絡役として別行動しないといけないみたいだし……。」

 「くはは、了解。」

 不満を隠そうともしないシーラに笑って返すと、彼女の拳がギリリと鳴った。

 「……もしフェルが女の子に手を出すのを止めなかったら、貴方も殴るから。」

 俺はそんな彼女から逃げるようにして先を行くフェリルを追い掛けた。


 シーラにはああ言われたものの、もちろんフェリルの息をするかのようなナンパを一々咎めてたらキリがない。だから俺はフェリルの言動が本来の目的から余程逸れた場合のみ――それでも結構な数あった――実力行使で大筋へ引きずり戻すことにした。

 ……つまり、受付嬢との会話は内容がどうであろうと基本的にスルーだ。

 「依頼を出したい、ですか?」

 「ああ、お願いできるかい?お嬢さん。」

 カウンターに少し身を乗り出しながら髪をかき上げ目と目を合わせ、どうやら新人らしい――少なくとも俺は今まで見たことがない――受付嬢の顔を赤くさせながらフェリルが微笑む。

 「で、ではご依頼内容と、希望する人数を、お伺い致しします!」

 間近に迫った整った顔に思いっきり緊張しながらも、専用の用紙らしきものを取り出してペンを右手に強く握り、努めて職務を果たそうとする新人受付嬢。しかしその紙を抑える左手をフェリルに取られると、彼女はいっそう頬を染めてしまった。

 「ティタ森林への遠征に是非協力して欲しい、って書いてくれるかい?人数は問わない。多ければ多い程助かるよ。」

 「わ、分かりました!「報酬は?」……え?セシル先輩!?」

 と、可愛らしい反応を見せてくれていた新人ちゃんの横に突然陰気な顔見知りが現れたかと思うと、新人ちゃんの手を覆うたらしエルフの手がペシッとはたいて退かされ、用紙も新人ちゃんからサッと奪い取られた。

 「ここからは私がやる。こんな奴の相手をわざわざクララがやる必要はない。」

 「先輩待ってください!これは私の……「はいはい、クララちゃんは他の冒険者達の手続きをしてあげてね。」……そんなぁ。」

 何か言い返そうとするも、背後からやって来た別の先輩受付嬢に止められ、ただ情けない声を上げるクララ。そんな後輩を振り返りもせず、セシルは依頼用紙を持ったまま自分の机に戻っていく。

 「フェリルさん……。」

 「ごめんねクララ。また来るよ。」

 「はい!」

 そんな感じでまだ名残惜しそうなクララにウィンクして別れを告げたフェリルは、セシルの前へと来るなりさっきまでクララに向けていたのと同じようにキザな笑顔をセシルへ向けた。

 「やぁセシルちゃん、そんなに僕と話したかったのかい?」

 「……チッ。」

 とは言えさっきの新人ちゃんとは打って変わってセシルはもう完全に慣れたもの。フェリルの戯言に頬を染めるどころか、嫌悪感を露わにした一睨みでそれを跳ね除けた。

 「で?どうして戻ってきた。」

 と、そんなセシルが今度は俺を睨めつけ聞いてくる。

 フェリルのことは頑なに無視すると決めたらしい。

 「その依頼をこなすためだ。」

 「依頼……ティタ森林?ああ、そういうこと。」

 セシルの手元を指差せば、彼女はさっき自ら奪い取った紙に一瞬目を落とし、納得したように頷いた。

 あまり驚く様子はないあたり、やはり珍しい訳ではないよう。

 「そういうことだ。ていうかあんまり後輩の仕事を横取りしてやるなよ。」

 チラチラとフェリルに視線を送っているクララを尻目に苦笑いしながら言うと、ただでさえ鋭いセシルの眼光が一際不機嫌さを顕にした。

 「フン、これは仕事じゃない。厄介事。」

 「くはは、ま、取り敢えずお前がクビになってなくて良かったよ。」

 実際、こいつはベン達を集めたり偽の冒険者証を作ったりと俺達に直接協力してくれていたのだ。ギルドに足を踏み入れたとき、彼女がまだ受付嬢として働いている姿を見てホッとしなかったと言えば嘘になる。

 しかし笑う俺に対し、セシルは逆に顔を曇らせた。

 「……庇ってくれた、ギルドマスターが。」

 「そう、だったのか。」

 「……で、報酬は?」

 「ん?」

 「この依頼の報酬。」

 戸惑う俺に、セシルはトントンと手元の紙を人指し指で叩いて見せる。

 ギルドマスターに関しての話はもう終わりらしい。

 「あ、ああ、取り合えず1万ゴールドを人数で割るってのでどうだ?」

 「「は?」」

 早すぎる切り替えに何とか付いていきながら答えると、目の前のセシルだけでなく、ナンパを諦めて大人しくしてくれていた隣のフェリルまで素っ頓狂な声を上げた。

 「変だったか?そりゃまぁ今までの協力報酬に比べたら多いかもしれないけどな、ギルドや国が頭数を集めるときはこれぐらい平気で使ってるんじゃないのか?」

 「それでも多過ぎる。数百人規模の依頼ですら一人分の報酬は普通、多くても100シルバー。なのに今回は一万人集めても一人一人がその十倍の報酬を手に入れられてしまう。」

 「うん、それに僕とシーラはそんな破格の報酬を用意できないよ。」

 「そもそも報酬は事前に払って貰う。もしティタ森林にいる貴重な魔物の素材の売却額を宛にしようと思ってるなら「ほらよ。」……。」

 二人がうだうだ言ってる間に指輪を通して司令を出し、サイに一万ゴールド入った袋を送ってもらった俺は、そのままそれをセシルの目の前のカウンターに乗っけてやった。

 一応アリシアの遺品ではある。ただ、こういう使い方であれば彼女もネルも許してくれるだろう。

 「……忘れてた。そういえば成金野郎だった。」

 「おいこら誰が成金野郎だ。」

 セシルの聞き捨てならない台詞に思わず噛み付く。すると、フェリルのいつになく真剣な声音と共に俺の肩が掴まれた。

 「待った。リーダー、どういうことだい?」

 「くはは、驚いたか?俺はこう見えて結構な金持ちだったって訳だ。「成金。」……とにかく、遠慮せずに使ってくれ。」

 やかましい外野――セシルは無視。

 しかしフェリルは首を横に振り、金貨でジャラジャラ言ってる袋を俺の方へ引き戻した。

 「駄目だ。受け取れないよ。これは僕達エルフのための戦いだ。リーダーにはもう神器まで用意して貰ってるし、これ以上は……。」

 「ハッ、俺のヴリトラとの戦いに首を突っ込んで半死半生にまでなった奴が何言ってるんだか。セシル、頼んだ。」

 「分かった。確認してくる。」

 たらしエルフの殊勝な態度を鼻で笑い飛ばし、金貨の袋を再度セシルへと押しやる。それを見て頷いた彼女が袋を持ってどこかへ転移していくのを見送り、俺は未だ何か言いたげなフェリルへと向き直った。

 「文句なら聞くぞ?」

 さっさ言うこと言えと促す。しかしフェリルはすぐには言葉を発さず、少し考えた後、小さな笑みを浮かべると共に深いため息を吐いた。

 「……いや、僕も気付いてなかった“高尚な”エルフとしてのプライドがまだ残ってたってだけさ。はは、ありがとうリーダー。この恩はきっと返すよ。」

 どうやら今の短い合間に色々とあった文句を全部飲み込んでくれたらしい。

 「おう、期待しておく。」

 その後、渡された金額を確認したセシルが戻ってきて依頼の手続きを再開してくれるまで、フェリルに一万ゴールドの集め方をレクチャーしてドン引きされた。

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