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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第九章:はっきりとは言えない職業
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出発前に➁

 あのセラが、騎士だ何だとうるさいあの護衛騎士が、俺の不意を打って針を投げてきただと?騎士の誇りが虚しいってそういうことなのか!?

 いや、そもそも戦いの中じゃあ結構汚い手を使う方だっけなそういえば!

 予想外の事態に混乱しつつセラの方へ目を向ければ、彼女は既に剣を抜き放ち、その間合いに俺を入れていた。

 低い姿勢から片手で、蒼白い軌跡を水平に描いて振るわれる刃。

 ……“全力で捻じ伏せろ”、ね。

 「全力ってのは……」

 胴体に迫る鋼を逆手に握った黒龍で防ぎつつ、ついでに左腕に作り上げたクロスボウの照準を背中越しにセラの顔へ向ける。

 「……こういうことか?」

 「っ、風よ!」

 撃ち放ったボルトが突如吹き荒れた強風に煽られあらぬ方向へ飛んで行く。が、セラが防御のために体を止めた一瞬で、俺はその胸に左の後ろ回し蹴りを入れ切った

 「ッ!?」

 鈍い音。セラの体が大きく――魔法陣の縁から中心の辺りまで――吹き飛ぶ。しかし、彼女の体は地面に触れる前にふわりと回転し、そのまま両の足で地に降り立った。

 「何を、休んでいる?」

 直前に黒魔法で強化されていたらしい、黒く変色した鎧に損傷は無し。ただ、右手に剣をしっかと握ったままながら――黒銀で強化された蹴りの衝撃は身体に届いたようで――彼女の息は既に上がっている。

 「お前の力はこの程度ではないだろう!疾駆!」

 だと言うのにセラはこちらへ駆けだした。

 走る彼女が取ったのは、俺に柄を見せるような低い剣の構え。初撃が走る勢いを乗せた切り上げであることが分かる。

 しかしそれを見て取った俺が、双龍を握ってスケルトンを身に纏うと、彼女は俺を間合いに入れるより少し前に剣を振り上げ出した。

 その剣の先に僅かな空気の歪みが……風の刃か!

 「っ!?」

 一拍遅れた気付きに従い咄嗟に黒龍を振るえば、黒い刃に不可視の斬撃が叩き付けられた。至近距離で行使された魔法のせいか――遠距離から放たれる魔法とは違い――風の刃は即座に消え去りはしない。

 つまり、相手の間合いは伸びたまま。

 と、思った瞬間、不意に手応えが無くなった。

 刃をセラの方から消したのだ。

 「っと!?」

 「セァァッ!」

 そう理解した時、セラは既に獲物を切り返し、つんのめった形となった俺の右腕ごと切断せんと袈裟斬りを放っていた。

 が、その一瞬前に左腕のクロスボウから撃っていたボルトが先に彼女の左頬を掠めた。

 「くっ!」

 毒も塗っていない、細く短い赤い線は大した傷じゃない。ただ、攻勢にあったセラを怯ませるには十ニ分の役割を果たした。

 右足を強く踏み込み、相手の腹に黒龍の柄を叩き込む。

 「ぐはっ!?」

 黒い金属片を撒き散らしながらセラの身体が僅かに宙に浮く。すかさず彼女の体の中心――鋼の守りが無くなったそこ目掛けて放った左の刺突はしかし、彼女の振るった左の篭手の、そこから伸びた短い刃に防がれた。

 「まだ、だ。」

 くるりと掌が返される。すると、予め篭手の内側に刻まれていたらしい幾何学模様が光り、火を吹いた。

 「うぉっ!?」

 思わず飛び退く。

 ついでに火炎を目くらましとしてナイフを投げてみるも、あっさり剣で防がれた。

 「ったく、針といい篭手の仕込みといい、さらには魔法陣と来たか。ケイに戦い方でも教わってたのか?」

 だからこの頃よく一緒にいたのかね?

 聞くと、セラは武器を両手で握り直しながら静かに俺を見据えた。

 「私に残された存在意義はベンを守ることのみだ。そのために手段を選ぶつもりはない。」

 「くはは、なるほどね。で、アイとの戦いで揺らいだ存在意義とやらをここで取り戻そうって訳か。」

 存在意義と言うより、むしろ自分がベンの側にいる意味、そのための理由と言い換えた方が的確なんじゃないか?

 しかしそんな俺の言葉に対し、セラは首を横に振って強く睨みつけてきた。

 「そんなことのために剣を振るうものか。あまり私を見くびってくれるな。……お前と勇者アイの戦いを目の当たりにして、自身の力不足を痛感はしたが、ベンを守るという私の役目を見失ったことなどない。」

 「なら……」

 「疾風!」

 「っと。」

 ……ならどうしてこんな事をするんだという問いは、一気に距離を詰めてきたセラにより掻き消された。

 繰り出された真正面からの振り落ろしは咄嗟に左足を引いて躱したものの、すぐさま切り返された刃は黒龍の峰を左手で抑える形で受け止める他なかった。

 怪力系統のスキルでも発動させているのか、想定以上に重い一撃に俺の足が僅かに浮く。その力を利用して距離を取ろうとするも、セラはピタリとついて来て間合いから逃してくれず、再び放たれた袈裟斬りを双龍で防がせられた。

 押し込まれ、両足が芝生に沈む。

 「全力で来いと言った筈だ。お前はヴリトラやスレイン軍との戦いの只中でもここまで饒舌だったのか?」

 「……。」

 んな訳あるかと答える代わりに、俺は周囲に剣を三本浮かべ、それら全てをセラへ切りかからせた。

 「っ!」

 セラの意識が俺から逸れ、剣に込められていた力が一瞬、微かに緩む。

 その瞬間を逃さず後ろに下がれば、セラの剣は虚空を切り、支えを失い体勢を崩したせいで彼女の黒魔法への対処は遅れた、かに思えた。

 「オォッ!」

 前に倒れ込みながら声を上げたセラが行ったのは体ごと回す剣の大振り。魔法も込めたのか、余波で強風を吹き散らしたそれは、迫る刃全てを正確に捉え、弾き飛ばした。

 そんなことを倒れながらやれば、普通、姿勢は崩れに崩れてしまうだろう。が、魔法の風には彼女の落下を和らげるどころか彼女の転倒そのものを無かったことにする効果があることは既に散々見せ付けられている。

 だから相手が倒れて決定的な隙を見せることなど期待せず、俺は即座にセラとの距離を詰め直し、攻勢に出た。

 ただ、俺が斬撃で狙えるのは鋼の継ぎ目や鎧の関節、そして俺に蹴られて砕けた箇所だけだということはセラにも分かっていたようで、正確無比な双剣乱舞は全て剣で防がれた。

 「く、ぐぅっ!?」

 しかし打撃はその限りじゃない。

 攻撃箇所の限られる斬撃には対処できたセラも体全体を襲う蹴りや双剣の柄、さらには双剣を握ったまま放つ拳には対応し切れなかったよう。そのほとんどがセラの身体の芯を捉えた。

 おかげで今や彼女の全身鎧の至るところがひび割れ、中に着込んだ鎖帷子に血の滲む様子まで見て取れる。さらに体力を削られて疲労が足にまで来ているものの、それでもセラは双剣を自らに届かせない。

 死角から魔法の剣を襲わせてもまるで背中で物を見てるかのように片手を振るい、風の刃で防ぐ始末。

 だから俺は剣を消した。

 「舐める、な!」

 「舐めちゃいないさ。」

 怒りを含む言葉とは裏腹にセラの判断は冷静そのもの。相当疲労しているだろうに相手が武器を手放したと見るや即座に切り込んできた彼女の動きに戦い始めより精彩を欠く様子はない。

 ただ、判断は少し甘かった。

 彼女が切り込んだのは俺の左肩。左手の構えられた位置が落ちて防御が僅かに甘くなっているそこは、俺がわざと見せた隙だ。

 だから俺は余裕を持って剣の鍔の下に左手を宛てがい斬撃を止め、セラの鳩尾に拳を打ち込むことことができた。

 「ゴ……ァッ!?」

 激痛に騎士の体が止まり、遅れて彼女の握力が緩む。

 その一瞬を逃さず、左手で防いでいた剣をそのまま逆手に奪うと、セラは糸の切れた人形のように崩れ、俺が素早く右手に作り、振り上げた黒龍によって地面に触れることなく光に包まれ消え去った。

 「……やり過ぎたか?」

 これまでとはまた別の厄介な暗殺術をケイに仕込まれているかもしれないと思い、ついでに本人から全力で来いと言われていたから即座にトドメを刺したけれどもセラからは反撃の素振りも何も感じなかった。

 剣を首に添えるだけで良かったのかね?

 「「「オオオオオオオオオオオッ!」」」

 「うお、いつの間に。」

 突然の歓声に驚いて周りを見渡すと、見るからに熱気のある観衆が魔法陣の周りを埋め尽くしていた。

 どうやら俺がセラと戦ってる間にハルバードのメンバーが集まって来ていたらしい。

 「やはり、強いな。」

 「ん?ああ、お前もなかなかやり難かったよ。」

 「ふん、私の攻撃を何一つ届かせなかった相手が何を言う。」

 やって来たセラは、その言葉とは裏腹に、最近頻繁に見せていた弱気を微塵も感じさせない表情をしていた。

 「取り敢えず、悩みは解決したってことで良いのか?」

 「そうだな、私では勇者に敵わないことを再確認できた。」

 どうやら本当に存在意義を取り戻すための戦いとかではなかったらしく、彼女はそう、あっけらかんと言い切った。

 そんな様子に内心凄くホッとしながら笑う。

 「はは、そりゃまぁ俺より数倍強いからなぁあいつらは。」

 「それでも戦うのだろう、お前は。ファーレン、そしてヘルムントでの敗北を経ても尚。」

 「別に戦いたい訳じゃないぞ?」

 「そうだな、ベンの命を狙う者がいなければそれに越した事はないとは私も思っている。しかし今の状況下ではそうは行かん。敵は来る。その中には私の力の到底及ばない相手もいるだろう。だがだからと言って私は私の務めを放棄するつもりなどない。そのために出来ることは全てしておきたかった。」

 「……それじゃあつまり、今さっきのは俺を勇者を想定して戦ってたってことか?」

 勝てない相手に時間稼ぎをしてベンを逃がす予行演習とかだったのかね?

 「そうだ。格が遥か上の相手と戦う機会を逃したくはなかった。」

 「あは、そんな訳ないじゃないですか。」

 「き、貴様!いつの間に!?」

 と、セラの隣に立ち、俺の考えを笑いながら否定したのはケイ。

 何故か慌てているセラの事を面白がるような目で見ながら彼は続ける。

 「そこの騎士はこの頃ずっと、隊長さんをどうやって倒せるか考えてましたよ。私は勿論、あんなのを倒すなんて無理だって言って聞かせてましたけど。知ってます?この人、本当は私ではなく隊長さんに……」

 「だ、黙れ!」

 「……戦い方を教えて欲しいって思ってたんですよ?」

 「え?」

 “あんなの”呼ばわりに苦言を呈そうとしていたところ、続いた予想外過ぎる言葉に思わずセラをまじまじと見ると、彼女は顔を赤くしたまま少し逡巡した様子を見せ、かと思うとキッと逆にこちらを睨みつけて来た。

 「な、何が悪い!他人に教えを乞うことはおかしいことか!?」

 教えなんぞ乞われた覚えがないんだけどなぁ。……ていうかケイの言葉って本当なのな。

 「隊長さんと勇者アイとの戦いを見て、この人、一時は本当に剣を捨てようとしたんですよ?隊長さんは王様とも仲がいいから自分なんて護衛騎士として必要ないんじゃないか、とまで思ってたんですから笑えますよね。」

 んなアホな。

 そう思ってセラを見るも、彼女は先程と変わらず居心地悪そうな顔で黙りなまま。肯定と捉えておおよそ間違いないよう。……やっぱり存在意義が揺らいだことはあったらしい。

 ケイの満面の笑みが、今こそ我が世の春であるかのように輝いた。

 「だから、護衛騎士としてじゃなくて一人の女として王子様の側にいるために、今更おしとやかな淑女を目指して大人しくしてたんですよ?あは、気持ち悪かったですよね。」

 「……嘘だろ?」

 だからあんな静かだったのか?言っちゃ悪いがケイの言うようにただただ不気味にしか思わなかったぞ!?

 「違う!いつもそのような浅ましい考えでいたのではない!」

 しかし、流石にこれにはセラも反論してくれた。

 まぁ“いつも”じゃなく“時々”である可能性を残したことは気になるけれども。

 「私はただ、ベンのために何ができるのかを私なりに、真剣に考えて……」

 「そう、だったんだ。」

 「……っ!」

 それからセラが延々と言い訳にもならない言い訳を続けるかに思えたところで、困り切った様子のベンが彼女の声をかけた。

 周りの見物客の中に紛れていたらしい彼は、実は結構前から近くに来て、ケイの暴露を初っ端から聞いていたりする。

 そしてセラもそのことを――ベンの恥ずかしがるような、照れ臭がるような表情を見て――全て察したか、完全に硬直して口をパクパクさせるのみ。

 「ごめん、ね?セラがそんなことを考えていたなんて、全く気付いてあげられなくて。でも僕は、いつも通りのセラが、好きなんだ。だから、いつもみたいに、僕を支えて欲しい。駄目、かな?」

 「あ……あぅぁぁ……。」

 ベンの言葉がトドメとなり、顔を真っ赤にしたセラは「はい。」と蚊の鳴くような声とともに頷いた。



 「……結局来なかったなぁ。」

 揺れる馬車の上で独りごちる。

 無論、ニーナのことだ。

 セラとの手合わせが無事に(?)終わり、ハイドン邸を後にしてしまってから数時間、考え直して追ってくるんじゃないかと頭のどこかでまだ未練たらしく思っていたものの、およそそんな様子は今の所全く無い。

 「無理もないよ。親の仇と一緒の旅なんて誰だって嫌でしょ。」

 「親の仇?あなたが?理事長先生の?私、その話聞いていないのだけれど。」

 馬車の左横を進むネルが言うと、手綱を持つユイがこちらを見上げた。

 前を見ろ前を。

 「まぁ、言ってないからな。」

 わざわざ触れ回るようなことでもなし。

 「あ、ごめん、もしかして秘密だった?」

 「別に?ただ話してなかっただけだよ。」

 乗馬したまま、器用にも焦った様子で口元を抑えたネルに肩を竦めて返すと、彼女の後ろに続くクレスが恐る恐る口を開いた。

 「先生、本当、なんですか?」

 「リーダー……。」

 「分かった分かったちゃんと話すよ。」

 「……そうじゃない。胸のあたり、何か光ってないかい?」

 さらに右手のフェリルまでそのこと気になったらしいので、良い機会だから喋ってしまおうとしたものの、どうやらフェリルの興味は別のことに向いていたよう。

 見れば、確かにロングコートの左胸辺りから白い光が明滅している。

 なんだろうか?とその光源を取り出すと、その光がエリックに貰った転移陣の書かれた紙を折り畳んだものだと分かった。

 「……もしかして向こうから何か転移させようとしてるのか?」

 何か忘れ物でもしてたのかね?

 そう思い、紙を軽く振って広げる。

 「あ、ちょっ、先生!?」

 「ん?」

 「え?うわぁぁぁっ!?」

 するとクレスが急に慌て出したため、思わず彼の方へ目を向けた瞬間、とんでもない悲鳴、続いてドサリと何か重そうなものの落ちる音が聞こえた。

 「うぅ、痛ったぁぁぁぁ!酷い!急に何するの!?」

 「ニーナ?」

 「「「理事長!?」」」

 強く打った腰を抑え、怒りに拳を振り上げていたニーナは、周りからの視線に気が付くと、上げていた手でそのまま恥ずかしそうに頭の後ろを掻いた。

 「あ、えっと、遅れてごめんね?」

 こうして俺達は8人旅となった。

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